ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
周囲の鏡面がまばゆく輝き、銀の光が桃子たちを包み込む。
驚きで尻餅をついた桃子の視界に一瞬見えた光景は、クルラそっくりの銀の妖精と、それに抱きついている桃子がよく知るクルラの姿だった。
まるで双子のようなその姿を網膜に焼き付けたまま、桃子は眩しさで反射的に目を瞑り。
そして、数秒後。
「……え? あれ?」
覚悟していた衝撃もなく、何かしらの魔法で束縛されるでもなく。
周囲は静かで音すらないまま、時間が過ぎていく。
桃子は恐る恐る目を開き、周囲を見回すが――そこは、今まで居た場所とは全く違う風景だった。
「え? え? ……ヘノちゃん?! 柚花っ、ニムちゃんっ、みんなっ?!」
尻餅をついていた尻の下には冷たい氷ではなく、土と芝生の地面があった。周囲には魔法光で照らされた木々が広がっている。上を見れば黄昏色の空が広がっており、ここはまさに、どこかのダンジョンの森の中だ。
しかも、桃子はこの木々を、森の雰囲気を知っている。
「ここ……房総ダンジョン?」
桃子はすぐに理解する。ここは、房総ダンジョン第一層『森林迷宮』に間違いない。とはいえ、瞬間移動したというわけではなさそうだ。今は真夜中なので、房総ダンジョンの空がオレンジ色なわけがないのだから。
桃子は状況が理解できないままに森を見回すが、あたりにはヘノの姿がない。柚花も、ニムも、クヌギたちもいない。
ただし。そこには桃子しかいないというわけではなかった。
「ここはアナタの記憶……ね」
「え? うわっ?!」
すぐ近くから声がした。声の出所を視線で追ってみれば、それはまさかの自分の膝の上だった。
普段からヘノが膝に乗りがちなので違和感がなかったのだが、今は桃子の膝の上に、鏡のような銀の翅をもつ妖精が座っていた。いや、桃子の膝の上でくつろいでいた。
彼女のそばには、直径10センチほどの丸い鏡がふわふわと浮いており、その鏡面に桃子の姿を映している。
銀の翅の妖精は、クルラとそっくりな顔で。でも、ヘノやヒメに似た、感情表現のない無表情で。
改めて桃子に問いかけてくる。
「アナタは、なにもの……なの?」
「あっ、え、えと、笹川桃子です。カレーが大好きです。ええと、あなたは……?」
「私は古の鏡。父なる大地のもとに、かの地と、あの子を永遠に護るべく、生み出されし存在……ね」
「あの子? ええと……とにかく、蔵王ダンジョンを守る鏡の妖精さん、っていうこと?」
妖精は、桃子の言葉にこくりと無言で頷く。
彼女は抑揚のない声で淡々と語り、とても冷たい印象を受ける妖精だった。更には言葉が妙に比喩的で、正直いって意思の疎通は難しそうだ。りりたんに近いタイプだ。
けれど、桃子は知っている。
妖精や魔法生物には、無表情で口べたなだけで、その実とても人なつっこい子がいるのだということを。たとえば、風の妖精とか。人魚姫とか。
そして、冷たそうな印象を受ける目の前の銀の翅の妖精もまた、桃子の膝の上でとても安心したようにくつろいでいる。
果たして、自分はどういう風に接すればいいのかと。桃子は距離感を図りかねる。
「大地の香りがするわ……。とても温かくて、落ち着くわ……ね」
「それは……うん。私も、この場所は落ち着く場所……かな」
彼女は、今いる場所は桃子の『記憶』だと言っていた。
ならば、この房総ダンジョンの森は、桃子の身に染みついた記憶の風景なのだろう。
桃子がホームとして何年も通い続けた森は、桃子にとってはとても安心できる場所でもあった。
「クルラの言葉通り……だわ。アナタこそが大地の代弁者。私に代わって……アナタは、小さなあの子を保護しにきたの……ね」
「ええと、あの子……?」
彼女の言う『あの子』がなんなのかが分からない。
ただ、少なくともこの妖精は桃子を『大地の代弁者』として受け入れている様子なので、桃子は頭に疑問符を浮かべながらも、そのまま会話を続ける。
「あのね、クルラちゃんと、あと深援隊の人たちを……その、返してほしいんだけど……」
「しんえんたい。クルラが、言っていた……わ。彼らは敵ではない、と。だから、眠ってもらっただけ……よ」
「眠らせちゃったかー」
会話が難しい。
どうやら深援隊は、少なくとも敵として見られているわけではなさそうだ。ならば普通に無事に返してくれれば良かったのにと桃子は思わなくもないが、それを言ってもしかたない。
そしてもう一つ気づいたのだが、言動を聞く限りこの妖精はなんだかクルラと既にそれなりの仲になっているように思える。
その当のクルラがいまここにいないので詳しくは分からないが、桃子としてはとにかく判断に困る。
「ねえ、アナタ……どうしてなの?」
「え?」
そして、困惑する桃子を放置して、一方的に質問が投げつけられる。
この銀の翅をした鏡の妖精は、言葉が伝わらないわけではないけれど、あまり桃子の話を聞いてはくれない。やはり妖精だ。
そして更には、その言葉の意図するところが非常に分かりづらい。
――せんぱい!
