ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「おい。後輩。聞こえてるか。頼みがあるぞ」
「はい? ……え、いいんですか?」
カレーを食べる柚花を満足げに眺めてから、桃子がゆっくりと自分のペースでカレーを食べ終えた頃。
「お久しぶりね、桃子さん」
「おー、半年ぶりだね。桃子さんも、来てたんだね」
「わ、みんな久しぶりだー! 元気だった?」
機を窺っていたのか、桃子が一息ついたころに教室の外から桃子へと声がかかる。
ヘノはもちろん、柚花も知らないその声は服装からして卒業生のようで、桃子の反応からして、現役生だった頃の学友たちなのだろう。
桃子は声のした方向を振り返って、パッと花ひらいたように明るい笑顔を見せる。
「桃子さんこそ。連絡もあまりくださらないし、心配していたんですよ?」
「桃子さんは、今から時間はあるかい? せっかくだから、一緒にどうかな、なんて」
「あ、ええと、今日は……」
友人たちの誘いはとても嬉しい。が、今は桃子のマフラーにはヘノが隠れている。
果たしてヘノをつれたまま友人たちと一緒に歩き回っても大丈夫だろうかと、桃子は一瞬だけマフラーを見て逡巡する。
そして、桃子がやはり友人の誘いは断ろうかとしたところで、正面に座る柚花が立ち上がり、桃子のマフラーにそっと手をかけた。
「柚花?」
「桃子先輩、そのマフラー室内ですとお邪魔でしょうから、私がしばらく預かっておきますよ」
そう言うと柚花は桃子の首に巻かれたマフラーをほどいていき、ヘノが入っている部分を軽く抱き寄せるようにして、マフラーを取り上げる。
そしてちゃっかり、桃子のぬくもりの残るマフラーを自分の首に巻いてしまった。
「え? で、でも……」
「大丈夫です、こういう時のサポートですよ、私は。先輩は、しばらくの間はお友達と楽しんできてくださいね。久しぶりにお会いしたのなら、お友達にもカレー食べてもらいましょうよ」
マフラーにつけた緑の光を放つブレスレットが揺れる。
と同時に、マフラーの中でも同色の光が揺れたような気がした。柚花の言葉に、頷くように。
「……うん、わかった。じゃあまたあとで、えと、スマホで連絡するね?」
「はーい♪」
ヘノが自分の下から離れてしまうことには少々寂しさを覚えるが、一緒にいてくれるのが柚花ならば大丈夫だろう。
桃子は柚花とヘノに感謝して、友人たちを座席に案内し、さっそく自分のおすすめする桃カレーを人数分注文するのだった。
「ヘノ先輩、いつから気づいてたんですか?」
人の居ない廊下を歩く。
人影はなくとも、窓の外からは生徒や来客の声、そしてどこかの出し物から流れる音楽が流れ込んできて意外と賑やかだ。
そんな中、柚花は小さくマフラーへと話しかける。
実は先ほど、マフラーごと持ち出してほしいというのはヘノから頼まれたことだった。
桃子の友人が声をかけてくる少し前、桃子がカレーに集中している隙に柚花はヘノに声をかけられていたのだ。
「あの桃子の『ともだち』の連中。桃子がカレー食べてる姿を。扉の向こうから眺めてたんだ。凄く嬉しそうだったからな。ヘノが邪魔しちゃ駄目だと思ったんだ」
「そっか、ヘノ先輩って、そういうの気にしないかと思ってました。優しいんですね!」
「ヘノは。桃子の相棒だからな。それくらい。ちゃんとわかるんだぞ」
柚花は正直なところ、ヘノはそこまで人の感情の機微を気にするタイプだとは思っていなかった。
そして実際に、相手が桃子でなければヘノもそこまで考えることはなかっただろう。あるいは、少し前の親指サイズのヘノならば、桃子の友人の気持ちというものにまで考えが至らなかったかもしれない。
柚花の見ていないところで、どうやらヘノは外見だけでなく、しっかりと中身も成長していたようだ。
「私もちゃんと、成長しないとなあ……」
「お前は。十分。でっかいだろ」
残念。ヘノはある程度色々考えるようにはなったが、やはり言葉の比喩表現などはよく分かっていないのは相変わらずだった。
柚花は別に、身長が更に欲しいというわけではない。
