ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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座敷童子おにぎり

「桃子。あそこ。雪ん子がまた。なにかやってるぞ。楽しそうだな」

 

「本当だ。あっちに何かあるのかな?」

 

 新たな夢の舞台。そこは桃子にもなじみ深い迷宮、遠野ダンジョン第四層『マヨイガ』である。

 そこに来るやいなや、桃子たちの視線の先には雪ん子こと風間雪がおり、なにやらわたわたと慌てたようにして一方向を指さしていた。

 桃子はもとより、同じくこの夢の世界へとやってきているオウカとハマノの二人にもその幼い雪ん子の姿が見えていたようで、一行はその方向へと進んでみることにしたのだが。

 

 そこでは――。

 

 

『鴉天狗だ! 逃げろ、逃げろ!』

 

『た、たすけてっ……!! 死にたくない……っ!』

 

『大丈夫、俺があれをおびき寄せるから! 君たちは全力で屋内に逃げろ!』

 

 

 

 その巨大な和風建築迷宮において、中庭と呼ばれる広大な庭園ではいま、幾人かの探索者たちが鴉天狗の強襲を受けていた。

 これは、深援隊メンバーのひとり、猫屋敷という名の探索者が見ている夢である。

 オウカ曰く、その猫屋敷という男性は、昨年の鵺討伐時に第四層のマヨイガに閉じこめられたメンバーの一人なのだそうだ。

 

「ハマノさん、援護射撃を!」

 

「お、おうっ!」

 

 この場では弓矢を持つハマノがいるため、オウカがハマノに射撃の指示を出す。

 ここはあくまで猫屋敷の記憶をもとにした夢の世界なので、記憶通りならば彼ら探索者が鴉天狗にやられることはないはずだ。

 しかし、万一でもこの夢の持ち主が魔物に怪我を負わされてしまえば、どのような悪影響があるかわからない。よって、援護するに越したことはない。

 一方、ハマノが矢をつがえる横では、ハマノに気づかれることなく、一人の少女がテンション高くはしゃいでいた。

 

「ヘノちゃん、鴉天狗だよ鴉天狗! すごい、やっぱり弓だと戦いやすそうだね!」

 

「桃子。楽しそうだな」

 

 ハマノが弓を引き絞り、鴉天狗へと矢を放つ姿をのんきに眺めているのは、身長135センチの小さな雪ん子、桃子である。

 こっそり近づいてドンばかりの桃子からすると、弓矢というのは面白い武器なのだ。夢の世界の鴉天狗はハマノの姿を認識していないために白熱の空中戦とはいかないけれど、間近で見ている桃子はそれでも楽しげである。

 そして、楽しむ桃子の懐では、ヘノが不思議そうに呟いていた。

 

「それにしても。あれはヘノと桃子がカレーおにぎり作戦で倒したはずだけどな」

 

「うーん……それは多分だけど、この夢は私とヘノちゃんが鴉天狗を退治するよりも前の時間なんじゃないかな?」

 

「なるほどな。じゃあ。もう少し待ってれば。夢の中のヘノと桃子が。あれを倒してくれたのか」

 

「ええと……そうなのかなあ?」

 

 実際の時間軸において、マヨイガの中庭を巡回していた空飛ぶ魔物、鴉天狗を討伐したのは桃子とヘノである。

 その戦いでは作りたてだったカレーおにぎりが犠牲になり、そこでカレーおにぎりの墓が建ったのだ。

 

 桃子は中庭を振り返り、炊事場のあるはずの方向に視線を向ける。

 もし、この夢がそれより少し前の時間だというのなら。この夢の世界の桃子は今頃は一反木綿の群れと大暴れしている頃だろうか。それとも、すでに炊事場で玄米を発見している頃だろうか。

 しかし。そもそも猫屋敷という男性は桃子を知らないはずなので、果たして彼の夢の中に桃子が存在するのかどうかとなると、甚だ疑問である。

 

「ヘノちゃん、私、なんだかよく分からなくなってきちゃった」

 

「桃子らしいな」

 

 そのようなことを考えるうちに、なにがなんだかよくわからなくなってきたので、桃子は考えるのをやめた。

 なお。この夢の世界では遠距離射撃を行えるハマノが鴉天狗を一方的に討伐したのだが、残念ながら夢の住民たちはそれを知ることもなく、全員が屋内へと避難したのだった。

 

 

 

 

「どうするヨ。起こすならすぐに葉っぱビンタで叩き起こせるヨ?」

 

 鴉天狗から逃げおおせた探索者たちは、屋敷内に戻り休息をとることにしたようだ。見張りが二人立ち、残りの探索者たちは隣の部屋で仮眠をとっている。

 見張りに立つうちの片方が深援隊メンバーの猫屋敷らしく、リフィが起こそうと思えばすぐにでも叩き起こせる状態だった。

 だが、オウカとハマノはすぐには頷かず、リフィに提案する。

 

