ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ええと……はい! とりあえず、一人目のお話は終了でした」
「話しておいてなんですけど、こんな話で良かったんですかね?」
最後は桃子が一人でおろおろするという形で、奈々の話は終了した。
桃子としてはなんともすっきりしないオチだったけれど、だからと言って今の話を引き延ばしても仕方がないため、半ば強引に司会進行として場を仕切る。
「よくわからないけど。むぐむぐ。桃子が驚いてて。面白かったぞ。バナナ女」
「バ、バナナさんのお話……ふ、不思議で、楽しかったですよぉ……?」
「良かったですね奈々さん。ヘノ先輩たちには今の話は好評みたいですよ」
「はは、光栄に思っていいのかどうか分かりませんけど、ありがとうございます」
なお、相変わらず、妖精たちのピントはわからないところがあるが、結果的に奈々の話は好評だった。
妖精に褒められた奈々は頭にハテナを浮かべつつも、うれしそうに笑みで返すのだった。
「じゃあ、次のお話はヘノちゃんだから、カステラはひとまずストップね?」
「わかったぞ」
奈々がランタンを消して、室内が少しだけ暗くなる。
とは言っても、四つのランタンと二人の妖精のおかげで、雰囲気はあるものの、まだ十分な明るさだ。
そんな中で、次なる話し手、ヘノが卓上に立ち上がり、話しはじめた。
「実は最近。桃子がカレーを作るたびに。不思議に思ってる話があるんだ」
「え、私がカレーを作るときの話なの?」
「そうだぞ。桃子のカレーはいつも。ピカッと光って完成するだろ」
「うん、まあ……【カレー製作】で完成させるタイミングの話だよね?」
ヘノの話の矛先は、どうやら桃子の【カレー製作】に関わる話のようだ。
まさか、一番付き合いの長いヘノが自分のカレーに疑問を持っているとは思いもしなかった桃子が、真っ先にヘノの話に食らいつく。
柚花たちも内心興味を持っているのか、黙って二人のやりとりに耳を傾けていた。
「調理部屋で。桃子がカレーを信じて混ぜるだろ?」
「うん。みんなでかけ声をあわせて、信じて混ぜる、信じて混ぜる、ってやってるね」
二人が話しているのは妖精の国の日常風景だ。
桃子のスキルの生み出す光景を知らない奈々だけが、今一つわからない顔をしているが、しかしヘノの話の本題はそこではない。
「そうしたら。ルゥがいるんだ」
「ん? まあ、ルゥちゃんはカレーが好きだからね」
「あいつ。ドワーフのところで過ごしてるのに。それまで妖精の国にいなくても。いつも。その場にいるんだ」
「えーと……」
桃子は、ヘノの言葉を聞いて、自分の記憶を手繰り寄せていく。
桃子が妖精の国に来た日は、ほぼ必ず夕食としてカレーを作っていく。そのとき、ルゥの姿はあっただろうかと考える。
だが正直言って、今ひとつ思い出せない。
なにせ、桃子がカレーを作るときには多くの小妖精が周囲に集まっており、人口密度が高いのだ。その際にルゥがいるかどうかまで、さすがに桃子も確認していない。
「どうですか? ニムさん」
「うぅ……そ、そういえば、そうですねぇ。いつも、カレーが出来る頃には『カレー』『ハンバーグ』って、連呼してる気がしますねぇ……」
「へぇ、そうだったんだねえ」
ヘノとニムがそう言うならば、きっとそうなのだろう。
妖精たちの末妹であるルゥが、桃子因子によってカレー大好きな妖精として生まれたことは、関係者なら皆が知っている話だ。
けれど、それでも。カレーが光るタイミングには毎回居るとなると、桃子としてはルゥのカレーへの執着に感心するしかない。
「桃子。なんであいつ。カレーが完成するときには。絶対にいるんだ?」
「え、私に聞くの? 私、ルゥちゃんがいつもいることも知らなかったんだけど」
「ヘノ先輩。ルゥさん本人にはそれ、聞いてみたんですか?」
「聞いたけど。『カレーだから』しか答えないから。全然わからなかったぞ」
「あー、ルゥさんらしいですね。脳内再生できますよ」
柚花とヘノのやりとりを聞いて、桃子も想像してみる。
ヘノがルゥに問う。「お前。なんでいつも。カレーのときにいるんだ」
それにルゥが返す。「カレーだから!」
なるほど、脳内再生は容易な上に、何もわからない。
「もしかしたら、ルゥさんは先輩の因子が強すぎて、カレーの気配に敏感なんじゃないですか?」
「えー、ルゥちゃんがカレー好きなのは私の影響だとは思うけど、私もさすがにカレーの気配はそこまで読めないよ?」
「まあ、そうですよねえ」
はたして『カレーの気配』とはそもそもなんなのか。
黙って話を聞いていた奈々だけが『カレーの気配』なる謎ワードに引っかかりを覚えるが、残念ながらそこが気になっているのは奈々だけである。
何も不思議なことなどなかったかのように、少女たちの会話は続いていく。
「うぅ……ルゥは、何を見ても、カレーかハンバーグだと思ってるところがありますしねぇ……」
「わからなくて。ずっと。疑問なんだぞ」
「そっかー」
結局。
桃子にも、ヘノにも、柚花にも、ニムにも。ルゥがどうして『カレーの気配』を鋭敏に読みとれるのかは分からないままだった。
そして、奈々には『カレーの気配』がなんなのかという疑問を植え付けて。
ヘノの話は、疑問符だらけのまま終了するのだった。
「じゃあ、ヘノちゃん、明かりを消してね?」
「わかったぞ」
全員の頭にハテナマークを植え付けて、ヘノの話は終了した。ヘノがランタンのスイッチに向けてツヨマージをフルスイングすると、ぱちっとランタンの明かりが消える。
