ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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誇りと絆

 多数の魔法生物たちで構成された百鬼夜行は、終着点まで到着した。

 ここは第三層、鏡の迷宮の中央付近に存在する広間とも言うべき場所だ。少し前までは道のりが閉ざされ、風間雪の遺骨が誰の目にも触れられない状態で封じられていた場所である。

 少し前までは、この道は閉ざされていたという。タイミング的にも、風間イネが窪地に自由に踏み入れなくなったことと無関係ではないのだろう。

 

 まだ幼い姿の雪ん子、雪は。その空間の一点に立ち、鏡に囲まれた空間の隅の地面を見下ろした。

 雪の隣には、彼女の義姉であるイネが静かに寄り添うように立っていた。

 

『イネちゃ。おれな、ここでずっと眠っとったべ』

 

「……うん、そうかぁ」

 

 この場所は、二日前の深援隊の探索により、雪が発見された場所だった。

 今はもう、彼女の身体は地上で丁寧に扱われているけれど。雪はこの場所でおよそ七十年、静かに眠り続けていたのだ。

 

『今ならわかるんだあ。おれのこと、ずっと、ずっとな。ミカガミ様が守ってくれてたんだ』

 

「そだなあ。ミカガミ様は、俺らのことずっと見ててくださったんだのぉ」

 

 何十年も鏡の妖精に見守られていた二人の会話は、静かな空間では妙に大きく響く。誰も、そこに言葉を挟みはしない。

 そしてふと、何かに気づいた二人が顔をあげる。

 その視線の先にある一際大きな鏡結晶が、皆を誘うようにぼんやりと銀色に光っていた。

 

 

 

 

 

 

 光を放つ鏡の結晶はやはり、転移のための入り口だった。

 一同は、まず先頭でこのような魔術的な『入り口』について造詣の深いリドルと、様々な術の研究を続けているクヌギの二名が鏡に触れる。

 それと、しれっとクヌギにくっつくようにしてその娘のポンコも鏡に触れている。

 

「あっ?!」

 

「大丈夫ですよ、先輩。移動しただけだと思います」

 

 すると、光が三人を包み込み――その場から消えたように見えた。

 

 

 

 

 

「ふむ。ボクたちが使う光の膜と、原理としてはほぼ同様なのでは、ないかな? 少なくとも、ボクらに危険はなさそうだね」

 

 鏡に触れたリドルたちは、気づけば見知らぬ空間にいた。

 話に聞いていたとおりで、辺り一面を見渡しても、凍り付いた地面しか存在していないような場所だった。

 ただし、どこからか暖かな光が降り注ぎ、凍り付いた大地が黄金色に輝いて見えた。

 ここは、何もない、ただ黄金色に輝く空間だ。

 

「私たちもきちんと入場を認めていただけたようですね。ほらポンコ、おいで」

 

「父ちゃん、なんかここ……寂しいっすねえ」

 

 リドルが空間の魔力を読み取り、いまの空間転移現象について解析するが、少なくとも危険はないことが判明した。

 クヌギもまた化け狸の術にてこの空間について調べるが、リドルと同じく他のメンバーが入っても問題ないという判断を下す。

 リドルが合図を送ると、外で待っていた仲間たちも次々と鏡結晶に触れ、この『鏡の中の世界』へと足を踏み込んでいく。

 

 

 

 

 

「私たちで最後です。全員入ったみたいですね」

 

「なんだか、随分大勢で入ってきちゃったねー」

 

 しんがりを務めた柚花とイチゴが、その暖かくも孤独な世界を見回した。

 上空では妖精たちが飛び交い、魔法生物たちは情報を交換し合っている。

 柚花も【看破】の瞳に魔力を宿らせるが、分かったことは、この暖かい光の正体が【浄化】由来のものだということだけである。

 

 柚花が周囲を分析しているあいだ、上空では妖精たちが舞い踊っている。

 

「みんな、いらっしゃい♪ ここが、私のお姉ちゃん――ミカガミ様の世界なのよ♪」

 

「ククク……迎えにくるのに三日もかかってしまったよ……」

 

「そうだヨ。せめて、無事なら無事でそう言って欲しかったのヨ」

 

「ごめんなさいね♪ お姉ちゃんを、一人きりにできなくて」

 

 空の上では、数日ぶりに再会した桃の木の妖精クルラは、妖精の姉妹たちに囲まれている。

 とは言っても、クルラが詰問されているわけでも、責め立てられているわけでもない。ただ、皆でクルラの無事を祝っていた。

 だが、今回の目的はクルラではない。

 

「さては、クルラはあの『ミカガミ様』とやらを一人にしたくはなかったのでは、ないかな? 彼女は今にも、消えてしまいそうだからね」

 

「あの子、なんだか心を閉ざしてる感じがするよぉ」

 

「あの子、スパイスが足りてない、よ」

 

 彼女たちが真の意味で会いに来たのは、鏡の妖精だ。

 けれど。

 事前に桃子たちから聞いていた話以上に、事態は深刻なことになっていた。

 彼女はもう、自分から『存在』への執着を捨てているように見えた。役目を果たし、自らの存在意義を終了してしまえば、果たしてどうなるのか。

 それはこの場の妖精たちにもわからないことだ。

 

