ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ヘノちゃん、ここってもしかしてだけど、上高地ダンジョンじゃない? 覚えてるよね?」
「そうだな。ここはさすがにヘノも覚えてるぞ。でか豆の森だな」
「ホントだヨ。空の上に、別な浮き島が見えるヨ……」
新たに出現した景色。
それは美しい夜空に囲まれた、不思議な植物の森だった。
桃子はその植物を見たことがあり、知っていた。これはただの樹木ではなく、巨大な豆の木――通称でか豆だ。
そのでか豆は、桃子が知る限りではたった一カ所でしか見つかっていない。
でか豆が自生しているのは、のちに『蒼空』と名付けられた、上高地ダンジョン第二層。果てなき空に、いくつもの浮き島が浮かぶ階層。
ここは、ヘノの故郷でもある大空のダンジョンだ。
この景色を見て、すぐにこの場所を言い当てたのは桃子たちだけではない。
「副隊長。知らないダンジョンですけど、ここはもしかして……」
「ええ、恐らくはオオアシさんの夢ですわね」
「あいつ、ずっと上高地ダンジョンの『蒼空』でサバイバルしてたんでしたっけ。じゃあ、ここがその場所なんですね」
先に目覚めた深援隊メンバーであるオウカ、ハマノ、猫屋敷の三人もまた、この土地がどこなのか、すぐに理解したようだ。
彼らはこの景色を知らないし、当然ながら足を踏み入れたこともない。
けれど、ともに蔵王ダンジョンに潜った仲間のことは知っていた。彼、オオアシが果てなき空の下に取り残された過去を知っていた。
だからこそ、ここがすぐにその仲間――オオアシという仲間のものだと判断できた。
そんな彼らの会話を聞いて驚いたのは桃子である。
オオアシ。それは、桃子も知っている人物の名前だったのだ。
「聞いた?! ヘノちゃん、オオアシさんってもじゃもじゃさんのことだよ!」
「そういえば。もじゃもじゃした奴がいたな。あれ。まるで人間みたいだったけど。結局なんだったんだろうな」
「あのひと最初から人間だからね?」
もじゃもじゃことオオアシは、桃子がこの階層を訪れたときに救助した遭難者である。
もともとはカリンを助けるために上高地ダンジョン入りした桃子だったが、このでか豆の森のある浮き島にて、思いがけず、数年前からこの島に閉じこめられていた探索者を発見してしまった。
それが、当時は髪と髭が伸びきってもじゃもじゃしていたため、ヘノたちのなかでは一貫して『もじゃもじゃ』と認識されていた人物、オオアシである。
「でも、あれから深援隊に勧誘されたのかあ。確かにあの人、一人で何年もサバイバルできるくらいには能力のある人だもんね」
「あんまり。強そうなイメージは。なかったんだけどな」
なお、桃子たちがオオアシの話題を懐かしんでいる間。
その間。葉っぱ妖精リフィはひとり静かに、はるか上空に見える浮き島を見つめていた。
「副隊長、あそこ……!!」
それに最初に気付いたのは、つい先ほどマヨイガで叩き起こされた探索者――猫屋敷だった。彼は柚花や檸檬のように特殊なものを見るほどの力ではないものの、暗闇を見通す能力があるらしく、この夜の森では非常に頼りになる存在だった。
そんな彼が、森の一カ所を指している。
報告を受けたのはオウカだが、桃子も釣られて猫屋敷の指さす方向を見る。
そこにいるのは、雪ん子――風間雪だった。
「そこのあなた。風間雪さん、ですわね?」
雪は何かを伝えるかのように、両手をあげて森の奥を指している。距離があるからか、妙にアクションが大きい。
そして、己の名を呼びかけるオウカに向けて手を振り返すと。すっと、夜の闇の中に消えてしまった。
「なんだか妙に元気でしたけれど……恐らく、あちらにオオアシさんがいるのでしょう。妖精さんがたも、行きましょう」
「わかったぞ。行ってみるか」
「……わかったヨ。ついてってやるヨ」
オウカは、すぐ隣を漂う妖精に声をかける。もちろん、それはオウカにくっつくようにして座っていた桃子にかけた言葉でもある。
桃子はこくりと頷くと、深援隊メンバーとともに。雪ん子の指し示した方角へ向けて、夜のでか豆の森を、進んでいった。
