ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「え? ここ、どこ?」
気づけば桃子は見知らぬ場所に立っていた。
周囲には未だ霧が残ってはいるものの、上空には青空が広がっているのが見える。
あたりには乱雑に草木が生えている。いや、生えているどころではなく、手つかずで荒れ放題と表現したほうが良いかもしれない。
少なくとも、ここは蔵王ダンジョンの洞窟内ではなさそうだ。
「あれ? ここって……もしかして」
いや、周囲をよく見ればどことなくその地形を知っている。藪や雑草の先は、どの方向も見覚えのある崖で囲まれている。
ここは、窪地だ。人の手が加えられずに荒れ放題ではあるものの、間違いなく桃子もよく知る、桃の窪地だった。
『すまねえな、お嬢さん。ここさ俺の夢だで。キミまで巻きこんじまったみてぇだな』
「わっ?!」
周囲をキョロキョロと見回す桃子の背後から、男性が声をかけてきた。
桃子は一瞬だけぴょこんと驚きで跳ね上がるが、すぐに冷静になり、背後を振り返る。
そこにいたのは――いつかの夢で見た、雪を亡くした直後の若き日の風間大地だった。
『すまんが、キミの力もあとで、借りていいべか?』
「あ、はい、私はいいんです……けど」
桃子がきょとんとして大地に視線を向ける。
と、大地の背後に広がる空間に漂っていた霧がはれていくと共に、そこには複数人の姿が現れた。
彼らもまた状況が飲み込めないのか、数秒ほど周囲を見回すが、すぐに全員の視線が風間大地にとどまった。
『久しぶりだのお、みんな』
大地が声をかける。
霧が晴れたその場には、彼の妻である風間イネ、彼の妹である風間雪、彼の孫である風間竜一の姿があった。
更に桃子が上を見れば、そこに微かに漂っていた霧の中には金色の光と銀色の光、見覚えのある二つの光が見える。
『兄ちゃ……兄ちゃ……! ああ、ああ……うわあああん!』
「雪。雪……すまねえ、長い間、一人にさせちまったな」
『兄ちゃ……おれ、会いたがった……会いたがったんだ……!』
最初に大地の腕の中に飛び込んだのは、まだ幼い雪ん子だ。
戦後間もない時代。彼女が洞窟内で孤独な最期を迎えた背景にあったのが、何かしらの事故なのか、幼さ故の無謀な好奇心が招いた結果だったのかはわからない。
けれど、幼くしてダンジョンで最期を迎えた七歳の少女は、今ようやく、愛しい家族に再会できたのだ。
続いて、雪の頭を撫でさする大地に声をかけたのは、彼の妻である風間イネだ。
「若々しくなっちまったなあ、大地さん。俺ばっかり年寄り姿で、ずりぃなあ」
「イネ、久しぶりだのぉ。なんだか死んだら若くなっちまったで、わっははは」
未だ泣きじゃくる雪を地面におろして、大地は続いてイネと抱擁を交わす。
人生を何十年も支え合ってきた二人は、互いに冗談を言いながら。泣きながら笑っていた。
「ほれ、竜一も、俺と抱き合うべか?」
「俺は遠慮しとくよ、爺ちゃん」
流石に、成人男性である風間は祖父と抱き合うのは気恥ずかしいのか、抱擁には参加せず。
彼は少し離れた場所から、祖母と大叔母の姿を、目を細めて眺めていた。
彼が優しげに細めた目が、その祖父にそっくりなことに。離れて見ていた桃子は、ふと、気づいたのだった。
そして、家族の抱擁がしばらく続いた後。
大地は、上空を見上げる。
『ウワバミ様、俺らの村さ守ってくだすって、ありがとうなぁ』
「ううん、いいのよ♪」
そこにいたのは、クルラ――ウワバミ様だ。
彼女もまた、風間大地の【創造】で生み出された存在であり、大地の娘の一人である。
クルラは満面の笑みを浮かべて、大地に言葉を返す。その頬は、うっすらと濡れていた。
『そんで――』
大地は最後に、クルラにぎゅっと手を掴まれたもう一人の妖精に視線を向ける。
クルラと似た顔つきだけれど、背には銀色の翅があり、彼女の背後には10センチほどの丸い鏡が浮遊していた。
大地はしばし目を細め、彼女――ミカガミ様を見つめていた。
「大地……なの?」
『ああ、そうだで……ミカガミ様だよな?』
「私は……私……は……」
『ありがとうなぁ、ミカガミ様。雪とイネさ、守り続けてくれたっけなぁ』
大地が空へと手を差し伸べる。
クルラに引かれるように、鏡の妖精はゆっくりと降下していき、ウワバミ様とミカガミ様、二人の守り神が大地の手のひらに着地する。彼の手のひらで、金と銀の光が混ざり合う。
大地がゆっくりと手を胸の前までおろすと、守り神たちの姿は大地の正面へとやってきた。
ウワバミ様は満面の笑みで。ミカガミ様は、不安げに。
