ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子さん、そちらの大荷物は?」
クリスマスのイベントを終えて数日。桃子はこの日、やたらと膨れ上がった荷物を背負い、ギルドの担当職員――窓口杏を驚かせていた。
桃子の愛用リュックは丈夫で伸縮性も高く、場合によってはダンジョンの鉱石などの素材も大量に持ち運べる代物だ。
それが今、ダンジョンに入る前からこれ以上ないというくらいに膨れ上がっていた。
桃子が背負えているので重さとしては見た目ほどではないのかもしれないが、しかし135センチの桃子が背負うと、荷物のサイズのギャップがものすごい。
「えへへ、年末は妖精の国に連泊しちゃおうかなと思って。着替えとか、数日分のお菓子とかを入れてたらおっきくなっちゃって」
「ああ、その体積の大半は着替えとお菓子なんですね」
「それに加えて、年越しそば用のお蕎麦とか、予備のカレールーとか、色々そろえてたら、結構な量になっちゃったんですよね」
「なるほど」
話を聞けば、なんということはない。桃子の荷物は、友達の家に連泊するための準備だった。
着替えやお菓子でリュックをいっぱいにするほどにお泊まり会を楽しみにしている桃子。それだけ聞けばありふれた女子のようなものだろう。
もっとも、行き先がゴブリンや獣人の蔓延るダンジョンなので、やっていることは決してありふれた女子のそれではない。
これが桃子でなければ、杏はギルド職員の権利を行使し、ダンジョンへの入場を阻止したことだろう。
「窓口さんは年末年始はお休みなんですか?」
「ええ。多少はお休みはいただきますけど、むしろギルドは連休中のほうが忙しくなるので、年末年始の大半はここにいると思いますよ」
「うわあ、大変だ……なんか、申し訳ないです」
「いいんですよ、お正月明けにお休みはもらえますしね。ギルドでもお鍋とか、お汁粉とか、意外とみんな息抜きはできていますから」
「あ、そうなんですね」
桃子の視点から見れば、杏はいつもこの場所で探索者たちを出迎えてくれている。
もちろん杏が不在の場合も多いし、そのときは別な――ある程度桃子の事情を聞き、守秘義務を厳守してくれる女性職員がこの席についてはいるものの、それでもやはり、ギルドは24時間休みなく稼働しているため、ギルド職員は大変なのだなという印象が強い。
もっとも、杏のほうは意外と休みはとっており、息抜きも少なくない職場だと考えているのだが。
桃子は改めて、いつも働いてくれている杏に感謝しながら。
杏は改めて、わけのわからない荷物を背負った桃子を内心で心配しながら。
いつものように、それぞれに手を振って。にこやかに別れるのだった。
桃子がダンジョン内に入ると、ヘノが迎えにくるのはすぐだった。どうやら、今日は桃子が来る前からこの房総ダンジョン第一層『森林迷宮』の空を漂って遊んでいたようだ。
「桃子。今日は珍しく。この森のなかにも。獣人がうろついてるぞ」
「そうなんだ? 大丈夫かな、獣人たたきとかしておいた方がいいかな」
この第一層に出てくる魔物は大半がゴブリンだけれど、時折第二層に出てくるような獣人が現れることがある。
房総ダンジョンに出てくる獣人は魔物としても大した強さではないのだが、しかしそれでも普段のゴブリンよりは危険性が上であることは間違いない。
が、どうやら事態は桃子が考えるほど緊迫しているというわけではなさそうだ。
「見てたけど。大した強さでもないし。今日は人間も多いから大丈夫だと思うぞ」
「ん、それもそっか。じゃあ、通りがかりに見つけた魔物だけ退治していこうね」
「わかったぞ」
そんなわけで、桃子とヘノはいつものようにマイペースで森の中を歩いていく。
魔物と戦っている探索者がいれば、それとなくゴブリンや獣人の足をひっかけたりして、人知れず探索者の援護をしたり。
メンバーで集まって会議をしている探索者パーティがいれば、しれっとその輪に入り、よくわかっていない会議の内容にうんうん頷いてみたり。
