ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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その頃の妖精たち

 蔵王ダンジョン第二層の終点。第三層へ続く洞窟前のスペースは、短時間でちょっとしたキャンプ場の広場のようになっていた。

 サークル状に配置された石材の椅子の中央では魔法の炎が灯り、この極寒の階層に暖を灯す。

 そのすぐ脇には石材で作られたかまどが二つ並び、桃子がカレー汁をつくり、ポンコが蕎麦を茹でている。

 そんな桃子のもとに一人の少女が近づいて、遠慮がちに声をかけた。

 

『桃ちゃ……おれも、手伝わせてけろ』

 

「えっ?! うん、いいの?! なら、一緒に混ぜよう!」

 

 少女は、わら帽子にもんぺ姿の雪ん子、雪。カレーを作っている桃子はわら帽子にスカジャンとホットパンツのロックな雪ん子なので、後ろから見ると三角形のわら帽子が仲良く並んでいるように見える。

 桃子は小さな雪の手に長尺のお玉を持たせて、自分はその小さな手を上から包み込むように握る。

 手のサイズだけで言うなら桃子の手もかなり小さいほうだが、雪の手はそれより更に小さく、幼い手だった。

 

『うん……こうか?』

 

「そうそう。それで、一緒に唱えようね! 信じて混ぜる、信じて混ぜる!」

 

『しんじてまぜる、しんじてまぜる』

 

「カレー! まぜる! カレー! まぜる!」

 

 ここが妖精の国ならば、今頃は小妖精たちが『信じて混ぜる』の大合唱をしているタイミングだが、生憎ここでは合唱の声は氷の花の妖精であるルゥが興奮気味に叫んでいるだけである。

 桃子と雪のかき混ぜる鍋は、ルゥの元気なかけ声に合わせて徐々に【カレー製作】の光を放ち始める。

 そして――。

 

「ダブル雪ん子カレー汁、完成!」

 

「ポンのお蕎麦もちょうど茹であがったっすよ!」

 

「じゃあ、年越しカレー蕎麦の、大完成!」

 

 桃子の宣言に合わせて、その場の皆がパラパラと拍手を送り。

 大晦日の、氷に包まれた極寒のダンジョンにて、年越しカレー蕎麦が完成したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【一方そのころ鏡の世界】

 

 

 ここは、鏡の妖精が造り出した世界。

 桃子たちが知るこの世界は、冷たく凍り付いた大地があるだけの、何もない世界だった。

 しかし今、この世界には暖かい光が降り注ぎ、白い大地は黄金色の光を反射して明るく輝いていた。

 

「んふふ♪ お姉ちゃん、すごいわね。これが【浄化】の光なのね♪」

 

「うん。暖かい……黄金色の光」

 

 鏡の妖精はこの光をダンジョン内の隅々へと反射することで、何十年もの間、内部から浄化し続けてきた。

 この場所には誰もおらず、死もなく、悲しみもなく、大地やその家族を苦しめた戦争もない。こうして降り注ぐ黄金色の光だけがこの世界にあるものだった。

 

 けれど。この一人きりの世界でも、この光は教えてくれた。イネの感じている、日々の喜びを、悲しみを、そして――幸せを。

 この光の下では、鏡の妖精は決して孤独ではなかったのだ。

 彼女はイネの光と共にあるだけでも、満ち足りていたのだ。

 

「お姉ちゃんはこうしてずっと、暮らしていたのね」

 

「うん」

 

 クルラは愛用の瓢箪を身体の前に抱きながら、姉である鏡の妖精にくっつくようにして座っている。

 鏡の妖精は、そんなクルラの横顔をジッと見つめていた。

 二日前に、突然この世界に入ってきた不思議な妖精。同じ父から生みだされた存在。ことあるごとにお酒という飲み物を飲んでいる少女。自分をお姉ちゃんと呼ぶ『妹』というもの。

 クルラはこの世界に、沢山の『特別』を運んできた。そもそも鏡の妖精が大地の願いにより生み出されてから、誰かと会話すること自体、クルラが初めてだったのだ。

 だから、果たしてこの『妹』とどう接すればいいのか、わからない。

 

 なので、とりあえず。数少ない地上の知識を思い出して。

 まず、クルラの手を握ってみることにした。きっと、それが姉妹というものだと思ったから。

 妹の手を握りしめ、ただ静かに座っていた。

 クルラは何も言わない。ただ、クルラからも手をしっかりと握ってくれたのが、不思議と嬉しかった。

 