「うぅ……な、なんだか、聞いていた話よりもずっと、寂しそうな感じなんですねぇ」

 

「参ったな。桃子の力だけで。どうにかなればいいんだけどな」

 

「ククク……クルラ。私たちはいいから、キミの姉のもとへ行った方が良さそうだ。彼女が大事なのだろう?」

 

「……うん、わかったわ♪ 皆にも、絶対紹介するから、待っていてね?」

 

 

 

 

 この世界の主である鏡の妖精、ミカガミ様は。

 いま、風間大地の縁者となる面々と対面していた。

 

「イネ。雪。竜一。みんな、顔を……見せて?」

 

 小さな妖精が、それぞれを見つめている。

 

『ミカガミ様は、おれのこと、ずっと守ってくださったんだな』

 

「雪。あなたは、再び人と共に過ごすことを、選んだ……のね」

 

 風間雪。

 幼くして亡くなった彼女は、この七十年ものあいだ、ミカガミ様によってあらゆる外敵から護られていた。

 そして昨年。このダンジョンが地上に口を開いたことで、そこに【創造】という想いをまとめる力の持ち主がいたことで。

 彼女は雪ん子としての新たな生を手に入れた。

 

 ミカガミ様は、わら帽子姿の雪を優しく見つめてから、その無表情な顔に少しだけの微笑みを浮かべる。

 

「ミカガミ様、すまねぇなあ。うちの爺さんがよお」

 

「イネ。あなたはもう……お婆ちゃんになっちゃったのね。時間が経つのは、早い……わね」

 

 風間イネ。

 彼女がこの地を訪れたのは、風間大地と結婚し、彼の住まう集落にやってきてからだった。

 不思議な現象が起こる場所、桃の窪地。そこが一体何なのかはイネは長らく知らなかったけれど、それでも彼女はミカガミ様と力を合わせることによって、このダンジョンを浄化し続けていた。

 けれど、それももうお終いだ。

 ミカガミ様は、すでに年老いた風間イネの姿に、少しだけ、少しだけ寂しそうな顔をして。けれどしっかりと、彼女に向けて笑いかけた。

 

「ミカガミ様。俺は、蔵王ダンジョンギルドの代表として……いや、風間大地の孫として。このダンジョンを守りぬいてくれたあなたに、敬意を表します」

 

「竜一。あなたは大地にどことなく、似てる……のね」

 

 そして、大地の孫にあたる風間。

 初日こそは外敵扱いをされて有無を言わさず眠らされた彼だが、今ではきちんと彼を見て、大地の孫だと確信している。

 大地の願いによって封印されてきたダンジョンは、とうとう封印が解かれ、人々の前に姿を現した。

 これからは、彼こそが蔵王ダンジョンギルドの長となり、人の身で、このダンジョンから人々を護る盾となる。

 

 ミカガミ様は、そんな大地の孫の姿に、目を細める。

 

「私はずっと、大地の願いを叶えて、あなたたちを幸せにしたかった……の。だから、私も今、幸せ……よ」

 

 彼女の声は、不思議とこの空間に響き渡っている。

 イネたちの横でその様子を見つめていた桃子とクルラにも、当然彼女の声は届いていた。息づかいは伝わっていた。

 

「ねえ、クルラ。これから先、この子たちのことは、お願いする……わね?」

 

「お姉ちゃん、そんな……」

 

 けれど。桃子の耳に届くそれは、別れの言葉だった。もう、自身の未来を諦めた言葉だった。

 上空では妖精たちが黙ってその様子を見つめている。魔法生物たちも、息を呑んでこのやりとりを見守っている

 そんななか、桃子が一歩前に出て、銀の妖精に手を差し伸べる。

 

「あのね、鏡の妖精さん――ううん、ミカガミ様。私たちはさ、お別れを言いに来たわけじゃないんだよ?」

 

「え……?」

 

 桃子は、ティタニアの助言を信じている。

 自身の持つ【創造】ならば。風間大地が【創造】してしまった彼女の役目を、彼女の呪縛を、解き放てるはずなのだと。

 だから、ソウゾウする。

 

「あなたは、大地さんのお願いを叶えてくれた。何十年も一人きりで、皆を護ってくれたよね。そのおかげで、みんな幸せなんだよ」

 

「……」

 

 桃子は、ソウゾウする。

 自由に生きる鏡の妖精を。『役目』という束縛から解放された彼女の姿を。

 桃の窪地で、青空の下で、イネたちと笑い合うミカガミ様を。

 妖精の国で、他の妖精たちとともに自由に過ごし、カレーを味わう銀色の翅を持つ妖精を。

 

「だから、これからはもう『役目』に縛られずに、自由に過ごしてみよう? 私が、その手助けをするから」

 

「自由……に?」

 

