ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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雪と大地

 十二月三十日。世間はもう年末ムードで、あと二つ寝ればお正月というこの日。桃子は再び、桃の窪地の管理小屋を訪れていた。

 目的はもちろん、蔵王ダンジョンである。

 眠りに落ちたままの深援隊メンバーたちの精神を目覚めさせるべく、桃子は再び仲間を引き連れて蔵王ダンジョンへとやってきたのだ。

 

 だが、管理小屋では意外な人物が桃子たちの訪れを待っていた。

 

「では、わたくし老芝奈々が、とにかく報告していきますね! 何がなんだか、あんまり分かっておりませんが!」

 

「あはは、なんかいつもすみません。よろしくお願いします、奈々さん」

 

「奈々さん、最近なんだかんだで毎月どこかしらで会いますね」

 

 世界魔法協会日本支部、怪異部門職員である老芝奈々。まさかの彼女が、桃の窪地の管理小屋で桃子たちを出迎えてくれた。

 どうして彼女がこの場所にいるのか、というのも。奈々は今朝になって唐突に、蔵王ダンジョンに出現する『雪ん子』についての調査をすべく、この蔵王ダンジョンへと招集がかけられたのだ。何のことかも分からずに招集に応じ、そしてその到着が先ほどのことである。

 桃子たちも知っての通り、雪ん子の遺体は昨晩のうちに発見されており、そこからギルドと魔法協会が協力して遺体について調査を進めていたはずだ。

 そして到着したばかりの奈々の仕事は、昨晩から本日にかけて新たに判明した情報を、関係者である桃子と柚花に説明する役目だった。つまりはただのメッセンジャーである。

 奈々自身が一番この状況を理解できていないのだが、それでも彼女は書類の束を読み上げる。怪異担当部署の仕事は大変そうだった。

 

「では、ええと……最初はどこから説明をすればいいですかね」

 

「資料がいっぱいで大変ですね、奈々さん」

 

 桃子が昨日配信を眺めていたこたつには、今日は桃子と柚花、そして二人の向かいに奈々が座っている。クヌギは女性陣に遠慮しているのか、こたつには入らず部屋の隅に椅子を置いて話を聞く姿勢だ。

 ヘノとニム、そしてリフィといった妖精たちもここまで一緒にやって来たものの、三人とも難しい話を嫌い、いまは外に出て雪遊びをしている最中だ。

 

「ではまず、こちらの資料から。昨晩見つかったという遺骨についてです」

 

 奈々がファイルから一枚のレポートを取り出して、読み上げはじめる。

 内容が内容なだけに、桃子たちも口を閉じる。

 

「お名前は『風間 雪』さん。遺骨の状態からすると、およそ八歳前後だったようですね」

 

「風間……?」

 

「記録によれば、彼女が亡くなったのはおよそ七、八十年ほど前の戦後の時代です。死亡届が出ておらず詳細な記録は残されていませんでした」

 

 奈々が淡々と、記録の要所だけを読み上げていく。

 

「ここ最近は雪ん子として目撃例があったらしいですが……そこについてはお二人のほうがご存じかと思います」

 

 桃子たちは、ここで初めて雪ちゃんの本名を知る。

 風間雪。その苗字からすると、深援隊リーダーである風間の縁者なのだろう。そしてそれはすなわち、クルラを【創造】で生み出した風間家のお爺ちゃんの縁者ということになる。年代からして、お爺ちゃんの妹、もしくは従妹といった間柄だろうか。

 奈々だけはその名の意味するところを分かっていないようだが、彼女はこの日初めてこの場所を訪れたのだから仕方がないことだろう。

 

「……でも、遺体がダンジョンで見つかったっていうことは、少なくとも雪ちゃんはダンジョンで亡くなった可能性が高いっていうことですよね」

 

「そうですね。状況からして、そう考えられます」

 

 桃子は、想像する。

 幼い八歳程度の少女が、一人でダンジョンに迷い込んでしまった姿を。

 魔物に襲われたのかもしれない。あるいは、帰る道のりを見失い、ダンジョンの寒さに小さな身体が耐えられなかっただけかもしれない。

 桃子は、まだ八歳の雪ちゃんが辿った孤独な運命を想像し、ぎゅっと拳を握る。

 