――その行き先で面々が見たものは。実に奇妙で、驚きの光景だった。
この夢のなかのオオアシは、深援隊としてきちんと身だしなみを整えた姿ではなく、大空の中でサバイバル生活をしていた際の、もじゃもじゃした姿だった。
オオアシは、焚き火でこの日の夕食であるでか豆を焼いているところだった。
岩で作った手作りのかまどに、平たい石を自分で加工したらしきプレートを乗せて、ジュウジュウと音をたてて巨大な豆を焼いている。
だが――。
遭難し、孤独な生活を送っていたはずの彼が、誰かと話していた。
『お前。どうして。こんな場所にいるんだ。あと。その焼いてるの。なんだ。食べ物か?』
『ま、豆を焼いてたんだ。ま、まって、もちろん差し出すから、睨まないで……』
そこにはなんと、二人の妖精がいた。
炎の赤い光をまとった妖精と、爪楊枝のようなものをオオアシに突きつける、緑の光をまとう妖精だ。
二人の妖精は、オオアシから食べ物を強奪しようとしているように見えた。
『えと、その……よかったら、食べる、かい?』
『食べ物か! 食べてみよう!』
『そうか。食べるぞ』
彼女らは、オオアシを宙から見下ろして。
彼が食べるために焼いていた豆を、巻き上げていた。
「嘘?! ヘノちゃんとフラムちゃんがいるよ?!」
「二人とも、なんでいきなり、食べ物を巻き上げてるのヨ!」
そう。
オオアシの見ているこの世界は、まさに何年ものあいだ孤独に生活していたオオアシのもとに、二人の妖精が現れたその日の夢だった。
あの日。桃子が木陰に隠れ、まずはじめにフラムとヘノがオオアシに接触したのだ。まさに今、そのときの光景が再現されている。
なお、桃子は自分が隠れていた木陰を振り返ってみたけれど、残念ながらそこに自分はいなかった。
「なんだか。変な感じだな。ヘノは。こんな顔だったか?」
「まあ、どことなく服装とかに違いがあるけど、だいたいヘノちゃんだよね」
ヘノが、夢の中の自分に近づいてまじまじと覗き込む。
オオアシの記憶が完璧でなかったのか、ヘノたちの髪型や着ている布地の作りが微妙に違っており、なんとなく偽物感は拭えない。それでもそこにいるのは、間違いなくヘノである。
夢の中のヘノと、いまこの場にいるヘノ。
まるで双子のような妖精を、桃子のみならず、ここまでやってきた他の深援隊メンバーたちもが、なんとも不思議なものを見るように、ただ黙って眺めているのだった。
桃子たちがそうしている間にも、夢の時間は進んでいく。
ヘノたちは豆をもらい、オオアシは豆にかぶりつく妖精たちに、この地で生活することになった理由を語っている。
そんな中で、深援隊のハマノと猫屋敷が、遠慮がちにヘノに声をかけてきた。
「あの……あなたが、オオアシを助けてくれた妖精だったんですね。お礼を言わせてください」
「そうみたいだけど。お礼とかは。別にいらないぞ」
「いえ、彼は俺たちの仲間ですから。過去のオオアシを助けてくれて、ありがとうございました」
「なんだ。なんだ。頭を下げられても困るぞ」
ヘノが何処からきた妖精なのかは知らないハマノと猫屋敷も、さすがにこの光景を見れば、目の前にいる妖精がオオアシを救った存在の一人なのだと理解できた。
だから彼らは、ヘノに深々と頭を下げる。
オオアシとはまだ出会って数ヶ月の仲間だ。けれど逆に言えば、この数ヶ月間、彼らはオオアシとともに命がけで蔵王ダンジョンを探索し続けていたのだ。そこには確固たる仲間としての絆があるに違いない。
いきなり見知らぬ探索者から頭を下げられたヘノは、珍しく。
桃子に助けを求めるように、おろおろとしているのだった。
夢の時間の進みは早い。
そうしているうちにも、夢の中のオオアシは妖精たちに焼き豆をご馳走し終わり、別れの時を迎えていた。
『じゃあ。朝になったらまた。来るぞ』
『あ、妖精さんたち、行っちゃうの……?』
夢のヘノとフラムがその場から飛び立とうとすると、オオアシは縋るようにヘノとフラムに声をかける。
『安心しろ! スカイフィッシュ食べに! 絶対にくるからな! 約束だからな!』
しかし、フラムの元気な返答に、彼は力なく破顔する。
