ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子たちは、筑波ダンジョンの舗装された道を駆けてゆく。
この階層内でも建物が建ち並ぶ範囲はさほど広いわけではなく、一〇〇メートルもゆけば目指す建物へとたどり着いた。
先ほど雪ん子が指さしていたのは、おそらくこの建物に違いないと、桃子は確信する。
見上げれば、屋上のフェンスが見える。今そこには誰の姿もないが、この屋上から小さな少女が高笑いとともに飛び降りてくる姿が桃子の脳裏によぎる。
「この建物か。なんだか。見たことがあるような。ないような気がするな」
「見たことあるはずだよ。ヘノちゃんも何度か一緒に来たでしょ?」
それは、筑波ダンジョン内に立ち並ぶ研究施設のひとつ――通称、薬剤棟。ダンジョン内の薬草をはじめ、ダンジョンならではの薬学を日々研究している施設である。
桃子たちは過去にも、来智ミト博士、そして彼女が生み出してしまったアルラウネの騒動に巻き込まれ、この建物を訪れたことがある。
「桃子が箱に隠れて侵入してた場所だヨ。あのときはちょっと、面白かったのヨ」
「そうか。思い出したぞ。桃子が箱に入って。動物のフリをしてた場所か」
「いや、まあ、そうなんだけどさ。私、あのときはちょっとどうかしてたんだよね……?」
「恥じなくていいのヨ。生きてればそういうこともあるのヨ」
妖精たちにとっては、桃子が大きな箱に入って研究者たちのあとを追跡した『桃子ステルス』作戦のほうが記憶に残っているようだ。
桃子としても、あのときの自分の判断はどうかしていたと思うが、しかし実際に箱に入って猫の鳴き真似を披露したのは事実なので否定しようがないのだった。
なお。
その原因を作った、テンションがおかしくなる薬草を桃子に飲ませた植物妖精の一人は目の前にいるのだが、完全に知らぬ存ぜぬである。
「まあ、それはともかく。中に入らなきゃだけど……」
桃子は建物の正面入り口の前に立ち、ロックのかけられたその扉を眺めている。
以前侵入したときには先ほどの会話の通り、大きな箱に隠れた状態でこの建物で働く研究者のあとを追い、彼らが扉を開けた隙に一緒に入り込んだのだ。
「どうする。今日もまた。箱を被っていくのか?」
「どうしよっか。それならまず箱を探さないといけないけど」
「箱はいらないヨ。どうせ夢の中だから、人の目なんか気にしなくていいのヨ」
「そりゃそうだね」
そもそもあのときは桃子を視認できるライチから身を隠すための箱だった。
なので今の状況では箱で身を隠すことには意味などない。強いて言えば、箱に隠れるのはなんだか楽しい、というくらいだろう。
「開かないなら。いっそ。壁を壊して。中に入っていってもいいんじゃないか。どうせ夢だろ」
「人様の夢の中で破壊工作はやめた方がいいんじゃないかなあ……」
「大丈夫だヨ。夢を見てる人間に、ちょっと良くない影響がでるだけだヨ」
「それは大丈夫って言わないんだよね」
結局。
その後しばらくすると再び白衣の研究者たちが通りがかったので、彼らが扉を開けた隙にちゃっかりとくぐり抜けることに成功するのだった。
『――は論理的には――あの手術だけではもう――』
『――の治療――だけど、どうしても――魔力が――』
「白衣の人たちが、難しそうな話をしてるね」
施設内はまだ昼間のようで、様々な研究者たちと廊下をすれ違っていく。
初めは夢の中らしく彼らの会話も不明瞭なものだったが、階をあがるごとに、その会話の断片には桃子にも理解できる言葉が増えてきた。
どうやら、上の階でなにかしらの治療実験、もしくは手術が行われたようだ。
「夢の持ち主が近い証拠だヨ。桃子、近づいていってるみたいだヨ」
「うん……」
桃子は、階段を上がっていく。
目的地というものは定めていなかったが、階を上がるほどに研究者たちの会話が鮮明になっていく。つまり、目的地は上の階だ。
