ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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続・全ての灯りを消すと

「あのですねぇ……よ、妖精の湖の中には、イカが生息しているんですけど……」

 

 妖精の湖は、今や様々な水棲生物たちが共存する不思議な生態系が生まれている。

 もちろん、中には食物連鎖もあるのだろうが、基本的には原生動物たちは魔力を糧に生きているため、物質的な食料はさほど必要としていないのだそうだ。

 

 そんな、深い水の中の。

 水の妖精ニムだけが知る物語が、始まった。

 

「ちょっかいをかけると、ビューってスミをはいて、お、面白いんですよぉ……?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 ニムはにこにこと微笑んだまま、特に口を開く様子はない。まさかと思い桃子たちは数秒ほど待ってみたが、ニムはにこにこ微笑むだけである。薄暗くなった室内で。桃子、柚花、奈々の三人はそれとなく視線を向けあうが、誰もなにも発言しない。

 イカの物語は、終幕した。

 

「イカと遊ぶの。ちょっと。面白そうだな」

 

「そうですね。イカスミは黒くて面白そうです。水中を自由に泳げるニムさんが羨ましいですよ」

 

「うぇへへ、こんど、柚花さんにも見せてあげたいですねぇ……」

 

 最初に感想を述べたのはヘノだった。

 いきなりの終幕に言葉を失っていた桃子たちと違い、ヘノはあるがままにニムの話を聞いて、コメントを返しただけだ。

 そして次に感想を述べたのはもちろん柚花だ。動揺を隠しながらも、ニムの髪に指先で触れ、優しく撫でる。

 

「そうだ後輩。こんど一緒に『水中呼吸の魔法』で潜るか? ヘノも手伝ってやるぞ」

 

「うぅ……そ、それは楽しそうですねぇ……」

 

 水中呼吸の魔法。それは、ヘノとニムの二人がかりで発動する、人間が水中で呼吸できるようになるという――まさに、奇跡のような魔法である。

 ただし、使用後には胃腸や肺からドバドバと水が逆流してくるという、乙女の尊厳など知ったことかと言わんばかりの代償と引き替えの奇跡である。桃子曰く「二度とは味わいたくない奇跡」である。

 

「……考えておきますね」

 

「た、楽しみですねぇ……」

 

 乙女として断りたいという本心。そして、ニムの期待の籠もった純粋な視線。

 その二つに挟まれて。結局柚花は誘いを断りきれず、保留ということで誤魔化しにかかるのだった。

 柚花の内心を察せる桃子だけが。暗い部屋の中で、柚花へと同情的な視線を向けていた。

 

 

 

 

 ぱち、とニムがそっとランタンのボタンを押すと、室内は更に暗くなる。

 卓上に置かれたランタンは、夜道を軽く照らすだけならば十分な道具ではあるものの、暗闇の室内を照らすには小さく、光量もさほどではない。

 すでに桃子たちの背後には、真っ暗な闇が広がっていた。

 

「じゃあ柚花、最後のお話お願いしていい?」

 

「ええ。これは私が聞いて、ちょっと笑っちゃった話なんですけど」

 

 薄暗闇の中で最後に語られるのは、笑っちゃった話。

 なんとも複雑な状況だが、柚花は構わず自分の用意していた話を語り始める――が、その前に。

 

「先に謝っておくと、ヘノ先輩とニムさんには伝わらないネタですけど、いいですか?」

 

「構わないぞ。人間の話は。興味あるぞ」

 

「そ、そうですねぇ。わ、私も大丈夫ですよぉ?」

 

「なら、問題ないってことで、進めますね」

 

 ヘノとニムにはわからない話。

 それはすなわち、地上の人間にしか分からない、社会の中での出来事なのだろうと桃子は理解する。

 静かな暗闇で、柚花の言う『笑い話』が始まった。

 

 

「少し前に、カリフォルニアのダンジョンで特殊個体『魔王ノブナガ』が討伐されたっていうニュースがあったじゃないですか」

 

「のぶながって。なんだ?」

 

