ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子ちゃん本当にごめんっ! 俺の勘違いが原因でしたぁっ!!」
「え、ええ……?」
桃子たちが地上に戻った時には、もう日付も変わっていた。
帰りはヘノのつむじ風の魔法もあってそれなりの速度で帰還できたものの、地上に出た頃にはすでに時計は丑三つ時を指していた。昨日に続き連日の夜更かしだ。
ダンジョンでたくさん歩き、夢の世界をたくさん冒険して、もう半分ほど睡魔に呑み込まれかけていた桃子をギルドで出迎えたのは、金ぴか鎧の土下座姿だった。これには眠気よりも驚きが勝ったようで、桃子も目を開き、ぽかーんとしている。
「ちょっと、先輩が驚いてるじゃないですか! どういうことなのか説明してくださいよっ」
「あー、そうだな。とりあえずサカモトは土下座はやめろ。お前は何も悪くないし、話が進まないからな」
何が何やらわからず、ただただ目を丸くする桃子の前に柚花がずいと躍り出る。事情は分からずとも、不審人物の姿を桃子に見せたくはないようだ。
しかし、そこで両者の間に入ってきたのは深援隊リーダーの風間である。
ヘノがサカモトをツヨマージでツンツンつついているのを見なかったことにして、風間はとりあえず、桃子たちにも室内に入るよう促した。
そうして、室内の椅子に腰を下ろす。
すでに真夜中で、ここまでずっと歩いていたので桃子は三分の一ほど眠り始めているのだが、とりあえずぼんやりしながらも風間の話を聞くことにした。
柚花は当然隣の席で、ともにダンジョンから戻ってきたクヌギ、リヨンゴ、フルドラの三人は桃子たちの背後で立ったまま話を聞く姿勢だ。妖精たちは、桃子と柚花の周囲を好き勝手に飛び回っている。
「まず話の前に――笹川さん、タチバナ。それにヘノさん、リフィさん、ニムさん。この度の協力については蔵王ダンジョン代表として、心より感謝します」
「やめろ。やめろ。お礼なんか。夢の中でもしつこく聞いたから。いいぞ。いいぞ。話を進めろ」
「そうヨ。リフィも別に、お前らのために手伝ったわけじゃないのヨ。頭を下げられても困るのヨ」
「うぅ……わ、私なんて特に、今回は何もしてませんしねぇ……」
風間の堅苦しい挨拶を受けて桃子と柚花が何かを言う前に、妖精たちがこぞって返事を返す。
妖精たちは、桃子が半分ほど眠りかけていることを知っているので、今はさっさと話を進めてほしいのだ。
風間は口々に話し始めた妖精たちに苦笑しつつ、顔をあげて話を進める。
「なら、お言葉に甘えて話を進めよう。――それで、その前に確認なんだが、ウワバミ様はまだ第三層に? 鏡の妖精との交渉はうまくいかなかったということでいいのか?」
「ふあ、ええと……そうなんです。稲を持って行ったんだけど、なんだか鏡の妖精さんの要望と違ってたらしくて。それを見て、クルラちゃんは大笑いしてました」
「そういえばあいつ。滅茶苦茶に。吹き出してたぞ。何が面白かったんだろうな」
「あー。……そうか……ウワバミ様は、笑ってたか」
クルラが大笑いしていたという言葉を聞いて、クルラの弟子でもある風間が目元を手で覆うようにしてから、天井へ向けて小さく呻く。その横ではサカモトがうなだれて、オウカは目を閉じて、小さく息を吐いていた。
どうやら彼らには『鏡の妖精との交渉失敗の原因』も、『クルラが大笑いしていた理由』も、ともに察しがついているようだ。
「それは、そうだろうな。ウワバミ様がその勘違いに気づかないはずがない……な。元気そうなのは、何よりだが」
風間の諦念混じりの小さな呟きだけが、深夜の室内に妙にはっきりと響き渡った。
「とりあえず、結論から言っちゃってくださいよ。先輩がもうそろそろ寝落ちしちゃいそうなんで」
「あはは、やだなあ、私……」