茸があれば引っこ抜いて、リュックがパンパンなのでポケットに強引に押し込んだりと、いつものようにダンジョン探索を楽しんでいた。
そんな中で、桃子がふと思い出したように、先日のことを口にする。
「それにしても、この前の【天啓】はなんだったんだろうねえ」
「あの酔っ払い女のやつか。なんだったんだろうな」
――雪を冠するものよ
――氷に埋もれしイニシエの鏡は いまなお、黄金色のイネの光を求めている
――キオクの巡礼に伴うは、風と緑葉のみにせよ
あれからも、柚花と桃子は解読を試みた。
仮にあれが桃子に関係する天啓だったとして、雪を冠する――名前に雪がつくものは、やはり雪ん子だろう。
けれど、古の鏡も黄金の稲もわからないし、記憶の巡礼などと言われてもわかるわけもない。
結局、桃子たちの出した結論としては『何かそれっぽい出来事があったら、ヘノとリフィを連れていく』というだけである。
もっとも、実はあれは桃子に全く関係ない、あの場にいた他の探索者へのメッセージかもしれないので、結局はIFの話でしかないのだが。
「雪ん子といえば桃の窪地だけど、鏡とかはともかく、あんな山の中に稲なんてないよねえ……?」
「稲はわからないけど。桃の窪地で思い出したぞ。クルラが言ってたんだ」
「クルラちゃんが? どうしたの?」
「深援隊が。本格的にチームをつくって。蔵王ダンジョンの第三層に。潜るらしいぞ」
「そうなの?!」
蔵王ダンジョン第三層。
あのダンジョンは、妖精の国からの出入り口がダンジョンの外に現れている都合上、桃子も自由に出入りが許されていないダンジョンだ。
もちろんこっそり進入しても咎められることはないかもしれないが、そんなことをしてクヌギや深援隊からの信頼を下げたくもないので、基本的には彼らからの許可がない場合は桃子も蔵王ダンジョンに踏み込むことはない。
なので、第三層どころか、桃子は蔵王ダンジョンの第二層すら見たことがないのだ。
「行ってみるか?」
「うんうん。なんか気になるし、行ってみようか」
この日は何の目的もなく第一層をさまよっていた桃子だけれど、行き先が決まったのなら、あとは急ぐだけである。
ヘノは当然のように桃子の両足に緑のつむじ風をまとわせる。桃子も阿吽の呼吸で、つむじ風の力が付与されるや否や、森の中を翔ぶように駆けていく。
桃子とヘノが房総ダンジョンを通過し、妖精の国に荷物を置いてから蔵王ダンジョンへと現れるのは、時間にして30分もかからない頃だった。
「おや、お久しぶりですね、桃子さん」
「クヌギさん、こんにちは! お邪魔してます!」
「たぬき父か。相変わらず。まんまるな眼鏡だな」
桃の窪地に建てられた管理小屋の一室に、わら帽子を装着した雪ん子衣装の桃子が姿を現した。
この小屋は、妖精の国と繋がる光の膜を隠すために、わざわざギルドと世界魔法協会が設計して建てた建築物だ。最初にこの室内に降り立ったときには桃子も驚いたけれど、今となっては慣れたものだ。ストンと両脚で木張りの床に着地すると、廊下の先からやってきたポンコの父、クヌギに挨拶を交わす。
クヌギは人間が勝手にダンジョンに侵入しないかを管理する役目についているが、実際には光の膜からやってきた桃子たちの案内も兼ねている。彼女らがいきなり窪地に現れて、何も知らない探索者たちと鉢合わせをしないように、クヌギが管理小屋に住み込むことで調整してくれるのだ。
考えようによっては彼の住居を通り道にしているようで変な感じがしなくもないが、クヌギ本人が全く気にしていないので、桃子もそこは気にしないことにしている。
「今日はどちらに? クルラさんなら窪地の社で休憩中だと思いますが」
「あ、クルラちゃんを呼びに来たわけじゃないんです。今日はちょっと、深援隊の人たちが第三層に潜るって聞いて来たんですけど」
「ああ、なるほど」
