ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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十七章 鏡の国の少女
姉妹の絆とクリスマス


『力が戻り、こうしてまた母上と対面できる日が来るとはな。儂は感無量だよ』

 

「――って言ってる、よ!」

 

 房総ダンジョン第一層『森林迷宮』奥地にある、とある高台の上で。

 いまだ身体が透き通り、力を取り戻し切れていない『ドワーフ』が、丸太で作った野性味ある椅子に座って、母たる桃子と対面していた。

 なお、まだ桃子には存在の薄いドワーフの声はよく聞こえておらず、その横にちょこんと座っている氷の花の妖精ルゥが、ドワーフの言葉を桃子にそのまま伝えている。

 

「うん、私も本当に良かったよ。あのときは、ドワーフさんが消えちゃったのかって、本当に心配したんだよ」

 

「――って言ってる、よ!」

 

 その背についている氷の翅をゆらゆらと揺らしながら、楽しげにルゥが伝えてくれたドワーフの言葉に、桃子も満面の笑みを見せている。

 今のドワーフは『桃子が集中すれば、陽炎として見える気がする』くらいの薄い存在である。桃子はそれでも、元気そうな彼の姿をその目で見られたことで、大きく安堵していた。

 二人の間に座っているルゥが、今度は桃子の言葉をそのままドワーフに伝える。

 

『ルゥよ、儂には母上の言葉は聞こえているから通訳は必要ないぞ』

 

「そっか!」

 

「え、ルゥちゃん、いまドワーフさんは何て言ってたの?」

 

「カレー!」

 

「カレーかあ! いいね!」

 

「よくないですってば! もう、やっぱりカレーで脱線してるじゃないですか! 先輩もドワーフさんも、筆談しましょう、筆談!」

 

 ドワーフには桃子の声が聞こえているが、桃子にはドワーフの声が聞こえない。

 そんな二人の手伝いをしたいというルゥを間に挟むことで、桃子はドワーフと久しぶりの会話を交わしていた。

 だが、案の定と言うべきか。言葉を交わすのにルゥを仲介している時点で、話の脱線は不可避であった。

 最終的に話題がカレーに収束し、ドワーフとの会話がぐだぐだになってしまった状況に、柚花からの雷ならぬ、ツッコミが落ちてくる。

 

「ええと、カレー!」

 

「カレーはいま。関係ないだろ」

 

「き、今日は……チキンとケーキですからねぇ?」

 

 ルゥが、困ったらとりあえず『カレー!』と言っておけばいいやと考えているのは明白で、それには姉であるヘノとニムもあきれ顔だ。

 ドワーフはそんな様子に楽しげな笑顔を浮かべて、桃子は状況が読めていないがカレーの話なので笑顔を浮かべていた。

 

『やはりクリスマスとは、楽しいものだな』

 

 そう、この日は12月24日。桃子と柚花がパートナーの妖精たちを伴い、各地の仲間にクリスマスのご馳走を配り歩く日だ。

 ドワーフとルゥの前は、桃子たちがルゥとドワーフのために用意したチキンとケーキが並べられていた。すでにルゥのほっぺたには、白いホイップクリームがこびりついている。

 

『しかし柚花どの。母上はそろそろ次の場所へと行かねばならぬのではないか?』

 

「ああ、それもそうですね。先輩、ドワーフさんが『次の場所に行かなくていいのか』って心配してますよ?」

 

「ああ、そうだった! そろそろ行かないとだね」

 

 ルゥを仲介にするのは楽しいが、さすがに普通に会話をしたければ柚花に話しかけた方が早い。

 ドワーフの冷静で的確な判断により、桃子はこれからのスケジュールを思い出す。この日は、結構忙しくなるのだ。

 

「いくの? 食べていかない、の?」

 

『母上は忙しいのだ。このケーキはルゥのものだから、儂と一緒に食べるとしよう』

 

「ん、わあた! ばいばい!」

 

