ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「らっしゃいらっしゃいっすよー! ダンジョンでカレーうどんを食べられるのは、このお店だけっすよー!」
香川ダンジョン第二層『闘技場』はこの日、いつもの無骨な闘技場ではなく、香川ダンジョンのうどん職人たちが集う『うどん大会フェス祭り』の会場となっていた。
中央の武舞台にはテントが並び、その全てのテントがうどん屋だ。
そのうちの一つ、ダンジョンにもかかわらずカレーの香りを漂わせている、ある意味では探索者の常識を丸ごとひっくり返した店では、13歳程度に見える調理服を着た女の子が大声で客を呼び込んでいた。
その少女の名はポンコ。今は人間のような姿をしているが、彼女はこの香川ダンジョン第三層に住まう魔法生物、化け狸の姫、ポンコである。
「ようポン姫! さっそく三人分頼むぜ。どっかで嗅いだことのある良い匂いしてやがるな」
「ふむ。クリスマスのカレーうどん。この香りは、夏と同様のワイルドなダンジョンで取れた魚のだし汁に加えて……もしや、ハクロウダケですか?!」
「むう、懐かしの香り……」
「ふっふっふー、流石は美食三銃士っすね! ポン特製、ハクロウダケのカレーなんすよ! 師匠たちもこれには花丸をつけてくれたっす!」
ポンコの店では、同じく化け狸の若者たちが人間姿で彼女の調理を手伝っている。
もちろん公にはしていないけれど、香川ダンジョンで戦う一部の探索者たちにとっては暗黙の了解。それが、この化け狸の経営するカレーうどん屋だ。
闘技場の周囲を囲むように設置されている、二階、三階の観客席。
そこに、ポンコのカレーうどん屋の様子を高見から見物している一団があった。
「ポンコちゃんのお店も調子よさそうじゃん。一年前はまだまだだったのに、すごいねえ」
「あいつ。去年は。生臭い汁を煮込んでたのが。嘘みたいだな」
「お、お手伝いをしているたぬきの皆さんも……な、なかなか、様になっていますねぇ」
二階の観客席。基本的には一階の武舞台がイベント会場となるため、二階は来客の休憩スペースだ。
そこに腰を下ろしてイベントの様子を見学しているのは、この日ポンコの応援に来た桃子とその仲間である。
早めの時間に訪れてポンコに挨拶はしてきたものの、すでにイベントは始まっておりポンコもそれなりに忙しそうだった。
なので桃子はポンコのところには挨拶だけにして、今は二階席でゆっくりと寛いでいるのだ。
「ほらほら皆さん。お話もいいですけど、うどんの準備ができましたよ。こっちがポンコさんので、こちらはえあろさんのうどんです」
そして、そんな風なやりとりをしていた桃子とヘノ、そしてニムのもとに、うどんが乗ったおぼんを手にした柚花が声をかけてくる。
柚花はつい先ほどまで、【隠遁】でうどん店に入ってもうどんを出して貰えない桃子に代わり、武舞台に下りてうどんを注文して回ってくれた。実に先輩思いの後輩だ。
おぼんの上には、まだ湯気のたつ温かいうどんが載せられている。ポンコのカレーうどんはもちろんのこと、共通の知り合いでもある風祭えあろのうどんも柚花はここまで持ってきてくれていた。
えあろのうどんは、乾物を活用した濃厚でコクのある、それでいて澄んだ色の透明なスープが売りの、見るからに繊細で上品そうなうどんだ。
「わ、すごい! 食べ比べだね!」
「キノコ女のうどんか。あいつ。風の魔力の使い方。上達してきたな」
「んふふ♪ それだけじゃなくて、他のおうどんもあるわよ♪」
「どうぞ、マグマさん、氷河さん、田中さんのうどんも二杯ずつ頂いてきましたわよ」
「わ、クルラちゃんにオウカさん!」
うどんを持ってきてくれたのは柚花だけではない。柚花に続きうどんが乗ったおぼんを持ってきてくれたのは、布地の多い探索者衣装――いわゆるローブに身を包んだ、サラサラの髪をたなびかせた上品そうな女性探索者、鳳桜華。つまりは、蔵王ダンジョンをホームとする高ランクパーティ深援隊の副隊長オウカである。