「その、待ってください。前に猫屋敷が話していた通りなら、この後彼らはおにぎりを貰えるはずなんです」

 

「いわゆる『座敷童子のおにぎり』ですわよね。確かに、興味がありますわ」

 

「それで……そのぉ、危険もなさそうですし、一度それを確認してから起こすのはどうでしょうか? 当時の報告だけですと、解明できていないことも多かったので……」

 

 ハマノがリフィに向けて、遠慮がちに声をかける。

 彼は最初、リフィとヘノという二人の妖精の姿に慌てていたのだが、オウカの「夢の中なんだから妖精くらいいますわよ」という雑な説明で納得したようで、妖精の存在を受け入れている。彼はいま、リフィたちを夢の案内人かなにかと勘違いしている。

 そんなハマノが、リフィに強く訴えた。

 座敷童子おにぎりを、一目見てみたいのだ、と。

 

「桃子。ここで待ってれば。カレーおにぎりが出てくるらしいぞ。そうなのか?」

 

「え、どうなるんだろう。夢の中の私がここに来て、おにぎりを置いていくっていうこと?」

 

 今、ここにいる桃子がくつろいでいる部屋。そして、目の前にある座卓。それがまさに、当時の桃子が座敷童子に扮して手紙とおにぎりを置いていった場所なのだ。

 だがもちろん、今のところ夢の世界の桃子とヘノはやってきていないし、来る気配もなさそうだ。

 ならば。いったい誰がこの場所におにぎりを置いていくことになるのか。

 桃子とヘノは顔を合わせて、頭の横に盛大に疑問符を浮かべるのだった。

 

 

 

 

『どうしますか? 食糧も尽きたし、上層に連絡もとれない……』

 

『もう一度、鴉天狗に挑んでみるしかない。植物があるなら、水や食料もあるかもしれない』

 

 見張りの二人が話し合っている。

 夢の世界は時間感覚が曖昧だ。つい先ほどこの場所で休憩を始めたばかりな気もするが、すでに一時間以上は休憩をしたようにも思える。

 見れば、オウカとハマノもやはり不思議に思っているのか、腕時計を見ながらあれこれ意見を交わしていた。彼らの装着している電気を使わないネジ式の腕時計が、この世界では止まっているのだそうだ。

 

「ヘノちゃん、私たちが鴉天狗を倒した日って、そのあとは奥でお昼寝してたんだよね?」

 

「そうだったか? 覚えてないな」

 

「ええとね。奥で仮眠をとってる人たちに混ざって、私もお昼寝をしてたんだよ」

 

 桃子は記憶を辿り、この日のことを思い出そうとしていた。

 炊事場でカレーおにぎりを製作した桃子とヘノは、鴉天狗を撃退したあとこの部屋へとやってきた。

 そして、ちゃっかり奥の部屋で他の探索者とともに昼寝をしてから、帰る前にカレーおにぎりと、そして直筆の手紙をしたためたのだ。

 

「隣の部屋で一時間くらい寝てから、探索者さんたちがお腹を空かせてることに気づいて、おにぎりと手紙をこのテーブルに――」

 

 ゴトン

 

 言いかけたところで。

 目の前の卓上に、何かが現れた。

 

「……なんだ? テーブルの上に。皿が出てきたぞ?」

 

 ヘノは目を丸くしている。

 桃子も、目の前の光景に言葉を失い、卓上を凝視している。

 そこには、ラップに包まれたおにぎりを載せた皿と。

 座敷童子からの直筆の手紙が、いつのまにか置かれていたのである。

 

 

 

『皆さんで食べてくださいね。庭園をずーっとまっすぐ進むと、炊事場があります。

 もし食べるものがなければ、行ってみてください。 ざしきわらし ももこより』

 

 

 

「オウカ副隊長! これ、座敷童子の手紙です! いつのまにかテーブルに増えてました!」

 

 手紙に気づいたハマノが、興奮気味にオウカに声をかける。

 彼らもまた、この場所が見える位置取りで待機しており、唐突に卓上に皿が出現した瞬間をその目で目撃しているのだ。

 オウカが意識を集中し、妖精二人とともにいる桃子へと認識を合わせて「どういうことですの?」という視線を向けているが、桃子とて「どういうことですの?」である。冤罪だ。

 桃子は慌ててオウカに首を横に振ってみせるが、果たしてオウカに桃子の心境が伝わったかどうかは謎のままである。

 

「座敷童子が、たった今ここにいたっていうことですかね?」

 

「不可解ですわ……と、言いたいところですけれど」

 

 オウカは無造作に皿のラップを外す。

 それは、間違いなくおにぎりだった。

 

「あくまでここは猫屋敷さんの夢ですもの。彼の知らないことは再現されないということですわね」

 

「はぁ、それもそうか……」

 

「でも、このおにぎりは食べられそうですわ。お酒があれば最高でしたのに」

 

