ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
妖精の国の調理部屋にて。
「大晦日だからね。今日は氷部屋にあったお肉とかもたんまり入れちゃうからね!」
桃子はヘノにそう説明しながら、氷部屋から出した凍った肉の数々を大胆に鍋へと放り込んでいく。
鍋には油が引かれており、先ほどまで凍っていた肉がかまどの炎で熱せられていく。
「なんだか。桃子のカレーを食べるのは。久しぶりな気がするな」
「一昨日から二日連続で、夕食時に蔵王ダンジョンに行ってたもんね」
「桃子。こっちの野菜も。鍋に入れるのか?」
「うんうん。今日は具だくさんにしちゃおうね!」
ジュージューと、鍋の中でいくつもの肉や野菜が油で炒められる音が響きわたる。
この材料の大半が地上から持ち込んだ食材なので、しっかりと最初に熱を通す。桃子のスキル【カレー製作】はダンジョン産の食材には効果てきめんだが、地上の食材の場合は最初にしっかりと下準備をしなければいけないのだ。
桃子が長めの菜箸で鍋の底を軽く撹拌するたびに、肉と野菜が熱せられた油に馴染んでいく。
すでにこの段階でも肉と野菜の炒め物として十分美味しく食べられそうに思えるが、これらはまだまだ完成ではない。何せ、今から作るものはカレーなのだから。
一年の最後の日、大晦日。
前日深夜の蔵王ダンジョンの冒険でかなりの夜更かしをしてしまった桃子は昼まですやすやと眠り続けており、案の定、桃子が起きたのは太陽が真上にやってきた頃だった。
この日はまた蔵王ダンジョンへと向かわねばならないため、目覚めた桃子は日の高い時間から朝食、もしくは昼食としてカレーを作っているのである。
しかも、今回のカレーはただのカレーではない。一年の締めくくりだけあって、具だくさんの贅沢カレーだ。
「先輩、こっちの玄米も良い感じに炊けてますよ。いつも通りバッチリです」
「柚花ってば、いよいよかまどで玄米炊く達人になってきたよね」
「さすがに毎回やってますからね。それに、フラムさんがいるとかまどでも火力調整が快適なんですよ」
「アタシ、最近は弱火も覚えたぞ! 弱火で燃やし尽くすぞ!」
「燃やし尽くさないでください」
「あはは、柚花も妖精料理に慣れてきたじゃん。じゃあこっちのカレーも、そろそろ仕上げに入ろうかな」
この日の料理助手は柚花とフラムの二人だ。
柚花はこの年末、桃子と共に妖精の国に長期宿泊中である。
両親にはもちろん外泊の許可はとっているはずだが、しかし柚花の両親もまさか、娘が連日のように蔵王ダンジョンの第三層に潜っているとは思うまい。
桃子と柚花が手分けをして料理を進めていく。気がつけば、あたりは桃子たちの調理風景を見に来た小妖精たちでいっぱいになっていた。
小妖精たちの目当てはもちろん、桃子による【カレー製作】の大合唱だ。
「じゃあ……はーいみんなー、いくよー!」
『やったー! やったー!』
そしていよいよ【カレー製作】のときがきた。ライブ開催を告げる桃子の声に、集まった小妖精たちが歓声をあげる。その様子はまるで子供番組のお姉さんだなと、横で見ている柚花はしみじみ思う。
そして、恒例の大合唱が始まった。
「信じて混ぜる! 信じて混ぜる!」
『しんじてまぜる! しんじてまぜる!』
『信じてまぜ! 信じてまぜ!』
『しんじうまぜう! しんじうまぜう!』
桃子が鍋からおろした大鍋にカレールーを投入し、合い言葉とともにグルグルと鍋の中身をかき混ぜ始める。
信じて混ぜる。信じて混ぜる。この言葉を花畑にいる小妖精たちと一緒に連呼するのが、この妖精の国での【カレー製作】の習わしだ。
すると次第に、鍋の中身が合唱に応えるかのように輝き始める。そして、光が鍋から湧き上がり――まばゆく炸裂する。
『きゃー! きゃー!』
『まぜた! まぜたー!』