「先輩。あまり感情移入しすぎないでくださいね、ここは魔力があるんですから」

 

「あ……うん。チキンカレー、ビーフカレー、ドライカレー」

 

 すると、桃子が握った拳の上に、柚花がそっと手を重ねる。

 それがどのような思いであれ、【創造】という力を持つ桃子がダンジョン内で過剰に特定の何かに思いを馳せることは、あまりよろしくないのだ。それが、雪ん子として村の人々の想いを集めてしまっている少女についてなら、なおさらだ。

 桃子は意識を紛らわせるため、頭の中でカレーを数えていく。

 唐突にカレーの名を詠唱し始めた桃子に、奈々と柚花、そしてクヌギまでもがぎょっとした顔を向けるが、桃子は気づかなかった。

 

 

 

「そしてですね。それに恐らく関連している別件の資料もあるんですよ」

 

「別件、ですか?」

 

「はい。とは言っても、ええと……あくまで憶測にすぎませんが『昭和の時代に存在したと思われる蔵王ダンジョンと、その封印について』ですね」

 

 クヌギが出してくれたお茶で喉を潤しながら。桃子は奈々の言葉に軽く首を傾げる。

 桃の窪地のダンジョンは、昨年末に初めて出現が認められたはずなのだ。それまでは【浄化】という力を秘めた風間のお婆ちゃんが、無意識のうちにその力でダンジョンを封じ込めていたはずなのだ。だからこそ、それまではあの地にダンジョンなど存在しなかったはずなのだ。

 しかし、そこでつじつまが合わなくなる。

 雪ん子の雪ちゃんが亡くなったのは、戦後間もない時代の『ダンジョン内』である。

 

「ええと、戦後にはあそこにダンジョンがあって、一度封印された……っていうことですか?」

 

「はい。状況からすると、そう考えられます。もっとも、村の方々に伺ってもダンジョンについては何も知らなかったようですから、もしかしたら当時は村の方々も知らなかったことかと思われます」

 

 桃子は記憶をたぐる。

 過去にダンジョンが存在していたなどと、お婆ちゃんは一言もそんなことを言っていなかった。

 もちろん、お婆ちゃんが桃子に話さなかっただけという可能性もあるけれど――村の誰も知らないのならば、やはりお婆ちゃんも知らなかったのだろう。知っている人間がいたとしたら、それはずっとこの土地を所有していたはずの、お爺ちゃんだ。

 横では柚花が何かを考え込んでいるが、しかし柚花は静かに桃子と奈々の問答に耳を傾けるだけである。

 

「でも、誰にも知られないままダンジョンの封印なんて……」

 

「はい、それについてなんですけどね。こちらの資料をご覧下さい!」

 

 しかし、奈々はすでにその答えに辿り着く資料を用意していたようだ。彼女は横に置かれたファイルから、一つのコピー用紙を取り出した。

 かなり昔の書類のコピーらしく、文字は所々薄れている。しかもその内容は日本語ではなく、海外の文書である。

 

「およそ七十年前の流通記録です。件の窪地周辺の土地所有者でもあった風間大地さんが『魔鏡』と名付けられた魔法道具を海外の専門業者から買い付けた際の記録です。かなりの魔力のこもった道具だったらしく、それが封印の役目を果たしたのではないかというのが世界魔法協会の考えです」

 

「え? すみません奈々さん、今、誰が買い付けたって言いました?」

 

「風間大地さん、農業従事者とのことですが、どうやら先ほどの雪ちゃんのお兄さんらしいですね。所有していた農地の大半を手放してまで『魔鏡』を買い付けたらしく、恐らくそれがダンジョンの封印にかかわっているのではないかと……って、桃子さん?」

 

「先輩? どうしました?」

 

 桃子は、いまの話の途中で。自分がずっと『勘違い』していたことに気がついた。頭の中に新たな情報が雪崩れ込み、自分の知っていた情報と組み合わさっていく。

 その間、目を丸くしてぼんやりとしている桃子の姿を、奈々と柚花が訝しげに覗きこむが、桃子は気付きもしない。

 桃子の脳裏には今、昨晩出会った鏡の妖精の言葉が蘇っていた。

 

 

 

 ――私は古の鏡。父なる大地のもとに、かの地と、あの子を永遠に護るべく、生み出されし存在……ね。

 

