ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ダンジョンの魔法光で照らされた景色は白く、はぁ、と吐いた息も白く染まる。
蔵王ダンジョン第二層は、ゴツゴツした岩の迷宮である。だが、その岩場の多くが白い結晶で覆われていた。
結晶に触れるとその全てがひんやりと冷たく、その全てが氷の結晶なのだと言われても信じてしまいそうな洞窟である。
その凍り付いた階層で、桃子と柚花は休憩をとっていた。水筒のお湯で喉を温め、出発前に用意されていたカレー味のエナジーバーでエネルギーを補給する。
壁や地面は氷のように冷たいため、二人ともが立ったままの休憩だ。肩にはそれぞれの相棒妖精がくつろいでいる。
「リフィさんは出かけてて見つかりませんでした。本当は例の【天啓】もあるので、連れてきたかったんですけどね」
「そういえば。そんな【天啓】も。あったな」
「うーん……氷に、鏡に、稲だもんね。私も雪ん子姿だし、完全に今回のことだよね」
「ル、ルイに伝言をお願いしたので、あ、あとからリフィも……来てくれるとは、思いますけどねぇ」
話題の中心は、先日のオウカによる【天啓】だ。
『雪を冠するものよ
氷に埋もれしイニシエの鏡は いまなお、黄金色のイネの光を求めている
キオクの巡礼に伴うは、風と緑葉のみにせよ』
桃子は雪ん子姿。そしてここは氷で覆われたような第二層で、その下に存在する鏡のような結晶で覆われた第三層だ。
おまけに、サカモトの最後のメッセージには『稲』の記述もある。
あの【天啓】が今回のことを言っているのだとしたら、これがおそらく『記憶の巡礼』とやらに繋がる出来事なのだろう。
その場合は風の妖精ヘノと緑葉の妖精リフィを連れていくべきなのだろうが、残念ながら今回は急な話だったので、リフィがいなかった。
こればかりは仕方ないので、あとからリフィが追いついてくれることを祈るしかないだろう。
また、稲も用意できなかったので、ポケットには袋に入れたままの白米が入っている。これを使う機会があるのかどうかはわからない。
「ところで先輩。魔力制御とかはどうです? 大丈夫ですか?」
「うん。このわら帽子のお陰か、思ったよりもしんどくないよ。ちょっとけだるい感じがするけどね」
この第二層は魔力濃度が尋常ではないらしく、魔力を制御できない普通の人間が立ち入るとあっという間に魔力酔いで立っていられなくなる階層だ。
だが、自己の魔力を完全に把握し制御できる柚花はともかくとして、魔力制御などとは縁のない桃子にも、不思議なことに魔力酔いの症状は出ていない。
おそらくこの、頭から被っているわら帽子が守ってくれているのだろうと桃子は判断する。
「ためしに。わら帽子を。脱いでみたらどうなるんだ?」
「え、脱いでみる? じゃあ、ちょっとだけ……」
桃子は何の気なしに、ひょいとわら帽子をはずしてみる。
すると、それは本当にあっという間だった。
「へ? うわ、うわあ」
世界がぐらんぐらんと回り出す。平衡感覚が揺らぎ、普通に立っていたはずの桃子は、気づけばその場に尻餅をついていた。
いつ尻餅をついたのかもわからない。ただ、周囲の音と光がぐるぐると周り、桃子はなにがなんだかわからなくなっていた。
空気がカレー鍋のようにかき混ぜられる。そして目の前に、カレーの神が光臨した幻が見えてきた。
「あわわわわ……いあ、かれー、かれー」
「なんだ桃子。カレーがどうかしたのか」
「うぅ……も、桃子さん?」
不思議そうに桃子をのぞき見るヘノとニムに代わり、柚花が慌てて桃子の手からわら帽子を奪い取り、がばりと強引に桃子の頭に被せ直す。すると、桃子の目には正常な光が戻る。
この間、時間にしてたった数秒ほど。桃子はそれだけの時間で理性を失いかけた。柚花がいなければ危なかった。
「先輩はわら帽子を脱いじゃ駄目ですね。こんど魔力制御の修行をしましょうか」
「……あ、わ、ひゃー、びっくりした……今のが魔力酔いなの? なにか変な世界が見えた気がしたよ……」
「先輩は魔力が多いので、魔力酔いの影響も大きいのかもしれませんね。危ないところでした」
先日ヘノは「桃子ならきっと。すぐに慣れるだろ」などと言っていたけれど、あれは本当にヘノの買い被りだったようだ。慣れるどころではなかった。
桃子はひんやりと冷たくなったお尻をぱんぱんと手ではたいて、立ち上がる。きちんと両足が地面を踏みしめる感覚が戻ってくる。
