ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
わら帽子をかぶった桃子は、柚花とともに氷の階層を歩いていた。
息は白く、ダンジョン内は薄暗い。けれど、気持ちはルンルンで、桃子のわら帽子の下には楽しげな笑顔が浮かんでいる。
「ホント、三日連続で先輩と一緒に蔵王ダンジョンに潜るだなんて思いませんでしたよ」
「うん、私もびっくりだよ。やっぱりダンジョンは何があるかわからなくて楽しいね」
「私としては、もっとゆっくりとした年越しを先輩と過ごしたかったんですけどね」
すでに三日連続となる蔵王ダンジョン第二層を、魔法生物だらけの大所帯が進んでいた。
初日に感じていたような未知の階層を進む緊張感はすでになく、桃子に至っては半ばピクニック気分である。
もっとも、それも仕方ないことだろう。周囲を見れば、化け狸父娘に北欧の精霊、アフリカの巨人、ハーメルンの笛吹き、八人の妖精、そして雪ん子だ。
更に言うならば、【浄化】の力を持つ風間イネが同行しているだけで大半の魔物は出現しなくなるので、苦戦もなにもない。
この状態で、第二層に危機感を覚えろというほうが難しい。
「ところで先輩。準備してた大荷物はどうしたんです?」
「あれね、クヌギさんが持ってくれるって」
「ああ、それはありがたいですね」
「なに? スズランちゃん、何か持ってきたのかな?」
「ポンも気になるっす!」
「あ、イチゴちゃんにポンコちゃん。ええとねえ……」
桃子と柚花の話に興味を持ち、話しかけてきたのはハーメルンの笛吹きことイチゴと、化け狸の姫であるポンコの二人だ。
彼女らはつい先ほどまで「うどんとちゃんぽんの違いと類似性」というテーマで熱心に話し合っていたのだが、どうやらその議論も一段落したようだ。
だが、二人に問われた桃子は、少し考えてから、えへへと悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「……へへ、休憩場所まで内緒! ヒントは、とっても美味しいもの! お腹を空かせておいてね!」
「え? なんすか? なんすか? うどんっすか?」
「スズランちゃんて、隠し事に向いてないよね……」
「まあ、そこが先輩のかわいいところですからね」
桃子の『内緒』に、頭の横にハテナマークを浮かべているのは純真なポンコだけ。
桃子の言う『とっても美味しいもの』など、考えるまでもなくアレしかないと知っているイチゴと柚花は苦笑気味だ。
「えへへ、ポンコちゃんには手伝ってもらおうかな。楽しみだなあ」
「え、なんすか?! 気になるっすねえ」
そうして、魔法生物に囲まれて。
桃子は皆と話に花を咲かせつつ、氷のダンジョンを進んでいった。
一方、こちらは妖精たちの集まったグループだ。
中央ではアフリカの巨人リヨンゴがその大きな身体でズンズンとダンジョンを進んでいく。
そしてその巨人の大きな背中には、先ほどからずっと風間イネがおぶられており、その周囲には色とりどりの妖精たちが集まっている。
「――ウワバミ様はそこで言ったんだ。ケーキがねけりゃ、酒さ飲めばいいってよ」
「オーウ、あの村は酒だけは大量に保管してありますだからなあ。ウワバミサマの助言だったのかよ」
「ククク……我が友ながら、彼女はお酒が絡むとろくでなしになるからねぇ……」
ここでは、風間イネが様々な地上の話を妖精たちに聞かせていた。
話のメインは、彼女の住まう村の人々の営みだ。桃子や柚花と違い、山村の生活というのは妖精たちにとっても新鮮な内容だったようだ。普段は人の話を聞かない妖精たちが、意外にも静かに話に耳を傾けている。
ただし、イネの住まう村は一般的な場所とは言い難い。何かと、村人たちがお酒を飲みすぎてひっくり返るエピソードが多いのだ。
「んでよ、村の連中みんなで酒さたらふく飲んじまってな、大人がみんな二日酔いで倒れちまって、ありゃあ散々だったのぉ」
「ひどいな。お前たちの村。それで大丈夫なのか?」
「な、なんだか、いつもお酒を飲んでばかりの村ですねぇ……」
「話を聞く限り、ろくでなしの村だヨ」
「わははは、間違いねえべ」
妖精たちには酷い言われようだが、当の村人であるイネはその通りだと頷きながら、大笑いを返すだけだった。
