ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
そして、配信は進む。
うどんを食べ終えた桃子が、台所の流しで食器を洗って戻ってきた頃。
画面の向こうでは、深援隊メンバーたちが第二層の最奥までたどり着いていた。
『よし。ミーティングも兼ねて、一度ここで休憩を挟む』
『そっすね。ついでにギルドと魔法協会の意見も確認しておきましょうか。配信で見てると思いますけど、何かあったらコメント書き込んでください』
画面には、第二層と三層をつなぐ階段にメンバーが腰を下ろし、各々が水筒の水を飲み、エナジーバーを口にしている様子が映っていた。
そして、サカモトがカメラ目線――もっとも、フルフェイスなので目線はわからないが――で話しかけてくる。
この配信は、当然ながらギルドでも職員や他のメンバーが確認しており、サカモトの言葉からすると魔法協会蔵王支部にも配信されているようだ。もしかしたら、クリスティーナが直々に見ているのかもしれない。
:ギルドからは特にはありません。風間ギルド長の判断に一任します。
:こちらは魔法協会です。三層まで降りたら、鏡面水晶のサンプル採取をお願いいたします。
画面の横に、視聴者コメントという形で各々のコメントが書き込まれる。ギルド、魔法協会、それぞれからのコメントだ。
そして最後にもう一つ、ギルドでも魔法協会でもないコメントが書き込まれた。
:カレーの材料になりそうなものがあったら採取をお願いします。
『えっ?! 最後の誰ですか? クヌギさん?! え?! まさか!!』
これはもちろんクヌギの端末からの書き込みだが、一部の者たちはこの書き込みの主が誰なのかをすぐに察した。もちろん、彼らの頭に浮かんだ人物はカレーの妖精、桃子である。
とは言っても、実際にはカレーの材料を求めたのはヘノの要望であり、実は桃子は冤罪だ。
なんにせよ、画面の中では桃子が見ていることを察したサカモトが慌てふためき、その横では風間とオウカが苦笑を浮かべていた。
その後は、周囲を警戒しつつも彼らは休息をとり、短くミーティングの風景が配信されていく。
――そして。
深援隊の配信が好調なのは、ここまでだった。
『……結晶……鏡……で……ザザ……』
深援隊メンバーが第三層へと下りていくとともに、画面はノイズまみれになり、音声も途切れ途切れになっていく。
そして一行が第三層を進んでいくと、画面はそのうちノイズすら消え、ただの真っ暗になってしまった。
「あれ? 画面が映らなくなっちゃいましたね」
「声しか。聞こえなくなったぞ」
「第三層も魔力の流れが激しいようで、そこまでいくと魔力の流れに魔石動力が狂わされてしまうんです。今回は特注の端末を試してみたようですが、それでも難しかったようですね」
とは、クヌギの談だ。
第三層まで彼らが潜るのは初めてではないのだが、今までもこのようにして第三層では端末の機能が死んでしまったとのことである。
むしろ、途切れ途切れとはいえ音声だけでも繋がっているのは、過去の探索時と比べるとかなりの進歩らしい。
『……未知の……ザザ……この……先へ……』
桃子とヘノは、真っ暗になってしまった画面を見つめる。
深援隊の声は途切れ途切れで、その大部分がノイズまみれだ。これが誰の声なのか、魔物と戦っているのか、彼らが順調に進んでいるのかも、これではよくわからない。
静かな室内に、ノイズばかりが響きわたる。
明るい昼下がりから配信を見ていたはずが、既に窓の外は日が沈み夜の景色となっている。それだけの時間、彼らは休憩もほとんど挟まずに真っ直ぐ進んでいるようだ。
「……なんか、不安になってきちゃった。私も追いかけた方がよかったかなあ」
「今からいくのは。さすがに桃子が危険だし。駄目だぞ」
「ええ、ヘノさんと同意見です。彼らも第三層まで潜るのは今回がはじめてではありませんから、無理はしないでしょう」
「うーん……」
ヘノの言う通り、魔力操作が万全でない桃子が今から彼らを追い掛けたとて、下手をすれば途中で桃子こそが遭難者となってしまうだろう。
