ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『そっちだ! 逃がすな!!』
『三番船、破損! 退け、退けえええっ!!』
『五番船、そのままゆっくりだ! 近づきすぎるな!!』
荒れた海面からは、いくつかの船と対峙するかのように。巨大な海蛇が姿を現していた。
海蛇の名は『あやかし』。過去に二度にわたって尾道ダンジョンを陥れ、多くの犠牲者を生み出してきた、悲しみを司る特殊個体だ。
あやかしが身をよじるたびに大波が発生し、その波に紛れてあやかしの手下である怪魚が船へと飛びかかる。
「どうやら、わたくしたちが見ているのは過去の『瀬戸幻海』での決戦ですわね」
「じゃあ、これがあやかし討伐の戦いなんですね」
オウカの言葉に、手をつないだままの桃子も頷く。
船の上の探索者たちは、次々と襲い来る怪魚を撃退しながら怒号を響き渡らせている。
どうやら探索者たちの言葉からして、いま海上に出ている船はあやかしをおびき寄せる『囮』でもあるようだ。
荒れた波の沖ではなく、少しでも探索者に有利な陸地近くにおびき寄せてからが本番なのだろう。
そして、これが過去の決戦だというのなら。どこかに、神弓士が待ちかまえているはずだ。あやかしに止めを刺すために。
「海は苦手だヨ。夢の世界でも、あんまり塩水を浴びたくはないのヨ」
「リフィちゃん、私の服に入る?」
「そうするヨ」
これが夢だからなのか、桃子たちの乗る船は思いの外揺れは少ない。
あるいは、実際には船は大きく揺れているのだけれど、あくまで夢の外からやってきた桃子たちにはそこまで影響がないだけなのかもしれない。
しかし、激しい戦いで周囲にまき散らされる海水は、桃子たちにも平等に降り注ぐ。すでに桃子のわら帽子は海水でびしょびしょだ。
「リフィ。この魚たちは。退治しちゃっていいのか?」
「撃退できるならやっておいたほうがいいヨ。夢を見てる奴が魔物にやられたら、精神に悪影響があるのヨ」
「そうか。じゃあ。少しばかり。探索者を手伝ってくるぞ」
そして、桃子の懐に隠れたリフィとは逆に、ヘノはこの船上で荒くれの血が高ぶってきたのだろう。ツヨマージを手にして、荒れた海の上へと飛び出ていく。
「ヘノちゃん、気をつけてね!」
夢の中とはいえ、魔物は魔物だ。
夢の主はもとより、ヘノや桃子とてここで魔物に痛手を受けようものならば、精神に悪影響があるのは間違いない。
しかし、そのようなリスクがあろうとも。目の前で探索者たちが戦っている中で悠長にしているほど、ヘノは温厚ではなかった。
「安心しろ。こんな魚に。ヘノは負けないからな」
ヘノがぶわりと宙へと浮き上がり、広範囲に強風を巻き起こす。
決して船に悪影響を与えず、海から現れる怪魚だけを適切に吹き飛ばしてまわる。いくつかの船が襲われていたが、ヘノの風により彼らは事なきを得たようだ。
桃子は改めて、さすがはツヨマージに選ばれただけのことはあるなと。己のパートナーの豪快かつ繊細な風の使い方に感心する。
『くそ、今日こそ……今日こそ……!!』
『逃がすな! 四番船、回り込めるか!!』
『六番船がやられた! 救助を……! 誰か、頼む!』
戦いは、続いている。
「ひどい……こんなの……」
横で戦っていた探索者の肩が怪魚の鋭い角に貫かれ、鮮血が飛び散る。
海の向こうで戦っていた船が、あやかしの猛攻に耐えきれず、探索者たちもろとも荒波に消える。
桃子たちの目前で繰り広げられるのは、あまりに人間に不利な環境での、命を投げ出すような戦いだった。
「オウカさん、私も……戦います!」
「ええ。これは……夢だとしても、無視はできませんわ」
これは、あくまで夢だ。
いま見ているこの景色は、遠い過去に過ぎたものだ。
桃子たちが何もしなくとも、あやかしの討伐成功は確定している戦いだ。
けれど。
「みんなっ、お願い、負けないでっ!! このっ、このおっ!!」
「こちらの方には、わたくしが治癒を施しますわ!」
桃子が、目の前の探索者を守るためにハンマーを振り回す。
オウカが、血を流す探索者に治癒を施す。
決して、探索者たちが桃子やオウカに反応することはない。夢の住民である彼らにとって、桃子たちは存在しないのだ。
