ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「笹川さんがここまでやってきてくれたのか。ありがとう」
風間の夢の景色は薄れていき、周囲には白い霧が漂い始めている。まもなく、風間の夢として現れたへんてこな工房も消えていくのだろう。
そんな中でオウカから説明を受けた風間が、リフィとヘノを連れた桃子へと視線を向けて、礼を述べる。
妖精が二人いるため【隠遁】の効果はかなり薄らいでいる。なので、そこに桃子がいるとわかった上で集中すれば、桃子の姿を認識することは風間にとって難しいことではなかった。
「それと……うちの爺さんが、本当にすまなかった。風間家の事情に、無関係な君をここまで巻き込んでしまった」
「い、いえ! 私はそういうのはいいんです! ただ、私は、その……」
彼はクルラの弟子で、更には来年からは蔵王ダンジョンのギルド長という立場もあり、桃子が【創造】という力を祖父から引き継いでいることをすでに知っている。
なのでおそらく、オウカから受けた説明から、桃子が祖父のしでかしてしまったことの尻拭いに奔走しているのだと悟ったのだろう。
「桃子は。鏡の妖精と。友達になりにきただけだぞ。リュウちゃん」
「そうだヨ。桃子は今から友達を迎えにいくんだヨ。だから、お前が気にすることじゃないんだヨ、リュウちゃん」
小さな妖精たちに『リュウちゃん』呼びされた風間は、気恥ずかしいような苦笑を浮かべる。
彼は、ティタニアとクルラに子供の頃から『リュウちゃん』と呼ばれており、他の妖精の姉妹たちにもその呼び名が伝染してしまったようだ。
妖精からフレンドリーに呼びかけられる『リュウちゃん』へ向けて、横に立つ全身鎧の『イビキ男』が嫉妬のオーラを発しているが、フェイスガードで顔が見えないので実際のところはわからない。
「しかし……『魔鏡』か。俺もそんな話は聞いたことはなかったが」
風間はしかし、すぐ真面目な顔に戻り、思案する。
オウカと桃子から聞かされた話は、風間大地の孫である彼にとってもまさに寝耳に水だったのだ。
当事者である祖父が何も語らず鬼籍に入ってしまった以上、今となっては真実を知りようがない話であった。
「だが、その鏡の妖精はずっと、桃の窪地の奥深くで、雪ちゃん……いや、俺からすれば大叔母か。彼女の遺骨を守ってくれていたんだな」
「はい。あの子が、ずっと……守ってくれていたんだと思います」
風間が目覚めた時点で、眠りに落ちた深援隊メンバーの救助というミッションはすべてクリアしたはずだ。
なのでいま、桃子たちの目的は『鏡の妖精の救済』へとシフトした。
もっとも、ここはまだ夢の世界であり、これからどう行動すべきかは何も考えてはいないのだが。
「あのさ、桃子ちゃん!」
「え? あ、はい」
そこで、桃子と風間のやりとりが一段落したタイミングで、横から金ぴかの鎧が明るく声をかけてきた。
重くなりかけた空気を軽くしようという彼の心遣いかどうかはわからないが、桃子としては沈黙を吹き飛ばしてくれたのはありがたい。
「今回は稲を持ってきてくれたんだろ? よかったよ、俺の送ったメッセージが届いてたんだな!」
「あ、はい。サカモトさんの救難信号とメッセージはみんなに届いてました」
「なにヨ。この稲って、イビキ男のメッセージだったのかヨ」
稲。
それは、深援隊のメンバーが眠りにつく中で、【魔法耐性】を持ったサカモトだけが妖精の言葉を聞き取り、地上の仲間にメッセージ機能で送信したはずの情報だ。
なので、先に眠ってしまったオウカと風間にはなんのことだかわからず、不思議そうな顔をする。
「稲? なんのことですの?」
「これなのヨ。ちっちゃいけど、間違いなく稲の苗なのヨ」
桃子の傍らを飛んでいたリフィが、ずいと小さな植物の苗の束を取り出して見せた。
それはまだ小さく稲穂すら実ってはいないが、もとはマヨイガで発見された玄米を妖精たちの力で再生に成功させ、それを化け狸たちが田んぼで育てた、紛れもない『ダンジョン産の稲』である。
桃子はリフィから苗の束を受け取り、風間たちにも見えるように手のひらに載せる。
