ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あ、お帰りなさい先輩。意外と早かったですね」
光に包まれた桃子が我に返ると、つい今し方まで鏡の妖精がいた場所には柚花が立っていた。身長差があるので、正しくは桃子の視線に映ったのは見慣れた柚花の胸元だ。
「え? あれ、柚花じゃん。どうしたの?」
「どうもしてませんよ。私たちはずっとここで先輩の帰りを待ってたんですよ」
「あ、そうか、そうか。私、戻ってきたの? なんか色んな場所に行ったり来たりしてて、ここがどこかわからなくなってきちゃった」
桃子が辺りを確認すると、そこは薄暗いダンジョンの洞窟内だ。周囲には鏡面の結晶が並び、キラキラとダンジョンの魔法光を乱反射している。
先ほどまで様々なダンジョンを行き来していた為、ここが現実なのか夢なのか曖昧になるが、どうやら目の前にいる柚花は現実の柚花のようだ。
「大丈夫ですか? しっかりしてください先輩」
「大丈夫だとは思うけど、柚花って現実の柚花? 飲み物としてカレー出したり、いきなりキラキラ光ったりしない?」
「何を言っているのかちょっとわかんないです」
「試しに触っていい?」
「人の目もあるので、少しだけですよ」
桃子が手を伸ばし、目の前にいる柚花のお腹をぽんぽん触ると、そこには間違いなく柚花の温もりがあった。これは本物だなと、桃子は心のなかで安心する。
見ればヘノとリフィも桃子と共に戻ってきたようで、二人ともふわふわと浮かびながらあたりをきょろきょろと見回しており、ニムがそこに混ざって笑顔を見せていた。
「それで、皆さん。状況を伺ってもよろしいですか?」
「ええと、どこから話したものやら……」
ここは、蔵王ダンジョン第三層の、中央部の開けた空間だ。
桃子たちはこの場所の大きな鏡面の光に包まれた後、そのまま鏡に入るようにして消えてしまったのだという。てっきり自分は眠っていて、夢という形であちこち冒険しているのだと考えていた桃子は、身体ごと隠れ里に入っていたのだと知って少しだけ驚いた。
そして今は、ニムを肩に乗せた柚花、クヌギ、フルドラ、リヨンゴの四人に囲まれて、状況説明を求められているところである。
「とりあえずだけどね、深援隊のみんなはもう起きてると思うよ。そればかりは、ここからだと確認しようがないけど」
「それは良かったです。じゃあ第一ミッションはクリア、ってことですね」
「うん、うん」
第一の目的である深援隊の救助そのものは、問題なく終わったはずだ。
細かく各自の夢の世界についても語ろうかと思ったが、風間の夢については誰にも語らず、忘れてあげるのが優しさだと判断し、桃子はそれを細かく語ることはやめておく。
そして桃子に続いて口を開いたのは、ヘノとリフィの二人だった。
「それと。クルラが。馬鹿みたいに笑ってたぞ」
「そうなのヨ。大笑いして、最後にはまた明日来いって言ってたのヨ」
「はあ」
妖精たちの要領を得ない説明に、柚花もなんとも気の抜けた反応だ。
クルラが最後に何かしら大笑いして「また明日」という言葉を残していたのは事実だが、さすがに今の説明だけで全貌を理解するのは柚花をもってしても難しかったようだ。
「ええと、きちんと話すと長くなるというか、ちょっと私にもよくわかってないんだけど、いいかなあ」
「なら、とりあえずは歩きながらにしましょうか。なんにしても、今日は地上に戻りましょう」
鏡の世界と繋がっていた巨大な鏡面は、すでに普通の鏡に戻っており、銀の光は帯びていない。桃子が背後の大鏡を振り返っても、わら帽子を被った自分の姿が映るだけだ。
桃子は、鏡の妖精と、わら帽子にもんぺ姿の雪ん子の二人について、思いを馳せる。結局、自分は彼女たちに何をできたのか、何が足りなかったのか。考えることは山積みだ。
けれど、この日は柚花たちとともに、ひとまず地上へと向かって歩き始めるのだった。
桃子たちが鏡の世界から帰還するより少し前、地上では。
「クリスティーナ会長。ギルドで寝かされていた深援隊の面々が目覚めているようです」