『ミカガミ様に、ウワバミ様。俺の願いを聞いてくださらんか』
大地は、真剣に。
けれどどこか、寂しさと優しさの入り交じった声で、目の前の守り神たちに語りかける。
「んふふ♪ 私たち、二人にお願いするのね?」
「大地は……私にも、新たな願いを託すと……いうの?」
『んだ。お二方にしか叶えられない願いだべ』
イネと雪は、一歩だけ引いてその行く末を見守っている。
彼女たちとて、この日はミカガミ様のためにここまでやってきたのだ。先ほどまで大地との再会に涙していた二人も、今は静かにそのやりとりを見つめている。
大地が、ふいに桃子を振り返り、声をかける。
『お嬢さん、力を貸してくれんか?』
「あ、はいっ?!」
桃子は呼ばれて、何をしたらいいのかもわからないまま大地の横に並ぶ。
半ば混乱状態の桃子だったが、大地の手のひらの上に立つクルラが、「大丈夫よ」とでも言うように桃子に笑いかけていることに気づいて、桃子も口元に笑みが戻ってくる。
『ミカガミ様はよ、長ぇ間、ずーと一人で雪とイネのことを守ってくださったんだ。いくら礼さ伝えても伝えきれねえくらい、俺は感謝しとる』
大地が、ミカガミ様を見つめる。
いや、大地だけではなく、その場にいる全員の視線がミカガミ様に集まっていた。
彼女の歴史を、孤独を、優しさを。この場の全員が知っているのだ。
『だから、次はよ。ウワバミ様と一緒に、村の皆の守り神になってけれ』
「村……の?」
無表情のまま、大地の言葉を繰り返すミカガミ様に、大地が大きく頷いて見せる。
『次は、一人きりじゃなくてよ。ウワバミ様と一緒に、村さ守ってほしいんだ』
大地は、優しく目を細めて、言葉を続ける。
『いんや、ウワバミ様とだけでねえ。村の連中とも、魔法使いの人たちとも、ダンジョンに潜る人たちとも、皆で協力してよぉ』
彼が語る間。まるで走馬燈のように、周囲の風景が切り替わっていく。
手つかずだった荒れ地に、人の手が入り整地されていく。
いつしか窪地の地面は整い、畑が作られる。
いつしか窪地には、一つの桃の木が育ちはじめる。
そしていつしか、桃の木は焼け落ち、窪地は魔物に荒らされ。
けれど、それでも人々は土地を守り抜き。
最後には桃子たちが知る、現在の窪地の風景が周囲に映し出された。
『俺たちの故郷を……どうか、守ってやってけぇさい』
桃子は自然と、自分がやるべきことを理解した。
桃子は大地の肩にそっと手を触れて、彼とともにソウゾウする。ミカガミ様が、皆と笑い合う姿を。仲間と穏やかに過ごす姿を。クルラと共に、ずっと幸せでいられる未来を。
大地はすでに力を持たぬ魂であり、自身の魔力をほとんど持たない。けれど、今は桃子がその魔力を担当し、スキルの発動を補助する形で、桃子と大地の【創造】が発動する。
風間大地の夢の世界で。
白い魔力の帯が、ミカガミ様を優しく包み込んでいく。
それは決して、彼女が守り通してきた『役目』をなかったことにする願いではない。桃子がやろうとしたそのやり方は間違いだったのだと、今なら桃子にもはっきりとわかる。
今、目の前で。
新たな『役目』という形で、大地とミカガミ様の絆が紡がれていくのがわかる。
『どうか、いつまでも、いつまでも。ウワバミ様と、みんなと一緒にいてけぇさい』
「うん……うん……!」
いま、『魔鏡』への新たなる願いが聞き届けられた。
そして。
他の誰でもない風間大地の【創造】が。ミカガミ様を、永遠の孤独から――救い出した。
「先輩? 先輩? 大丈夫ですか?」
「あれ? 柚花? 何してるの?」
「私は何もしてませんよ。どうかしてたのは先輩です」
桃子が気づくと、柚花が目の前で桃子の肩を揺すっている。どことなく既視感を覚える光景だ。
目の前には柚花がおり、その横ではポンコが心配げに桃子の様子を覗きこんでいた。
見ればそこはたった今までいた桃の窪地ではなく、ただ凍った地面が広がるだけの、鏡の中の世界だった。
「ええと、あれ? 窪地は? 大地さんは?」
「師匠、ここは窪地じゃなくて鏡の中の世界っすよ」
「え? あれ?」
「霧が出てきたかと思ったら、先輩たちが光に包まれたんです。で、光がおさまったかと思ったら、先輩が呆けてたんですよ」
「あ、そうか。夢の世界だったのか。じゃあ……そうだ、ミカガミ様は?!」
ポンコと柚花の説明に、ようやく自分が『夢の世界』にいたのだと思い出す。
桃子も他者の夢の世界に入るのは今回が初めてではなかったので、そのこと自体には特に疑問も持たずに受け入れる。
