ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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カレーとキラキラ

 桃子は、後悔することとなる。

 こんなひどい夢は、見続けるべきではなかったのだ――と。

 

 

 

 

 

 

『おーい桃の字、すまねえな、来客用の茶か何かを頼めるか?』

 

『あ、はーい!』

 

 桃子の目の前で、風間とサカモトを迎えた親方が工房の中へと声をかける。

 それに応じて中から聞こえた返事は、ほかの誰でもない、桃子の声だった。扉の向こうで、何やら慌ただしく動く音がする。

 

「どうしよう、私だ! 私がいる!」

 

 はたして、深援隊リーダーである風間の記憶では、桃子というのはいったいどういう存在に映っていたのだろうか。扉の向こうの気配を感じると同時に、桃子の鼓動が早くなっていく。

 いまこの扉の向こうにいる『この世界の桃子』は、現実の自分と全く同じ姿なのだろうか。あるいは、オオアシの夢に『髪型や服装が微妙に違うヘノ』が現れたように、自分も現実とは違う姿なのだろうか。

 そういう風に自分のことを考えているだけで、なんとも緊張が押し寄せてくる。

 

「桃子。カレーの匂いは。あっちの桃子じゃないか?」

 

「え、えー? でも私、さすがに工房でカレーなんか作ったことないよ?」

 

「桃子が。カレーを作らないわけ。ないだろ」

 

「それを言われると否定できないや」

 

 扉をあけて奥の部屋を確認したい気持ちがわき上がるが、桃子が勝手なことをすると風間の見ている夢がおかしくなってしまう恐れがある。

 もっとも現段階で十分この夢はおかしいのだが、桃子は好奇心をどうにか抑えて、奥にいるはずの桃子が扉をあけて入ってくる時を、今か今かと待ち構える。

 

「でも、実際にはこのあとどうしてたんだっけ……?」

 

 桃子は本来の記憶を辿る。たしか、親方から声をかけられた後は和歌と二人でお茶とお茶請けを準備していたはずだ。

 その後にサカモトや風間のとんちき発言によりこの場の空気が滅茶苦茶になってしまったはずだが、それは後の話として。少なくとも今のタイミングでは、夢の世界の桃子は給湯室にいるのだろう。

 もちろん、夢の主である風間は桃子の行動までは知らないため、この扉をあけた先で同じやりとりが行われているとも限らないのだが。

 

 

 

「聞きましたか姐さん。この場に桃子ちゃんが二人いるみたいですよ! これって夢じゃないですか! ヤバいですよ!」

 

「夢ですし、ヤバいのはあなたですわ。くれぐれも、どちらの桃子さんにも変なことをしないでくださいまし?」

 

「いや、もちろんノータッチは徹底しますよ! いい匂いの空気を味わうだけです! 俺、紳士ですからね」

 

 そして、扉の前に佇むわら帽子姿の桃子を後ろから熱心に眺めているのは、これまたこの部屋に二人存在している金ぴか鎧のサカモトだ。

 こちらはこちらで実に紛らわしく、目にうるさい。そして言動が危うい。彼が全身鎧でなければ、今頃はオウカの肘打ちが彼の脇腹にめり込んでいたことだろう。柚花がいない今は、オウカが大人として桃子を守ってくれていた。

 もちろん、サカモトとて桃子に変なことをするつもりなど毛頭ないのだが、警戒されるだけの発言を繰り返しているので仕方がないことだろう。

 

「桃子ちゃんに変なことをしようものなら、多分俺、タチバナさんに殺されますからね。あの子、桃子ちゃんに本気ですし」

 

「あら? よく分かってるじゃありませんの」

 

「そりゃ、よく見てますからね。俺、女の子たちのデリケートな部分を見抜く眼力だったらタチバナさんにも負けない自信がありますよ」

 

「あなた、間違いなくヤバい奴ですわね」

 

 

 

 そうして、妖精を連れた桃子が扉の前でドキドキし、オウカとサカモトが扉の前に立つ桃子を眺めながら雑談に興じていると。

 とうとう、ガチャリという音と共に、扉が開く。

 

『失礼します、カレーの大鍋をお持ちしました』

 

「待って待って」

 

 扉から入ってきたのは、工房の作業着であるツナギではなく、いつもダンジョンで着用しているホットパンツにスカジャン姿の桃子だった。スカジャンにはしっかりとモチャゴンのイラストが主張している。風間の中では、桃子はこの格好の印象が強いのだろう。

 そして彼女は、お茶ではなく大きなカレー鍋を抱えていた。

 

 しかも、だ。

 

