ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「いやあ、すみません。まさか現実で眠らされた挙げ句、夢のなかでも眠り続けてるとは思いませんでしたよ」
「鎧さん。あなたいくらなんでも、半年間もあのいびきをかき続けていただなんて、ありえませんわよ。後日お詫びの品としてありったけの高級ハチミツでも妖精の国に送りなさいな」
「なんだ。ハチミツたくさんくれるのか。ならついでに。めーぷるしろっぷも頼むぞ。もう一度食べくらべるぞ」
「それなら、地上でも滅多に見ないくらいに良質な蜜がいいのヨ。安いのは駄目なのヨ」
「二人とも、ハチミツの話になるといきなり図々しくなるじゃん」
黄金鎧姿のサカモトが、花畑で後頭部の兜をぽりぽりとかきながらオウカに叱られている。
意識を取り戻してオウカから事情を聞いたサカモトはヘノとリフィに感謝を述べ、さらにはそこに一緒にいた桃子にも感謝やら謝罪やら聞いてもいない近況やらをあれこれ熱く語り始めたので、オウカが強引に桃子から引き剥がしてくれた。サカモトは【魔法耐性】の効果で桃子の姿をうっすらと認識できるのだ。
そして、一同はとりあえずということで女王の間を出て、今は広々とした花畑でオウカから説教を受け、今に至る。
最終的に、サカモトが高級ハチミツとメープルシロップを妖精の国に贈ることで話がまとまり、聞いていた妖精たちは大喜びだ。おそらく運び込むのはサカモトではなくクヌギの役目になるのだろう。
桃子としては甘味以外にもカレーの材料が欲しかったな、というのが本音だが、さすがに口を噤む。
「んで、なんでしたっけ? 他の連中はすでに目覚めてるんでしたっけ?」
「そうみたいだヨ。花畑で待ってた連中は妖精との縁も薄いから、お前がイビキかいてるうちにこの世界からは消えていっちゃったのヨ」
「まあ、無事に目覚めたというのならば、今頃は地上で今回のことを報告でもしてくださっているでしょう」
リフィの言う通り、花畑で待っていたはずのハマノ、猫屋敷、オオアシの三人は姿が消えていた。
彼らは今頃、鏡の妖精にかけられた魔法が解けて、蔵王ダンジョンギルドにて目覚めていることだろう。目覚めた彼らがこの夢のことをどれほど覚えているかは不明ながら、少なくとも今回のミッションの成功は伝わるに違いない。
あとは、残るひとりを起こすだけである。
「では、最後にわたくしどものリーダー、風間さんの夢ですわね」
しかし、いつまでも雑談に興じているわけにはいかない。
サカモトの【魔法耐性】の影響によるものか、この妖精の花畑の夢はなかなか終わらない。けれどそれでも、この花畑の風景が霧のように消えていくのは時間の問題だ。
そして、単純な消去法で。次に訪れる夢は、深援隊リーダーである風間のものとなる。
「桃子さん、鎧さん。お二方も知っての通り、彼は様々な死地を経験なさっておりますわ」
先ほどまではサカモトも交えて半ば漫才のようなやりとりをしていたオウカだが、さすがに深援隊の副隊長だ。彼女が真面目に語るだけで、場の空気が引き締まる。
ヘノとリフィまでもが、なんとなく真面目に話を聞いている。オウカの片手を握っている桃子にも、その緊張感が伝わってくるほどだ。
「今から行く場所は、彼の見る夢です。鵺との死闘かもしれません。牛鬼との決戦の真っ最中かもしれません。あるいは、彼が旅したという死者の国での戦いの現場かもしれません」
オウカの言葉に、彼女と繋いだ桃子の手が緊張を孕む。
深援隊のリーダーである風間は、鵺をはじめとした様々な強敵と戦ってきた戦士である。
その中には、五体満足で帰ってこられたことが不思議なほどの死闘が多数あったことを、桃子は当事者として知っている。暗闇に覆われた渓谷で。蜘蛛の糸が張り巡らされた決戦場で。そして――青い花の咲き乱れた、死者たちの世界で。
桃子は彼のいくつもの戦いを、その目で見てきたのだから。
「夢……とはいえ。もしそこで見境なく襲いかかる魔物の群れや、凶悪な特殊個体による広範囲の攻撃が降りかかった場合。わたくしたちが無事でいられる保証はございません」
オウカの懸念点は、そこにあった。
風間の夢の世界は、今までとは比較にならぬほどの危険な乱戦状態である可能性がある。