三秒。四秒。五秒。
「……まだ、起きてるよ?」
桃子がもうそろそろ本当に寝てしまいそうなので、柚花が風間たちの話を急かす。
当の桃子は大丈夫だと言っているが、途中の不自然すぎる間が全てを物語っていた。
「……そうだな。なら、一つだけ。君たちが知らなかったことを伝えようと思う。それで全てが、繋がるはずだ」
「情報、ですか?」
「ああ。実は、俺の祖母についてなんだが――」
祖母。それはもちろん、桃の窪地で出会った『風間のお婆ちゃん』だ。
桃子はぼんやりと夢うつつの中で思う。
お婆ちゃんは、今回の件はどれくらい話を知らされていたのだろうか。孫がダンジョンの中で眠りに落ちた。そのことは彼女は知っているのだろうか。
そして――風間雪という少女について。もちろんお婆ちゃんは立場としては風間雪の義姉である以上、じきに彼女の遺骨発見の報が伝えられるのは間違いないのだが、はたして現状はどこまで知らされたのだろうか。
それとも、今はまだ、事件と無関係な一般人として、情報は隠されているのだろうか。
朦朧とした頭で漠然とそんなことを思い浮かべた桃子だが、そもそもの前提からして間違っていることに気づくのは、すぐだった。
「――フルネームは『風間イネ』と言うんだ」
「イネ……?」
お婆ちゃんの名前は『風間イネ』。
桃子の頭の中に、オウカの口から語られた天啓が蘇る。そして、あの一人きりだった少女の――鏡の妖精の言葉がリフレインする。
『――氷に埋もれしイニシエの鏡は いまなお、黄金色のイネの光を求めている』
『私の世界は……以前は、黄金色のイネの光に満ちあふれていたの……よ』
深援隊リーダーである風間は、祖母譲りの【浄化】の力をサーベルに注ぎ込み、瘴気を切り裂く黄金色の光をまとうサーベルを造りだすことができる。
黄金色の光。それこそが【浄化】という力の本質なのだ。
だから、鏡の妖精がいまなお求めていた、黄金色のイネの光というのは――。
「あー……そういうことですか」
桃子の隣で、柚花が呆れたような納得したような声を上げている。
「そっか……お婆ちゃんの、光だったんだね……」
半分ほど眠っている桃子の脳裏には、とある風景が映っていた。
閉ざされた蔵王ダンジョンに、はるか地上から【浄化】の光が差し込む風景だ。それは何十年もの間、毎日欠かさずに窪地へ出かけていたお婆ちゃんの力だ。
ダンジョン内へと差し込んだその【浄化】の光を数多の鏡が反射することで、ダンジョン内を隅々まで照らしていく。
何年も。何十年も。
そうやって、風間イネと鏡の妖精は力をあわせ、外と中から蔵王ダンジョンを浄化し続けてきたのだ。
けれど、お婆ちゃんの力は年齢とともに弱まってきてしまった。そして今はとうとう、ギルドの設置した門によって窪地に自由に立ち入れなくなってしまった。
黄金色のイネの光が、鏡の妖精のもとへ届かなくなってしまった。
「そっか、そっかあ……」
「ああもう! 先輩がへにょへにょになっちゃったじゃないですか! もう!」
「や、そんなつもりではなかったんだが。すまないな」
柚花が、ほとんど眠っている桃子の様子に気づいて風間に文句を言う。
続いて、桃子の顔を覗き見た妖精たちもクレームをつけ始める。
「お前ら。さすがに駄目だぞ。今日はもう桃子を寝かせないといけないんだ。続きは明日だぞ」
「そうなのヨ。桃子が寝不足になるのは駄目だって。女王様も言ってるのヨ」
「うぅ……さ、最近は夜中にダンジョンに入ってますからねぇ……」
「申し訳ない。わかった、続きは明日にしよう」
さすがの深援隊リーダーも、寝る子と妖精たちには勝てやしない。
風間は平伏して謝ると、桃子を早く休ませようということで、この場を解散とするのだった。
「うーん……ミカ……雪……」
「あーほら。先輩ったら、もう完全に寝ちゃってるじゃないですか」