「桃子先輩を基準にしちゃうと大体の人は大きいんですよ。ところで、次はどこ行きましょうか? 私、在校生なんでどこでも行けますよ」
「ヘノは。子供がいるところを。見てみたいぞ。この学校は。みんな桃子より大きいからな」
子供がいるところ。
柚花は桃子ほど妖精の生態に詳しくないので、ヘノが子供を見たことなかったとか、子供が珍しくて見てみたいのだとか、そういう所までは分からない。
とりあえずそれでも、せっかくのヘノのリクエストに少し腕を組んで思案する。
「サイズ的に桃子先輩よりちっちゃいって言うと、来客のお子様たちですかね……? あ、そうそう、あっちに縁日コーナーがありますから行ってみましょうか」
「えんにちが何かわからないけど。任せるぞ」
別なクラスの出し物で、子供客向けの縁日コーナーというものがある。
高校生がやるには少々安っぽいものではあるものの、例年、縁日コーナーには小さな子供たちが集まっているのだ。
そこならば、ヘノのリクエスト通りに小さな子供もいるに違いないと判断し、セーラー服にマフラー姿の柚花は縁日コーナーへと足を運ぶ。
「ヘノ先輩、どうですか? これ、縁日っていって、子供たちが色んなゲームで遊ぶ場所なんです」
「あの輪っかを投げる遊びは。面白いな。ヘノたちでも。出来そうだぞ」
「なるほど。輪っかとかも、桃子先輩なら器用に作ってくれそうですね」
縁日コーナーを見渡せる位置に陣取り、マフラーに顔をうずめるようにして小声でヘノと会話をする。
射的やスーパーボールすくいなどもあるが、ヘノが気になっているのはどうやら輪投げらしい。
他のものよりもパッと見ただけで何をするゲームなのか分かりやすい上に、丸い輪っかさえあれば後はどうとでもなるので、確かに妖精の国でも遊べそうではある。
輪っかを投げる子供たちを少し離れたところから眺めていた柚花だったが、ふいにヘノが首元のマフラーをきゅっきゅと引っ張って柚花にアピールする。
「おい後輩。あの子供。どうしたんだ?」
「はい? あの子供というと、どの子供です? 何か気になることありましたか?」
ヘノはマフラーの中に隠れているため、生憎ヘノが何を見て興奮しているのかは柚花にはわからない。
とはいえ、先ほどと何か視界内で変わったようなことはない。ヘノが言っているのは、一体どの子のことなのだろう。
「いまは【看破】つかえないのか?」
「……ちょっと待ってくださいね。クズ魔石砕きます」
ヘノが【看破】に言及したということは、魔力か、あるいはそれに伴って見える感情に関する事柄だろう。
柚花はもしもの時のためにポケットに潜ませていたクズ魔石を指先で強く握り潰す。
パキン
その後の僅かな間だけ、柚花の瞳に魔力が灯る。
不思議な光を持ったその瞳は、室内の子供たちを見渡していた。本来ならば見えない、魔力の形跡とともに。
とはいえここは地上。ダンジョン内と違って魔力などというものは大気中には存在しないため、人間の潜在魔力などを見ても大した違いなどありはしない。
のだが、柚花はヘノの伝えたいことがすぐに理解できた。
ゲームに熱中して楽し気な感情を発する子供たちの中で、子供用の休憩椅子に座っている男の子が、悲しみの色を発しているのが見える。
「なんだか。泣いてるぞ。あの子供」
「……ちょっと、行ってきますね」
「きみ、どうしたの? お一人ですか?」
「……お姉ちゃんと一緒にきたけど、お姉ちゃんいま忙しいから、ここで待ってるの」
子供椅子でうつむく男の子の横に、しゃがみこんで目線を合わせる。
隣に座ってみれば【看破】などなくても分かる。涙こそ流していないものの、男の子は今にも泣きそうな顔をしているではないか。
「ねえねえ。お姉さん、今ひとりで寂しいなーって思ってたところなんですよ。お話の相手になって貰ってもいいですか?」
「……うん、いいけど」
返事を聞くと、では失礼しますね、と一声かけて男の子の隣に座る。
子供用の椅子とは言っても、柚花が座った程度で壊れるような強度ではないだろう。
「そうだ、何か好きなお話はありますか? お姉さん、こう見えても探索者だから、結構物知りなんですよ?」