助けられた彼らは、何事もなかったかのようにして、再び戦いに身を投じる。
夢の主となるハマノという探索者は、この船には乗船していない。
だから、桃子がいくら怪魚との戦いを手助けしようと、オウカがいくら治癒を施そうと。同船している彼らの運命が変わることはない。
それでも桃子たちは、これを黙って見ていることができなかった。
「怪魚が多すぎてキリがありませんわね。リフィさん。夢の主であるハマノさんの場所はわかりますか?」
「人数が多いし、塩水でびしょびしょだしで、そこまで調べられないのヨ!」
「それでは仕方ありませんわね」
オウカがリフィと言葉を交わす。
ここは、ハマノという探索者の見ている夢である。だからこそ、この戦いを終わらせるにはハマノを起こすのが一番早い解決策だったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
そんな時である。
「……えっ?」
桃子たちの乗る船の先端に。いつのまにか、一人の少女が乗っていた。雪ん子が海を臨んでいた。
いまの桃子と同じようなわら帽子に、黒い髪。桃子よりも小さな身体の少女――風間雪が、何かを海に投げつけている。
それはよく見れば、雪玉だ。雪ん子として生まれた権能なのか、彼女は手のひらに小さな雪玉を作っては投げ、作っては投げを繰り返していた。
巨大な海蛇へと、雪玉を投げつけ続けていた。
「雪ちゃん……もしかして、あやかしを倒そうとしてるの?」
雪ん子は、桃子の問いかけには答えを返さぬままに、雪玉が届きもしない様子に、悔しそうな顔を浮かべて。すっと、その場から消えてしまった。
けれど、その意思は伝わった。
果たして、いまの姿が見えていたのは桃子だけだろうか。オウカやリフィにも見えていたのだろうか。桃子にはその判別もつかないが、ぎゅっと一度、唇を噛み締めてから、宣言する。
「オウカさん、リフィちゃん……私、行きます!」
「そうだぞ。夢のなかのあやかしを。ヘノたちで倒すぞ」
桃子の言葉を、いつのまにか戻ってきたヘノが続けるように補う。
阿吽の呼吸とはこのことだろう。ヘノは桃子の言いたいことを理解していたし、桃子はヘノが言い出しそうなことを理解していた。
「桃子さん、ヘノさん……やる気ですのね」
「でも、夢とは言ってもあれは特殊個体だヨ。何があるかはわからないヨ」
「大丈夫だぞ。少し近づいて様子を見てきたけど。現実のあやかしみたいに。呪いをかけてくることはなかったからな。桃子もいいか」
「うん、当然! それに私、あやかしが何度復活しても倒すってこの前誓ったばかりだからね!」
このまま待っていれば、いつかは神弓士があやかしを討伐するのだろう。これは、そういう過去の出来事を回想した夢なのだ。
それでも桃子は、目の前で戦う探索者たちを救う道を選び取った。
あやかしが徐々に陸地へと近づいているのを確認した桃子たちは、船から少し先の岩場に飛び移った。
この岩礁の天辺からつむじ風の魔法を全力で発動させれば、二、三十メートルほどは翔べるはずだ。
あやかしがその距離に近づいたときが、勝負である。
「あやかしが近づいたら。いつもみたいに。上からいくぞ」
「うん、がんばる! がんばる!」
今回もいつもと同じ。つまりは一発勝負だ。
外したら、桃子はこの荒れた海へと墜落するのだろう。それを想像すると、恐ろしさがこみ上げてくる。
「安心しろ。夢のなかで溺れても。おもらしするくらいだろ」
「絶対に嫌だからものすごくがんばる!」
現実世界において、いま自分の肉体がどういう状況かはわからない。
ただ、柚花やクヌギに見守られている自分の身体がおもらしをする事態だけは絶対に嫌なので、桃子は改めて気合いをいれた。
あやかしが、探索者たちに追い立てられ、近づいてくる。
最初に見た時よりも、海上に見える船が減っている。離脱したのか、それとも海へと引きずり込まれたのか、桃子にはわからない。
それでもなお、探索者たちは戦い続けている。
桃子は、強く、強くハンマーを握りながら。ヘノに話しかける。
「ねえ、ヘノちゃん。ここは、夢の中だけどさ」
「どうした」