 

 どれくらい、そうしていただろうか。

 

「ねえ、お婆ちゃんと雪ちゃん、二人とも楽しそうね♪」

 

「うん。見える……わね」

 

 彼女らの視線の先には一つの鏡があった。この、クルラたちと同じくらいの大きさの丸い鏡こそが『魔鏡』であり、鏡の妖精の本体ともいえる魔法道具だ。

 そこにはダンジョン内の光景が映し出されていた。

 鏡の向こうには、まさに今、桃子と雪が皆にカレー蕎麦を振る舞っている姿が見えた。

 

「あれは、カレーっていう食べ物なのよ♪ 今日はお蕎麦だけど、いつもはお米にかけて食べるの。とっても美味しいのよ♪ お米はわかる?」

 

「なんとなく。でも、地上には、色々なものがある……のね」

 

 彼女らが手にしているカレーという食べ物も、あるいは彼らが持ち込んだ様々な道具も、そして色とりどりの光を放つ妖精たちの姿も、鏡の世界では見たことのないものばかりだ。けれど、それでも。鏡の妖精の視線は、たった二人だけを追い掛けている。

 眠り続けていたはずの雪が『怪異』として力を得て、楽しげに過ごしている様子が見えた。

 随分と歳をとり、腰も曲がってきた風間イネが、笑顔でカレー蕎麦を受け取る姿が見えた。

 鏡の妖精は、ただ静かに、そしてどこか眩しげに。雪とイネの姿をずっと、見つめ続けていた。

 

「ねえ、クルラ。私はこの風景を見られたのだから、もう……幸せよ」

 

「んふふ♪ お姉ちゃんが守ってきたからこそ、あの笑顔があるのよ」

 

「そうだと、嬉しいわ。でも、私はもう……」

 

 何か言いかけた姉の唇に、クルラはそっと指先をあてる。

 

「お姉ちゃん。私は、お姉ちゃんと一緒にカレーを食べたいし、もっと色々な所を一緒に見てまわりたいわ。だから、滅多なことは言わないでね?」

 

「それは……私には、難しいわ」

 

「……大丈夫よ、大丈夫。絶対、絶対に大丈夫だから……ね」

 

 クルラはそっと、姉に寄りかかるようにして、彼女の肩に頭を寄せる。

 生まれた事情も違うけれど。望まれた願いも違うけれど。二人ともに同じ人物の願いで生まれた妖精で、そこには間違いなく、強い繋がりがあった。

 同じ力から生み出された姉妹の絆を、二人はほのかな温もりの中から。

 互いに、静寂のなかで感じ取っていた。

 

 

 

 

 

【一方そのころ妖精の国】

 

 

 地上では大晦日として多くの人々が新年の訪れを待っている夜。

 ここ妖精の国の女王の間にはいま、世界魔法協会の会長であるクリスティーナ・E・ウインチェスターと、りりたんの眷属妖精でもあるルビィが訪れていた。

 車椅子のタイヤを軋ませ、クリスティーナはティタニアの玉座の横で楽しげにくつろいでいる。女王であるティタニアはいま、玉座ではなくクリスティーナの膝の上だ。

 

「そういえばティタニアは、お餅は食べたことはあるの? さすがにダンジョンだとお餅なんてないわよね?」

 

「そう思うでしょう? でも、私も桃子さんたちから日本の食事について色々と学んでるのよ? お餅って、カレーにつけて食べるんでしょう?」

 

『それはそれで美味しそうだけど、歪んだ情報ヨネ!』

 

 世は年末年始。季節感のない妖精の国だけれど、最近は人間である桃子と柚花が頻繁に訪れることもあり、以前と比べると地上の風習にも敏感だ。

 ハロウィンにはカボチャのカレーを食べ、クリスマスにはチキンとカレーとケーキを食べ、そして年末年始にはお餅とカレーを食べるのだ。

 もちろん、その情報源が情報源なので、ティタニアの知識はカレーに偏っている。

 

『ならティタ、お餅は甘いのとしょっぱいの、どっちがいいかしらネ! やっぱり甘いのかしらネ?』

 

「そうね。私だって妖精だし、甘いのが好きだけど……でも、最近はカレーを食べ慣れてるから、しょっぱいのも美味しいって思うわ」

 