 初っぱなから、案の定ヘノが不思議そうに問いかける。横ではニムも首を傾げていた。

 柚花は苦笑気味に一度話をとめて、簡単な説明を加えていく。

 

「人の名前です。その名前の由来になった信長さんは――ずっと昔の、すごく強くて偉い、侍たちをまとめていたリーダーです」

 

「なるほどな。さむらいなら知ってるぞ。刀で戦う連中だな」

 

「はい。勿論、その信長本人がダンジョンにいたわけじゃないですけどね。信長っぽい雰囲気の特殊個体に、同じ名前を付けたっていうだけです」

 

 侍については前にも聞いたことがあったので、思いの外、ヘノの理解は早かった。もしかしたら、鎌倉ダンジョンの武者たちに置き換えて理解しているのかもしれない。

 ニムも横でうんうん頷いているが、果たして理解しているかは不明である。

 なお、その魔王ノブナガという特殊個体は日本人の想像する信長公ではなく、どちらかといえばアメリカの映画に出てくるようなNINJAやSAMURAIに近いものらしい。しかし、その強さは本物だ。

 

「それでですね。魔王ノブナガが住まう居城は、通称『ショウグンキャッスル』と呼ばれています。バベルの塔のごとく空高くまでそびえ立つ、巨大な日本風のお城だそうですよ」

 

「空高い日本のお城かあ。すごい……けど、なんだか今ひとつ想像つかないね」

 

 桃子は頭の中で日本の城の姿を思い返す。

 日本の歴史や地理に疎い桃子とて、大阪城や名古屋城の写真くらいは見たことがある。

 ほかにも、琵琶湖ダンジョンの入り口を見下ろす位置には彦根城があったはずだ。もっとも、桃子は琵琶湖ダンジョンから外に出たことがないので、本物の彦根城を見たことはないのだけれど。

 しかし、そのどれもが高さにして五十メートル程度だろう。下階が大きく、上階は徐々に小さくなっていく造形をふまえて考えると、空まで続く和風の城の姿など想像もつかない。

 

「巨大な和風建築物ダンジョンとしては『マヨイガ』と『五重の塔』を足した感じですかね。魔王ノブナガがいたのは天守閣なので、討伐隊はひたすら上を目指したらしいですよ」

 

「上を目指すダンジョンっていうのも、なんだか珍しいね」

 

『マヨイガ』は遠野ダンジョンの日本屋敷迷宮。『五重の塔』は鎌倉ダンジョンの、延々と下へと下っていく五つの塔だ。

 和風の建築物としてはなるほどイメージしやすいが、しかし下から上へと上るというのは珍しい。

 

「面白そうなダンジョンだな。探検しがいがありそうだぞ」

 

「こ、こんど、遊びに行ってみたいですねぇ」

 

「さすがにアメリカは遠いですから行くのはちょっと難しいですけどね。それで……私が笑っちゃったのは、ショウグンキャッスルのある、つまり――ノブナガが支配している階層の名前なんですよ」

 

「ああ、お城とは別に階層名があるんだね」

 

 薄暗い部屋の中で、初めのうちはどことなく恐ろしげな語り口だった柚花も、話していくうちに随分と砕けた口調になってきている。

 もっとも、この話は『笑っちゃった話』なので、恐ろしげな口調で語るほうがおかしいのだ。

 そんなわけで、柚花は砕けた口調で。たいした溜めもなく、あっさりと。

 この話のオチを口にした。

 

「ノブナガがいるのは、『ファイナル』だそうです」

 

「ファイナル? ノブナガが、ファイナル?」

 

「ぷっ……ふふっ」

 

「なんだ。バナナ女がいきなり。笑い出したぞ」

 

 ファイナル。

 桃子も口に出して呟いてみる。すると、桃子の呟きの直後、それまで静かに聞いていた奈々が、吹き出すように笑いだした。一方、桃子にはその笑いどころがよくわからず、疑問符を浮かべている。

 ファイナルとは「最後の」とか「最終の」とか、そういう意味である。階層名としては少々大それた名称だなと桃子は思ったが、感想としてはそれだけだ。

 

