ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「やっぱり連日となると、魔物もほとんど出てこないね」
「昨日のうちに、このルートの魔物はほとんど撃退しちゃいましたからね」
桃子たちは、ほぼ魔物の出現しなくなった鏡の階層を征く。
昨日と同様にリヨンゴとクヌギを先頭にして進んでいるのだが、その道中にいた魔物は昨日のうちに大半を討伐してしまったようで、一同はなんの足止めもなく目的地まで近づくことができた。
ヘノのつむじ風の魔法のおかげで足も軽く、魔物による足止めもなかったので、ここまで歩いてきた距離に反して桃子たちは驚くほどに消耗が少なかった。気分も軽く、雑談も弾む。
「あとは、鏡の妖精っていう子がどうでるかですね」
「それなんだけどさ。昨日は私だけがあの子に話しかけられたじゃない? あれって多分だけど、私が【創造】を持ってたからだよね」
「だと思いますよ。今のところ、先輩だけに注目する理由って他に考えられませんし」
「冬ってカレー鍋もいいよね」
「急に話を変えないでください」
道のりは鏡だらけの迷宮だ。鏡ばかり見ていると目が回ってしまうので、あえて道のりに集中せずに柚花との会話を楽しみながら進んでいく。
昨日は、桃子だけが『森林迷宮の記憶』に呼び出された。この地から外に出たことのないはずの鏡の妖精が房総ダンジョンを知るわけもないのだから、必然的にあれは桃子の記憶で間違いないという結論が出た。
彼女――鏡の妖精と桃子を繋ぐ糸はやはり【創造】という力だろう。お爺ちゃんの【創造】で生まれた妖精と、りりたんの介入が間にあるとは言え、それと同じ力を受け継いだ桃子。彼女もそこに何かの共通点を見いだしてくれたのかもしれない。
そうして話しながら歩いているうちに、一同は昨日あの妖精と出会ったポイントへとやってくる。
昨日は出会い頭の出来事だったので周囲の状況はあまりよく見ていなかったのだが、この場所は巨大な鏡の結晶に囲まれた、それなりに開けた空間だった。
ここで護られていた風間雪の遺骨も、それを見つけて眠り込んでいた深援隊のメンバーたちも。昨日のうちに全て地上に運び出したので、今日のこの場所には岩と鏡しかない。
「うぅ……今日は、か、鏡が光ったりはしてませんねぇ……?」
「たぬき父。お前こういうの得意だろ。何か。わからないか?」
「そうですね……。例の『鏡の世界』ですが、こちらから影響を与えることは難しく、相手から招かれた者のみが入れる隠れ里だと考えられます」
「うーん、隠れ里かあ」
日本の様々なダンジョンと繋がっている隠れ里。
妖精たちが暮らす花畑。化け狸が暮らす山里。コロポックルが住んでいるふきの森。英霊たちが集う聖堂。それらは全てダンジョンから隔たれた特殊な空間であり、招かれざる客が気軽に踏み込んでよい場所ではない。
しかし、こちらから入れないとなると、困ってしまう。このままでは、桃子たちはここまで来て何も出来ずに、ニムのようにめそめそしながら帰るしかないという展開もあり得るのだ。
それはとても、困る。
「ここは葉っぱがないから、リフィはなんの力にもなれそうにないヨ」
「俺っちもこういうのは苦手分野ですぜぇ」
「私も、残念ながら……」
リフィ、リヨンゴ、フルドラという魔法生物たちもお手上げのようだ。
まさかこんな形の足止めを食らうとは考えていなかった桃子は、うむむと眉をひそめて考え込んだ。そして、柚花に問いかける。
「でもさ、柚花。オウカさんの【天啓】によれば、雪ん子が、風と緑葉を連れていくのが正解なんだよね?」
「正解というべきかはわかりませんけど、おそらくそういう意味合いの啓示でしょうね」