 ――アナタこそが大地の代弁者。私に代わって……アナタは、小さなあの子を保護しにきたの……。

 

 ――だって、光を、大地を、あの子を失った私には。

 

 

 

 大地とは、ダンジョンの外に広がる地上世界のことかと思っていた。

 けれど、違う。

 もし、彼女の言う『大地』が『風間大地』という男性のことならば。それが、【創造】の力を持っていたお爺ちゃんの名ならば。

 もし、彼女の言う『あの子』が『風間雪』という、ダンジョンで亡くなった少女のことならば。

 もし、彼女の言う『大地の代弁者』が、【創造】を受け継いだもの、という意味ならば。

 桃子の頭の中で、幾つもの情報がパズルのように組み合わさっていく。

 

 

「奈々さん。その『魔鏡』はきっと……丸い、十センチくらいの鏡です」

 

「そうなんですか? 書類だけでは、そこまで確認できなかったのですが」

 

 奈々が不思議そうに聞いてくるが、桃子の耳には入ってこない。

 

 風間大地は、行方不明になった妹を護り続ける存在をソウゾウした。

 風間雪の亡骸を護り続ける役目を持った妖精を、創造してしまった。

 

 桃子の心の中には、昨晩出会った鏡の妖精の姿が蘇る。

 彼女は、いつからあの場所にいた? いつからずっと、雪の遺体を護り続けていた? 桃子によって雪の遺体が保護されてしまった今、彼女に何が残る?

 心の中に、激情がわき上がる。

 

「七十年、七十年も……あの子、ずっと一人で、あんな場所で……っ」

 

「先輩っ、落ち着いてください!」

 

「だって、だって! いくら何でも、たったひとりで七十年、七十年だよ……っ?!」

 

「駄目です先輩! カレーでもなんでもいいから、思考を分散させてください。魔力が変に暴走し始めています!」

 

 柚花が慌てて、桃子の手を握る。

 桃子は言われてからハッとなり、呼吸を落ち着かせる。頭の中でカレーを数えて、ざわめきはじめた心を、どうにか穏やかにする。

 

「カレーうどん、カレー南蛮、ターメリック、クミン……うん、落ち着いた。ごめんね、柚花」

 

「いえ、あの……落ち着き方、本当にそれでいいんですね」

 

 柚花が半ば信じられないものを見たような顔をして呟くが、桃子の脳内はそれどころではなかった。

 カレーとともに、心を落ち着かせて考える。感情を抜きにして、冷静に。コリアンダー、ガラムマサラ。

 桃子が知っていた情報から、ひとつひとつ、過去に起きた出来事を組み立てていく。

 

「昨日、第三層で出会った鏡の妖精さんが言ってました。自分は『大地』に生み出された存在だって。『あの子』を護るために生まれたって」

 

 風間大地。それが【創造】という奇跡の力を所持していたお爺ちゃんの名なのだろう。

 そして。当時の風間大地が心を割いていた、護りたかった『あの子』など、行方不明になった妹のことに決まっている。

 彼は気付いてしまったのだろう。風間家が所有していたあの土地に存在する、異界に通じる穴のことを。妹が、風間雪が、果たしてどこに消えてしまったのかを。

 だからこそ、神に縋るように。魔力の籠もった『魔鏡』を取り寄せて。願ったに違いない。

 

「妖精さんの横にはずっと、丸い鏡が浮いていました。多分、その魔鏡を核として【創造】されたんだと思います」

 

 ここから先は、奈々には事情が伝わらないかもしれない。呼ばれたばかりの彼女はまだ、風間のお爺ちゃんの持つ力のことまで把握していないのだ。

 案の定、奈々はぽかんとした顔で桃子の言葉を聞いている。そんな奈々の代わりに口を開いたのは柚花だった。

 

「つまり、先輩がお話をしたっていう鏡の妖精は、七十年前にお爺さんの【創造】から生まれたわけですね。消えてしまった雪ちゃんを、魔物から護ってくれる存在として。詳細は不明ですけど、その時代にダンジョンの封印に成功したのも鏡の妖精の力っていうことですかね」

 

「うん……きっと、そうだと思う」

 

「その後、お婆さんが風間家に嫁いでからは、中と外の両方からダンジョンを封印し続けていた……っていうことですね」

 