だが、となるとすぐに確認すべきは、最後に桃子と大地の二人で発動させた【創造】がどうなったのか、である。
夢の世界で発動させた力が、はたして現実に影響を及ぼせたのかどうか。桃子はすぐにあたりを見渡して、ミカガミ様の姿を探す。
「桃子。あいつなら。上だぞ。クルラと一緒だ」
すると、いつの間にか桃子のそばに来ていたヘノが教えてくれた。
つい先ほどはツヨマージを構えて臨戦態勢だったヘノだが、今は桃子のそばをふわふわ飛び回って、穏やかだ。
桃子がヘノの言葉に従い上を見ると、金と銀、二つの光が混ざり合うように、二人の妖精が抱きしめあっていた。
「クルラちゃん……」
「あいつら。ぴかっと光ったかと思ったら。泣きながら抱き合ってるんだ。意味がわからないぞ」
桃子は、安堵とともに大きな息を吐く。
よかった、と。心の底から思う。
風間大地の【創造】は、ウワバミ様とミカガミ様という二人の守り神に、新たな願いを託すことが出来たのだ。
鏡の妖精は、他ならぬ風間大地の願いによって、自由になれたのだ。
「なんだかわかんないけど、戦わずに済んだならそれでいいよ! アタシも、妖精と戦いたくないしな!」
「うぅ……クルラ、よかったですねぇ……めそめそ」
「後で理由は問いつめるのヨ。でもまあ、今はそっとしてやるのヨ」
「カレーとハンバーグ!」
「さては、カレーとハンバーグが美味しすぎて泣いているのでは、ないかな?」
「多分、ぜんぜん違うよぉ?」
「ククク……何があったか知らないけれど、どうやら……丸く収まったようだねぇ?」
桃子の周囲には、妖精の姉妹も集まっていた。
途中、ちょっと意味の分からない発言も混ざってはいるけれど、おおむね彼女らも鏡の妖精への警戒は解き、受け入れてくれているようだ。
もちろん、風間大地の夢を見ていたのは、桃子とクルラたちだけではない。
「わははは、年の最後に、いい夢を見せてもらっちまったなあ。爺さんが『ゆっくり待ってるから、たっぷり長生きしてこい』ってよ」
イネがとても楽しそうに笑いながら、目元を拭っている姿が見えた。
話を理解しているのかどうかはわからないが、リヨンゴがイネと共に楽しげに笑い、フルドラがハンカチを差し出している。
『大地兄ちゃ……』
雪ん子である風間雪は、寂しげに、今は亡き兄の名をつぶやいている。
大地と雪は同じく死者ではあるけれど、二人は違う道を選んでいる。人々を守る『雪ん子』となった彼女が生前の兄と会える奇跡は、恐らく二度とは起こらないだろう。
雪の隣では、同じく夢の中で祖父と出会っていた風間が、幼い雪ん子に寄り添うように屈みこんで、優しくその小さな手を握りしめていた。
「爺ちゃんの代わりが、俺ですまないな」
『ううん……ありがとな、リュウちゃ……』
大叔母と、又甥。まるで父と娘のようにも見える二人は、ただ静かに。言葉少なに。
今は亡き風間大地に、想いを馳せているようだった。
「どうやら、お爺さんは魂のあるべき場所に還っていったみたいだね」
「イチゴちゃん、見てたの?!」
「うん。お爺さんの心残りが、私にも届いたんだよ」
それぞれの様子を眺め、嬉しさと寂しさのない交ぜになっていた桃子に声をかけてきたのは、イチゴだった。
聖ミュゲットの制服に身を包み、黄色いリボンがトレードマークになっている彼女だが、その本質はあくまで『死者の心残りの集合体』だ。
想いを、心残りを伝えにきた風間大地とは、何かしら繋がる部分があったのかもしれない。
「心残り……」
「でも、スズランちゃんは安心していいからねっ。お爺さんは、みんなにきちんと言葉を伝えて還っていけたみたいだからねー」
「そっか、そっか」
お爺さんは夢の中で全員に心残りを伝えたのだろう。感謝と、願いを伝えきったのだろう。
それはきっと、桃子が聞くべきことではないし、踏み込んでいい話ではない。だから桃子は、これ以上の追求はしない。
けれど、幼なじみのイチゴが言うならばそうなのだと、信じて満足することにした。
「ちょっとそこの怪異、また幼なじみに成りすまして先輩を独り占めしないでください」
「なんすか?! 結局何がどうなったんすか?!」
「あはは、じゃあ……帰り道でゆっくりお話ししようか」
黄金色の光に照らされた鏡の世界は、今は喜びに包まれていた。
何もなく、凍り付いていたこの世界が。
新しい祈りと共に生まれ変わるのは、そう遠くない未来の話だろうと、桃子の第六感が告げる。
そして。
たった今、どこか遠くで、新しい未来を告げる鐘が鳴り響いている。
桃子には、そんな気がしてならなかった
次話『鏡の国の少女』エピローグ は4月20日(月)23時予定です