そしてクヌギの言う通り、深援隊のメンバーは第三層を幾度も探索しているのだ。彼らの実力は折り紙つきな上、別に無理して下層を目指しているわけでもないのだから、心配することなどないのだ。
それでもなお。
魔力やスキルとかとは一線を画した『予感』としか言いようのないものが、桃子の心を侵食する。
何か、何かが。
彼らの身に起こる気がする。彼らが隠されていた何かに触れてしまう気がする。
何かの引き金を、引いてしまう気がする。
そして、皮肉にも。
『報こ……雪……ザザ……はっこ……たい……はっけ……』
こんな時に限って、桃子の『予感』は、的中してしまうこととなる。
『ごめ……さび……ザザ……ずっと……んなとこ……』
第三層に下りた深援隊メンバーたちは、第二層よりも強力な魔力濃度に晒されながら、この階層を進んでいた。
第三層の風景そのものは、水晶のような冷たい結晶に覆われていた第二層と似ている。輝く結晶がびっしりと周囲を覆い隠した、洞窟タイプの巨大迷宮だ。
しかし、この階層の水晶は、明らかに第二層とは違うものだった。
「相変わらず、結晶がピカピカの鏡みたいで、遊園地の鏡迷路みたいですね、リーダー」
「全くだ。魔力酔いはしないが、普通に鏡酔いしそうだな」
「皆様、足元をよくみて進んでくださいまし。鏡ばかり見ていると位置関係が分からなくなりますわ」
全身の魔力を制御できている風間、そして魔法耐性という能力により、外的な魔力の影響をほとんど受けないサカモトの二人が先頭となり、鏡の迷宮を進んでいく。
ともに歩くオウカは魔力酔いの症状が出始めているのか、探索に支障が出るほどではなくとも、明らかに調子は悪そうだ。
後ろに続く三人のメンバーに至っては、先ほどからほとんど口数がない。彼らもこの第三層まで下りてくるのは初めてではないが、雑談に興じるほどの余裕はなく、必死で全身の魔力制御に気を割いている。
既に今までの探索でもある程度のマップは作られている。
多少の変動はあるかもしれないが、大まかな位置関係はすでに把握しているので問題はない。この日はこの第三層『鏡の迷宮』の、中心部と思われる方向へと調査の手を広げる予定だった。
「ここから先はまだ探索の手が届いていない、いわば未知の領域だ。このまま先へと進むが……大丈夫だな?」
リーダーの風間が、全員を振り返り問いかける。
特注の端末も、この第三層の魔力にあてられ、残念ながらまともに動いてはいない。だからこそ、今は自分たちだけが頼りである。
サカモトは、オウカは。そしてその部下である三人の探索者たちは。強い瞳で大きく頷いてみせる。
彼らとて、調子は万全ではない。けれど、魔物とは戦える。調査は進められる。意志の力で、魔力酔いを押さえ込む。
その強い意志が、正解だったのか、間違いだったのか。
ここで引き返すべきだったのか、進むべきだったのか。
それは、誰にもわからない。
幸運なことに、道のりに魔物はさほど現れなかった。
この中央部と思われる領域には、もとから魔物が少ないのかもしれない。もしくは、『何か』が魔物を遠ざけているのかもしれない。
それ程までに、不自然なくらい魔物が現れないのだが、今回の探索メンバーだけではその原因までは判別できそうになかった。
「ねえリーダー。ここまで下りるなら、やっぱりクヌギさんについてきてもらったほうが良かったんじゃないですか?」
「まあ、効率や安全性を考えるならな。けれどサカモト、俺らが彼になんでもかんでも頼るのは……違うだろ」
「それに、クヌギさんはいざというときの奥の手ですもの。今は地上で待機していただくのが一番ですわ」
風間たちは、今頃地上で待機しているであろう深援隊メンバーのことを考える。
この幹部三人だけが知る事実。それは、クヌギの正体だ。彼は香川ダンジョンに住まう化け狸であり、人間よりはるかに強力な力を持った存在だ。無論、彼らが苦戦している魔力制御も、化け狸のクヌギにかかればお手の物に違いない。
そんな彼の力に頼りさえすれば、圧倒的にダンジョンの探索は効率的になるのは間違いない。だが、それは――ギルド上層部と交わされている裏の規約としても、そして風間が掲げる深援隊の意思としても、避けるべき考え方だった。