 オウカは、ひょいとおにぎりを一つとると、両手でぱかりと二つに割ってみせる。

 中にきちんと具も入っているのを確認してから、彼女はそれをぱくりと口に放り込んだ。

 他人の夢の中の食料を迷わず食べてしまうあたり、オウカは意外と豪胆だ。

 

 

 

 

「リフィちゃん、このおにぎりって食べても大丈夫?」

 

「どうせ夢だヨ。お腹は膨れないけど、食べても問題はないのヨ」

 

 目の前でオウカとハマノがおにぎりを食べ始めたので、桃子も皿からおにぎりを一つとり、中身を確認してみた。

 ヘノとリフィもその中身に興味があるのか、間近でまじまじとおにぎりを見つめている。

 

「なんだこれ。桃子のカレーおにぎりと。全然違うぞ」

 

 ヘノが感想をもらす。

 そう、それは桃子の知っているカレーおにぎりではなかった。というか、中に入っているのはカレーではなかった。

 てっきり、過去に自分の作ったカレーおにぎりが再現されるものかと思っていた桃子は、不思議に思いながらもそのおにぎりを一口、食べてみる。

 

「あ、これって……」

 

 座敷童子おにぎりは。

 ピリリと辛い、山椒味噌の味がした。

 

 

 

「へぇ、これが座敷童子おにぎりのオリジナルの味なのか。山椒味噌のしょっぱさが、疲れた身体にはありがたいですね」

 

「確かに美味しいですけれど。これはあくまで彼の記憶に残る味の再現ですので、実際に座敷童子が出したおにぎりがこれと同じとは限りませんわよ」

 

「ああ、そうか。それもそうですね」

 

 卓の反対側では、オウカとハマノも興味深そうにおにぎりを味わっている。

 ハマノは純粋に初めて見る本物の――いや、本物ではなくあくまで夢ではあるのだが、とにかく座敷童子おにぎりに感動している。

 一方、桃子の真実を知っているオウカは、夢と現実のギャップの原因に憶測を立てて説明してくれていた。おそらく先の説明は、桃子へと向けたものなのだろう。

 

「なんだか。桃子のおにぎりがカレーじゃないなんて。意味がわからなくて面白いな」

 

「記憶なんてこんなものだヨ。勝手に美化されたり、あとから偽物に置き換えられたりするのヨ」

 

「そっかー」

 

 猫屋敷という人物の記憶では、この場所で食べたおにぎりは間違いなく『山椒味噌おにぎり』なのだろう。

 それはとても美味しいおにぎりだけれど。きっと、彼らの記憶の中では命を救ってくれた感動の味だったのだろうけれど。

 カレーおにぎりを提供した桃子としては、なんとも複雑な気分であった。

 

 

 

 

 

「伐採された葉っぱの恨みだよ! これは、踏みにじられた葉っぱの恨みだよ! これもこれも、ぜーんぶ葉っぱの恨みだよ!」

 

 とうとうリフィは、具体的な恨みごとを口にしながら葉っぱビンタを繰り出しはじめた。

 

 べちん

 べちん

 べっちん

 

「……って、うわ、うわっ?! なんだ! なにがっ!?」

 

 見張りに立っていた男性の意識が覚醒し、慌てて身を守るようにしてその場に転げる。

 興奮したリフィがそれでもまだ追い打ちを仕掛けそうだったので、桃子が慌ててリフィを止める。

 

「よう、猫屋敷。いい夢は見られたか?」

 

「おはようございます、猫屋敷さん。座敷童子おにぎり、おいしゅうございましたわ」

 

「え、あ、え? ハマノさんに副隊長? いま俺、なんでビンタされてたんですか?」

 

 畳部屋に転げた猫屋敷を見下ろすのは、深援隊メンバーのハマノとオウカの二人。

 葉っぱビンタで頬を赤くした猫屋敷は、ぽかんとした顔で二人の隊員を見上げるのだった。

 

 

 猫屋敷への説明は、今回もオウカとハマノに丸投げだ。猫屋敷はやはり桃子の姿を認識できないので、桃子としては気楽なものである。

 桃子のそばには妖精が二人。はじめから桃子の能力を理解しているオウカならば桃子をどうにか認識できるが、見知らぬ他人では桃子の存在に気づけない。

 この『妖精二人』という数は、なかなか悪くないバランスだった。

 

「桃子。今の夢は。なんだかおもしろかったな」

 

「あはは、本当。夢のなかの座敷童子に会えなかったのは残念だけど、おにぎりは美味しかったしね」

 

「二人とも。のんきに笑ってるのも今のうちだよ。また、次の夢に切り替わるのヨ」

 

 マヨイガの景色が消えていく。

 そして、それとともに現れるのは、夜の空と、巨大な植物の森だった。

 桃子はどこかで見た覚えのある植物を見上げる。そこにはうっすらと――巨大な豆の鞘がみえた。遥か空の上には、巨大な島が浮いているのが見える。

 

 そして、それとともに。

 巨大な豆の森の向こうには。

 

 赤と緑の小さな光たちが、ふらふらと舞っていた。

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