「日本だとカレーじゃなくてお醤油をつけて食べるのが一般的なのよ、ティタニア」

 

 三人は、実に楽しげに『お餅』の会話に花を咲かせていた。

 今このときだけは、ティタニアは一人の妖精として、親友のルビィ、パートナーのクリスティーナに存分に甘えていた。

 クリスティーナもまた、今このときは世界魔法協会の会長ではない。妖精と契りを交わしたはるか昔と変わらず、ティタニアやルビィと冒険をしていた日々と同じく、対等の仲間として接している。

 いまのこの場所は、日本にある妖精の国ではなく、彼女たちが暮らしていたティル・ナ・ノーグなのだ。

 

「私としては、蔵王ダンジョンのバアヤが作ってくれた、サトウジョウユがとっても美味しかったわね」

 

「そうなの? じゃあ、私も食べるとしたら、それをお願いしてみようかしら」

 

『ですって! フェイラン、砂糖醤油なノ!』

 

 そしてこの日、この場所には、もう一人の人間が存在していた。

 クリスティーナのブロンドとは違う、日本人らしい黒髪をあとから脱色して染め上げた金髪をポニーテールにした彼女は、先ほどから一人、花弁の玉座の横に急遽用意された七輪で、黙々と餅を焼いていた。

 

「あいよ。準備するからちょっとまってな」

 

『フェイランも、お餅を焼いたらこっちに参加するノヨ! 女子会なんだからネ!』

 

「アタシは餅焼きアシスタントだけでいいんだけどなあ……」

 

 それは、大神檸檬。

 尾道ダンジョンをホームとする弓使いで、柚花と同じ高校三年生だが、昨年一度留年しているのであと数ヶ月もすれば二十歳を迎えるという、今や一人前の探索者だ。

 りりたんに気に入られている彼女は、この日もまた、りりたんにこの場所まで連れ去られてきたのである。

 もっとも、彼女を連れてきたりりたん本人は今頃自宅で家族と過ごしているのだが。

 

「まあ、アタシもこの場所はなんか落ちつくし、いいんだけどな……よっと! ん、いい感じ」

 

『アナタ、餅焼き上手なノネ!』

 

「まあ、毎年食ってるからな。……ええと、クリスティーナ会長さんは箸って使えますか?」

 

「ええ、お箸で大丈夫よ。あと、敬語じゃなくて、モっと『クリス』とフレンドリーに呼んでほしいわ」

 

「いや、さすがに魔法協会の偉い人にタメ語はまずいっす。いろんな人に怒られますって」

 

『フェイランはティタにも敬語だし、相変わらず頭が固いワネ!』

 

 檸檬はりりたんのみならず、妖精女王ティタニアと世界魔法協会会長クリスティーナにも、非常に気に入られていた。

 もちろん、檸檬としてはこの二人に特別気に入られる覚えはなく、立場的にも明らかに目上に位置する二人なので、フレンドリーになれと言われても困ってしまう。

 先ほどから紅い光をまき散らしているルビィだけは、既に気兼ねなく話せる仲なので気が楽なのだが。

 

 なお、ティタニアたちが檸檬に妙にフレンドリーなのは、檸檬にティル・ナ・ノーグの時代の仲間「フェイラン」という弓使い妖精の魂の面影を見ているからである。

 己の前世など、知らぬは檸檬本人だけなのだ。

 

「つか、今更な質問なんですけど、なんでアタシはここに連れてこられたんですかね」

 

『それはもちろん、フェイランが一人で暇な年末を過ごしてたからジャナイ! 可哀想すぎるワヨ!』

 

「マジでそんな理由でアタシは連れてこられたのかよ……」

 

 檸檬は最近は一人暮らしをしている。

 家族は義父である神弓士だけだが、彼もまた一人の高ランク探索者であるため、年末年始のような連休は遠方に呼ばれがちなのだ。

 なので毎年のように年末年始はひとり寂しく過ごしていたのだが、今年はそこにとんでもない横やりをいれる魔女が現れた。

 四十秒で支度をしろと言われてダンジョンまで連れていかれ、それからあれよあれよという間に妖精の国で餅を焼く担当になっていたわけである。

 わけがわからないが、やるからには最高の餅を焼いてやろうと燃えているのが、今の檸檬だった。

 