彼女は日本でおそらく唯一の、地上の医療とスキルとしての医療魔法のどちらをも習得した、ダンジョン医療のエキスパートだ。そして、無類の酒好きだ。
そして、オウカの肩の上には、既に小さな酒びょうたんを顕現させ、そこからがぶがぶとお酒を飲んでいる酒の妖精――いや、桃の木の妖精クルラが、上機嫌で赤ら顔になっていた。蔵王ダンジョンの守護者でもあるクルラはもはや、深援隊幹部メンバーに対して遠慮がない。
なお、オウカが今の桃子と普通に会話をできるのは、クルラが一時的にオウカに魔法を付与したからだ。クルラは桃の木の妖精といいながらも、酒造りの属性もあり、最近は土地神としての権能も行使出来るようになったようで、ティタニアやりりたんに続く、オールマイティななんでもあり妖精になりつつある。
「なんかすみません、私が自分でお店を回れればよかったんですけど、オウカさんにまで迷惑をかけちゃって……」
「いえ、わたくしも協力者としてこのイベントに呼ばれましたが、今のところは手持ち無沙汰でしたもの。桃子さんたちと一緒にお酒を飲みながら過ごすのも、なかなか悪くありませんわ」
「駄目だぞ。桃子は。お酒を飲んだら。すぐに倒れちゃうんだからな」
「まあ、お酒に弱いんですの? なら、初めは軽いものからですわね」
「あはは」
観客席には生憎テーブルはないが、誰も座っていない周囲の席がいくらでもテーブル代わりになるので問題は無い。
ポンコのカレーうどんも含めて、四天王のうどんでこの場には五つのうどんが揃っている。そのどれもが垂涎ものの、美味しさが約束されたうどんであるのは間違いないのだ。
いくつかの紙と割り箸を用意して、あとは皆が好き好きにうどんをシェアして食べる、プチビュッフェうどん女子会の開催だ。
「ずるずる。ずるずる。どれもうまいな」
「つ、冷たいおうどんも……悪くないですねぇ」
「ヘノ先輩もニムさんも、おちついて食べてくださいね。ほら、顔に汁がついちゃってるじゃないですか」
柚花が妖精たちを甲斐甲斐しく世話している。
どうやら彼女は武舞台に下りたときにいくつかのうどんを顔パスで提供されたようで、すでにそれなりにお腹が膨れているのだそうだ。
「ずるずる、ずるずる。ところでオウカさんは、年末年始はどうするんですか? 蔵王ダンジョンて、まだ正式には開かれてないですよね? ずるずる」
「そうですわね。蔵王ダンジョン自体はまだ落ち着いておりますが、残念ながらゆっくり過ごせそうにはありませんわ」
「んふふ♪ オウカは、蔵王ダンジョンの副ギルド長で、魔法協会日本支部の、医療部門の偉い人に任命されたのよ♪」
「え?! すごいじゃないですか、日本支部って!」
柚花が妖精たちを見てくれている間、桃子は滅多にない機会なのでオウカについて聞いてみることにした。
桃子とオウカは互いに事情を把握している知人同士ではあるけれど、食生活も立場も全く違っており、なかなかこのような雑談に興じる機会がなかったのだ。合間合間にうどんを食べながらのながら雑談で、お酒を飲みながらのクルラも含めて食事マナーとしてはあまりよくないかもしれないが、今はうどんフェスなので無礼講だ。
更に、桃子たちの会話を聞いていたらしく、柚花もニムの頬をティッシュで拭きながら参加する。
「オウカさんて、蔵王ダンジョンをホームにしていて、医療のエキスパートで、魔法生物の事情も知ってますからね。クリスティーナ会長にしてみれば、何がなんでも世界魔法協会でゲットしておきたい人材なんですよ」
「確かに、クリスティーナさんの立場ならそうなるのかな」
「んふふ♪ ちなみに、同じような理由で和歌にも勧誘はかかってるのよ♪ 将来的に蔵王ダンジョンに来るなら、魔法協会で役職について欲しいんですって♪」
「そっか、和歌さんも結婚したらあそこの住民だもんね」
「蔵王ダンジョンて、なんだかどんどん規模が大きくなっていきますよね」
柚花が呆れたように言う。
