ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ここは氷だらけだし。ルゥも連れてくれば。良かったな」
「そうだヨ。葉っぱはこういう場所は苦手だから、連れていかれる役目を氷属性のルゥに代わって欲しかったヨ」
「で、でもぉ……オウカさんが、緑葉を連れて行けって、言ってましたからねぇ……?」
「緑葉呼ばわりはどうかと思うのヨ」
妖精たちのマイペースな会話を眺めつつ、雪ん子姿の桃子は「はぁ」と白い息を吐きながらトテトテと歩き続ける。
桃子たちが歩いているのは、冷たい岩肌と白い結晶で構成された第二層の道のりだ。ここを歩くのも、これで二夜連続である。
つい昨日と同じ階層を進んでいるのは、桃子に柚花、リヨンゴ、クヌギ、フルドラ、ヘノとニム。そして更に、緑葉の妖精リフィという面々だ。つまりは昨日のメンバーにリフィが加わっただけである。
しかし、何がなんだか分からないまま連れてこられたリフィは、少々ご立腹のようだ。
「うーん、ごめんねリフィちゃん。私たちの都合で振り回しちゃって」
「べ、別に、桃子たちに協力するのが嫌とは言ってないのヨ。まあ、ちょっとだけなら力を貸してやらなくもないのヨ」
リフィの不満はごもっともである。
オウカの【天啓】に名前が出ていたというだけの理由で、決して植物が育つような環境ではないダンジョンに連れてこられているのだ。
その上、リフィは先ほどからずっと『稲の苗』を預かってくれている。この寒さに負けないよう、彼女が苗に力を与え続けてくれているのだ。桃子としては感謝の気持ちと申し訳なさでいっぱいだ。
そんな思いを込めて桃子が謝罪をすると、しかしリフィはぷいとそっぽをむいて、何やらごにょごにょと言い出した。
「相変わらずリフィさんはチョロ可愛いですね」
その様子を見ていた柚花が、ひとりで小さく呟きながら。楽しげに、笑みをこぼしているのだった。
「では、一旦ここでまた休憩としましょうか」
「俺は体力いくらでもありますから、見張りに立つますぜよ?」
昨日休憩したポイントと同じ、第三層へと下りる階段へと辿り着くと、先頭を歩いていたクヌギとリヨンゴが立ち止まって桃子たちへと声をかける。それは休憩の提案だった。
魔法生物であるクヌギやリヨンゴは休憩など挟まずとも問題ないので、この休憩は主に桃子と柚花を休ませるためのものである。
桃子と柚花も、ここで無理をして突き進む意味もないと判断し、彼らの提案のとおり休憩を挟むことにした。
「今日はさ、きちんと準備をしてきたんだよね」
今回は、このダンジョンがどういう場所かを知った上で訪れているので、桃子は準備も万全だった。
まず、小さく折りたためる断熱性の高い厚手のシートだ。100円ショップでも売っている安価なものだが、冷たく硬い地面の上で休憩するならば必需品である。
そして。
桃子は今回の旅路に際し、更なる秘密兵器を用意していた。
「今日は準備の時間があったから、カレーおにぎりを沢山作ってきたんです!」
「よし。カレーおにぎりは美味しいからな。ヘノも食べるぞ」
バッグから、いくつものアルミホイルの包みを取り出す。
これは明るいうちに準備しておいたカレーおにぎりだ。玄米にカレー粉をふりかけ魔力を注げば光とともに完成する、手頃でインスタントな携帯食だ。
桃子は自分の準備の良さにどや顔を浮かべながら、この階層の気温で冷え切ったアルミの包みをひとつずつ、取り出していく。
ツヨマージを構えたヘノが、はやくはやくと桃子を急かすので、桃子はおにぎりをひとつとり、アルミの包みを丁寧に剥ぎ取った。
――が。
「え? あれ?」
ここで、桃子を絶望に突き落とすような悲劇が訪れた。
それは冷静に考えればすぐに分かることだった。
けれど、カレーおにぎりで浮かれていた桃子は、それに今の今まで気づけなかったのだ。
「このおにぎり。妙にかたくて。冷たいぞ?」
「うぎゃーっ! カレーおにぎりが、カレーおにぎりが……冷凍おにぎりになってるっ!!」
桃子の「うぎゃー!」という珍しい悲鳴に、その場の全員が桃子の方を向くが、当の本人は周囲の視線どころではなかった。
アルミホイルに包まれていたカレーおにぎりには、悲しいことに、このダンジョンの寒さが直撃していた。
カレーおにぎりの表層部分が凍り付き、すでに硬くなってしまっていた。
「あー、失念してましたね。自分が寒さから守られてるんで、そこのところ私も忘れてました」
柚花も横からおにぎりの無惨な姿を覗き込む。
桃子はわら帽子を被っているので、寒さから守られている。柚花もまた同行者のひとりフルドラの魔法により、同じく寒さから身を守られている。