「え、お姉さん、たんさくしゃなの?! すごい!」
柚花は知っている。
この年頃の男の子は、大体はダンジョンの話題でどうとでも釣れるのだ。
特に柚花はそれなりに腕の立つ探索者。男の子がワクワクするようなネタならば両手で数えても足りないくらいは持っている。
「新宿ダンジョンで見つけたお宝のお話とか、房総ダンジョンで食べたカニの話とか、色々ありますよ。でも、本当は探索者だけの秘密だから……そうだ、輪投げでお姉さんに勝ったら、ダンジョンのすごいお話してあげよっかなー?」
「やる! ぼくたんさくしゃになるから、すごいこと教えてほしい!」
そうして柚花はまんまと男の子を遊びへと誘い込む。
一度こうやって遊んでしまえばこっちのものと、柚花はダンジョンの話題をネタにして男の子をあっちこっちと誘っている。実に悪女だった。
そして時間が来れば、男の子の姉が迎えにくる。
男の子の姉である1年生は、学園でもそれなりに有名人である柚花が弟をあやしてくれていたことに恐縮しきりだが、男の子は元気いっぱいだ。
「たんさくしゃのお姉ちゃん、ありがとう。ぼく、優しくなって、ようせいさんに会えるたんさくしゃになるね!」
「うん、またダンジョンで会いましょうね。バイバイ」
柚花が最後に話して聞かせたのは、優しい探索者にだけ姿を見せてくれる妖精のお話。
必ずしもそういう条件があるわけではないのだが、ダンジョン内でも心がトゲトゲしないことが、妖精を安心させる秘訣なのは事実である。
願わくは、少年が大きくなったとき、彼にも楽しい出会いがありますように。
柚花は軽く手を合わせ、マリア様に祈りを捧げた。
「ごめんなさいヘノ先輩、ずっと黙ってもらっちゃってて」
男の子を見送ってから、人のいない中庭まで出て、柚花はようやくマフラー越しに声をかける。
人間の子供を見たいと言い出したのはヘノだが、かといって見つかって騒ぎになるわけにもいかないため、ヘノはあの間ずっと静かに隠れていなければならなかったのだ。
「いいぞ。おかげで。人間の子供を観察できたんだ。ヘノも。楽しかったぞ」
しかし、ヘノは思いのほか満足そうだった。
マフラー越しなので分からないものの、ヘノ的には先ほどの男の子を観察して、何かしら面白い気づきか何かがあったのだろうか。
柚花がそう考えていると、マフラーから続いて声がかかる。
「ところで後輩。この学校には。15歳の人間というのは。いるのか?」
「はい? 15歳? まあ、一年生は15歳か16歳ですね。あとは、今日なら学校を見学に来た中学生とかも……」
「そうか。気をつけろよ」
「はい? え、それってどういう――」
いきなりの忠告に、柚花は何のことかと困惑する。
確かに文化祭の間は、学校見学に来た中学生も多いけれど、そこに何か気を付けるようなことがあるのだろうか。
しかし、柚花の思考はすぐに中断された。真後ろから、気配もなくかけられた声によって。
「お話し中、失礼してもよいですか? この学園で、桃カレーというものを食べられると伺ったのですよ。場所を聞いても良いですか?」
ぎくりとして柚花が振り返ると、そこには見知らぬ黒い制服を着た少女が一人、立っていた。手にはこの文化祭の案内の『冊子』を手にしている。遊びにきただけの他校の生徒か、あるいはたった今ヘノと話していたように入学希望の中学生かもしれない。
黒髪に、顔には大きなマスクをかけているので顔立ちは分からないが、外国の血を引いているのか、青い……暗い海のような瞳が特徴的だった。
この特徴的な瞳はどこかで見たことがある気もするのだが、マスクで顔も隠れておりすぐには出てこなかった。
「桃カレーならお料理研究部が出してますから、ここからだと廊下を右に行ったところですけど、一緒に行きますか? 校内の案内も含めて、どうですか?」
お話し中、と言われてぎくりとしたものの、最近はスマホがあればハンズフリーで会話をすることだって珍しくはない。柚花はまるでたった今まで話し中だったかのように手にスマホを握り、少し操作してから閉じる。
まさかヘノが見られたわけではないので、柚花は何でもないことのように振る舞い、誤魔化して話を続ける。