「雪ちゃんも何してるの?!」

 

 何がどうしてそうなったのか、そこにいるのは夢の桃子だけではなかった。

 何故かはわからないが、わら帽子を被った雪ん子――風間雪が、夢の桃子を手伝う形で一緒に大鍋を運んできたのだ。

 親方が飲み物を頼むと、女児が二人がかりでカレーを運んでくる斬新なシステムだ。

 

『これが、飲み物みたいにさらっとしたカレーです』

 

「待って待って、おかしいよね?!」

 

「桃子、落ち着くのヨ。夢なんだから、少しくらいおかしいこともあるのヨ」

 

「これは少しじゃなくない?!」

 

「そうだぞ桃子。ちょうどカレーがあるし。こっそり舐めて落ち着いたらどうだ」

 

「まあ、カレーはもらうけど」

 

 もう、どこにツッコミを入れればよくわからないが、桃子はツッコミを入れざるを得なかった。

 だが哀しいかな。夢世界の桃子にはこちらの桃子のツッコミは何ひとつ聞こえていないので、桃子のツッコミの数々は室内にむなしく消えていく。もしかすると雪ん子の雪には桃子のツッコミが届いていたかもしれないが、彼女は完全スルーの態勢だ。

 ただ、ヘノと一緒に舐めたカレーは美味しかった。

 

 カチャリ

 カチャリ

 

 雪がテーブルに人数分のカップとソーサーを並べて、夢の桃子がそこにおたまでカレーを注いでいく。

 どうやら本当にカップで飲む前提で運ばれてきたらしく、大鍋の中身は実際にさらりとしていてごくごく飲めるカレースープだった。

 

「地上で働いてる桃子は。飲み物まで。カレーだったんだな」

 

「さすがにそれは誤解なんだけどね」

 

 ヘノの誤解はとりあえずそのままにしておいて、桃子は一度深く呼吸をし、心を落ち着かせようと試みる。

 どうしてお茶ではなくカレーを持ってきたのか。どうして雪ん子が一緒にカレーを運んでいるのか。カップに入れてから持ってくるのでは駄目だったのか。カレーの隠し味に何を入れたのか。桃子の頭の中は、困惑と疑問でいっぱいだ。一度、落ち着かなくてはいけない。

 

 

 桃子がツッコミ疲れで意気消沈しているのをよそに、夢の時間は進んでいく。

 雪は奥の部屋へと戻っていき、今は夢の桃子が、風間にお茶――ではなく、カレースープを差し出していた。

 

『ああ、これはありがとう。お嬢さん。こちらの子は親方さんのお孫さんですか?』

 

『おゥ、まあよく言われるなあ。似たようなもんだぜ』

 

『ちょっとリーダー! 大人の女性に対して子供扱いなんて失礼じゃないですか! 女性には紳士な態度で。いつもリーダーが言ってることでしょうが』

 

 桃子を親方の孫と勘違いした風間と、唐突にその風間に激昂しだすサカモト。

 このやりとりは過去の記憶通りだった。

 そして、その内容を知っている桃子ですら改めて「うぇ」と声を上げてしまいそうになるどん引きのやりとりが、ここから開始される。

 

『笹川さんは確かに見た目は若々しくて小柄ですけど、骨盤をしっかり見れば第二次成長期は過ぎている、恐らくハイティーンだということくらいはわかりますからね。大体それくらいですよね?』

 

『うぇ……?』

 

 夢の世界の桃子が、明らかに眉をひそめて一歩引いている。ついでに言えば、現実の桃子も同じように一歩引いている。

 そんなやりとりを見ていたのはもちろん桃子だけではない。現実のサカモトと、それを牽制しているオウカもまた、過去のサカモトの発言を目にしている。

 

「あなた、初対面の女性の骨盤を分析するだなんて、なかなか最低ですわね」

 

「いやあ……改めてみると、桃子ちゃんに引かれちゃってますね。俺もちょっと、興奮してたんです」

 

「興奮って……あなたは本当に――」

 

「あ、待ってください姐さん! 桃子ちゃんの話もしたいですけど、ここから柿沼さんが入ってくるんです!」

 

 オウカが説教を始めようとしたところで、サカモトがオウカを手で制す。

 ここは、あくまでサカモトではなく、風間の夢なのだ。

 そして、風間がどうしてこの夢を見ているのか。このやりとりが風間にとってどれほど重大な出来事だったのか。サカモトはそれを知っている。

 

 風間にとって大切なのは、工房の親方との対談でも、桃子という少女との出会いでもなく、この後にやってくる女性との邂逅なのだから。

 