 桃子が立ち上がると、ケーキのイチゴを頬張りながら、ルゥが見上げて手を振ってくる。

 もっとも、ルゥはいつも夕食のカレーどきにはいつの間にか妖精の国に戻ってきているので、別段ここでお別れの挨拶などは必要ないのだが。

 

「ルゥちゃんはまた夕食時にね。じゃあドワーフさん、また来ますね」

 

『ああ。我が妹たちにも、よろしくな』

 

 そうして、ドワーフに見送られながら。

 巨大なチキン袋とケーキの箱を抱えた桃子と柚花、そしてパートナーの妖精たちは、次なる目的地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ザザーンという柔らかい音と共に、砂浜には波が繰り返し押し寄せる。

 潮風がふわりと香り「海」にやってきたのだと五感で実感できる。

 

 ここは尾道ダンジョン第三層『瀬戸幻海』。広い海といくつかの小島で形成される階層だ。

 ここにいるのは、かつてはあやかしという特殊個体に隠れ蓑として作られた魔法生物、セイレーン。そして今や、彼女の無類の親友となっている琵琶湖ダンジョンの人魚姫だ。

 この人魚たちは、深潭の魔女から授かった転移の力によって琵琶湖ダンジョンと尾道ダンジョンを自由に行き来できる、希有な魔法生物である。

 

「ヒメちゃーん! セイレーンさーん!」

 

 桃子は人魚姫とセイレーンの二人に会いに、最初は琵琶湖ダンジョンへと足を運んだ。だが、ニムが水中まで人魚姫たちを探しに行ったところ二人とも不在だったため、瀬戸幻海までやってきたのだ。

 

 柚花は他の探索者に姿を目撃されると面倒なので、いまこうして瀬戸幻海までやってきたのは桃子とヘノの二人だけだ。

 以前の事件の際にヒメたちと遊んだ浜辺に立ち、桃子は海へと向かい大きな声で二人の名を呼びかける。

 

「ヒメちゃーん! セイレーンさーん! ……うーん、水中までは聞こえてないかな?」

 

「大丈夫だ。海の中から。あいつらの気配がする。近づいてきてるぞ」

 

 ヘノの言う通り、それからしばらくして。

 少し先の海面がじゃばりと水を跳ね上げる。そこから現れたのは、桃子とほぼ同様の外見をした褐色肌の人魚、ヒメである。

 童顔で小柄な体躯に、大きな三つ編み。桃子と同じ顔のつくり。ただし相変わらず桃子より目つきが鋭く、胸は大きい。

 ヒメの後ろには、セイレーンも水面から顔を出して桃子たちに手を振っている。

 

『……母様。どうしたの。海に、入りにきた?』

 

「モモコ、ヘノ、オヒサシブリ!」

 

「あ、二人ともいたいた! お久しぶり! えとね、今日は泳ぎに来たんじゃなくて、これを持ってきたの!」

 

 桃子は二人の姿を見かけると、チキンとケーキの入った袋をかざしてみせる。

 もちろん、袋越しにはそれが何なのかは分からない。

 

『……袋? もしかして、食べ物?』

 

「地上ノ、タベモノネ?」

 

「そうなの! 今日ね、クリスマスだから、チキンとケーキを持ってきたの。二人分あるよー」

 

 ヒメたちが浅瀬を泳いでくる間に、桃子は浜辺に紙皿をしいて、そこに二人分のチキンとケーキを並べていく。

 ヒメとセイレーンは、魚の尾びれでバシャバシャと水面をたたきながら、匍匐前進の要領で桃子の近くへとやってきた。

 

『……食べる。前に食べた肉も。美味かった』

 

「ウレシイ! 地上ノオ肉ハ大好キヨ」

 

「なんだこいつら。ケーキより。肉のことばっかりだな」

 

「ヒメちゃんたちって結構肉食なんだよね」

 

 ケーキに見向きもしない人魚姫たちに、ヘノが珍しいものを見たかのように呟いている。

 甘いものが好きなヘノからみれば、ケーキに喜ばない人魚たちは理解できない存在なのかもしれない。

 