なお、ろくでなしの村にした原因を辿れば、だいたいとある妖精に行き当たる。
「……なんというか、すまないな。キミの村が、ろくでなしの集まりみたいになっていて」
妖精たちの輪の横では、風間がなんとも居心地の悪そうな顔で歩いていた。
その片手は、小さな少女――彼の大叔母でもある、風間雪の小さな手とつながれている。
『ううん、かまわね。ろくでなしでも、みんなが笑ってるのが一番だからよ』
「……そうか。それなら、よかった」
雪ん子こと風間雪は、出発時からずっとその姿を現して、この一団と行動をともにしている。
彼女はここ数日で唐突に力が増したらしく、以前よりもはっきりとその姿を具現化できるようになったという。
遺体が解放されたからか、『風間雪』という名前が認知されたからか、はたまた桃子の【創造】が働いてしまったのか。その原因は定かではないが、なんにせよ。彼女は良くも悪くも急激に怪異として独り立ちしつつあるようだった。
ただ、どうやら彼女は人見知りな少女らしく、桃子たちが話しかけようとするとすぐにわたわたと逃げてしまう。現状では自分の親族にだけ警戒を緩めている状態だ。
「キミは……」
『どした? リュウちゃ』
「……いや、なんでもない」
ちらちらと、桃子たちの方に視線を向ける小さな大叔母に対して、風間は何か声をかけようと口を開くが、しかしすぐに首を横に振る。
目の前の少女が怪異として力を得たことを喜ぶべきなのか、それとも縁者として、死した魂が本来逝くべき場所へと送り届けるべきなのか。
ニライカナイで過去の英雄たちを最期まで見送った経験を持つ風間としては、雪が怪異として現世に残ることが正しいのかどうか、わからないのだ。
「時間はあるんだ。ゆっくり、ゆっくり考えよう。この蔵王ダンジョンは、もう何でもありの土地だからな」
しかし、どちらにしても。わざわざ今ここで結論を問うようなことではないなと、風間は思い直す。
この蔵王ダンジョンはすでに、怪異も、魔法生物も、魔女すら集まりつつある「何でもありの魔境」なのだ。
その魔境の中では、遺骨が見つかったばかりの大叔母の進退など、慌てる必要もない些細な問題なのだから。
きっと、風間が慢性的に患っている胃痛程度には、些細な問題なのだから。
『リュウちゃ、腹ぁおさえてどした? 痛ぇのか?』
「いや、ちょっと胃のあたりがな……」
風間は、あとでまた胃薬を飲んでおこうと心に決めた。
そうして、ダンジョン探索にあるまじきにぎやかさで到達したのは、第二層と第三層をつなぐ洞窟前だ。
ここで、先頭を歩いていたクヌギとフルドラが立ち止まり、背後の面々に声をかけた。
「では皆さん。今日も一度ここで休憩を挟みましょう。桃子さんも、場所はここでかまいませんか?」
「はい、大丈夫です、助かりました!」
この場所は、昨日、一昨日と休憩を挟んだ場所だ。桃子は早速リュックをおろし、更にはクヌギに預けていた大きな荷物を受け取って、ふんすと鼻を鳴らす。
桃子は休憩どころか、やる気満々だった。
「じゃあ、ノンちゃーん、フラムちゃーん、ニムちゃーん、手伝ってぇー!」
「どうしたのよぉ?」
「わかんないけど、任せろ!」
「お、お水が必要なんですかぁ……?」
「師匠、何をするんすか? さっきの『内緒』と関係あるんすか?」
桃子が声をかけると、大地の妖精ノン、火の妖精フラム、水の妖精ニム、そしてついでに化け狸のポンコが寄ってきた。
ヘノをはじめとした他の妖精たちも寄ってきたものの、少し離れて様子を眺めることにしたようだ。
「うん。実はね、今日はここでご飯をつくるために、調理道具を沢山もってきたんだよ」
「ええ、そうだったんすか?! だから師匠のリュックから、食べ物の香りが漂ってたっすね!」
「うん。今から妖精の皆の力を借りて調理を始めるつもりだけど……せっかくだし、ポンコちゃんも手伝ってくれるかな?」
「当然っす! ポンは料理人すからね!」
そうして桃子は、てきぱきと妖精たちに指示を出していった。
ノンには即席のかまどを作る担当。フラムはもちろん火おこしで、ニムは料理の要である大量の水を生み出してもらう。
その間に桃子は大鍋でいつものようにカレーの準備を進めていき、その横ではポンコが、桃子が準備してきていた大量の生そばを茹でる準備を進めている。