だからこそ、桃子も柚花も「このダンジョンが極寒の環境だ」ということを、つい失念してしまっていたのだ。
「うー、カレーが、カレーが……」
「仕方ないですよ、先輩。戻ってから解凍して食べましょう」
「うぅ……桃子さん、可哀想……めそめそ」
「桃子。泣くな。大丈夫だ。凍っても。頑張れば食べられるだろ」
がっくりと。断熱シートの上に四つん這いになってうなだれる桃子を、柚花、ニム、ヘノがそれぞれの言葉で慰める。だが、絶望する桃子にはその慰めはいまひとつ届かない。
桃子は、皆でカレーおにぎりを頬張るのを楽しみにしていたのだ。楽しみにしていたからこそ、カレーを失った落ち込み具合もちょっとやそっとではない。
悲しみに暮れる桃子の姿を、リフィとクヌギ、そしてリヨンゴが、なんとも気まずそうに眉を下げて見つめている。
だが、ここには一人、世界レベルで有能な『秘書』がいた。
己の主がどれだけ無茶をしようと、デタラメな行動をとろうと、それに付き添い続けてきた魔法の美人秘書、フルドラがいた。
馬か牛のような尻尾を生やし、頭には獣の耳がついた北欧系美女であるフルドラが桃子に近づく。そして、ずいと顔をよせて、一言。
「笹川さん。そのおにぎりは、炎熱で焼いても構いませんよね?」
「うわーん……って、はい?」
「会長に聞いたことがあります。日本では、おにぎりを焼いて食べることもあるのでしょう? 焼きおにぎり、と呼ぶのですよね? 合っておりますか? せっかく休憩をとるのですから、ここで一度焚き火をおこしましょう。そして、そのおにぎりを焚き火の熱で焼きましょう。そうすればそれは立派な焼きおにぎりです。どうですか? 構いませんね?」
「あ、は、はい」
いったい、何が彼女――フルドラのスイッチを入れたのか、桃子にはわからない。彼女が「焼きおにぎり知識」でクリスティーナに無情なマウントをとられ、めちゃくちゃ悔しい思いをした過去など、桃子は知る由もない。
とにかく。今まで桃子もあまり会話を交わしたことのない無表情でクール系な美人秘書がいま、やたらと近い距離から、桃子にもの凄い勢いで話しかけてきている。とにかく、圧がすごい。
四つん這いでうなだれていた桃子もこれには困惑を隠せず、フルドラの言葉の意味を頭で理解するより先に、つい反射的にコクコクと頷いてしまうのだった。
そこから、少しばかり時間が過ぎて。
昨日までと違って、第三層に存在する相手が何者かがわかっており、その鏡の妖精も決して悪しき存在ではないと分かっているいま。
ピリピリしていた昨晩とは打って変わって。一同は結構、呑気だった。
呑気に、焚き火を囲んでいた。
「美味しい! 焼きカレーおにぎり、ものすごく美味しい!」
桃子の目の前には、轟々と謎の炎が燃え盛っている。あまりに悲しんでいる桃子に手を差し伸べたフルドラが、化け狸のクヌギと協力し合って造り出したのがこれである。
つまり、魔法の炎である。これを焚き火と呼ぶべきなのかどうなのかはかなりグレーではあるが、わざわざ細かい呼び名にこだわるような部分でもなかったため、今のところは『焚き火』と呼ぶことになった。
焚き火の中で熱されている包みから香ばしい香りが漂い始めたところで、桃子がまず包みの一つを取り出してみる。
火傷しないよう注意しながらアルミホイルを剥いでみる。ふわりとした玄米の香りと、そこに絶妙にマッチするのはスパイシーなカレーの香りだ。
そして、実際に半分ほど食べてみたところで、桃子は確信する。これは寒いダンジョンでしか味わえない御馳走だ、と。
「すごい! まさにここでしか食べられないカレーの新発見!」
「先輩、良かったですね。寒さもそうですけど、魔法生物の魔法で焼いたおにぎりなんて、なかなか味わえるものじゃありませんよ」
「うまいな。周りがちょっと焦げてるけど。それがなんだか。逆に美味しい気がしてきたぞ」
「そ、そうですねぇ。これって、あ、新しい大発明かもしれませんねぇ……」
「ま、まあ、悪くないヨ。今度カリンにも食べさせてあげたいと思うくらいには、美味しいのヨ」
柚花と三人の妖精も桃子に続いておにぎりに手を伸ばし、まだ熱い焼きおにぎりをふーふーしながら味わい始める。
これには桃子どころか、炎を生み出してくれたフルドラとクヌギ、そして見張りとして離れたところから見ていたリヨンゴまでもがほっこりだ。
「フルドラさん、クヌギさん、ありがとうございました! 皆さんもどうぞ、熱いうちにおにぎり食べてください! はい、リヨンゴさんも!」
「では、お言葉に甘えまして」