「目覚めた? 全員ですか?」
「いえ、順次……といった様子です。例の猛烈なイビキもおさまっており、目覚めも時間の問題かと」
「ふム。とりあえず、わかりマした。すぐに向かいマす」
地上で待機していた不老の魔女、クリスティーナ・E・ウィンチェスターのもとに、深援隊のメンバーが目覚め始めているという報告が入っていた。
昨日より、この蔵王ダンジョンと桃の窪地は厳戒態勢となっている。
決してスタンピードなどの危険な状況に陥ったわけではないものの、妖精を始め、リヨンゴやクヌギ、フルドラといった魔法生物たちがその本来の力を行使している姿を目撃されては色々と困るのだ。
なので、残りの深援隊メンバーには詳細を伏せて自宅待機となっているのだが、情報を出さないままに彼らをいつまでもおさえておくのは難しく、深援隊の面々が目覚めてくれたというのはクリスティーナにとっては非常に大きな朗報であった。
そしてその当事者である、眠り続けていた深援隊幹部たちはというと。
「ん……ああ、ここは、ギルドか?」
「あれ? リーダー、俺たちって今……あれ? もうなんか……頭が働かないな。ここって現実ですか?」
「どうにも、頭に靄がかかっているようですわ。少しばかり、眠りすぎていたようですわね」
床に敷かれたマットに寝かされていた風間、サカモト、オウカの三人は、ほぼ同タイミングで意識を取り戻していた。女性であるオウカには上から毛布を掛けられているが、サカモトに至っては鎧姿のまま寝かされている有様だ。
それぞれが軋む身体をぐいともちあげて、照明で照らされた室内の空気に意識が少しずつ整ってくる。
もちろん、彼らは誰もいない部屋で放置されていたわけではなく、観察役のギルド職員がすぐに三人のもとに水を持ってきた。
「あー、鎧で飲む水がうまい。でも次はしゅわっとした炭酸飲料が飲みたいっすね」
「わたくしはお酒がいいですわ。目覚めにキツいものを」
「ったく、お前らな」
「元気そうでなによりです。皆さん、かれこれ30時間ちょっとは眠っていらっしゃったんですよ。既に目覚めた他のメンバーの方は、別室で医師の診察を受けています」
職員の「30時間ちょっと」という数字を聞いた風間らは、壁にかけられたデジタル時計に視線を向けた。
12月30日の、23時55分。まもなく日付が変わればもう大晦日だ。
それぞれが大きく息をついたところで、深夜のギルド内の廊下に車椅子の音が響いた。
その音は風間たちがいる部屋の目の前で停止し、ガチャリと、全員の視線を受けて扉が開く。
「皆さん、おはようございマす。先に目覚めた方々はすでに別室で休憩中です。早速ですが、アナタたちの見聞きしたお話を聞かせていただきマすね?」
「ああ、クリスティーナ会長。色々と迷惑をかけたみたいですね」
車椅子で入ってきたのは、魔法協会会長であるクリスティーナだ。
老化をしなくなった彼女の身体は二十歳前後の健康状態を維持しているため、瘴気の傷で黒くただれてしまった両の足を除けば、その肌は普段から健康的でつやつやである。
だが、そんな彼女も今は少しばかり疲れた様子を見せている。本来ならば彼女が直々に動くことなど滅多にないのだが、今回は蔵王ダンジョンという彼女にとっても特別な地であり、更にそこに妖精や魔法生物が大きくかかわってきているため、会長直々に動き回っているのだろう。
時刻は深夜なれど、目覚めたばかりの彼らはゆっくりと休憩をとることなど許されてはいない。
今年の大晦日は、ギルドでの聞き取り調査から始まった。
「なるほど。結局は、桃子さんたちの帰還を待つしかないということになりマすか」
「そのようですね。力になれず申し訳ない」
「例の、ライスプラントは? 何か効果はありマしたか?」
「残念ながら、我々はそこで目覚めてしまいましたから。笹川さんがその後どうしたのかまでは、わかりません」
聞き込み調査――とは言っても、実のところ彼らの知る情報に大したものはない。