「きっと今頃。カレーの夢でも。見てるのかもな」
【お兄さんと、願いの鏡】
桃子は、夢を見ていた。
その夢には桃子自身は存在していない。
ただ、ずっと昔の誰かの記憶を、少し離れた場所から覗き見ているかのような夢だった。
これはきっと、【創造】という力に残されていた記憶なのだと、不思議と桃子はそう確信できた。
「雪の好きだったわら帽子だ。こだな場所じゃ、さみぃべ」
そこは薄暗い洞穴のような場所で、周囲の景色はよく分からない。
ただ、桃子に見えたのは青年の姿だった。
手には、雪ん子がつけているようなわら帽子を所持しているのが見える。
意外なことに、周囲には彼だけでなく年配の男性らもいる。彼は、決して一人ではなかったのだ。
「なあ、雪。早く……帰ってけぇ。おめぇの好きなもん、なんぼでも作ってやっからよ……」
青年は、わら帽子をそっと置く。
そこには、わら帽子を被るべき妹の姿はない。ただ、大人の男性ではもう入れないような、小さな洞穴が続いていた。
それでも彼は、そこにわら帽子を置いて。妹へと語りかける。
「俺たちはこれ以上、この奥さ入れねえんだ。だから、頼むから……帰ってきてくれよなぁ……雪」
とても、とても寒い場所だ。
彼らは皆ボロボロで、怪我をしているものもいる。きっとここは、何かしらの魔物が発生する空間なのだろう。
皆が皆、悲壮な表情を見せていた。恐らく彼らとて、もう分かっているのだろう。青年の妹がもう、戻って来ることはないのだと。
「雪。戦争だってとっくに終わってんだぞ? んだのに、おめぇがいなくなっちまったら……兄ちゃは……兄ちゃは……」
洞穴に、青年の声が木霊する。
ただ、祈りの声が木霊する。
「なして……あんなちまごいおめぇが……俺より先にいなく……なって……よぉ……」
年配の男性らが青年の肩に手を置き、辛そうな顔で、何かを語りかけるのが見えた。桃子にその内容まではわからない。
ただ、最後は。青年の嗚咽だけがそこに、響いていた。
再び、場面が変わる。
場所は同じだけれど、青年の服装が違う。先ほどの光景から月日が経っているように思える。
彼は一人でこの場所までやってきたのだろう。周囲には誰もおらず、彼だけだ。青年は、一つの『鏡』に向かって、必死で祈りを捧げていた。
その鏡は、小さな手製のお社に祀られていた。
「なあ、魔鏡よぉ。俺は……イネまで、こだな場所に巻き込まれっかもしんねえって思うと……怖ぇんだ……」
青年はまるで、血を吐くように、言葉を吐き出していく。
懺悔のように。哀願のように。誰もいない世界で、鏡に向かって手を合わせて、ひたすらに祈りを捧げている。
「もう、雪だけで十分なんだべ。こだな冷たい場所に来ちまうのは……」
雪。妹の名を呼ぶ。
彼とて理解している。愛すべき妹は、二度と帰ってこない。
けれど、せめて。もう一人の、大切な女性だけでも、守りたかった。守ってほしかった。
「魔鏡……いや、『ミカガミ様』。どうか、雪が静かに眠れるように。イネがこだなことに巻き込まれないように。……頼んます、ミカガミ様……」
ミカガミ様。
彼は、『魔鏡』に名前をつけてしまった。
その名を青年が呼んだ瞬間。桃子の視界には、彼の身体から不思議な光が湧き上がるのが見えた。
それは、ぶわりと浮き上がると、目の前の鏡へと吸い込まれていく。青年は気づいていないけれど、この日がきっと、始まりだったのだ。
「雪とイネさ、守ってやってけぇさい……」
青年の祈りは、届いたのだ。
彼の力【創造】が、届いてしまったのだ。
『分かったわ……大地。私が、雪とイネを守るわ。ずっと、ずっと……ね』
桃子にだけ聞こえたその声は。
紛れもなく、この先数十年もの間、一人でこの願いを守り続けることになる。鏡の妖精――ミカガミ様の声だった。