――ももこ。ももこ。
けれど。
鏡の妖精は真剣な表情で、桃子の膝の上に立ち上がり、桃子を見上げる。
「私の世界は……以前は、黄金色のイネの光に満ちあふれていたの……よ」
風景が、揺らいでいく。
桃子の記憶の『森林迷宮』の姿が消えていく。代わりに、そこに現れたのは、何もない白い世界だった。
そこには田園など存在しない。凍り付いた地面と、あとは真っ白な霧に包まれただけの、寂しい世界だ。
「優しかった大地は……何故、消えてしまった……の? 何故、私のもとから、何もかもが失われる…の?」
妖精の声だけが響き渡る。
彼女の言葉通り、この世界には、この大地には、なにもない。
土地は白く凍り付き、穀物はおろか、植物そのものが何一つ存在しない。
ここは、何もかもが失われた世界だ。
「あの子を護る役目すら、ここで終わるなら……どうして、私は、この世界に残される……の?」
何故?
どうしてこの場所は、こんなに冷たい? 彼女は何故、一人きりでここにいる?
その問いかけに、桃子は答えを持ち合わせてはいなかった。
けれど、膝の上に立つ妖精は。縋るように、その答えを切望するように。必死で桃子を見上げている。桃子にはそれが、泣き顔に見えた。
「……泣いてるの?」
「だって、光を、大地を、あの子を失った私には。もう、存在する意味なんて、なにひとつ――」
――先輩! 起きてください!
――桃子。起きろ。桃子。
――桃子、この子を助けてあげてね♪
「桃子。桃子。起きろ。起きろ」
「先輩っ、目を覚ましてください!」
「ん……あれ? 鏡の妖精さんは……」
桃子が目を開けると、そこはダンジョンの中だった。
どうやら桃子は横たわっていたようで、上から心配そうに柚花たちが桃子を覗きこんでいる。
桃子が目をあけて言葉を発すると、柚花たちは言葉にこそ出さないものの、安堵したように息を吐く。
「……状況は、私たちにもよくわかりません。けど、クルラさんが助けてくれたみたいです」
「クルラちゃん? あ、そうだ、クルラちゃんは?!」
「落ち着け。桃子。とりあえず。一旦戻るぞ。あいつらが起きないから。連れて帰ることになったぞ」
「え? あっ……」
桃子は上半身を起こして周囲を見回す。
すると、柚花たちの視線の先では、桃子と同じように幾人かの探索者が地面に横たわっていた。その中には、桃子が良く知っている風間やオウカ、黄金の鎧も含まれている。
「先輩。私たちも一瞬、クルラさんが、その……鏡の妖精でしたっけ? その子に何か訴える姿を見たんです」
「そうしたら。光が消えて。桃子だけが寝てたんだ」
「そう……なんだ」
どうやら自分だけがあの世界に呼ばれていたのだと、桃子は理解する。
そして同時に、あの鏡の妖精との語らいが夢などではなかったのだと確信する。
何故かはわからない。けれど、自分だけが彼女に選ばれたのだ。
そして、きっと。助けを求められたのだ。
「一度地上に戻って、色々と話し合わないといけないみたいです」
「……うん」
周囲の鏡は、すでに光を発していない。
深援隊を救助するという目的は、どうやら果たされたようだ。今から自分たちがやるべきことは、彼らを無事地上へと連れ帰ることだ。
けれど。
桃子は再び、この場所まで来なければいけないのだと確信していた。
もし。
ひとり、何もない世界で悲しんでいる妖精がいるのならば。
絶対に、手を差し伸べるべきなのだから。
眠り続ける深援隊メンバーを抱え、桃子たちが地上へと戻ってきたのはとうに丑三つ時をすぎた時刻だった。
救助隊のメンバーに、力強い巨人であるリヨンゴがいたのは僥倖だった。彼がひとりで四人を抱え、あとの二人を桃子とクヌギが抱えることで、誰一人残さず地上へと帰還することができた。
けれど、それで問題が解決したわけではない。
「皆さん、身体は無事ですが、精神が眠り続けていマす」
「こいつら、魔法に捕らえられてるんだヨ。妖精の国の眠りの魔法みたいなものだヨ」
ギルドの一室に寝かされた深援隊メンバーを、クリスティーナとリフィが二人がかりで診察した結果が、それである。静かな室内に、クリスティーナの車椅子のたてる金属の軋んだ音が響く。