奇しくも少女の目的は桃カレー。つい先ほど自分もカレーを食べたばかりなので、場所はよく知っていた。
「ふふふ。大丈夫ですよ。私、今日は本当にカレーを食べに来ただけなんですよ」
深海のような目を細めて笑っている少女。
気のせいか、その瞳は柚花ではなく、柚花が身に付けている薄緑色のマフラーに注がれている気もする。
「でも、また近々会えるかもしれませんから、その時はよろしくお願いしますね。可愛らしいマフラーの、お姉さん」
「は、はい? その時は、よろしくお願いしますね?」
不思議な雰囲気の少女は、ぺこりと柚花に頭を下げると説明したとおりに廊下を進んでいってしまう。
柚花は口にこそ出さなかったものの、何となく怖い雰囲気を持つ女の子だなと思った。さすがに時間もたっているので桃子はすでに移動しているだろうが、桃子と鉢合わせにならなければよいな、とも。
「後輩。お前。【看破】使えなくて良かったな」
とか考えていたら、マフラーからヘノの声が。
どうやら、【看破】を使っていたら、だいぶ恐ろしいことになっていたようである。
「え? ヘノ先輩、何を見たんですか?! さっきのあの子何なんですか?! 怖いんですけど……!」
「そのうち。わかるだろ」
ヘノの、なんだか訳知りのような言い方が気になるものの、第六感でこの件は追及しないほうが良いに違いないという勘も働いている。脳内で警報が鳴り響く。
結局、探索者として危機察知能力が鍛えられている柚花は、あえてこれ以上は口を閉ざすことを選ぶのだった。
【オウカお嬢様の本日のお食事チャンネル】
うふふ、皆さまごきげんよう。オウカです。
先日は少々失態を見せてしまいましたね。わたくし、美味しいものをいただくとたまに我を忘れてしまうんですの。お恥ずかしいです。
それと前回の放送では、私、心はまだピチピチの十代という意味で仰ったつもりだったのですが、未成年が飲酒とは何事かとお叱りを受けてしまいましたわ。
私、少し前まではピチピチの十代でしたが、今はしっかりと二十歳を超えておりますの。ですから、飲酒も大丈夫ですのよ? ね? うふふふ。
さて、今回のお食事は、ネット上では皆さま噂は聞いたことがあるのではないかと思いますが、マヨイガの炊き立て玄米、でございますわ。
噂では、座敷童子の萌々子さんがこの玄米で、山椒とお味噌、それにいくつかの薬草などを混ぜ込んだおにぎりを作っていたという話ですわね。迷い込んだ数名の探索者が、それで命拾いをした、とも。
今回はさすがに詳細が不明ですのである程度はオリジナルのレシピにはなってしまいますが、わたくしの方でも山椒味噌にハーブなど混ぜ込んだものを準備いたしましたの。
これを使って、今から調理をしていこうと思いますわ。
スタッフさん? 調理担当の鎧さん? 出番ですわよ?
はい、では調理を待つと致しましょう。
そういえば視聴者様からの質問にございましたが、どうして所属パーティと別にこのような配信を始めたのか、ですわね。
わたくし、探し求めている味があるのです。
あれはそう、数年前のこと。パーティの仲間が見張りをしている際に、お酒でほろ酔いになっていた時のことですの。
私のお酒の周りに、うっすら光る少女が舞っていたんですの。そして、そのお酒を飲ませてほしいと、声をかけられたのですわ。
私がお猪口にお酒をすすぐとそれをグイと飲み干したその少女……今思えば、あれが妖精だったのでしょうね。その妖精の少女が、お礼にと一つの果実、桃を下さったんです。ナイフで切って頂いたあの桃は、それはもう天上の味わいでしたの。あれはそう、確実に魔力を豊富に含んだ桃でしたわ。
とにかくわたくしが、夢現で知ったその味が忘れられずにいると、【天啓】が舞い降りたのです。
配信をして、皆様と共にダンジョンの食を楽しみなさい、と。
あら、おにぎりが完成いたしましたわね。
では実食を致しますの。
はむ。
ん……これは……あれですわね! スタッフさん、あれを!
くいっ……くはぁぁああ! うみゃあぁああい!!! なあにこれぇ日本酒ぴったしぃぃいい!!!