「ポンコに嫉妬されますね。こんな美味しそうなものを食べて、ずるいっす、と」
「やー! 俺のおにぎりはファイアーだぜ」
魔法生物である彼らも、無からエネルギーが生まれるわけではない。食べ物は食べるし、どうせ食べるなら彼らとて美味しいものの方が嬉しい。
そんなわけで、フルドラ、クヌギ、そしてリヨンゴにも包み焼きのカレーおにぎりを手渡した。
旅は道連れ、世はカレー。
第三層への短い旅路とはいえ、チームを組んでダンジョンを征く仲間と食べるカレーはとても美味しいということを。
桃子は、よく知っているのだ。
「さて。焼きおにぎりも美味しかったですし、そろそろ下層へ向かいましょうか」
「そうだな。深援隊の連中を。叩き起こしに行かないとな」
なんだかんだでちょっとしたキャンプのようになった休憩だが、今日の目的はここで焚き火を囲み、カレーおにぎりを食べることではない。
目的は、未だ鏡の魔法で眠らされたままの深援隊メンバーを起こすことだ。
そして。今日の桃子には、もう一つの、とても、とても大切な目的がある。
「鏡の妖精さんにも、稲を届けようね。それでね――私、あの子と友達になる!」
桃子は強く、はっきりと断言する。
実は、この二日目の救助隊が出発するとき、桃子から全員に伝えられたことがある。
一つ、おそらくあの鏡の妖精は、七十年前に風間のお爺ちゃんによって生み出された、蔵王ダンジョンの一番最初の守護者であること。
一つ、彼女は、幼いころにダンジョンで行方不明になった雪ちゃんを。ずっと、ずっと、護り続ける役目を負っていたこと。
そして、以下は桃子の想像も大きく含まれるが、彼女が雪ちゃんを外敵から守るため、ダンジョンの内側から蔵王ダンジョンを封印したこと。そして、彼女があの何もない氷の空間を黄金色に輝く稲穂でいっぱいの豊潤な土地にしたがっていたこと。
今回の旅路はだから、ひとりぼっちの女の子を救いに行く旅路でもあるのだ。
それを皆が知っているからこそ、桃子の言葉に首を横に振るものなど、いなかった。
「でも。友達になるのはいいけど。あいつ。どこかで会ったような気がするぞ」
「ヘノちゃん、昨日もそれ言ってたよね」
「さては。夢かどこかで。会ったんだな」
「なんか素敵じゃん」
「あ、あの子って、クルラのお姉さんなんですよねぇ。じゃ、じゃあ……クルラみたいなお酒飲みなんですかねぇ……?」
「クルラのお姉ちゃんならきっとろくでもない妖精だろうけど、一人は寂しいのヨ。だから、友達になってあげないこともないのヨ」
ここに悪意はなく、戦うべき魔物もいない。つまりは、一から十まで前向きな旅路である。だからこそ、会話も明るくポジティブだ。
妖精たちは、どことなくそわそわと。そしてどことなく、期待混じりで。まだ見ぬ『義理の姉』について、あれこれと話し合っているのだった。
「それにしても……先輩、不思議に思いません?」
「え? リフィちゃんのツンデレ具合のこと?」
「違いますよ。どうして『稲』なのかなって話ですよ」
前をゆく緑葉のツンデレ妖精リフィが抱えているのは、稲の苗の束である。柚花が、その小さな苗の束を見ながら、ぽつりと呟いた。
豊穣な地を望むのはわかる。けれど、麦でも蕎麦でもターメリックでもなく、どうして『稲』だったのか。
柚花の語る当然の疑問に、桃子は考え込む。
「うーん……お爺ちゃんが売り払った農地が田んぼだったのかな? それか、お米がとっても好きだったとか? もしかしたら、日本酒のためかも?」
「百歩譲ってその通りだったとしても、そんなものまで魔鏡に願います? 『妹の守護と、ついでに美味しいお酒の原材料をください』だなんて」
「うーん、でも【創造】ってなんだかアバウトな感じがするし、勝手にそういうお願いごとも拾っちゃったんじゃないかなあ」
お爺ちゃんの人となりも、その当時の情報も知らない。
なので、桃子と柚花の間では、お爺ちゃんが稲作農家で、お米が大好きだったのだということで落ち着いた。
お米はお酒にもなるのだから、クルラを生み出したお爺ちゃんならば、意外と納得も出来てしまうのだ。
「……まあ、そうですね。言われてみれば先輩が生みだした子達も変に食い意地はってますし、カレー好きですもんね。松茸はすぐ盗みますし」
「えへへ、照れるじゃん」
「別にほめ言葉ではなかったんですけどね?」
昨日と違って不安がないぶん、気持ちが軽い。
気持ちが軽いと、会話内容も軽い。無駄に軽くて、すぐに脱線して無駄話になってしまう。
そんなふうにして。
多くの鏡に照らされた第三層の道のりを進みながら、桃子と柚花は、延々とカレーと松茸の話を続けているのだった。