あとからやってきたリフィはクリスティーナらに事情を聞いていたらしく、律儀にもこの時刻まで桃子たちの帰還を待っていてくれたのだ。
クリスティーナは数多の魔法をマスターしている魔法使いの頂点のような存在だが、彼女が導き出した結論もまた、リフィと同様のものである。
つまり、精神魔法に理解の深い二人が調べた上で出た結論は『ここで彼らを目覚めさせるのは難しい』というものだった。
「リフィ。お前の力で。起こせないのか? あの変な。薬草とかどうだ」
「試してみるけど、呪いと違って、これは妖精の魔法だヨ。多分起きないと思うヨ」
「そうなのか。やっぱり。妖精の魔法なのか」
救いがあるとすれば、これはいつぞやのあやかしによる死に誘う呪いの眠りとは違い、安全な眠りということだ。
どちらかというと、妖精の国でサカモトが半年間眠り続けたものと同質だ。とりあえず眠ってもらうことが目的であり、それ以上の危害を加えるための眠りではないらしい。
「じゃあリフィ。どうすれば。そいつらは起こせるんだ?」
「その鏡の世界だかなんだかに入れば、あとはリフィが叩き起こすくらい出来ると思うけどヨ」
「つまり、リフィさんを連れてもう一度あの鏡の場所に行かないといけないわけですね。彼らの精神を巡る『記憶の巡礼』と言ったところですか」
柚花が口にした言葉。【天啓】で示されていた、記憶の巡礼。
それはきっと、桃子がヘノとリフィを引き連れて、彼らの精神を起こしにいくことを示していたのだろう。
桃子と柚花は無言のまま視線を絡ませ、どちらともなく小さく頷いた。
そして、妖精たちとの会話が一段落したところで、クリスティーナが横から口を開く。
「それと、先ほど連絡がありマした。皆さんが見つけて保護した白骨遺体ですが、服装や所持品からして――」
「雪ちゃん……なんですよね」
「はい、雪ん子です。状況からして、その鏡の妖精が遺体を魔物から守り、保管していたモのと思われマす」
これは、桃子も帰りの道のりで聞いたことである。
サカモトが、とある包みを大事に守るように眠りに落ちていたのだそうだ。
その中身は、子供の骨だったのだという。
桃子の脳裏に、幾度か目撃した雪ん子の姿が浮かぶ。古めかしいもんぺ姿の、黒髪の女の子だ。
雪ん子は、まだ桃子に何かを訴えている。
自分の遺体が見つかった今でも、彼女は何かを桃子に伝えようとしている。
もちろん、これは桃子の頭に浮かんだ幻だ。白昼夢――というには時刻は真夜中なのだが、桃子は半ば朦朧とした意識のまま、夢うつつのまま。
自分に何かを伝えようとする雪ん子の姿を、追いかける。
夢の中へ。
意識の奥へ。
「うぅ……あ、あのぉ、桃子さんはもう、寝た方がいいんじゃないですかねぇ……」
「そうだな。桃子。一度妖精の国に戻ったほうがいいぞ」
「そうですよ先輩。今日は寝て、明日もう一度皆で話し合って、作戦を練ることにしましょう!」
「そうしマしょう。今から遺体について急いで調べさせマすから。桃子さんたちは、お休みになって下さい」
だが、残念ながら半ば夢の世界に入り込んでいる桃子の姿は、周囲からは睡魔に負けているように映ったようだ。
気づけば桃子は柚花におぶられていた。
「うん……明日、明日……行こう……」
そうしてそのまま、優しい後輩の温もりを感じながら。
桃子は柚花の背で、眠りに落ちた。
【次の日の昼】
「師匠! 話は聞いたっす! ポンが『稲』を持ってきたっすよー! ノンさんが『ヒトザト』の田んぼを整えてくれたんで、そこで育った第一号の苗っす!」
「むぐぅ……ぐぅ……すや」
「たぬき。桃子は声をかけたくらいじゃ。起きないぞ」
「そういえば師匠は昨日はずっと夜更かししてたんすよね。じゃあこの稲の苗は、ヘノさんに預けるっす! このひとかたまりで二十本くらいあるっすよ」
「なんだこれ。これが。イネなのか? そこら辺に生えてる草と。あんまり変わらないぞ」
「ポンも最初はそう思ったんすけど、これが育って、お米になるはずなんすよ!」
「そうか。なんだかよく分からないけど。リフィにでも押しつけるか」