『……そうだ。お返しに。牡蠣でも。持ってくる』

 

「ソウネ! 少シ、待ッテテネ」

 

「あ、別にそんな――あ、いっちゃった」

 

 浜辺にはチキンとケーキの乗った紙皿が二つ。

 匍匐前進で桃子たちの近くの浅瀬まで這い上がってきた人魚たちは、チキンを前にして急遽Uターンしてしまった。

 それは実に、鮮やかで素早いUターンだった。桃子が止める間もなく、二人はするりと水面に滑り込むようにして、再び海へと戻っていく。

 

「あいつら。慌ただしい連中だな」

 

「まあ、牡蠣が貰えるならそれはそれでいいかな?」

 

 それから数分後。

 桃子とヘノは、クリスマスのチキン&ケーキと引き替えに、ヒメとセイレーンが両手いっぱいに抱えてきた牡蠣を手に入れた。

 牡蠣そのものは妖精の湖にも住まわせてはいるものの、残念ながら環境の差なのだろう。明らかに、瀬戸幻海で採れた牡蠣のほうが、ぷりぷりしていて美味しいのだ。

 

 人魚たちの食事シーンを眺めながら、互いに簡単な近況を語り合い。浜辺の小さなクリスマス会は過ぎていった。

 なお、人魚たちにはケーキはぼちぼち、チキンは大好評だった。

 やはり人魚たちは、肉食だった。

 

『……座敷童子に。よろしく。一応、姉妹だから』

 

「モモコ、ヘノ、マタネ!」

 

「うん、またねー! そっちも、ペルケトゥスによろしくね!」

 

「また。そのうち。貝をもらいにくるぞ」

 

 そうして、人魚たちに見送られながら。

 桃子とヘノは、次なる『娘』に会うため、瀬戸幻海を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『お母さん! めりーくりすます!』

 

「うん、萌々子ちゃん、メリークリスマス!」

 

 ここは、すでに桃子たちにとってはおなじみとなった超巨大屋敷迷宮『マヨイガ』だ。

 光の膜を抜けてマヨイガの廊下に桃子が姿を現すと、それから一分もせずに桃子の最初の娘とも言える座敷童子、萌々子がやってきた。今日は鉄仮面を被っていない、普通の萌々子だ。

 互いの【隠遁】が邪魔をしないよう、萌々子は母である桃子の手をきゅっと握っている。

 

「萌々子ちゃん、今日はクリスマスのチキンと、ケーキと、なんと牡蠣を持ってきたよ!」

 

『わーい! なんでクリスマスに牡蠣なのか全然わからないけど、七輪で焼いたら美味しいやつだよね! 萌々子、七輪で焼くの大好き!』

 

「だいたい美味しく焼けるもんね! 松茸とか!」

 

『やっぱり松茸だね!』

 

「こいつら。相変わらず。松茸で。意気投合してるな」

 

 萌々子は、母である桃子を幼くして着物を着せたような顔立ちだ。つまりは、年齢こそ違えども、そっくりである。

 二人が、そっくりな笑顔で『七輪で焼く松茸』について語り合い、意気投合する様子を。

 ヘノだけが、興味深げに眺めているのだった。

 

 

 

 

「七輪の松茸が牡蠣になった!!」

 

「どういうことだよ!! サンタクロースか?!」

 

「いや……もしかしたら、萌々子ちゃんが人魚姫からもらってきたんじゃないか?」

 

「マジで……? っていうか、松茸全部もってかれたの?」

 

 

 

 マヨイガに常駐している探索者グループ、通称『萌々子ちゃんを守る会』の面々が、牡蠣の並んだ七輪を前にして大騒ぎをしている。

 ここは、彼らが重要な拠点として防備しているマヨイガ内の中庭に面した炊事場だ。どうやら、松茸を焼いていたはずが、それがすべて牡蠣に変わってしまったのだという。

 

『牡蠣、人数分あって良かったね。もぐもぐ』

 