「お母様が無理矢理すみません。けれど……私たちは、檸檬さんと共に過ごす時間があるのは、嬉しいのですよ」

 

「なんか、アタシだけ滅茶苦茶部外者な感じがするんですけどね」

 

「いえ。桃子さんや柚花さんと同じく、あなたは私たち妖精の身内ですから」

 

「いつのまにアタシは身内に……」

 

 驚きともツッコミともいえない呟きが聞こえるが、全員しれっとした顔でスルーする。

 そしてティタニアに続き、今度はクリスティーナまでもが檸檬を勧誘しはじめた。

 

「ところで檸檬さん、卒業後は世界魔法協会で働きマせんか?」

 

「魔法協会て……アタシは魔法は使えないですからね?」

 

「なら魔法の矢の研究部門を立ち上げマしょう」

 

「いやいや」

 

 檸檬は彼女らの冗談じみた話に突っ込みを入れつつ、香ばしく焼けた餅に締めの砂糖醤油をつけていく。

 ティタニアとルビィの餅はナイフで細かく切り分けてあるので、妖精でもある程度は安全に食べられるはずだ。

 

「はい、お餅です。ルビィは特に小さいから、喉につまらせないように気をつけろよ?」

 

『その時は回復魔法で大丈夫なのヨネ! 詰まったお餅を流す魔法くらい、ティタやクリスなら余裕で使えるノヨ!』

 

「マジかよ魔法内容がニッチすぎるだろ」

 

 そんな風に、ぎこちなくも、でもどこか懐かしく感じるやりとりをしつつ。

 ティタニア、クリスティーナ、ルビィ、そして檸檬の四人は、クルラたちの帰還を待ちながら。

 こうして、年越しの夜を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【一方そのころとある浜辺で】

 

 

『ピイ! ピイイ! はやく! コッチ!』

 

 巨大なマングローブの生えたとある砂浜に、小人の声が響く。

 それは厳密には、キジムナーという小人のような姿の精霊だった。真っ赤な肌の子供たちが、マングローブの木の下でわたわたと騒いでいる。

 

「やれやれ。無力な子鬼の分際で貴様ら、吾輩を便利屋か何かだと勘違いしているのではあるまいな。貴様らなぞ、吾輩にしてみれば塵芥なるぞ」

 

「いいじゃない、ルシオン。キジムナーたちに頼られてるのよ。ピイ♪」

 

「ローラ、キミは相変わらず楽天的であるな」

 

『アノね、アノね、アッチ!』

 

 そして、そこに訪れたのは巨大な犬と、金髪の稀に見る美しい女性だ。

 巨大な犬の名はルシオン。フランスはジェヴォーダン地方で過去『ジェヴォーダンの獣』として恐れられた魔法生物である。

 横を歩く女性は、沖縄龍宮ダンジョンの名物ウェイトレスとしても知られる世紀の美女、阿瀬ローラ。

 二人は、霧の漂う不思議な砂浜にて、キジムナーたちの案内に従いマングローブの林を歩いていた。

 

「やれやれ。して……そやつはどこにいるというのだね」

 

『アノ木の下! ホラ!』

 

 キジムナーたちが口々に、ひとつのマングローブの麓を指さしている。

 ルシオンたちが視線を向ければ、そこには確かに、一つの小さな光が漂っていた。儚く、今にも消えてしまいそうな光はしかし、何か意思を伝えるかのように、ゆるりとその場で漂い続けている。

 

「ふむ。ただの迷えし者ならば光の先へと送るまでだが。しかし……あれの声は聞こえるかね、エレーヌ」

 

「ええ、ルシオン。彼は、アナタの助けを必要としているみたいです」

 

 巨大な犬は、阿瀬ローラに向かい『エレーヌ』と声をかける。すると、それまでは神聖な光をたたえていたようなローラが、少しだけ、影のある雰囲気へと切り替わる。彼女はエレーヌ。ローラの身体に住まう、もう一人の魂だ。

 彼女は今、魂としての知覚で、マングローブの麓に漂う光の声を聞いていた。

 

「むう……吾輩は便利屋ではないのだがな。まあ良い、今回だけであるぞ」

 

 ルシオンはため息をつきながらも、その光に近づいていき、少しだけ。膨大な力をもつジェヴォーダンの獣からすれば、ほんの一滴程度だけ。

 その膨大な『力』の一部を、光に貸し与えるのだった。

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