「も、桃子さんは笑っていないのに、どうしてバナナさんだけが笑いだしたんですかねぇ……?」

 

「あ、いえ! 笑っちゃってすみません! つい、くだらなさで吹き出してしまいました」

 

「え、くだらないの? 私はわからないんだけど、どういうこと? ノブナガがファイナルにお城を建ててるんだよね? ファイナルにノブナガがいるの?」

 

「ちょ、繰り返すのは……ぶふっ……くくっ……ふっ……くふっ……」

 

 どうやら、奈々は何かしらがツボに入ってしまったようで、再び笑い出してしまったが、桃子には未だにわからない。

 ノブナガがいるファイナル。ノブナガが城を建てたファイナル。どこかに「くだらない笑いどころ」があるはずだが、やっぱりわからない。

 

「ごめんなさい先輩。先輩は社会科が苦手でしたね。ええと、織田信長公が最初に統一した地域はわかりますか?」

 

「あ、えと、待って! あれは……そうだ、尾張でしょ! 尾張! ドラマでみた気がする!」

 

「そうです。尾張で、ファイナルです」

 

「ふふっ……ぶふっ……れ、連呼しないでくだ……ぷふっ……!」

 

 ここまできて、ようやく桃子にも合点がいった。織田信長の尾張という地名を、カリフォルニアの人たちは響き通りに『おわり』と訳してしまい、そのまま正式名称にされたのだ。

 桃子はなるほどと感心するが、しかしそれ以上に――笑い転げる奈々が気になりすぎて、ノブナガジョークに乗り切れない。

 

「奈々さんて、こういうのがツボだったのかあ……」

 

「なんだ。なんだ。バナナ女の笑いが。止まらなくなっちゃったぞ」

 

「よ、よくわからないけど、バナナさんが面白そうで、楽しくなっちゃいますねぇ」

 

 薄暗闇のなかで、奈々がお腹を押さえて笑い転げている。これだけ笑って貰えるのならば、柚花も笑い話をした甲斐があったことだろう。

 願わくは、薄暗闇のなかで女性が笑い転げているのはなかなか不気味な構図なので、はやく復活して欲しいな、と。

 桃子は奈々に向けて、祈りを捧げるのであった。

 

 

 

 

「じゃあ、柚花。明かりを消してね」

 

「はい、では消しますね」

 

 数分後、笑いすぎて呼吸困難になっていた奈々をどうにか落ち着かせてから、本題の『百物語』へと場の空気は戻っていく。

 とは言っても、今の柚花によるノブナガジョークが最後の話なので、あとはランタンを消すだけだ。

 

「明かりを消したら。どうなるんだ?」

 

「何かが起きる、とは言われてるけど、まああくまで遊びだからね。雰囲気だよ雰囲気」

 

 実際に、ランタンを消したからといって何が起きるわけでもないだろうと、桃子も、柚花も、奈々も、内心では理解している。

 だが、これは気分の問題なのだ。柚花も桃子の言葉にうなずきながら、自分の手元の最後のランタンを消す。

 

 卓上にはヘノとニムの二人がいるため、部屋が真っ暗闇になるわけではないが、しかしそれでも、それなりの闇に包まれた。

 

 ――そして。それが室内に響いたのは、闇の訪れとほぼ同時だ。

 

 

 コンコン

 

 

 コンコン

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 コンコン

 

 

 闇の中。妖精の光に照らされて。桃子たちは緊張でぴしりと背筋が固まり、互いに視線を交わらせる。

 

「……すみません、桃子さんに柚花さん。この音はいったい?」

 

「いえ、私もわからないですけど……柚花、わかる?」

 

「カーテンの裏で鳴ってるみたいです。誰かが、窓をノックしているみたいな……」

 

 コンコン

 

「なんだ。客が来たみたいだな」

 

「いや、だって客って……ここ、五階だよ?」

 