そうして、小妖精たちの歓声の中。光のおさまった鍋の中には――。
「今日のお昼は大晦日特製の、年末スペシャル具だくさんカレーだよ!」
そこには、出来たてほやほや。年末スペシャル具だくさんカレーが完成した。
このカレーを、柚花が炊いてくれていた玄米と合わせれば完成だ。
玄米に関しては【看破】を持つ柚花のほうが桃子より美味しく炊いてくれるので、桃子も気分はほくほくだ。柚花が調理中に何を【看破】しているのかは桃子にはわからないが、とにかく美味しいのだ。
「豪華だな。具がたくさん入ってるだけで。随分と印象が変わるな」
「カレー! カレー!」
「なるほど。年末だから豪勢――いや、桃子くんがそんな単純な理由で豪勢なカレーを作るわけがないのでは、ないかな? さては、裏があるね?」
「桃子さんはだいたい単純だと思うよぉ?」
妖精たちも、いつもと違うカレーには不思議そうな視線を向けつつも、みんなどことなく嬉しそうだ。
桃子たちのやりとりから、大晦日を知らない子たちにも、この日が特別な日なのだということが伝わっているのかもしれない。
そうして、調理部屋では小妖精たちがカレーの残った鍋に群がり、桃子たちはいつものように女王ティタニアの間でお食事タイムだ。
普段ならばティタニアとの食事は夕食時なのだが、この日はまだ昼下がりの早い時間である。
桃子たちはカレーをパクパクしながら、ティタニアと最近の出来事について改めて話し合っていた。
「――っていうわけで、この後また蔵王ダンジョンに行くことになりそうなんです」
「そうですか。そんなことになっていらしたのですね」
パクパクもぐもぐとカレーを食べながら、ティタニアに蔵王ダンジョンでの出来事を語っていく。
新たに判明した色々なこと。桃の窪地で数十年前に起きたことや、魔鏡に込められた願い。そして現状。それら全てを説明するのはなかなか忙しい。
自分の器からヘノが勝手に具をちょろまかしているが、忙しい桃子はそれに気づきもしない。
そして時折、桃子の横に座った柚花が、桃子の話に補足を加えてくれる。
「クヌギさんのお話によれば、今日はお婆さんも第三層まで一緒に行くことになるみたいですよ」
「あの年寄り。ダンジョンなんかに入って大丈夫か? 死なないか?」
「うぅ……な、なんだか怖いですねぇ……」
「そこはまあ、リヨンゴさんが抱えていったりするんじゃないですかね。さすがに」
桃子は昼頃まで眠っていたのでクヌギの話は直接聞いていなかったのだが、この日は風間のお婆ちゃんこと風間イネも第三層へと向かうことになったのだそうだ。
なんでもお婆ちゃんは一連の話を聞いて、一切迷うことなく同行を申し出たのだという。
何十年も自分たちを守ってくれていた鏡の妖精――ミカガミ様を、きちんと迎えに行きたい。お礼を伝えたい。それがお婆ちゃんの答えだった。
もぐもぐ。
パクパク。
説明も一段落し。具だくさんカレーを食べながら、今度は桃子からティタニアに質問をしてみることにした。
ヘノはカレーに夢中だし、柚花はニムの顔をティッシュで拭くので手一杯だ。ティタニアに相談するならば今しかない。
「それでですね。実はティタニア様に相談というか、なんというか……」
「桃子さんが聞きたいのは、その『鏡の妖精』についてですね?」
「はい、そうなんです。ええと……私、あの子を助けたいんです。でも、どうすればいいのかわからなくて……」
「桃子。食べないなら。ジャガイモ貰うぞ」
桃子は、ヘノの声も耳に入らないくらい、真剣に頭の中で考えていた。
鏡の妖精が求めていた『イネ』は、お婆ちゃんのことだった。だからお婆ちゃんが彼女に会いに行くことはきっと、鏡の妖精も喜んでくれるに違いない。
しかしはたして、お婆ちゃんと邂逅できたとして、それからどうなるというのだろうか。桃子の脳裏に疑問が浮かぶ。
お婆ちゃんと面と向かって会えたとして、それで『役目』に何か変化があるとも思えないのだ。