夢の魔物が能動的に桃子たちに襲いかかってくることこそないが、その乱戦に巻き込まれた場合、どうなってしまうのかはわからないのだ。
「ですから、何があっても対応すべく、気持ちを切らさぬようお願いいたしますわ」
「わかりました。何があっても、俺は姐さんと桃子ちゃんを守りますからね」
「戦いか。ヘノも頑張るぞ」
「開きかかった葉っぱだヨ。協力してあげるヨ」
「わ、私も、頑張ります!」
オウカの言葉に、残された面々が返事を返す。
それと共に、妖精の花畑の風景は消えていく。
そして、花畑の風景と入れ替わるようにして。
――最後の夢の世界が、その姿を現した。
「う、嘘でしょ……? こんなの、こんな夢……嘘だよ……!」
新たに現れた夢の世界は。
桃子がうろたえ、言葉を失うには十分過ぎるほどの。
想像だにしなかった、壮絶な夢だった。
意外なことに、そこはダンジョンではなかった。
筑波ダンジョンやマヨイガのような、地上に見えるダンジョンというわけでもない。
それは間違いなく、地上の景色だった。
「なんですの? 風間さんのことですから、てっきり鵺あたりが出てくるかと思ったのですが……」
「あれ? ここって……姐さん、俺この景色、どっかで見たことありますよ?」
「なんだここ。イビキ男。ここは地上なのか?」
「ああ、ヘノちゃん。ここは多分、俺よりも桃子ちゃんのほうが知ってるんじゃないかなあ」
直前の覚悟とは裏腹に、拍子抜けしたような調子のオウカとサカモトのやりとりが桃子の耳に入ってくる。
そこにあるのは計画的に作られた広々とした道路と、歩道。道の先には鉄道の高架線が通り、駅からは少し離れているけれど、見渡せば中くらいのマンションも立ち並ぶ都市部だということがわかる。
少し歩けば大きな公園がある。更に歩くと、最近カレー料理が評判の弁当屋が存在する。桃子はそれを、知っている。
そして。まさにいま目の前にある建物に、サカモトの、そして桃子の視線が向けられている。
「う、嘘でしょ……? こんなの、こんな夢……嘘だよ……!」
「どうした桃子。知ってる場所なのか?」
「あ、えと、知ってるというか、なんていうか……」
桃子は、この場所を知っていた。
この夢は、戦場などというものではなく、平穏な地上の街の風景だった。
この街は、桃子が二年間近くの間、毎日のように慣れ親しんだ街並みだった。
この道は、桃子が毎日歩いている、己の職場である工房へと続く道だった。
「鎧さん、つまりここはどこなんですの? 桃子さんと関係がある場所なんですの?」
「あ、はい。ここって多分――柿沼さんと桃子ちゃんが働いてる工房です。正直、なんか変なことになってますが」
そう。サカモトの証言通りである。ここは桃子の働く工房の周囲の街並みであり、目の前にある建物こそが、桃子と和歌が働く工房だった。
ただし。
その様相は、桃子の知っている工房とはかなり違っていた。
「オウカさん、サカモトさん、私……こんなでっかい、立派な門の工房で働いてないですよ?! もちろん花壇なんてないですし、工房にこんな立派な噴水があるわけないじゃないですか?! どう見てもおかしいですよ?! なんですかここ?!」
そこは、率直に言えば――めちゃくちゃ胡散臭い、偽の工房だった。
本来の工房は、トラックが入る大きな搬入口こそあるものの、目の前にあるような立派な彫刻の刻まれた門などありはしない。
そして当然、無骨な工房には時折大型の荷物がオブジェの如く置かれていることはあっても、目の前に広がる風景のようにベンチも噴水もあるわけがない。
なので、ここは桃子の工房であり、それと同時に桃子には覚えのない謎お洒落スポットでもあった。
「なるほどだヨ。どうやら、風間とかいう奴の記憶がずいぶんと美化されてるんだヨ」
「待って待って、これって美化とかいう問題?」
一同の反応から原因を突き止めたリフィが、うんうんと頷きながら断言し。
桃子の中で、風間への信頼度ががくんと下がったのだった。
『サカモト、くれぐれも失礼のないようにな』
『ええ、リーダー。俺の大剣を直してくれた恩人の前で、変な真似なんてしませんよ』
工房の裏手、親方の作業場へと続く道のり――と思われる遊歩道を歩いているのは深援隊リーダーである風間と、金ぴか黄金鎧姿のサカモトだった。