 ヘノが、ふわりと浮いて、カーテンに近づいていく。

 だが、桃子は直前に確認したはずだ。このカーテンの向こうには窓がついているが、そこは五階の高さである。

 決して、誰かが訪れてノックをするような場所ではない。少なくとも、生きた人間が訪れる場所ではない。

 

 桃子は恐怖を感じつつも、つい、カーテンの隙間に視線を向けてしまう。

 カーテンがしっかり閉まりきらず、少しだけ窓が見える隙間を、その目で見てしまう。

 

 そこには――。

 

 

 小さな誰かが、こちらを見つめていた。

 

 

「ぎゃっ!!」

 

「先輩?! 先輩っ?! 大丈夫ですか?!」

 

 桃子は慌てて後ろに飛び退き、背中から引っくり返ってしまう。近くにいた奈々が即座に桃子を受け止めてくれたので大事はないが、桃子はパニック状態だ。

 柚花は即座にポケットのクズ魔石を砕き、その瞳に【看破】の光を宿らせた。

 

「い、いま、誰かがそこにいたの……っ!!」

 

 桃子は、ホラーは苦手なのだ。

 いくらダンジョンで死霊や骸骨と戦う経験を積み重ねようと、それとこれとは別なのだ。

 奈々にしがみつくようにしながら、桃子はカーテンの隙間を指さした。

 ちょうど、ヘノがすぐ近くに浮いており、桃子と目があった『誰か』が存在した辺りが、緑の光でぼんやりと照らされている。

 

「桃子は相変わらず。愉快だな。こいつがきただけだぞ」

 

「うぅ……な、なんで、ここにいるんですかねぇ……?」

 

「……もう! ちょっと! 先輩を驚かせるのはやめてくださいよ!」

 

 パニック状態で怖がる桃子、そして緊張で身体を固くする奈々とは裏腹に、妖精たちは冷静で、柚花に至ってはぷんすかと怒っていた。

 すっくと立ち上がった柚花が、文句を言いながらカーテンを開く。窓の外の風景が露わになる。

 そこにあったのは――。

 

 コンコン

 

 コンコン

 

『ふふふ。窓を開けてください。りりたんですよ』

 

 黒い蝶の翅をその背に宿した妖精。

 天海梨々の分身体――妖精りりたんが、コンコンとしつこく窓ガラスをノックしている姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか。『百物語』をやるなら、私にもちゃんと伝えてくれないと困ります」

 

「ももたんたちがこのホテルに泊まると聞いて、魔法協会づてに確認したら、複数のランタンを用意していると言うではありませんか」

 

「これは『百物語』をやるつもりだなと、りりたん、すぐにピンときたのですよ」

 

「なので、分身をとばして、急いでやってきちゃいました」

 

 以上が、こんな時間に窓から進入してきた来客――妖精りりたんの弁である。

 どうやらりりたんは『百物語』やりたさに、長崎ダンジョンを経由し、この場所まで分身を飛ばしてきたのだそうだ。

 

「まったく、私を抜いて『百物語』をやろうなど、百年早いのですよ」

 

「百年もしたら寿命で死んじゃってますよ、奈々さんが」

 

「あ、私だけが死んじゃうんですね」

 

 今は、室内には明かりが灯っている。卓上にはスイッチがオフになったランタンが五つと、食い散らかされたカステラの残骸だけが残っていた。

 りりたんはそれを見て状況を察したのか、ふんすと鼻を鳴らして、宣言する。

 

「では、今宵は皆様を恐怖の世界にお連れします。『真なる百物語』開催をここに、宣言いたしますよ」

 

「えー」

 

「ちょっと、りりたん。話のネタなんて考えてないんですけど」

 

「今すぐ考えてください! では、始めますからね!」

 

「えー」

 

 不満げな柚花と、「えー」しか言わない桃子。奈々は苦笑を浮かべ、ニムは柚花にしがみつき、ヘノは卓上に残っていたカステラの紙をもぐもぐしている。

 そのようにして。

 

 十二月の長崎の夜は賑やかに、そして、楽しく過ぎていくのだった。









一週間の十七章プロット整理と書きため期間を頂きます。
次回更新は3月9日(月)予定です。
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