ただでさえあの場所は魔法生物が多く行き交うパワースポットだというのに、将来的には唯一無二の医療のエキスパートの鳳桜華、世界でもトップクラスに位置する炎の魔法使いである柿沼和歌、世界に名だたる不老の魔女クリスティーナ・E・ウィンチェスターの三名が滞在するようになるのだ。柚花があの土地の今後を心配するのも仕方がないことであろう。
更に言うならば。柚花もまだ知らぬことだが、人間ながらも精霊樹の因子を得てしまった黄金瞳の少女を、将来的には蔵王ダンジョンギルド、もしくは世界魔法協会蔵王支部が保護することになっている。あの場所は、将来的にはひとつの聖域と化すことは間違いない。
「そういえば、蔵王ダンジョンといえば……」
そこで、上品にうどんを味わっていたオウカが食事の手をとめて、桃子の顔を見つめる。
うどんをすすったままの桃子は、ずるずるしながら、きょとんとした顔でオウカに視線を返す。
「桃子さん。最近、あの集落を雪ん子衣装でうろついたりなさいました?」
「はい? ええと、少し前に風間のお婆ちゃんの家にお邪魔しましたけど、集落のほうには行ったことないですよ?」
「なるほど。では、桃子さんではなさそうですね……」
雪ん子衣装。それは、桃子があの土地でなにかと着用しているわら帽子のことだろう。
最近だと、わら帽子を被ったまま風間のおばあちゃんの家にお邪魔になり、そこからリヨンゴ、ルシオンという二人の外国人男性――に扮した魔法生物たちとともに、クリスティーナのいる魔法協会会長室まで移動したことがある。
だが、それだけだ。さすがに「集落をうろついた」などというほど外を歩き回ったわけではない。
「先輩じゃないとしたら、例の『雪ちゃん』ですよね。なにかありました?」
桃子の返答を聞いて、しばし考え込むオウカ。オウカの肩に乗っているクルラもまた、いつもの飄々としたクルラらしからぬ苦々しい表情を浮かべ、何も言わずに黙り込んでいる。
その様子に不審に思った柚花が、真面目な顔で声をかける。
そう。柚花の言うように、蔵王ダンジョンには――いや、あのふもとの集落には、桃子ではない、本物の雪ん子がいるのだ。
「いえ、あくまで噂程度ですが。夜に、雪ん子が何かを伝えようとしている、という噂がありまして……ま、現状ではただの噂ですわね」
「雪ん子が……何かを伝えようと?」
雪ん子の、雪ちゃん。
彼女が雪ん子として現れたのは、昨年の11月の事件以降だ。タイミングからして、【創造】という力を持つ桃子がわら帽子を被り雪ん子を名乗っていたことが関係していることは間違いないだろう。
ただし、彼女自体は、桃子があの場所を訪れるよりも前から存在していたはずなのだ。いや、正しくは。
ずっと昔、あの場所に生活していたはずなのだ。
「先輩。あの雪ん子って、ずっと昔に、あの山で亡くなった女の子なんですよね?」
「うん。風間のお婆ちゃんが言うにはね、お爺さんが生前にそういうお話をしてたんだって。風間のお婆ちゃんがお嫁にくるよりも昔に、あの山で行方不明になっちゃった雪ちゃんが、雪ん子になったとかなんとか」
「その『雪ちゃん』が亡くなったのって、あのお婆さんがお嫁にくるより前のお話なんですか? クルラさんは、何か知ってます?」
「私も、あの子のことは……そんなに、わからないのよ」
「でも、じゃあ――もしかして、お婆さんが来る前のあの土地には……」
柚花は、何かしら考え込みながらちらりとクルラを見遣るが、クルラは首を小さく振るだけだ。
桃子は考え込みながらも、再びうどんを食べ始めている。オウカはどこからか取り出したお酒をちょびちょび味わっている。ヘノとニムは、もとから今の小難しそうな話はあまり聞いていなかった。
どうやらこの場では柚花だけが、その『違和感』について考え込んでいるようだ。
「うわ、マグマさんの激辛うどんをすすったあとに、えあろさんの優しいスープを飲むともの凄く美味しい!」
「さすがだな。やっぱり桃子はなんでも混ぜてみるんだな」
一方。今は亡き風間のお爺ちゃんから【創造】という力を受け継いだ少女、桃子は。
深く考えるのをやめて、無邪気な笑顔を浮かべながら、すでにうどんの美味しさに支配されているのだった。