なので深援隊は極力クヌギには頼らず、彼はいざというときの保険として待機してもらう方針を貫いている。
「でも姐さん。俺らが揃ってても手に負えない『いざというとき』って、それはもう特殊個体とかそういう――」
「待て、サカモト。静かに……静かに、するんだ」
その時、風間が手でサカモトを制した。
風間は決して感知系の能力を所持しているわけではない。だが、彼の達人級の魔力操作は、その場に漂う『違和感』を正しく、感じ取っていた。
濃厚な魔力の中に、なにか――違う力が混ざっている。
「こっちだ」
風間は、黄金の光を放つサーベルを油断なく構えたまま、ゆっくりと。
黄金の光を乱反射する鏡の迷宮の中を進んでいく。
サカモトを始めとしたメンバーにはその違和感はわからない。むしろ、全てが鏡張りの空間では、違和感どころか自分の立ち位置を自覚することすら一苦労なのだから、何も感じ取れないのも仕方の無いことだ。
そして。彼らは見つけた。
巨大な鏡結晶に囲まれたような、開けた空間。
そして、そこにあったのは――いや、そこに居たのは。
「……報告。雪ん子……いや、身元不明の……子供の白骨遺体を発見した。確保し、撤収する」
風間が、地上と繋がっているのかどうかも定かではない配信機器に向かい、静かに。淡々と。言葉を紡ぐ。
他のメンバーは、何も言わない。ただ、この目の前にある事実に、言葉を失っていた。
それは――小さな子供の、白骨遺体だった。
サカモトが、ゆっくりと白骨の前に屈み込む。
顔のフェイスガードをあけて、震えた声で語りかける。
白骨化したその子供の顔に、頬があった筈の場所に、優しく手を差し伸べる。
「……ごめんなあ……さびしかったなあ。ずっと、ずっと……こんなところにいたんだな……雪ちゃん」
その身につけている衣服は、ボロボロになってもなお、彼女の様相を示していた。
まだ幼い体躯に、古めかしいシャツに、もんぺ姿。
その衣装を、この深援隊メンバーはよく知っていた。決して会話をしたことがあるわけではない。決して交流があったわけではない。
けれど、この土地に移り住んでからは、何回か彼女を目撃しているのだ。
何十年も昔に、この山で行方不明になったという少女。
桃の窪地がスタンピードを起こした夜、村人たちに助けを求めにきたもう一人の雪ん子。
雪ん子の、雪ちゃん。
彼女が、ようやく――発見された。
粛々と、少女の遺体の回収は進められる。
不幸中の幸いというにはあまりにも痛々しいが、この空間には魔物はおらず、虫やバクテリアからも護られていたようで、彼女の白骨遺体は非常に綺麗な状態だった。
最低限の記録のため、白骨に謝罪をしながらも、ギリギリで稼働している端末で状態を撮影する。
そして、少女と同じ女性であり、そして医師でもあるオウカが、彼女の遺骨を清潔な布に移し、包み込んでいく。
その間、誰も言葉を発さない。鏡の世界で、誰もが黙り込んでいる。
高ランク探索者として。魔物との戦いの中で犠牲になった人を見たことがないわけではない。人の死を、知らないわけではない。
けれど、こんな小さな子供の死は――別なのだ。
全てが終わると、オウカが風間にアイコンタクトを送り、撤収を指示しようとするが――そこで、異変が起こる。
『……返しなさい。その子は……私が護るのだから……』
雪の子の遺体を包みこんだ袋を持ち上げようとした際に。不思議な、まるでこの広間全てに反響するかのような、若い少女の声が響き渡った。
そして、膨大な魔力が膨れ上がると共に、周囲の鏡結晶が光を放ち始める。
『……その子に害をなすものは……許さない……!』
「なっ?!」
「皆さん、伏せてくださいまし!」
しかし、オウカの指示が皆の耳に届いたときにはもう、全員が銀色の光に包まれていた。すでに謎の少女の術中に落ちていた。
光の中で、深援隊リーダーである風間が最後に見たのは。深援隊メンバーが銀の光に呑み込まれていく瞬間と、一人だけ銀色の魔力に抗い雪ん子の遺体を護るべく覆い被さる全身鎧の姿と。
何処からか真っ直ぐに飛び込んできた空を飛ぶ白蛇が。何かを叫びながら、鏡の前で金色の光を放つ光景だった。