どうしてツヨマージをフルスイングしたのかは誰にもわからないが、誰もそこには触れなかった。
「じゃあ次は私かな。ええと、これは最近あった、印象に残ってる話なんだけどね」
卓上にはまだランタンが三つ灯っており、気づけば空になっているカステラの皿を明るく照らしているが、そろそろ室内には暗闇が増えてきた。
珍妙な話が続いているとはいえ、やはり闇の中で全員がランタンを囲っていると、それだけでも、独特の神妙な雰囲気がこの場を支配していく。
「私が働いてる工房の近くに、いつもお昼を買ってるお弁当屋さんがあるの。それで――そこにね。最近、『座敷童子おにぎり』が増えたんだよ」
「ざしきわらしって。マヨイガの。萌々子のことか?」
「も、萌々子さん、お弁当屋さんでおにぎりを作ってるんですねぇ……」
「ええと、違くてね。マヨイガで萌々子ちゃん……っていうか、私が作ったおにぎりが元になってるのは間違いないんだけど」
この場では、桃子と柚花は座敷童子おにぎりについて把握しているが、言われてみれば事情をしらない奈々には説明をしなければ通じないだろう。
ヘノとニムには前にも話したことがある気もするが、双方とも覚えていないようなので、桃子は改めてもう一度簡単に説明することにした。
「前にさ、ヘノちゃんと二人で探索者さんにカレーおにぎりを作ったことがあるでしょ?」
桃子は簡潔に説明していく。
曰く、過去に座敷童子に扮して桃子が遭難者たちに食料を提供したとき。その「カレーおにぎり」を食べた探索者たちが、それを「薬草の入った山椒味噌おにぎり」と勘違いして、地上でその話を広めていたこと。
曰く、気づけばその「薬草の入った山椒味噌おにぎり」が、世間では「座敷童子おにぎり」と名付けられて、ネットを中心にオリジナルレシピが賑わっていること。
ヘノとニムはわかっているのかいないのか、ぼんやりした顔で話を聞いている。
奈々はどことなく視線が遠くを見ているように見える。もしかしたら、長崎で共に過ごしていたとき、桃子が毎日のように善意で作り置きしていたカレーおにぎりの味でも思い出しているのかもしれない。
「それで、お弁当屋さんに話を戻すとね。そこのお姉さんはスパイスについて勉強熱心で、いつもお弁当のスパイスに改良を加えてくれてるんだけど――」
なお、桃子の説明には語弊がある。
工房近くの弁当屋は、実際にここ一、二年で、スパイス臭漂うスパイシーな弁当屋と変化してきた。
だが、その原因はお姉さんの研究心ではなく、とある常連の少女による、これでもかというほどの詳しいスパイス知識の投書とリクエストに応え続けた結果である。弁当屋のお姉さんたちも、自ら進んでカレーの研究家になったわけではない。
もっとも、それは今は関係のない真実だが。
「それがなんとね、最近は、座敷童子おにぎりを、カレーで試してるんだって! スパイスでも工夫すれば再現できるんじゃないかって! すごくない? すごくない?」
「ええと……はい、そうですね。すごいです」
興奮状態の桃子とは逆に、柚花が優しく、静かに答える。柚花の瞳が「意味不明な話に熱中する先輩も可愛いなあ」と語っているけれど、桃子には伝わらない。
「……まあ、すごく、不思議ですね」
奈々も静かに答える。奈々の目は死んでいる。
「もしかしたらさ、あのお姉さんに私の心を読まれてるんじゃないかって思うときがあるんだけど、どう思う? カレーおにぎりの秘密、ばれちゃったかな?!」
「そうかもしれませんね」
柚花が優しく、静かに答える。
「すごく不思議ですね」
奈々が死んだ目で答える。
「さすが桃子だな。おにぎり屋をカレー屋にしちゃったのか」
「うぅ……や、やっぱり桃子さんは、カレー屋さんが似合いますねぇ……」
妖精たちは、トンチンカンな感想を述べている。
勿論、今の話にはカレー屋などは一ミリたりとも出演していない。
「えへへ、照れちゃうな」
カレーおにぎりの話でテンションがあがっていた桃子は、妖精のトンチンカンな発言もあまり気にならないようだった。
桃子は喜び、妖精たちは感心し、柚花は桃子を眺め、奈々は死んだ目になる。
そのようにして、三人目、桃子の話は無事、終えるのだった。
「じゃあ、消すね! えい! カレー!」
桃子が、カレーのかけ声でランタンを消す。
どうして「カレー!」と叫んだのかは誰にもわからないが、誰もそこには触れなかった。
残りのランタンは二つ。
さすがに、そろそろ室内の薄暗さが増してくる。
部屋の隅には暗闇が蔓延しており、なんとなく、暖房器具の音が先ほどより大きく室内に響いているような錯覚を覚える。
そんな中。次に話を始めるのは、百物語には初参加となる水の妖精ニムである。
「じゃ、じゃあ……つ、次は私が……お話をしますねぇ……?」
自信なさげに、ニムが語り始める。
皆は静かにニムの話に耳を傾けていた。すでに卓上のカステラを全て平らげてしまったヘノも、今は静かにニムに視線を向けている。
「よ、妖精の湖にいる、イカのお話があるんですよぉ……」
妖精の湖の、イカ。
もともとは深潭宮のイカを、りりたんが捕まえて妖精の国に送り届けてくれたイカ、あるいはそれが繁殖して増えたイカだ。
最近は数も揃っているようで、ときおりシーフードカレーの材料になっては、スルメになったり、あるいはイカスミで真っ黒のカレーに生まれ変わったりしている。
どうやら、ニムが今から語るのは。
その『イカ』にまつわる、とある話らしかった。