桃子は、階段を上がった先にある部屋の一つに、覚えがあった。
それは、とある人物が眠り続けている部屋だ。
そして、桃子が階段を上りきったそこには。
『やれやれじゃ。こういうのは、いくら経験してもしんどいのう……』
「あっ……」
そこにいたのは、桃子よりもはるかに小柄な『幼女』だった。
ツンツンに跳ねた明るい色合いのボリュームある髪に、魔石をあしらったような髪飾り。その小さな身体には不釣り合いな白衣。
それは、現実世界では今も眠り続けている来智ミト博士の【分身】姿だった。
「ライチちゃん……」
「こいつ。ライチとかいう博士だな。夢の中だと。起きてるんだな」
「ルイとアルラウネのお母さんだヨ。元気になって欲しいのヨ」
もちろん、ここは誰かの夢の中である。
現実では桃子の【隠遁】を無効化するライチだけれど、夢の中のライチは目の前に立つ桃子に気づくことなく、廊下を進んでいく。
『……失礼するぞ』
桃子は、ライチを追いかける。
彼女の独り言は、下の階で見かけた研究者たち以上にはっきりとしていた。つまり、夢の主と関係があるとみて間違いない。
そして、桃子の予想通り。ライチの向かった先の部屋には、今も眠り続ける深援隊のメンバーがいた。
『オウカよ。まあ……気落ちするなとは言えんが、お前はよくやったと思うぞ』
『来智博士。この度は、せっかくご協力いただけましたのに……』
『よい、構わん。これもまた一つの重要な結果じゃよ。無駄にはならん』
『とは言いましても、わたくしは――』
その部屋には先客として、鳳桜華――深援隊のオウカがいた。
どうやら何かしらの会議室らしく、いくつかのモニタに資料が映され、テーブル上にもいくつかのファイルや写真が並べられていた。
ライチはオウカに向かい合うように座ると、資料を手にして会話を続けていく。
「酒飲み女だけど。珍しく。酒は飲んでなさそうだな」
「ねえリフィちゃん、このオウカさんって……」
「ん。そうだヨ。この世界はこの、オウカとかいうのが見てる夢だヨ」
ライチたちの会話は、どうやら何かしらの治療に関わる内容だった。
断片的に聞こえてくる情報からすると、地上の医療技術とダンジョンの医療魔法を組み合わせて、大がかりな手術が行われたらしい。
けれど、その結果は――。
これは、オウカにとっての苦い記憶の夢なのだろう。
いつもはクルラとともに赤ら顔でお酒のことばかり言っているオウカが、神妙な顔でライチと話し合っている。
それは、とても。辛そうだった。
「リフィちゃん、お願いしていいかな。オウカさんを起こしてあげよう?」
「任せてヨ」
桃子はしばらくオウカとライチのやりとりを見ていたが、どうやら彼女らには桃子の姿が見えていないようだった。
ならば。本来の目的通り、彼女を起こすべきなのだ。
この夢を見続けるのは、オウカが可哀想だと。桃子は純粋に、そう思った。
桃子に頼まれたリフィは、ふわりとオウカの背後に移動する。
そしてどこからか生み出したのか、厚みのある緑の葉を一枚とりだして、リフィはその小さな右手に葉を構えた。
「そこの酒飲み女、起きる時間だヨ!」
べちん
べちん
べっちん
起こし方は、まさかの物理攻撃――葉っぱビンタだった。
はじめのうちはオウカも反応しなかったけれど、リフィの葉っぱビンタが激しくなるとともに、オウカがあわてて頭を庇いはじめる。
「これが、葉っぱだヨ! これも、葉っぱだヨ! これもこれも、葉っぱだヨ!!」
「いたっ?! なんですの?! 何事ですの?!」
「リフィちゃんストップ、ストーップ!! オウカさん、オウカさん! 私です、桃子です!」
「……え? 桃子さん?」
オウカが我に返っても、ヒートアップしたリフィは葉っぱビンタをやめようとしない。さすがヘノの姉だけあって、とんでもない荒くれだ。
なのであわてて桃子はリフィを手で制し、オウカの右手を強く握りしめる。
この夢の世界で【隠遁】がどう動いているのかはわからないが、少なくとも互いの手を強く握れば【隠遁】が働くことはない。