千葉の街並みの中を、ガシャンガシャンと音をたてて全身鎧が歩いている。その光景は、さながら特撮ドラマだ。
「なんすかこれ、いくら俺でも千葉の街を全身鎧では歩いてませんよ? あのときはそもそもこの金鎧はなかったですし」
「残念ながら、わたくしどものリーダーは記憶力に問題があるようですわね」
とは、風間たちの後を追い掛けるサカモトとオウカの談である。
桃子たちはこの敷地内ですぐに夢の主である風間を見つけることができた。どうやらサカモトを伴って親方に挨拶にきた日の夢のようだが、風間に付き従っているのは金色の全身鎧姿のサカモトである。いくらサカモトが鎧マンとして知られているとはいえ、ダンジョンもない街を全身鎧姿で闊歩するほどの不審人物ではなかったはずだ。
つまり、風間の記憶で構成されたこの夢は、はちゃめちゃだ。
「あいつら。中に入って行っちゃったぞ。ついていくぞ」
「起こすのはいつでも出来るから、起こしたくなったら声をかけてヨ」
はちゃめちゃな風間を追い掛けるのはもちろん、本物のオウカとサカモト、そして桃子と妖精たちだ。
リフィが葉っぱビンタをすればこの風間を目覚めさせるのは容易いのだが、今回は多数決で「もう少し様子を見たい」ということに決定した。
オウカとサカモト、そしてリフィは「どちらでも良い」という意見だったのだが、桃子としては深援隊リーダーである風間の記憶のなかで工房がどういう場所になっているのかが、正直言って気になった。怖いもの見たさともいう。
そしてなにより、ヘノの「桃子の工房を見てみたいぞ」という意見が決め手だった。桃子はヘノを工房に連れていったことはない。なので、本物とはずいぶんと違っているものの、風間の夢ついでにヘノに工房を紹介することになったのだ。
「あ、よかったー。中は一応、普通の工房なのかな? 親方もいつもの親方だよ」
「このドワーフっぽいの。前に牛鬼と戦ってるときにも見たな。本当に。桃子の師匠だったのか」
夢の世界の風間とサカモトは、以前彼らが親方のもとへと挨拶に来た日のとおり、裏手から直接親方の作業場へと入っていった。
そして、そこに設置されたテーブルと椅子に腰掛けて、親方と挨拶を交わしている。
『この度は、お忙しいなか彼の大剣の修復作業を請け負っていただきまして、誠にありがとうございます』
『っす! 武器の扱いがなってなくて、申し訳ありませんでした!』
『がはは、そう固くなんなくていいぜ。おめェらが命を懸けて鵺と戦ってたのは俺も知ってるからよ、もっと胸を張るくらいでいいんだぜ』
親方は、風間とサカモトにがははと豪快に笑いかけ。
そして続いて、奥――工房の扉に視線を向けてから、声色を落として、言葉を続けた。
『それに、あの『鵺』ってのには、うちの大切な職員が泣かされてたからなァ。アレを倒したおめェらには、感謝してんだ。本当に、おめェらは良い仕事をしたぜ』
『そう言っていただけると、俺たちもありがたいですね』
この会話は、桃子の知らない会話である。
鵺に泣かされた職員というのは、和歌のことだろう。親方が和歌の過去を知らなかったわけもない。なので、鵺に対しては親方とて、何かしら思うところがあったのだろう。
普段は見せない親方の意外な一面を見て、桃子は少しだけ、しんみりした。
が。
すぐに桃子は、鼻をくんくんとさせる。
「あれ? ヘノちゃん、カレーの匂いしない?」
「なんだ。桃子がポケットに入れてる。カレールーの匂いじゃないのか?」
「いや、私もさすがに普段からポケットにカレールーは入れてないからね?」
ここは工房で、親方の作業場だ。カレーの匂いがするわけはない。
けれど、桃子の持つカレーへの第六感が、カレーの気配に反応している。この近くにカレーがあるはずだと訴えている。
突如として鼻をくんくん鳴らし始めた桃子の姿に、風間たちのやりとりを見ていたオウカは戸惑い、サカモトは愛らしい小動物を見る目で桃子を眺めていた。
しかし。
実のところ。カレーの香りの発生源など、この工房の奥にいるのが誰なのかを考えれば、すぐにわかることだった。
この工房の奥にいる容疑者は、職人見習いの笹川桃子、設計士の柿沼和歌、そして責任者である所長の三人だ。
そして、夢の主である風間は『それ』を知っていてもおかしくはない立場なのだ。
工房のなかに一名、『カレーの権化』が存在することを。