そして、笑いながら、その目じりから雫をこぼす。
桃子としてはこの表情を見るのは二度目である。
オオアシからみれば、ヘノたちは数年ぶりに出会えた話し相手だ。永遠の孤独の中にいた彼にとって、ヘノたちが再びいなくなってしまう心細さと、再び来てくれる約束のありがたさは、如何ほどだっただろうか。
このときの彼の心境を思うと、見ているだけの桃子ですら心が締め付けられる思いだった。
『うん、うん! 美味しく作るから、食べにきてよ! はは、人と話せるなんて……ひとに振る舞えるなんて……夢みたいだ、はは……』
『フラム。もじゃもじゃ泣かせちゃ。駄目だろ』
『な、泣くなよお! アタシそういうの! 苦手なんだからさぁ!』
そうして、二人の妖精ははるか空の高みへと飛び立っていく。
これはあくまで、オオアシ視点の記憶だ。
実際にはこのあとヘノとフラムは桃子と合流し、同じ島のなかで一晩過ごしていたのだが、オオアシはそれを知らない。
そして、桃子もまた、知らなかった。
ヘノたちを見送ったオオアシが、孤独を我慢できず、自分の悲しみを堪えきれず。
この場に泣き崩れてしまっていたなどとは。
ここまで彼の行動を覗き見てしまった深援隊メンバーは、全員がバツの悪そうな顔を浮かべている。
それは桃子も同様だ。なにせ、半ば興味本位で妖精たちとのやりとりを眺めていたら、オオアシの号泣シーンを目撃してしまったのだ。
決して彼のプライベートな一面を覗き見る趣味など持ち合わせていないオウカが、コホンと咳をしてから、リフィを振り返る。
「そろそろ起こして差し上げましょう。リフィさん、お願いいたしますわ」
「わかったヨ。ほら、ほら、起きるのヨ」
ぺち
ぺち
「お前はもう、こんな島に独りきりじゃないのヨ。きちんと、仲間が迎えにきてくれたヨ」
ぺちん
今回ばかりはリフィも、葉っぱビンタに憎しみを込めてはいない。むしろ、明らかに気を遣い、優しいビンタになっていた。
リフィとしても、オオアシ同様にこの空に落とされた少女を知っている手前、彼の境遇には思うところがあったのかもしれない。
リフィの優しい葉っぱビンタによって、オオアシの意識がゆっくりと、覚醒していく。
彼は顔をあげて、その瞳に焦点が合う。
そして。その正面にいたのは、葉っぱビンタを間近で眺めていたヘノだった。
「え、あれ? ……妖精さん?! いま、あっちにいったはずじゃ?」
「なに言ってるんだ。ずっとここにいたぞ」
「え? え? で、でも……さっき、上のほうに」
「ヘノはずっと。ここにいたぞ」
「え? だって、空に……え?」
「だっても福神漬けも。ない」
「え? で、でも……え?」
しんみりした空気もつかの間。
ヘノとオオアシのコントじみたやりとりは、桃子がヘノを引き剥がし、オウカが代わりに彼に説明をするまでの間。
しばらく、ぐだぐだと続いていたのだった。
「あのときの、僕を助けてくれた妖精さんだよね」
「そうみたいだな。お前。もじゃもじゃしてなくて。顔が全然変わっちゃったな。わかりにくいぞ」
「ご、ごめん、髭をそっちゃって」
「ちゃんともじゃもじゃしないと。困るぞ」
「ええ……」
意識を取り戻し、オウカたちの説明で現状を把握したオオアシは。眠りにつく直前の、髪も整え、髭も剃られた姿に戻っていた。きちんとした探索者にしか見えず、全然もじゃもじゃしていない。
そんなオオアシだが、数ヶ月ぶりに顔を合わせるヘノにむけて、気合いをいれて声をかけていた。
「もじゃもじゃはともかく、僕、お礼を言いたかったんだ! ありがとう、僕を助けてくれて……ありがとう、ありがとう」
彼がヘノに伝えたかった言葉。
それは「ありがとう」という言葉だった。
彼はずっと、伝えられなかったのだ。なぜなら、最後はかなり強引に遠野ダンジョンへと連れていかれて、混乱状態のままのお別れになってしまったから。
「ありがとう、本当に……ありがとう」
「……まあ。わかったぞ。お礼は受け取ったから。そんなにもじゃもじゃするな」
「ぼ、僕、もじゃもじゃしてるかな……」
ヘノはやはり、オオアシに頭を下げられると困ったように視線を泳がせて。
どことなく、おろおろした様子を見せるのだった。