ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「むぐむぐ。なんだこれ。音も全然聞こえなくなっちゃったな。壊れちゃったのか?」
「うーん、画面も真っ暗なままだし、音もないし、本格的に通信が切れちゃったのかもしれないね」
あまりにも手持ち無沙汰だったため、桃子が台所で焼いてきた甘い玉子焼きを頬張りながら、ヘノがクヌギの端末をぽんぽんと叩く。
窓の外はすでに日も暮れており、本来ならば桃子たちはもう妖精の国に帰るべき時刻だ。しかし、そんな時刻になっても深援隊の探索は佳境どころか、とうとう無音になってしまった。
直前になにかしらの『報告』を伝える声だけは聞こえたので、何らかの発見があったのだろうと思うが、この状況ではさっぱりだ。
「仕方ありませんね。すでに時刻も遅いですし、桃子さんは妖精の国に戻られては?」
「うーん……そうですね」
「なんだか。すっきりしないけど。仕方ないな」
「はは。彼らが戻ってきたら私が出迎えますから、明日にでもまたいらしてください」
全くもってすっきりしないままに通信が途切れてしまったが、なんにせよ、地上にいる桃子たちにはどうしようもない。りりたんでもこの場にいたのならば内部の様子を千里眼で映し出せたかもしれないが、この場にりりたんはいないのだ。
なので、この日はクヌギの言うとおりに、桃子とヘノは妖精の国へと帰ることにした。
この管理小屋に居着いたところで、台所で料理をする以外にやることもなく、正直いって暇なのだ。
この日は大した荷物もないので、桃子は部屋の脇に脱ぎすてていたわら帽子をひょいと手で掴みあげる。帰りの支度はそれだけだ。
「こうなったら。妖精の国に戻って。カレーでも作るしかないな」
「そうだね。この時間なら柚花とニムちゃんも妖精の国に戻ってるだろうし、一緒に何か作ろうね」
カレーの話で気を紛らわせつつ、もやもやした気持ちを抱えながらも光の膜の部屋へと移動する。
クヌギの手には端末が握られているが、相変わらず配信画面は真っ黒で無音のままだ。この状態ではすでに配信が切れているのか、それともまだ続いているのかも判別できない。
「では、桃子さん、ヘノさん。ティタニア様にもどうぞよろしくお願いします」
「はい、クヌギさんも今日は色々ありがとうございました!」
「お菓子。全部食べちゃって。すまないな。今度はヘノが。美味しい果物を。持ってきてやるからな」
「ええ、楽しみにしていますね」
この日は結局、この管理小屋に何時間も居座ってしまったので、その間に小屋に置かれていたお菓子類は全て三人で食べつくしてしまった。
もちろん一番食べていたのはヘノだったが、桃子とクヌギも実はそこそこ食べている。
それくらいに、配信の後半は暇だったのだ。
何にせよ、クヌギには今日のお詫びとお礼も兼ねて、妖精の国からおすすめの果物や乾物でも持ってこよう。
桃子とヘノはそんな話をしながら、妖精の国へと繋がる光の膜を発生させる。
「じゃあクヌギさん。また――」
そのとき、桃子の言葉を遮るように、とあるアラーム音のようなものが室内に響きわたった。
ほとんど反射的に、桃子が動きをとめる。笑顔が消える。
決して大きな音ではないが、どことなく聞いたものを不安にさせるような不協和音のメロディ。音の発生源は、クヌギが手に持っている端末である。
この音声に反応を見せたのは桃子だけだった。探索者としての知識を持たないクヌギもこの音に覚えはないらしく、不思議そうに右手に持つ端末に視線を向けている。
「どうした桃子。この音。なんなんだ?」
「ヘノちゃん、少し待って! クヌギさん、いまの、いまのは――」
桃子は、ぽかんとしているクヌギからその端末を奪い取る。そして、急ぎ端末の画面を表示させる。