ポンコはさすがはうどん職人見習いだけあって、勝手の違う蕎麦が相手でも滞りなく料理をすすめていく。
「じゃあ、先輩たちが料理をしている間に、私たちは場所の準備でもしておきましょうか。ノンさん、今から指定するので、ブロック製作お願いしますね」
「さ、さっきから私だけ重労働だよぉ?!」
「ヘイ、俺っちたちも手伝いでございますぜ」
一方、残されたメンバーは何もしていないわけでなく、柚花を中心にして皆が休憩するためのスペースの確保をはじめていた。
なお、この時に作られる中央に焚き火を囲んだ円上のブロック椅子は、将来訪れる探索者たちから『桃源郷のストーンサークル』と呼ばれ、謎の建造物として親しまれることになるのだが。
それはまた、ずっと未来の話である。
桃子たちが調理を、柚花たちがスペースの準備をしている間、イネたちは予定通りの休憩時間だ。さすがに九十近くになる老人をこの場で働かせるわけにもいかないのだ。
地面は冷たいが、今回は事前にギルドで厚手の防寒マットを用意しているため、休憩するときには尻の下にそれを敷くことで思いの外リラックスできている。
イネはマットに腰を下ろして、妖精たちの力を活用した桃子の調理風景をにこにこ笑顔で眺めていた。
「話はウワバミ様から聞いとったが、桃ちゃんは本当にカレーが好きなんだのぉ」
「婆ちゃん。笹川さんはカレーを作るためのスキルを所持している珍しい探索者なんだよ」
「そりゃあすげえなぁ、俺も楽しみだぁ。なあ、雪ちゃん」
『んだ……おれも、カレーは好きだぁ』
イネの左では深援隊リーダーである孫が、珍しくリラックスした様子で足を崩していた。さすがの彼も、これだけ魔法生物がそろっている空間では緊張感が揺らぐようだ。
その二人の横に並んでちょこんと座っているのは、齢7歳の大叔母、風間雪である。
先ほどから、桃子たちのカレー調理をみたり、柚花たちがストーンサークルを制作する光景に目を丸くしたりと、年相応の反応を見せている。
そして。
そんな風間一族の休憩箇所だけれど、意外にももう1人、彼らとは縁を持たなかったはずの人物が共に並んで座っていた。
「ねえ、雪ちゃん。せっかくだし、スズランちゃんたちのお手伝いをしてみたらどうかな?」
それは、怪異『ハーメルンの笛吹き』こと、イチゴ。
彼女はこの休憩時間に、しれっと『雪の幼なじみ』となり、彼女の人見知りをくぐり抜けていた。
『イチゴちゃ。でも……おれ、どうしたらいいのかわかんねぇんだ。おれ、おばけになっちまったから……』
「そっか、そうだよね。私たちって、お化けだもんね」
雪はいま、力を得ると同時に、自分の存在に追いつかなくなっていた。
昨年、気づけば雪ん子と呼ばれる不思議な存在になっていたけれど、雪の心はずっと、夢の中のような状態だった。
村の人々を守りたくて助けを求めたときも、ほとんど無意識の行動だったのだ。
けれど、今はその時とはもう――違う。雪ははっきりした意識を持ち『自由』になってしまった。
彼女がずっと昔の時代に生きていた先人だとしても、彼女自身は7歳児だ。いきなり人でない存在としての自由を得たところで、雪は自分がどうすべきなのか、わからない。
そんな雪に、イチゴは優しく微笑んだ。
「でも、いいんだよ。人間じゃなくたって、怪異だって、幽霊だって……自分の気持ちに正直に動いてもいいの」
『きもち……』
「実は私もね、死んだ人たちの想いから生まれたお化けなんだ。でもね、スズランちゃん……桃子ちゃんに、私たちだって自由にしてもいいんだって教わったんだよ」
イチゴがこの探索に同行したのはあくまで桃子に誘われたのがきっかけだ。けれどそれは、怪異として生まれ変わってしまった雪にとっては幸運なことである。
いくら桃の窪地がなんでもありだとしても。死者から生まれた境遇の先輩怪異の話を聞ける機会など、そうそうあるものではないのだから。
「わははは、桃ちゃんのお友達には色んな子がおるんだなぁ」
「……本当に、蔵王ダンジョンは何でもありだな」
大笑いするイネの横では、風間がひとり、常備していた胃薬を飲んでいた。
なお、今の彼の本音は――
「怪異も魔法生物も、あまり自由気ままに過ごすのは勘弁してほしいんだが」
――という、切実なものである。