彼女のもつ『イネと雪を守る役目』には変わりないのではないか。その役目がもう不要となった場合、彼女はどうなってしまうのか。
桃子はどうしても、心の中に突き刺さるその疑念が拭えない。
「ふふふ。桃子さんは、優しいですね」
けれど、ティタニアは優しく笑って、桃子を見つめている。
それはまるで、ことの全貌を見透かしているかのような、彼女の母親譲りの微笑みだ。
「桃子さん。言い方は悪いですが、お爺さまの【創造】が『鏡の妖精』を縛る呪いになってしまっているのは、間違いのない事実でしょう」
「縛る、呪い……」
ティタニアの語ったそれは、桃子がずっと考えていたことでもあった。
【創造】という力によって「こうあれ」と生み出された存在は、それ以外の道を選ぶことができないのだ。
桃子もそれには覚えがある。萌々子やドワーフは桃子の【隠遁】に近い体質を持ち、人々の前に姿を現せない。それは最初、桃子の能力の影響でそのような噂が広まり、それが人々に信じられてしまったからだ。
ヒメに至っては『人間の足をしているときのみ【隠遁】状態になる』という、なんだか非常に複雑な体質だ。それもまた、桃子たちがそのように作り上げてしまったからだ。
そして、鏡の妖精は『風間雪』と『風間イネ』の二人を守り続けることだけを願われて、そのように生まれてしまった存在だ。
そう望まれた彼女自身は、己がどうあるべき存在だと感じているのだろうか。
「けれど、桃子さん。生まれ持ってしまったその呪縛から、鏡の妖精を自由にできるのもまた【創造】なのだと、私は思います」
「呪縛から、自由に……」
それは、とてもシンプルな話だった。
彼女の存在意義を【創造】が縛り付けているのであれば、同じ【創造】でそれを解き放つことができるはず。そんな考え方だった。
桃子は自分の両の手を見つめる。桃子の瞳には映らないけれど、そこにはきっと、【創造】という力が宿っているはずだ。
その力を使いこなすことで、鏡の妖精――ミカガミ様に、新たな役目を与えることができるはずだ。
それはいま、桃子にしかできないことである。
「その子が自由になったならば、是非この妖精の国に迎え入れたいですね」
「あ、でも……。鏡の妖精さんはティタニアさまの魔力を受け継いでるわけではありませんけど、大丈夫なんですか?」
「構いません。だって、クルラの姉なのでしょう? なら、私たちにとっては家族です。もちろん、その子が私たちを受け入れてくれるなら、ですけれどね」
「桃子。おにく貰っていいか」
「待って待ってヘノちゃん。実は私たち、いま結構真面目なお話中なんだよね」
仮に魔力の絆で結ばれていなかったとしても、ティタニアは鏡の妖精を『家族』として扱ってくれるという。ずっと孤独だった妖精に、ティタニアは分け隔てなく手を差し伸べてくれるという。
ならば。あとは自分が、鏡の妖精を『役目』という呪縛から解き放つことが出来れば――などと、ティタニアと桃子が真面目な感じで考えたりしていたのだが、生憎、カレーという御馳走を前にしたヘノには関係のないことだった。
おにくを貰っていいかと聞いたヘノの頬っぺたは、すでにおにくで膨らんでいる。行動が早い。
「すまん。むぐむぐ。おにくは。次からこっそり持って行くぞ」
「ヘノちゃんは気の利く良い子だね。でも駄目ね。私もおにく食べるんだから」
「そうか。むぐむぐ」
素晴らしい行動力に桃子は呆れて、ティタニアは苦笑して。
そんなこんなで、この日のカレータイムも面白おかしく過ぎていくのだった。
「じゃあ先輩。私たちもそろそろまた、蔵王ダンジョンに向かいましょうか」
「ん、そうだね。今回はもう、三日目だから準備ばっちしだよ!」
「ところでそれ、本当に持って行くんですか? まあ、止めはしませんけど……」
「楽しみだねえ。大晦日の……えへへ」