「ずっと昔に、現実でさ。この人たちが、命がけで戦ったんだよね……」
「……そうだな。海を取り戻すために。大勢。死んだんだろうな」
大勢。
桃子は、ニライカナイであやかしに襲われたときに自分たちを助けてくれた探索者たちの姿を思い出す。
あやかしと戦い、彼らは人生を終えたのだ。
その彼らがいま――桃子の目の前で、夢という形で戦い続けている。
「夢でもなんでも、何度でも倒そう。こんな悪夢……私は、許せない」
「……そうだな」
桃子は、ハンマーに魔力を込めていく。ハンマーの紅珠が、膨大な破壊の力を生み出していく。
ヘノがつむじ風の魔法を全力で発動し、桃子の足下で強風が吹き荒れる。
あやかしが、近づく。
五十メートル。
四十メートル。
あやかしが射程に入る。
「いくぞ。桃子。こんな悪い夢は。終わらせろ」
「わかった! こんっ……のぉおお!!」
桃子は、はじけるように岩礁から翔び。
悲しみの権化に――全力のハンマーを振り下ろした。
――そして。
戦いは終わり。穏やかな、美しさを取り戻した海を臨む崖の上で。
深援隊メンバーであるハマノの元へと、桃子たちは辿りついた。
「葉っぱビンタだヨ! これが葉っぱを踏みにじった報いだヨ!」
その探索者――ハマノは年齢は三十過ぎといった、弓を得物とする探索者だった。あやかしを討伐するため崖の上に待機していたところをリフィに発見され、今に至る。
厚手の葉っぱを扇のように広げたリフィが、それをハマノに向けて叩きつける。
べちん
べちん
べっちん
相変わらず優しさの欠片もない、それどころか憎しみの込められた物理攻撃だったが、その効果は確かなものだった。
「ぐわっ?! ぎゃっ、なんだ、何が……!?」
「葉っぱビンタ! 葉っぱビンタだヨ!」
「うわあリフィちゃん、この人起きてるから! 止まろう、止まろう!」
桃子が慌ててリフィを引き剥がし、そして入れ替わりにオウカがハマノの前へと出る。
ヘノは愉快な劇を眺めるように、ふわふわと浮いたままその様子を眺めていた。
「おはようございます、ハマノさん。悪夢の時間は終わりましたわ」
「え? オウカさん? なんで瀬戸幻海に? あ、いや、違うな……」
そんなハマノを見下ろしているのはオウカである。
ハマノに上から声をかけ、彼が冷静さを取り戻したところで、オウカは手を差し伸べてハマノを立ち上がらせる。
ハマノは周囲の状況に理解が追いついていないようで困惑しきりだが、そればかりは仕方がない。
たった今まであやかしと戦っていたところで、唐突に見知らぬ妖精に往復ビンタを食らったのだ。即座に状況を理解しろというのは無理である。
「え、今のはウワバミ様?! あ、いや、違う妖精か……?」
「説明はオウカに任せるヨ」
「非常に面倒くさいですけれど、仕方ありませんわね」
彼もウワバミ様のことは知っていたようで、妖精であるリフィを目撃しても慌てふためいたりはしない。さすがは高ランク探索者チームの古参メンバーといったところだろう。
なお。
ハマノはオウカと妖精たちしか見えていないが、実はオウカのすぐ横には、身長135センチの雪ん子――桃子が並んで立っていた。
「こいつ。桃子のことが見えてないみたいだな。夢の中でも。【隠遁】は効くんだな」
「そうみたいだね。最初に起こせたのがオウカさんでよかったぁ」
桃子とヘノの見ている目の前では、オウカがここまでの経緯をハマノに説明しているところだった。
お酒を飲まないオウカは、やはりしっかりしていて立派である。
この人はこのままお酒を飲まなければいいのになと、今日で何度目になるかもわからない感想を、桃子はその胸に抱くのだった。
そして、ハマノが今の状況を理解したところで、再び景色が揺らいでいく。
「本当に。あちこち場所が変わって。忙しいな」
ヘノが呆れたように呟くが、その間にも景色は新たな場所を映し出していく。
そこは、今までの屋外の景色ではなく、建物の中の景色だった。
遙か先まで延びる木造の廊下。いくつも立ち並ぶふすまや障子。見上げれば、吹き抜けの上にも廊下や様々な部屋が並んでいる。
無限に続くのではないかとすら思わせる、巨大な和風建築の迷宮が。
桃子たちの目の前に、新たに姿を現した。