キオクの巡礼に伴うは、風と緑葉のみにせよ。それが【天啓】によって桃子に伝えられたメッセージである。
卵が先か鶏が先か。啓示が先か結果が先か。結果が先に伝えられているため、桃子はここで足止めを食らっている今も、実はそこまで心配をしていない。
相変わらずオウカのスキルは謎に満ちた神がかり的な能力だけれど、しかしその力は本物だ。桃子がリフィとヘノを連れてきている時点で、未来は確定しているのだ。
「つまり、私とヘノちゃんとリフィちゃんの三人なら、記憶の巡礼に行けるはずってことだよね?」
「まあ、そうですけど……」
柚花が、少しだけ。心配げな視線を桃子に向ける。
いくら鏡の妖精が善良な存在であるとわかっていても、クルラが協力者として鏡の世界にいてくれるとわかっていても。
実際に深援隊メンバーが魔法で囚われているのは事実なのだ。そこに人間である桃子を送り込まねばならないのだから、心配するのは当然である。
「なら、ヘノちゃんはこっち。リフィちゃんも来てくれる?」
「わかったぞ」
「まあ、仕方ないヨ」
桃子が二人の妖精を招き寄せる。
ヘノはいつものように桃子のすぐ横の空間に陣取り、稲の苗を抱えたままのリフィもまた、桃子のすぐ近くで浮遊している。
「私たち、鏡の妖精さんとお話してくるからさ。柚花はエナジーバーでも食べて待っててよ」
「さっき焼きおにぎりを食べたばかりですから、お腹はすいてないんですよね」
柚花を安心させようとカレー味のエナジーバーを勧めてみるが、残念ながら普通に断られてしまった。
なので桃子はエナジーバーを自分のポケットに戻して、その代わりに柚花の頭に手を伸ばして髪をさらりと撫でる。抵抗はされない。
一方、柚花のパートナーであるニムもまた、今回は置いていかれる側だ。
「うぅ……ヘノぉ、気をつけてくださいねぇ? リフィも、ヘノをお願いしますねぇ……?」
「任せてヨ。リフィもお姉ちゃんだから、妹の一人くらい守ってやるヨ」
「なんだ。なんだ。急に。まったく。ヘノは大丈夫だぞ」
意外にもリフィが姉としてヘノを妹扱いし、ヘノがどぎまぎする珍しいやりとりが交わされるが、残念ながら桃子はそれを見逃してしまった。
しかし、なんにせよ。ここで見送りに時間を使ってもしかたないのは全員が理解しているため、それぞれの見送りは比較的あっさりと終了を迎えた。
「よっし! じゃあ、行ってくるね!」
「はい。まあ……心配しても仕方ないので、ここでのんびりと先輩の帰りを待ってますからね」
桃子はにこやかに柚花に挨拶を交わしてから、ヘノとリフィを伴い空間の奥へと進んでいく。
どこをどうすれば鏡の国――もしくは『記憶の旅路』へと行けるのかはわからない。けれど、この空間の奥には、一際大きな鏡の結晶が鎮座している。何かあるとすれば、あの巨大な鏡だろう。
背後に柚花たちの視線を受けつつも、桃子は大きな鏡結晶の前に立つ。
「じゃあ、ええと……どうしようか。鏡に触ればいいのかな?」
「叩いてみたら。どうにかなるんじゃないか?」
「相変わらず適当すぎるのヨ」
果たして、桃子たちの行動が正解だったのか。あるいは、ぐだぐだな様子を見ていた鏡の妖精がしびれを切らしたのか。
行き当たりばったりの会話を繰り広げている桃子たちの目の前で、ふいに目の前の大きな結晶が銀色の光を放ち、桃子たちを包みこむ。
そして気づけば、桃子はまたもや。
蔵王ダンジョンではない、全く違う世界へと。一瞬にして、飛ばされてしまうのだった。
「うわっ?!」
一瞬だけ、平衡感覚が失われる感覚が桃子を襲う。そして次に、両脚が地面に着地する感覚があった。
驚いた桃子が顔をあげると、そこにはやはり、鏡の迷宮とは全く違う風景が広がっていた。