「鏡の妖精さんが、田んぼを欲しがってるんです。お爺ちゃんが魔鏡を買うために、田んぼを売り払っちゃったらしくて」
桃子は、昨日判明したばかりの情報を風間たちに伝えることにした。
手短に、結論だけ。鏡の妖精は、あの世界に黄金に輝く稲穂の平原を作りたがっているのだ、と。
だが。
「田んぼ? いや、うちの爺さんは確かに農業をやっていたはずだが――あの――は――が――」
「あっ、風間さん?!」
風間が何かを桃子に伝えようとしたところで、彼の姿はその場から霧が散るように消えていってしまった。
「桃子。酒飲みとイビキ男も。一緒に消えちゃったぞ」
「三人とも無事に目がさめたみたいヨ。今頃、ギルドで意識を取り戻してると思うのヨ」
「ありゃりゃ」
見れば、風間とともにいたはずのオウカとサカモトも消えており、この白い霧のような世界に残されたのは桃子とヘノ、リフィの三人だけになってしまった。
もともと彼らを目覚めさせることが目的だったので、彼らが目覚めたというのならそれは喜ぶべきことなのだが、なにぶん会話の途中だったのでなんともすっきりしない気持ちが残る。
「あいつら。ちゃんと起きたのか。よかったな」
「まあ、そうだね。じゃあ、私たちも気を取り直して、次に行こうか!」
「それがいいのヨ」
桃子はきりりと口元を引き締めて、おもむろにヘノとリフィの二人を抱き寄せる。
そして、視線を前に向けた。
桃子の前方では、まるで霧が割れていくかのように新たな風景が広がっていく。
そこは、白く、冷たく。
凍りついた地面となにもない空だけが広がった『鏡の妖精の世界』だった。
そこには、凍り付いた地面の他にはなにもない。
時折吹きつける冷たい風にあわせてヘノがふわりと舞い上がり、そのまま周囲を軽く飛び回る。リフィもその後を追いかけるようにして舞い上がった。
「ここが。桃子が話してた場所か」
「葉っぱもなくて、ずいぶん寂しい場所なのヨ」
「んふふ♪ ここはね、鏡の中の世界なの♪ 私のお姉ちゃんが作り出した世界なのよ♪」
そんなヘノたちに声をかけてきたのは、しばらく行方不明になっていたはずの妖精、クルラである。
いつの間にか現れたクルラは、ヘノとリフィを追いかけるようにして宙を舞い、いつもの赤ら顔で楽しげに話し始めた。
三人で追いかけっこのように空を舞う。これは、妖精姉妹たちの遊びであり、互いの無事を確認するためのコミュニケーションだ。
「ほっとしたわ♪ 桃子がきっと来てくれるって信じてたのよ♪」
「クルラ。お前。ヘノは心配はしてなかったけど。勝手にどっか行くな」
「ヘノと違って、リフィは一応心配したのヨ」
たいして心配していなかったヘノと、それなりに心配していたリフィ。
この場にはいないが、妖精の国に残された姉妹たちにも、心配したものもいれば、たいして心配しなかったものもいる。
なんにせよ、いきなり消えてしまったクルラに対して、それぞれが何かしら心を寄せていたことは事実である。
「ごめんなさい、ヘノ、リフィ。でも私も、あんな状態のお姉ちゃんを一人きりにできなかったのよ」
「『お姉ちゃん』か。鏡の妖精のことだな」
「あれが、クルラのお姉ちゃんかヨ」
三人は空を舞うのをやめて、眼下を見下ろす。
そこには、ここまでともにやってきた、わら帽子を被った桃子と。
桃子と向き合うように宙を漂う、鏡の妖精の姿があった。
「……」
「ええと」
その場には、沈黙が漂っていた。
桃子は、今回の冒険の先に『鏡の妖精と友達になる』という目標を掲げている。
けれど、いざ無表情で何も話さない彼女を目の前にすると、なかなか初めの言葉が出てこない。
だが、いつまでも無言で見つめ合っているわけにもいかないと、桃子は意を決して声をあげた。
「あの、鏡の妖精さん! 私、笹川桃子! カレーが大好きで、武器はハンマーで、特技は工作! パートナーはヘノちゃんで、大好きな後輩は柚花っていう子なの! ええと……あと、これでも成人した大人だよ!」
「だいたい、クルラから聞いている情報……だわ」
桃子はまず、自己紹介から入ることにした。