 まだ桃子は、【創造】という力を使いこなせてはいない。その力を自由に制御できない。

 けれど、過去のニライカナイでの戦いにおいて。肉体から解き放たれて魂だけの存在だった桃子は、【創造】の真髄を一度は掴んだのだ。

 桃子はだから、あの時の感覚を思いだし、己の力を信じることにした。

 桃子は、ミカガミ様に向けて、己の魔力を放出する。

 

「これが、私が大地さんから受け継いだ【創造】の力なんだよ」

 

 魔法生物たちには、視えただろう。【看破】の瞳を持つ柚花からは、視えただろう。

 桃子から濁流のように放出された魔力が、大きな白い帯となって鏡の妖精を優しく包み込む様子が。

 そして、その巨大な白い帯が――

 

 

 ――鏡の妖精の抵抗で弾かれ、霧散する様子が。

 

 

「……え?! 【創造】が……弾かれてる?!」

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 駄目よ、駄目よ……!」

 

 魔力を目視できない桃子にも、その不思議な感覚が伝わった。

 自分の力が、弾かれた。他ならぬ、ミカガミ様の力によって。

 状況を理解出来ずに狼狽える桃子の目の前で、クルラが泣きながらミカガミ様にすがりつき、それは駄目だと、訴えている。

 

「桃子、あなたたちの気持ちは……嬉しいわ。でも、私はこの『役目』を誇りに思っているの。これだけが、大地と私を繋ぐ『絆』なの」

 

「お姉ちゃん……だけど、だけど……!」

 

「クルラ、ごめんなさい。でも……この誇りだけは。この絆だけは。あなたたちの優しさだとしても、なかったことにするのは――認めないわ!」

 

「きゃっ!?」

 

 ミカガミ様の放った魔力の衝撃により、桃子は後方へと大きく吹き飛ばされる。

 すぐに柚花が桃子を受け止めるが、桃子は柚花に礼を伝えることも忘れて、鏡の妖精を見つめる。

 

 そこにあったのは、怒りにも似た、強い拒絶だった。

 大地から託された『役目』を最後まで守り通し、他者の【創造】に侵されることなど何があろうと許さないという、激しい情念だった。

 桃子は、その一瞬でも魔力で彼女と触れあったことで、それを理解してしまった。

 この妖精は、大地から託された『役目』からの解放など、一ミリたりとも望んでいないのだ、と。

 桃子は、間違えたのだ。

 

 けれど、その先に残されているのは、永遠の孤独だ。

 

「お前。桃子を傷つけるなら。ヘノが黙ってないぞ」

 

「そうだぞ! クルラには悪いけど、アタシたちは桃子のほうが大切なんだ!」

 

「そうっす! ポンの師匠に何するっすか!」

 

「ま、待ってみんな……っ!」

 

 桃子を弾き飛ばしたことで、周囲の仲間たちは彼女への警戒心を露わにしている。炎や風が渦巻き、今にも戦いが勃発しそうな気配がわき上がる。

 桃子の目には、それが致命的な亀裂に見えた。

 

「ごめんなさい。傷つけるつもりはなかった……のよ」

 

「お姉ちゃん、待って……!」

 

 鏡の妖精、ミカガミ様は皆にそれだけ伝えると、ひとり、上空へと飛び立った。

 彼女に縋り付いていたはずのクルラは、涙目でミカガミ様の姿を見上げている。クルラは動かない。――いや、動けない。

 それは、クルラだけではない。

 

「しまった。動けないぞ。やられたな」

 

 鏡の世界はミカガミ様の領域だ。気づけば時間が停止したかのように、ミカガミ様の力で全員が動けなくなっていた。

 そして周囲に、白い霧が立ちこめていく。

 恐らく自分たちは、この鏡の世界から追い出され、もとのダンジョンへと出されるのだろう。きっと二度と、この場所には戻ってこられないのだろう。

 この場の全員がそれを理解した。

 

「私ね。最後に、クルラに会えてうれしかった。あなたの温もりは、わすれない……わね」

 

「お姉ちゃん、嫌、嫌よ……せっかく会えたのに……」

 

 けれど、彼女の造り出したこの世界のなかで、それに抗う術を持つものはいなかった。

 

 

 

 

 

 ただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

『どでけぇお犬様がよ、俺に少しだけ時間を下すったんだ』

 

 皆が動けなくなった白い霧の中で、桃子の耳に男性の声が届く。

 それは、とても優しげな声だった。

 

『本当によぉ、俺が……なんも知らんで先に逝っちまって、皆に大変な思いばかりさせちまったなぁ』

 

 その声に、姿を消そうとしていたミカガミ様は動きを止めて。

 信じられないものをみるように、目を大きく見開いている。

 

『ミカガミ様。今まで俺の願いを叶えてくだすって、感謝の言葉もねぇ。でもよ……』

 

 霧の中から現れたのは、一人の男性の姿だった。姿がぼやけ、老人のようにも見えるけれど、若い男性にも見える。

 けれど、間違いなく。桃子はその男性の姿を知っていた。

 

『頼むからよ。ミカガミ様も、もっと、もっと、幸せになってけぇさい』

 

「大地……なの?」

 

 ミカガミ様の震える声とともに、桃子たちの視界は真っ白な霧に包まれていった。

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