「あれ? ここって……」
目の前には人工的な建物があった。地面は舗装されており、道の端には街灯が立っている。
桃子はすぐに左右を見回してみる。左右にはきちんとヘノとリフィが浮かんでおり、自分ひとりだけが招かれたわけではないことに、桃子は安堵する。
「どこだここ。なんだか。人間の住んでる地上みたいなところに。来ちゃったぞ」
「なるほどだヨ。ここは誰かの夢の中だヨ。どこの誰の夢だか知らないけど、なかなか面白いのヨ」
「夢の中かぁ……」
誰かの夢。
ヘノの言う通り、人工的な建物が並ぶ風景はとてもではないがダンジョン内には見えず、人間の街にしか見えない。
だが、桃子はその風景にどことなく既視感を覚えていた。人工物こそ立ち並んでいるけれど、視線のはるか先にあるのは周囲を囲むような大きな壁である。こんな城塞都市のような街など、そうそうある風景ではない。
果たしてここはどのような場所で、どんな夢なのか――などと、桃子にはゆっくりと考察するような余裕は与えられなかった。
「桃子。考えてる場合じゃないぞ。あっちから。人が来るぞ」
「え、うわ、どうしよう!」
そこを歩いていたのは、白衣姿の二人の男性である。
白衣という珍しい衣装ながらも、やはりここは魔物の出るダンジョンなのか、腰には妙に大きい剣を携えている。そして、二人で何かを話していた――と、思う。
何故だかわからないが、桃子のすぐ横を素通りしていった彼らの言葉が、うまく耳から聞き取れないのだ。
彼らはそのまま、道の真ん中で慌てている桃子に気付きもせず、見知らぬ風景の中を歩いていった。
「あいつら。何か喋ってるようで。何も喋ってなかったな」
「夢の中だから、夢の持ち主の認識していないところの造りが適当なんだヨ」
「なるほど、そういうことかー」
白衣の男性二人組は、喋っているようでいて、その実何も喋っていない。
冷静に思い返すと、二人ともどこにでもいそうな地味な顔立ちであり、たった数十秒前のことだというのに桃子も二人組を思い出せなくなっている。ゲームなどでいう汎用NPCのようなものだったのかもしれない。
「ここがどこか分からないけど。夢の持ち主を探さないといけないな」
「それなんだけど……ヘノちゃん、ここは前にも来たことがあるはずだよ」
そして、白衣の男性二人を見送った時点で、桃子には一つの確信があった。
桃子はぐるりと周囲を見回す。
白衣姿の研究者たち。人工的な建造物。舗装された地面。魔物の侵入に備えた防壁。桃子は、それを知っていた。
「うん。間違いなく、ここは『筑波ダンジョン』だよ」
筑波ダンジョン。
日本有数の『研究学園都市』であるつくば市に存在する、ダンジョン技術開発の心臓となる場所だ。
もっとも、ここが筑波ダンジョンと判明したところで、それがすぐに行動方針に繋がるわけではないのだが。
「桃子。ここがどこかわかったのはいいけど。どこに行く? 夢の中だと。風の感知もいまいち働かないぞ」
「適当に歩いて探してみるのヨ?」
「うーん……って、待ってヘノちゃん、リフィちゃん。あっち!」
「なんだ。なんだ」
桃子が唐突に、舗装された道を走りだす。
それは、迷いなくどこか一カ所を目指した走り方だった。ヘノとリフィは、桃子の行動に首を傾げながらもその背をゆるりと飛行してついていく。
「いま、いたの! わら帽子の女の子! 雪ちゃんが、あっちの建物を指さしてたの! あっちになにかあるんだよ!」
桃子の視界に映ったもの。それは間違いなく、雪ん子の雪ちゃんだった。
遺骨が発見され、地上で保護されているはずの風間雪が、誰かの夢の世界へと入り込み。
そこで、桃子になにかを伝えていたのだった。