大きく深呼吸をすれば、氷の階層で冷やされた空気が肺の中に入り込み、桃子はようやく、しっかりと目がさめるのだった。
「ところで柚花こそ、本当にその格好で大丈夫なの?」
「ああ、私ですか?」
わら帽子を整えた桃子が、今度は柚花の服装に視線を向ける。
地上は十二月とはいえ、房総ダンジョンや妖精の国が寒くなるわけではない。なので、今回呼び出された柚花も、服装としては大した厚着はしておらず、言ってしまえば軽装だ。
とてもではないが、氷のように冷えたこの階層を歩くべき服装ではないのだが、柚花は全く平気そうだった。
「大丈夫ですよ。フルドラさんが寒さから守ってくれる魔法を使ってくれたんで、助かりました」
「そうなんだ?」
フルドラ。それは、クリスティーナの秘書として働いている女性だ。
白い肌にダークブラウンの髪をした、どことなくクールな雰囲気の美女である。桃子は会話を交わしたことこそないけれど、クリスティーナにつき従っている姿をよく知っている。
会話が聞こえていたのか、少し先で見張りに立っていたフルドラは、桃子たちに向けて軽く会釈をしてから再び見張りに戻る。実にクールだ。
地上では普通のタイトスカートだったのだが、今はそのスカートの下から馬のような尻尾がはみ出ている。頭にも動物の耳がついており、魔法生物としての本来の姿を見せていた。
「スカンジナビアのほうの、森の精霊とかそういう伝承由来の方らしいですよ」
「スカンジナビアかあ。うんうん、スカンジナビアだね。あそこだよね」
「なるほど。すかんじなびあか」
「すかんじなびあ……うぅ……な、なんだか、いい言葉ですねぇ」
桃子は地理が苦手である。
それを知っている柚花は、「スカンジナビア」を連呼する桃子と、単に語呂を気に入って「すかんじなびあ」を連呼する妖精たちを。
呆れ半分のため息をつきつつ、微笑ましく見つめるのだった。
「さてと、ここいらの魔物はだいたい片付けたのぜよ?」
「離れた場所にはまだいくらかいるようですが、今は無視して進んでしまいましょう」
休憩していた桃子たちのもとへと、離れていたリヨンゴと巨大狸姿のクヌギがやってきて声をかける。
と、いうのも。
実は現在、桃子と柚花が立ち話をしている間、離れた場所ではリヨンゴとクヌギが魔物の集団と戦っていたのだ。
桃子たちも戦う意志はあったのだが、彼らの力量ならば第二層の魔物はどうとでもなるということだったので、桃子と柚花は彼らの言葉に甘えて休憩をさせてもらっていたところである。
「お前ら。二人で。大丈夫だったのか?」
「もちろーんね。でかい連中もいたけど、第二層の魔物くらいじゃ目じゃねーですよ」
リヨンゴは、魔法生物としての巨大な身体になると洞窟でぶつかってしまうので、今は力を抑えた人間サイズだ。それでもなお、彼にとってはこの階層の魔物は敵ではなかったらしい。
一方クヌギは人間姿を解いて化け狸としての姿に戻っている。クヌギ曰く、毛皮のほうが寒さに強いのだそうだ。さもありなんと、桃子は納得した。
桃子と柚花は、ときおりクヌギの毛皮を撫でさせてもらいながら。頼もしい彼らの後ろについて、結晶の迷宮を進んでいくのだった。
道のりは順調だ。
全員の両足には、ヘノのつむじ風が付与されている。なので、移動速度は普通に歩くよりもずっと速い。
もっとも、狭い通路で尖った結晶も多いため、速度としてはあくまで小走り程度だが。
「なんていうかさ」
「どうしました?」
歩きながら。
桃子は、この救助隊の面々とともに第二層を進んでいく上で、ずっと思っていたことを柚花に話してみることにした。
「深援隊の人たちが何時間もかけた道のりを、こんな風に順調に進んでいくのって、どうなんだろうなって」
「まあ、言いたいことは分かりますけどね」
深援隊の配信では、彼らはもっとゆっくり慎重に進んでいたし、魔物が出るたびに足をとめて戦っていたはずだ。
しかし今の桃子たちは、ヘノの魔法で快適な速度で進み、魔物が出てもそのほとんどがリヨンゴに殴り倒され、クヌギ、フルドラ、そしてヘノやニムの魔法であっさりと殲滅されていく。
正直言って、戦力過多だ。
「深援隊の皆さんは人間で、私たちはほら……もう、人外みたいなものですし」
本来、魔法生物たちが自ら人間に協力してダンジョンを探索するようなことはない。