なにせ、彼らはなんの事情もしらないまま、ずっと夢を見せられていただけなのだ。件の鏡の妖精と出会ったわけでもなく、強いて言えば桃子たちが助けてくれたという共通の認識を報告するだけに終わってしまった。桃子が持ち込んだライスプラントにどういう意味があったのかは、ここにいるメンバーの誰にもわからない。
そして、クリスティーナが「さてどうしようか」と考えた、そんなタイミングで。
コンコン
コンコン
部屋の扉がノックされた。
全員の視線が扉へと集まるのとほぼ同時に、扉の向こうからは深夜だというのに妙に元気な女性の声が響き渡る。
「すみませんクリスティーナ会長! 老芝奈々です! 風間さんのお婆さまが、お孫さんの容態を見にいらっしゃいましたが、どうしましょう!」
「あら? こんな時間にバアヤさんが? とりあえず奈々さん、バアヤさんをここへ通してあげて。それから温かい飲み物を」
「はい、わかりました!」
やってきたのは老芝奈々だった。
この日の奈々は風間の祖母を始めとした関係者のもとで調べ物をしていたらしく、その際に連絡先を互いに交換していたのだという。
そしていま、その祖母が。何を思ったのか、もう真夜中だというのにギルドまでやってきたのだった。
なお、その風間の祖母だけれど、日本では史上最高齢の新人探索者として記録されている人物であり、このギルド職員やクリスティーナの関係者からは『バアヤ』として顔なじみになっていた。初めのうちは『風間さんのお婆さん』といった風に呼ばれていたのだが、それがどんどん簡略化されていったものだ。
「じゃあ……イネさん、こちらへどうぞ! いま温かいものも用意しますね!」
「わはは、こんな時間にすまねえなあ。ちいっとよ、雪ちゃんのこともあったし、無性にリュウのことが気になっちまってよお」
クリスティーナの言葉をうけ、奈々が背後へと呼びかける。
そこにいるのは、市販品の丈夫なジャンパーを着こなした、日本最高齢の新人探索者の姿だった。
「オウカちゃんとサカモトくんも、なんか大変だったってなあ。二人も、俺みたいなババに心配かけねでくれよ?」
「ふふっ、お婆さまにはご心配おかけしましたわね」
「あ……」
豪快に笑う風間の祖母は、年の瀬の深夜だというのに元気なものだった。
それに釣られるようにして、室内にいたメンバーたちの肩の力が抜けていく。
約一名を、除いて。
「どうした? サカモト」
黄金鎧のサカモトが、ただ一人。
先ほどから言葉を発さずに、無言で風間の祖母へと顔を向けている。
「はは、は……リーダー、俺、けっこうでっかいミスをやらかしたみたいですよ」
「は?」
フルフェイス兜のせいでその顔色はわからない。
だが、もしサカモトがここで兜を脱いだならば。まさに青ざめた「やっちまった」顔で、ダラダラの冷や汗をかいていることがわかったに違いない。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
さて、今年もいよいよ終わりですね。
いつもの挨拶では朗読をすると言いましたけど、今日はちょっとした昔話をお話しましょうか。
これは絵本などにはなっていない、とある村で伝わっているお話なのですよ。
題をつけるならば――そうですね。『お兄さんと、願いの鏡』とでも、しておきましょうか。
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そうして、お兄さんに願われた鏡の精は。
亡くなった妹の魂が幸せになれるその日まで。ずっと、ずーっと、見守っていたのでした。
ふふふ。寂しいお話です。
けれど、実はこのお話にはもう一つ、続きがあるのですよ。
お兄さんはちょっとだけ、贅沢をしてしまったのです。
お兄さんにとって、いちばん守りたかったのは妹さんでした。けれど、世界でいちばん大切な女性が、もう一人いたのですよね。もてもてですね。
皆さんは、分かりますか? お兄さんは、鏡に何を祈ったのでしょうね。
とても単純なことですが、ここでりりたんが全て語ってしまうのは野暮というものです。
なので、今日はここまでにしますね。
え、気になりますか? ふふふ。りりたん、ミステリアスが売りですからね。