彼の着流しから見える両手両足には、あの痛々しかった瘴気による黒い火傷痕は、もうほとんどなくなっていた。恐らく今ならばダンジョンの深層に潜ったとしても瘴気の影響を受けることはないだろう。
なので、本来的には瘴気の傷が治った時点でクヌギがこの地に居座り続ける理由も残ってはいないのだが、どうやら彼は彼で、深援隊の一員としてこの地にとどまり続けることを選んだようだ。ポンコは残念がるかと思ったが、よく考えると会おうと思えば毎日でも会いに来られるので、ポンコはさほど気に病んではいないだろう。
「たぬき父。深援隊は。もう行っちゃったか?」
「そうですね、彼らなら午前中には潜ってしまいましたから、今頃は第二層だと思います。桃子さんたちなら、追いつくことは可能かと思いますが」
「そっかー。まあ、無理して追い掛けることはないかな」
「そうだな」
深援隊は、すでにダンジョンに潜ってしまったようだ。
あわよくばこっそりと深援隊についていき、彼らに案内してもらいながら第二層、第三層を覗き見してみたいなと考えていた桃子だったけれど、残念ながらその目論見は崩れ去ってしまった。
さすがに今から、ヘノと二人きりで第二、第三層まで彼らを急いで追い掛けようとも思わない。それをやるくらいなら、後日また柚花などを誘って普通に探索するほうがいくらかマシだろう。
どうしたものかと桃子が考え込むと、ふと。珍しくクヌギが酒瓶を手にしているのに気がついた。
「あれ? そのお酒は、今から飲むんですか? それともオウカさんでも来てるんですか?」
「ああ、違います違います。これはウワバミ様へのお供えものの御神酒です」
御神酒。つまりは神へと捧げる酒である。
この土地に住んでいた人々は、ウワバミ様という神を信仰している。だからこそ、ウワバミ様に御神酒を捧げるという行為は、何も間違ってはいない。
だが――桃子とヘノは顔を見合わせ、首を傾げる。
「ウワバミ様って、クルラちゃんですよね?」
「お供えものなんかしなくても。あいつなら。自分から飲みに来るだろ」
「ははは、それはそうなんですけどね。せっかくですし、一緒にどうですか?」
そう言うと、クヌギは桃子たちを導くように廊下を歩いていく。どうやらクヌギは管理小屋の入り口――つまり、屋外へと向かうようだ。
桃子とヘノは少しだけ顔を見合わせると、特に別な予定もなかったため、クヌギのあとについていくことにした。
「雪が積もってるな。また。雪だるまでも作れそうだぞ」
「面白そうだし、あとでこっそり大きな雪だるまでも作っていこうか」
雪の積もった桃の窪地をざくざくと進んでいく。
クヌギが向かうのはダンジョン第一層へと続く洞穴――ではなく、焼け落ちた桃の木の跡地。そしてその裏に建てられた、ウワバミ様を祀るお社だった。
この社は、風間のお婆ちゃんの亡くなった旦那さん、つまりは風間のお爺ちゃんがウワバミ様のために建てた社だったはずだ。
「あ、ウワバミ様のお供えって、このお社の話だったんですね」
「ええ。最近は私が管理人がてら、このお社の世話を担当しているんです」
「でも。この小さい家って。クルラの寝床だろ? あいつならやっぱり。自分でお酒くらい。持ってくるんじゃないか?」
「ええ。私も当初は不思議に思いましたが、それが『信仰』というものの複雑なところです」
お社にお酒をお供えする。日本で生まれ育った桃子としては、クヌギのその行為には特に疑問はなく、むしろ納得してしまったのだが、ヘノは今一つわかっていないようで、しきりに不思議がっている。
ヘノの言うことはもっともで、神様の寝床を人間が管理するとは言っても、神様の正体はクルラなのだ。
なんなら、クルラは自分でお酒を飲みに管理小屋や風間のお婆ちゃんの家まで遊びに行くし、管理小屋の掃除も、クルラ本人がやろうと思えばできるのだ。
しかしだからと言って、ウワバミ様を祀る社をぞんざいに扱っていいとも思えない。
「なんだか。よくわからないな」
ヘノの言う通り。
信仰心とは。とてもデリケートで、複雑で、よくわからないものなのだった。