そこは人間と魔法生物の間の『在り方』の違いが関係しているのだが、なんにせよ、今回の事件はどちらかといえば『魔法生物側』の事件なのだ。
だから、人間の彼らと比較するべきではない。人間のやり方では対処できないのだから、仕方がない。
桃子は柚花の言葉に、わかったような、わかっていないような、そんな曖昧な顔で頷いてみせる。
ただ。
柚花が当然のように自分たちを『人外』側として数えていることにも気づいたけれど、桃子は不思議と、それをおかしいとは思わないのだった。
一同はその調子で第二層を抜け、いまは第三層を進んでいく。
第三層は、話に聞いていたように『鏡の迷宮』と呼ぶにふさわしい階層だった。
第二層同様に、基本はゴツゴツした岩で形作られており、その岩を美しい結晶が覆っている構成だ。第二層と違うのは、その結晶が鏡のように桃子たちの姿を映しだしているというところだろう。
素直に前を向いて歩いていては鏡の乱反射にて空間認識を阻害されてしまうのは必至であり、桃子は柚花と手を繋ぎ、しっかりと足下を見て進んでいた。
柚花は【看破】の瞳に魔力を集中させている。いまの彼女の視界は、桃子とは全く違う世界が見えていることだろう。
「なんだか。あちこちに桃子が映ってておもしろいけど。この場所は。どこかで見たことがある気がするぞ」
「うぅ……き、気のせいじゃないですかねぇ……?」
そうして、時折出てくる魔物を倒しながら進んでいく。
出発してからどれほど時間が経っただろうか。まだ日付は変わってはいないだろうけれど、時刻としてはもうかなり遅い時間だろう。
リフィは言付けを聞いてくれただろうか。
ティタニアは、この事態をどれだけ把握しているだろうか。
桃子がそんな風に考えているところで、前をいくクヌギとリヨンゴが立ち止まる。
「先行隊が進んだのはこちらの道ですね。以前はなかった道が増えています」
「道って増えたりするんですか?」
「ええ。以前は、招かれざる客が踏み込めない造りになっていたんですよ」
クヌギの説明によれば、前まではこの階層には巨大な結界のような力が張り巡らされており、人間はおろか、クヌギやリヨンゴのような魔法生物でもこうして奥まで進むことができなかったのだそうだ。
だが、いま。
原因は不明なれど、道は開かれている。
「先輩。ここから先はゆっくりと行きましょう」
「たぬき。巨人。ここからはヘノが先頭で行くぞ」
ここから先は本当の意味で、なにがあるか分からない。
サカモトの書き残した『銀の妖精』が、何者なのかも分からない。場合によっては、クヌギやリヨンゴを遙かに凌ぐ力を持った妖精が存在する可能性とてあるのだ。
メンバーのなかで、一番感知能力に秀でているヘノを先頭として。一行は、慎重に。
一歩一歩、進んでいく。
「……いたぞ。すぐそこに深援隊の連中がいるぞ。息はしてるから。寝てるだけみたいだな」
ヘノのその言葉に、桃子はほっと安堵の息とともに、顔をあげる。
だが、それとタイミングを同じくして、桃子たちを囲む鏡の結晶が、白く光りだす。
そして、それらの鏡が見知らぬ風景を映し出した。真っ白な世界と、そこに浮かぶ銀色の翅を持つ妖精。その背後に浮遊しているのは、丸いひとつの鏡。
『……帰って。あなたたちは呼んでいない……わ』
鏡の中の少女の声が聞こえる。
いくつもの鏡から同時に発せられた声は、感情の乗らない、冷たく、静かな声だった。
「お前。誰だ。妖精か? 前にどこかで会ったか?」
『そんなこと、知らない……わ』
「そうか? でも。どこかで会った気がするぞ」
『で、でも、そんなこと言われても、本当に知らない……わ』
ヘノが妙に食い下がり、相手もどことなく戸惑うような雰囲気を出すが。しかし。
『私は……私は大地の声に従うだけ。消えなさい、侵入者……!』
鏡のなかの妖精はヘノの言葉を無視して、強く声をあげる。
それと同時に、周囲の鏡から銀色に輝く魔力が放たれる。急に光を浴びせられた桃子は身を守ることもできず、その場によろめき尻餅をついてしまう。
ヘノが慌てて桃子に飛びつき風の結界を張るけれど、残念ながら風では光を防げない。
そして、桃子の意識が、光に包まれる直前。
――んふふ♪ この子たちは味方よ、お姉ちゃん♪
「え?」
その瞬間。桃子が見たのは――鏡の中のその妖精の、クルラそっくりの顔立ちと。
その銀の妖精を包み込むようにして。鏡の中の世界で銀の妖精に抱きついている、クルラの姿だった。