そこに表示された文字を確認して、桃子は青ざめた様子でクヌギを見上げ、それを読み上げる。
「これ――ダンジョンからの、緊急の、救助要請です!」
クヌギの端末から救助要請信号を受け取ってから、およそ十五分後。
桃子たちは、新設されたばかりの蔵王ダンジョンギルドの会議室に集められていた。
大きな室内には十数人は座れそうな円卓が置かれ、それを囲むように上質な椅子が並べられていた。その座席につくのは、この蔵王ダンジョンの関係者の中でも、ごく一部の人員――妖精や魔法生物について把握しているものたちである。
魔法協会からはクリスティーナと、その秘書や護衛たち。そしてギルドからは、桃子は知らない顔だが、役職的に魔法生物について知らされていたであろう職員が招集されていた。
「ことは急を要しマす。今回は蔵王ダンジョンギルドと世界魔法協会蔵王支部の共同作業として、私が指揮を執らせていただきマす」
全員が揃ったのを確認し、最前席で車椅子に座った状態で挨拶をしているのは世界魔法協会会長であるクリスティーナだ。
当然ながら、深援隊からの救助要請が届いたのはクヌギの端末だけではない。彼女もまた蔵王ダンジョンの有力者として例の配信を確認し、そして救助要請信号を受け取ったものの一人だった。
桃子たちが救助信号に気付いた後すぐに管理小屋の電話が鳴り、蔵王ダンジョンの有力者たちが急遽この会議室に集められたのだ。
当然ここで話し合われるのは、ダンジョン内で『何か』に巻き込まれたであろう、深援隊の面々の救助についてである。
「最初に。皆様も把握していると思いマすが、救助要請の直後にいくつかのメッセージが届いていマす――」
彼女の言う『メッセージ』とは、救助要請とほぼ同時に深援隊メンバーのグループメッセージ機能で届いた文章だ。
クリスティーナに促されるように、場に集まったそれぞれが手元の端末を覗き込む。深援隊メンバーが受け取ったそのメッセージ文章は、今はこの場の全員の手元に転送されていた。
桃子も、横に座るクヌギの端末でその文章を改めて確認する。
メッセージの差出人は、サカモトだ。おそらく【魔法耐性】を持つ彼だけが、その『何か』に抵抗できたのだろう。
サカモトが、最後の力で残したと思われるメッセージは、たったの三行。
:子供の骨、銀の妖精、稲を探してる
:ウワバミさまがまもってくれた
:あとはたのみます
「子供の骨。妖精。それとこれは――ライスプラント? お米ですか。それと、ウワバミ様が彼らを守ってくれているようです」
稲という文字が分からずクリスティーナが秘書に問う一幕もあったが、情報としてはさほどの量ではない。
しかし、妖精という情報が含まれる時点で、これがただの魔物によるトラブルでないのは確実だった。
ウワバミ様の名前も出てきているが、この日姿を見せなかったクルラは恐らくずっと、深援隊を影から見守っていたのだろう。
「次に、第三層まで救助に向かう人員ですが、皆様の知っての通り、並の人間ではあの階層は突破できマせん。条件としては――」
クリスティーナが、次々と状況をまとめていく。
深援隊が行方不明になったのは第三層だが、普通の人間ではそもそもあの場所までたどり着くことすら難しい。なにせ、深援隊の精鋭たちが、数ヶ月の修行の末どうにか進めるようになったのが第二層だ。
今から下層へ向かおうとしても、第二層を越えられる深援隊の精鋭並みに魔力操作が可能な人間など、揃えるだけでも難しいのが現実だ。
だが。それ自体は今回に限っては、大した問題ではなかった。
「――ですから、リヨンゴ、フルドラ。そしてクヌギさん、お願いしマす」
「オッケーだぜボス。俺はアンタの手足だからよ、任せとけ」
「了解しました、会長」
「私も、深援隊の一員として問題ありません」