「うんうん。探索者のみんなには、栄養つけて、魔物を倒していってもらわないといけないしね。もぐもぐ」

 

 もちろん、牡蠣と松茸をすり替えた犯人は、離れた場所で探索者たちの様子を眺めながら、堂々と焼きたての松茸を味わっているこの母子である。

 今回は牡蠣との物々交換であるため、桃子たちは七輪で焼かれていた松茸を堂々と、一本分まるごと頂戴していた。

 すでに探索者によって醤油が垂らされていたそれは、実にちょうど良い具合に焼かれており、一口ごとに、芳醇な香りが鼻孔を刺激する。

 桃子も、座敷童子も。両者して、とろけるような満足顔だ。

 

「二人とも。相変わらず。まつたけが好きだな。ヘノはケーキの方が嬉しいけどな」

 

「えへへ。松茸はさ、滅多に食べられない超高級グルメだからね」

 

『お母さんと一緒に食べるクリスマス松茸、美味しいね!』

 

 桃子と萌々子は【隠遁】に邪魔されぬよう、ぴったりくっついて、松茸を味わっていた。

 紙皿の上にはチキンとケーキも並べられているのだが、残念ながら松茸と比べるとこれらは一段劣るようだ。二人とも、松茸に夢中である。

 ヘノがこっそりケーキの上に乗っている生クリームの固まりを平らげても、二人とも気づいていなかった。

 

 

 

 美味しい食事は終わり。

 松茸はもとより、萌々子のために用意したチキンとケーキの乗せられた紙皿もすでに空だ。

 小さい身体の萌々子には少々量が多かったようで、最後には桃子とヘノもケーキを三等分にして食べていた。

 

『ごちそうさま、お母さん! 美味しかったよ』

 

「そう言ってもらえて良かったよ。やっぱりクリスマスは、チキンとケーキだからね」

 

「でもおまえら。さっき。まつたけに夢中だったろ」

 

『えへへ』

 

「えへへ」

 

 珍しくヘノが鋭いツッコミをいれるが、ダブルえへへで終わってしまった。

 同じ顔で同じように誤魔化す二人に、ヘノはなんともいえぬ、愉快さを感じた。

 

『ところでお母さん、今日はまだ他の子たちのところに行くの?』

 

「ううん。あとは、別行動で柚花が回ってくれてるはずだから、私はこれが最後かな」

 

『そっかー』

 

「そういえば萌々子ちゃんって、他の子たちのことも知ってるの? ドワーフさんとか、ヒメちゃんとか」

 

 これは、桃子が前々から不思議に思っていることだった。

 ドワーフ、座敷童子、人魚姫。他にも何人いるのか桃子自身もあまり把握していないのだが、それぞれが桃子の【創造】という力をもとに、桃子から生み出された存在だ。

 けれど、彼らは決して互いに出会ったことは無いはずなのだ。それなのに、ドワーフも、ヒメも、そして目の前の萌々子も、互いを認識しているような言い方をしていたのだ。

 

『うん。きっと、同じ【創造】から生まれたからかな? なんとなくね、分かる気がするんだよね』

 

「へぇー、そういうものなんだねえ」

 

「おもしろいな。桃子。もっと色々【創造】してみたらどうだ」

 

「ヘノちゃんてば、簡単に言うじゃん。でも、私の【創造】で生まれた子たちがそういう絆で結ばれてるのはなんか、嬉しいね」

 

 萌々子曰く、【創造】で生まれた存在たちは、どうやら不思議な絆によって遠くにいる己の家族を認識できるのだそうだ。

 桃子は純粋に、それは素敵なことだなと笑顔を浮かべている。

 ドワーフや座敷童子、人魚姫が互いに家族と思っているのは、なんだか桃子としても嬉しいことだった。

 

 ここでひとつ。桃子が忘れていたことがある。

 

【創造】は、決して桃子だけの能力ではなかった、ということを。

【創造】による姉妹の絆。それは決して、桃子が生み出したものに限った話ではない、ということを――。

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