そしてようやく。一人目の救助者である鳳桜華は、桃子の姿を認識するのだった。
「――っていうことがありまして、リフィちゃんに起こしてもらったんです」
「なるほど。皆様には大変助けられたようですわね。お礼申し上げますわ」
「いえいえ、いいんです! 手荒い起こし方でこちらこそすみません」
改めて。
桃子はオウカの隣に座り、ここまでの出来事――鏡の妖精のこと、雪ちゃんとお爺ちゃんのこと、桃子たちが夢の世界に深援隊メンバーを起こしにきたこと――を軽く説明していく。
その間も、周囲の景色は筑波ダンジョンの会議室のままだった。
椅子に座ったままのライチは桃子たちに気づくこともなく、目覚めたオウカに話しかけるでもなく、ただ静かに足を揺らしながら資料に目を通している。
「桃子さんには、お恥ずかしいところを見られてしまいましたわね」
「いえ、恥ずかしいなんてそんな……!」
「これは、わたくしの後悔の記憶です。医学、医療魔法、その両方で挑んでもなお、救うことのできなかったという、苦い記憶ですわ」
地上の医学とダンジョンの医療魔法。それらはずっと昔から互いに補い合い、今の時代も双方が双方の発展を補っている。
けれど、それでも。救えないものは多いのだ。
医学がどれだけ優れようと、医療魔法がどれだけ万能だろうと。そこには限界というものは存在するのだと、桃子とて知っている。
きっと、オウカにとってはこの夢の日こそが。忘れてはならない『敗北』の日だったのだろう。
「よくわからないけど。元気だせ。こんどヘノが。でーつでもやるから」
「そうだヨ。リフィも今度、うまい果物でも食べさせてやるのヨ」
「ふふっ、ありがとうございます。妖精のお二方がくださる果物でしたら、栄養も満点ですわね」
桃子と手を繋いだまま、オウカは二人の妖精に優しい笑顔を向け、優雅に礼を述べる。
桃子はそんなオウカを見て。お酒を飲んでいないオウカは、本当にすてきな医者であり、大人の女性だなと思った。
「はぁ、それにしても気が抜けたらお酒が飲みたくなってきましたわ。夢の中なら自由にお酒とか出せませんか?」
「えー……」
やはり、駄目な大人かもなと桃子は思い直した。
そうしているうちに、周囲の景色が揺らいでいく。
筑波ダンジョンの会議室の景色は霧のように薄れていき、そこに座っていたはずのライチもまた、霧の中に消えていった。
最後に顔をあげたライチが桃子に笑いかけた気もした。ここはオウカの夢なのだから、本物のライチではないし、おそらく目が合ったのも桃子の気のせいには違いない。
けれど、桃子はちょっとだけ、うれしかった。
「オウカを捕らえてた魔法が薄れていくのヨ。これで、オウカは問題ないヨ」
「あら? でも……わたくし、まだ目覚める気配はなさそうですわね」
「そのうち目覚めるとは思うヨ。でもせっかくだし、他の人間たちを起こしてまわるの、手伝ってもらうヨ」
「なるほど、お任せくださいまし」
そうして、ももたん一味の『記憶の巡礼』に、深援隊のオウカが加入するのだった。
オウカが、桃子の手を握って立ち上がる。すると最後まで残っていた椅子も霧とともに消えていき、周囲の空間が次なる空間へと生まれ変わる。
「え、これって次の人の夢?」
「なんだかせわしないのヨ」
「恐らく、先の配信ではカメラを所有していた隊員――ハマノさんの夢ですわ。彼は過去に、あの魔物の討伐に参加していたはずですの」
桃子たちが立っていたのは、軋む船の上だった。
船上では幾人かの探索者と思われる人物が、大きな声で何かを叫んでいる。互いに声をかけあい、何かと戦っている。
空には多くの矢が飛び交い、中には手槍を投げるものもいる。
周囲にはどんよりとした空と、荒れた海が広がっている。
「桃子。気をつけろ。あいつ。三回目だぞ」
「う、うん……!」
そして、暗い海では。
巨大な海蛇が、数多の怪魚を従えて。
探索者たちと死闘を繰り広げていた。