 風間大地は、自分が【創造】などという力を持っていたなどとは知らなかったはずだ。

 彼はただ、不思議な力を持つ『鏡』を信じて、神に縋るような気持ちで、ただ、ただ。祈ったのだろう。

 幼い妹が、もう苦しまないように。そして二度と、同じ悲劇を繰り返さないように。

 

 そうして生まれたのが、鏡の妖精だ。

 クルラと同じ顔をしているのは、当然だ。二人とも、同じ人物の力で生み出された姉妹だったのだから。

 

 きっと彼女は、七十年の間。

 誰にも、名前も与えられないままに。ずっと、すでに亡くなっている少女の遺体を、守り続けていたのだろう。

 

 

 

「私、鏡の妖精さんに聞かれたの。『どうして自分だけがこの世界に残されたのか』って」

 

 おそらく彼女は、理解していたのだろう。

 自分が護り続けていた風間雪が、亡骸でしかないということを。自分に【創造】という力で命を分け与え続けていた風間大地が、数年前に亡くなっていることを。

 それでもなお、自分の役目を果たすために。あのダンジョンを内から封じて、風間雪の遺体を全ての外敵から隠し続けていたのだろう。

 

「いま、クルラさんがあの場所に残ってるのは、姉妹だから、なんですかね……」

 

 柚花がぽつりと呟く。

 その答えは、桃子にも応えられない。けれど、多分そうなのだろうなと、桃子は考える。

 同じ人物の【創造】で生まれた彼女たちには、間違いなく。

 姉妹の絆が存在しているはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【一方そのころ、妖精たち】

 

 

「見ろ。ヘノの雪だるまが。一番強そうだぞ。あちこち尖ってるぞ」

 

「わ、私の雪だるまも、少し溶けてて綺麗じゃないですかねぇ……」

 

「リフィの雪だるまが一番だヨ。カリンみたいに、葉っぱまみれで可愛らしいのヨ」

 

 桃の窪地に広がる雪原では、三人の妖精たちが雪だるまで競いあっていた。

 とは言っても、過去に桃子が集落の少女と作った雪だるまのような本格的なものではない。あくまで彼女たちの体躯に合わせてつくった、大きさとしては些細な雪だるまだ。

 ヘノ、ニム、リフィは自分の作った雪だるまに満足したのか、誰からともなく一息ついて、宙をふわふわと漂い始める。

 

「ところで、聞きたいのヨ。クルラが居なくなってるのに、ヘノたちはどうしてそんなに呑気に雪だるまで遊んでるのヨ」

 

「なんでって言われてもな。お前も雪だるまは遊んでただろ」

 

「それはそれ、これはこれなのヨ」

 

 リフィは実は、昨晩からずっと疑問に思っていたことがある。

 人間たちが妙な妖精に襲われて意識を失った。けれどそれ自体は別にリフィは思うところはない。カリンは好きだけれど、それ以外の人間はやはりリフィからみれば野蛮なだけの生き物なので、大した関心はないのだ。

 しかし、クルラが巻き込まれたというのはリフィにとっては一大事だ。

 

 が、事情を一番知っているはずのヘノとニムがこの通り雪だるま遊びに興じており、クルラの心配など微塵もしていないのである。

 

「クルラは。自分から第三層に出かけてるだけだからな。あいつ。戻ってこようと思えば。戻ってこれると思うぞ」

 

「そ、そうですねぇ。昨日も一瞬でしたけど、なんだか……嬉しそう、でしたねぇ」

 

「そうなのかヨ?」

 

「う、嘘じゃないですよぉ……?」

 

「女王も多分。それを知ってるから。慌ててなかったんじゃないか?」

 

 ヘノとニムは、何も気にした様子もなくそんなことを言う。

 この二人は、下手くそでくだらない嘘はつくけれど、こんなことで嘘は言わないとリフィも知っている。

 つまり、クルラは無事だし、なんなら本人の意思でその鏡の妖精とやらと一緒にいるというわけだ。

 リフィは安堵とともに、呆れのため息をついた。

 

「はぁ……まったく。クルラはずっと昔から自由奔放すぎて、手に負えないのヨ」

 

 リフィは、この場にいない姉に対してそんな文句を言いながら。

 口元に笑顔を浮かべて、機嫌良く。二つ目の雪だるま造りに着手するのだった。

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