人間が苦戦する濃厚な魔力も、そもそもその階層を進むのが魔法生物ならば問題にすらならない。
クリスティーナの護衛であるアフリカの英雄巨人リヨンゴ。そしてクリスティーナの秘書の女性、名はフルドラと呼ぶらしいが、彼女もまた何かしらの魔法生物だと桃子も知っている。
当然、深援隊メンバーでもある化け狸、クヌギの名も呼ばれる。
「そして――」
クリスティーナは次に、深援隊でも魔法協会職員でもない、桃子に視線を向ける。
否。『桃子たち』に視線を向ける。
「桃子さん、柚花さん。これは妖精がかかわっていますから、貴女たちにモ同行していただきたいです」
「はい。もちろんです!」
「まあ、私も構いませんけど……」
当然、名前を呼ばれたのは肩にヘノを乗せた少女、桃子。
そして桃子の横に座っているのは、肩にニムを乗せた柚花である。
桃子たちが救助要請を受けたのは、光の膜の目の前だった。そしてこの会議室に来る前に、一度だけ光の膜を潜り、そこにいた小妖精に柚花への言付けをお願いしたのだ。蔵王ダンジョンで緊急事態だ、と。
そうしてつい先ほど桃子に遅れてこの場にかけつけたのが、柚花とニムの二人だった。
柚花は当然のように桃子の横に座りこれまでの話を聞いていた。だがそもそも、柚花は事前に何があったのかを全く知らずに呼ばれたので『同行』と言われても困ってしまう。今年も最後まで大騒動が続くんだな、というのが柚花の正直な感想だ。
「私はそもそも何があったのかも知りませんから、どなたかここまでの流れを説明してくださいね」
「わ、私も、よく分からないんですよねぇ……」
「仕方ないな。ヘノが説明してやるか」
「あ、ええと……ヘノ先輩は忙しいでしょうから、クヌギさんにお願いしてもいいですか?」
「ええ。では、道すがら」
さらりとヘノによる説明を拒否した柚花だが、言葉を選んでヘノに断りを入れてから、桃の窪地の管理人であるクヌギに説明をお願いする。ヘノに説明を任せても、おそらくまともな説明にはなるまいという的確な判断である。
そしてその判断に対し、魔法協会会長のクリスティーナが、小さくうんうんと頷いているのを桃子は目撃してしまったのだが、ノーコメントに徹することにした。
【とある妖精たちの会話】
「初めまして、でいいのかしら♪」
「アナタは誰……? 大地の香りがする妖精……ね」
その場所は真っ白で、何もない平原だった。
過去にはもしかしたら何かが咲き誇っていたのかもしれない地面は白く凍り付き、そこにはなにもない。過去には花畑か、もしくは畑や田園が広がっていたのかもしれないが、豊かだったかもしれない大地は。今や、雪と氷の膜で覆われていた。
けれど、その土地はどことなく、ティタニアの治める妖精の国に、とてもよく似ているように見えた。
ここはそう、ダンジョンの第三層であり、第三層ではない不思議な世界。ここは妖精の国や化け狸の里と同じく現実とは切り離された、魔法生物の住まう世界だった。
そしてそこで対面するのは、二人の妖精である。
「んふふ♪ 私はクルラっていう名前があるのよ。あなたのお名前は?」
「名前なんて、ない……。好きに呼べばいい……わ」
一人は、ティタニアの娘のひとり。古代ローマや古代ギリシャの人々のように白い布を身体に巻き、愛用の酒びょうたんを抱えた妖精、クルラ。彼女はいつもお酒で赤らんだ頬をしているが、しかし今はいつも以上に、嬉しそうに微笑んでいた。
そしてそれに対面するのは、クルラが初めて顔を合わせる妖精だ。背には銀色の冷たい翅。彼女の魔力は、ティタニアの娘たちとは違う魔力である。地脈とでも言うべき、この地に循環する魔力を豊潤にその身に宿している。
そして、その銀の妖精の顔立ちは――クルラと、よく似ていた。
「そうなのね♪ じゃあ、あなたのことは――」