 

 

『うふふふ、うちの桃ちゃんにそれ以上近づかないでくださいねー?』

 

 

 

 扉の先から、桃子もよく知っている女性の声がする。

 それはもちろん、桃子の同僚であり、現実世界ではすでに風間との結婚が決まっている女性――柿沼和歌の声である。

 桃子が、オウカが、サカモトが、そして妖精たちが、新たに室内へと入ってきた和歌に視線を向けて。

 

 そして、唖然とする。

 

「え?」

 

「まあ!?」

 

「なんだこれ」

 

「すごい格好だヨ」

 

「リーダーの夢はなかなかぶっ飛んでますね」

 

 扉からは、比喩などではなく、本当にキラキラとしたエフェクトをまとった和歌が入ってきた。

 和歌は、きらびやかなイブニングドレス姿だった。

 肩と背中を大きくさらけ出し、高級そうな素材の布地がボディラインを美しく整え、足もとまであるロング丈のスカートが、和歌にあわせてさらりと揺れている。

 当たり前だが、工房ではこんな格好はしない。工房どころか、ダンジョンでもこんな衣装の探索者などいないだろう。桃子はダンジョンで本格的なドレスを着用する人間など、りりたんしか知らない。

 

「こいつ。普段はこんな格好なのか。面白いな」

 

「待って待って! これはさすがにないから、とんだ誤解だから! 和歌さーん!」

 

 あんまりにもあんまりな和歌の姿に、同僚である桃子が涙目で声を上げる。正気に戻ってくれ、と。

 しかし、残念ながら夢の世界の和歌には桃子の声は届かないし、そもそも正気でないのはこの記憶の持ち主である風間である。

 

 気づけば、和歌の前に風間がすっくと立ち、その手には薔薇の花束を抱えていた。

 

『和歌さん。俺は、あなたのためならたとえそれが深淵の涯だろうと、死者の国だろうと。何があろうと駆けつけて――』

 

 桃子は、後悔した。

 こんなひどい夢は、見るべきではなかったのだ。

 

「リフィちゃん、ごめん! これ以上はつらいから、風間さんを叩き起こして!」

 

「そうですわ! こんな悪夢、さっさと終わらせるべきですわ!」

 

「えー、結構面白かったのヨ? まあ、いいけどヨ」

 

 ヘノが興味深そうに和歌の周囲のキラキラエフェクトを眺めている横で、桃子とオウカが同時にリフィへと懇願する。これは、見てはいけない夢だったのだ。

 なお、サカモトは年上である和歌にはさほど興味がないのか、一人離れて夢の桃子を様々な角度から観察していた。

 

 

 

 

「こら、起きるんだヨ! これ以上めちゃくちゃな夢を見てると、桃子に悪影響があるんだヨ!」

 

 びたん

 びたん

 びったん

 

「……つ……っ!」

 

 桃子たちの懇願を聞き入れて、リフィが風間の後頭部に葉っぱビンタを叩きつけていく。

 すると、さすがは深援隊リーダーの風間である。他のメンバーのように悲鳴を上げるでも、驚いてひっくり返るでもなく。

 いったいどこに常備していたのか、振り向きざまに、黄金に輝く短刀をリフィへと向けて――。

 

「はいはいリーダー、ストップです。リフィちゃんは敵じゃないですから落ち着いてください」

 

 あわやリフィが切りつけられるかといったところで、この展開を先読みしていたサカモトが風間の腕をとり、その間にリフィは慌てて距離をとる。

 

「ヤバいやつだヨ! 死ぬかと思ったヨ!」

 

「な……妖精? それに、サカモトか? お前はいまそこの椅子に……いま……まて、どういうことだ?」

 

 風間は、自分の前に現れた二人目の黄金鎧の姿に目を見開くが、しかしそれも数秒のこと。

 すぐに武器をおろし、周囲を見渡した。そこにはサカモトとオウカ。ヘノとリフィという二人の妖精がいる。

 もちろん桃子もいるのだが、風間が桃子の存在に気づいているかどうかはわからない。

 

「オウカ、俺は幻覚を見させられていたのか?」

 

「さすがはわたくしたちのリーダー、状況の理解が早くて助かりますわ。もっとも、幻覚ではなくあくまでご自身が見ていた夢ですけれど」

 

「……そう、か。これは、俺が見ていた夢だったのか」

 

 風間は。

 

「頼む、見たこと全部忘れてくれ」

 

 その顔を、両手で覆い隠し。耳をほんのり赤くして。

 その場にしゃがみ込んでしまうのだった。

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