あいにく、自己紹介の中身そのものは鏡の妖精にとっては既知の情報だったようだが、今は彼女とコミュニケーションをとることが目的なのだ。
桃子はすーはーと、大きく深呼吸をする。冷たい空気が肺に入り、ようやく緊張が解れてきた。
「あのね。ええと……私たち、あなたのことを調べたんだ。それで、あなたがずっとここで、雪ちゃんを守ってくれていたんだってわかったの」
「そう。雪は……あの子は、地上で弔ってもらえる……の?」
「うん。風間さん……えと、さっき最後に起こした男の人。あの人が大地さんのお孫さんだから、責任持ってお墓に入れてくれるって」
雪ちゃん――風間雪の遺骨は、親族である風間が責任をとって供養すると約束してくれていた。
彼は信頼できる大人だ。だから雪はもう、静かに、眠りにつけるはずなのだ。
もっとも、当の幼女は花畑で大の字になったり、カレー鍋を運んでいたりと、ゆっくり眠るどころか色々とあれこれ満喫していたのだが、それはそれ、これはこれ。桃子は深く考えないことにした。
「そう。よかったわ。これでもう、私の役目は、私が存在する必要は……なくなったのね」
「待って……! いる意味がないなんて、言わないでよ」
ここからだ。
生きる意味を失ってしまった彼女を。
存在理由を遂げてしまった彼女を。
桃子はどうにかして、救わなければいけない。
だから、桃子はまっすぐに鏡の妖精を見つめて、熱を帯びた言葉を紡ぐ。
「聞いて! ほら、稲を持ってきたんだよっ。だから、ここに一緒に、稲を植えよう?」
「なに……を?」
桃子は先ほどリフィから受け取った苗をポケットから取り出し、ずい、と目の前の鏡の妖精に差し出した。
鏡の妖精は、桃子が突きだした苗をじっと見つめている。無表情なので、彼女が何を思っているかはわからない。
けれど、桃子は信じていた。これは希望なのだと。
すべてを失ったという彼女の口から語られた、唯一の光明なのだと。
「これ、ダンジョンで育った稲の苗なんだよ! だから、育ったらさ、この場所も、一面が黄金色の田んぼになると思うんだよ!」
「え……なに?」
「ん?」
だが、桃子の熱とは反対に、目の前に佇む鏡の妖精の様子がおかしい。
無表情で感情の読みとりづらい彼女だけれど、いまはわかりやすく首を傾げている。
それが示すのは、いわゆる『疑問』だ。
思いがけない反応に、桃子も同様に『疑問』だ。
桃子と鏡の妖精、二人して頭の横にハテナを浮かべている。
ぴゅうと、二人の間に風が吹き抜ける。沈黙が再びその場を支配する。
そして、その何とも言えぬ不思議な沈黙を破ったのは、上空から降りてきたクルラだった。
「ぷっ♪ ちょっと、あのね桃子、それなんだけど……んふふ♪ んふふふふ♪」
クルラが、なんだかものすごく笑いながら降りてきた。
いつも笑顔のクルラだけれど、今回のそれは本気で面白さのあまり笑っているように思えた。
「クルラが。おかしくなったぞ」
「お酒を飲み過ぎちゃったのかもしれないのヨ」
クルラに続いてヘノとリフィが降りてくるが、クルラは未だに笑い続けたままである。
ヘノはクルラを興味深げに観察し、リフィは何かしら思うところがあるのか、何故か桃子にジト目を向けている。
「桃子。ちゃんと聞かなかったリフィも悪いけど、こんな場所で稲なんて育つわけないヨ。どこに田んぼをつくるつもりなのヨ?」
「え?! で、でも、田んぼが欲しいっていう話じゃなかった?」
「んふっんふふ、く、苦しいわ♪ いったい何がどうして、そんな話になっちゃったのかしら♪ んふふ♪ んふふ♪」
リフィは呆れたようにため息をつき。クルラは笑い転げている。これには桃子も困惑するしかない。
そして、鏡の妖精が、冷たく一言。
「もう、帰って……ね」
「え?! え?!」
そうして何の前触れもなく、桃子たちは銀色の光に包まれて。
気づけば、鏡の妖精の世界から弾き出されてしまった。
『桃子♪ また明日、ここで待ってるわね♪ んふふ♪ んふ、んぷっ……ぷ……ぷふふふっ』
「え?! えー?!」
最後に、馬鹿笑いするクルラの声だけが、桃子の耳にはっきりと届くのだった。