ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
はるか昔のこと。
海のずっと向こうの国に存在していた妖精たちの住まう国。その地を総べる女王が、一つの『鏡』に力を込めたのが始まりだった。
もとは女王の千里眼を補助し、地上の人間の営みやその記憶を読み取るための魔法道具として作られたものだったが、いつしかそれは人間の手に渡り、未知の力を宿したダンジョンの遺物として受け継がれることとなった。
そして、世界を狂わせた戦争を経て。
すでにその歴史も何もかも不明となったその『魔鏡』は、とある国の、ひとりの青年の手元へと渡ることとなる。
「魔鏡……いや、『ミカガミ様』。どうか、雪が静かに眠れるように。イネがこだなことに巻き込まれないように。……頼んます、ミカガミ様……」
「雪とイネさ、守ってやってけぇさい……」
私の一番古い記憶。それは、大地の祈りの声。
ミカガミ様。その名で呼ばれたときに、私は初めて――この世界に誕生したのだと思うわ。
誕生と同時に、私の中には大地の記憶が大量に流れ込んできた。
そのほとんどが、哀しくて、辛いもの。
戦争があったこと。家族が亡くなったこと。沢山の不幸を目にしたこと。そして――雪という、たった一人の妹までもがいなくなってしまったこと。
そして、一つだけ幸せな記憶。イネという、運命の女性と出会ったこと。
雪と、イネ。私は、その二人を守るために、生まれてきたのね。
『分かったわ……大地。私が、雪とイネを守るわ。ずっと、ずっと……ね』
私の声は、大地に届いたのかしら……。
『雪。あなたのことは……私がずっと、護ってあげる……わ』
雪は、たった一人で眠り続けていた。
きっともう、大地の声は届かない。私の言葉すら、届かないのかもしれない。
それでも、私は雪を護る。それが私の役目だから。大地の望みだから。
この迷宮は、とても強い力の流れと交わっていた。私はその力を使い、雪の眠る場所へ続く道のりを閉ざすことにした。
これで、誰もここには近づけない。あなたを傷つけるものはなにもないわ。
『雪。おやすみなさい……ね』
道は閉ざされ、人間たちの諍いも、恐ろしい魔物たちも、あなたを傷つけるものたちがやってくることはない。
静かなこの世界で、ずっと、ずっとおやすみなさいね、雪。
「こりゃあすげえ土地でねえの、大地さん。耕して、畑でもづくっか?」
「あ、ああ。こりゃあ、いったい……」
「大地さん? 何もねえ崖なんかペタペタ触って、どした?」
「いや……なんでも、なんでもねえべ」
イネという女性は、とても温かい光を放つ女性だった。
大地の力と、イネの力。それがここまで届き、私はそれを鏡の力で反射させ、迷宮を浄化し、内側から迷宮を完全に閉ざすことに成功した。
これできっと、イネが恐ろしい迷宮に巻き込まれることがなくなるわ。
イネの優しい光が届く。彼女の幸せな心が、私と雪のもとに降り注ぐ。
大地はきっと、迷宮が消えてしまったことに戸惑っているのね。不思議な絆のようなものが、大地の困惑を伝えてくれるわ。
きっと、あなたが生きている間、この迷宮が開かれることはないでしょう。私と出会うことはないでしょう。
雪は私が護ってあげるわ。イネは私が守ってあげるわ。
だから、大地は安心して、暮らしていいの。
「――その子はよ、イネ。雪ん子のわら帽子が好きだったけ、きっとな、雪が降る日には雪ん子になって帰ってきてるんだで」
「そだな雪ん子なら、いっぺん会ってみたいのぉ」
「んだ。俺も……雪に、雪ん子に……会いてぇなぁ」
何度も、太陽が昇り、沈んでいった。
地上のことはわからないけれど、イネの光が、そして大地との絆が教えてくれた。もう、地上では多くの季節が過ぎていた。
大地は今でも、雪のことを悔やんでいる。
大丈夫、大丈夫よ。
雪は、私が護っているから、誰にも近づけさせないから。大地は安心していいの。
ずっと、ずっとよ。
「こりゃあ驚いたのぉ、本当に――様がいらした!」
「あんれまぁ。でも、逃げちまったねぇ」
「……――様も、どこかで見守ってくださってるのかもしれんのぉ」
イネの光が教えてくれる。大地の絆が教えてくれる。
どうやら地上に、不思議な力が生み出されたみたい。
私には、それが何かはわからないけれど、それが大地とイネを守護してくれる力ならば――私は、とてもうれしいわ。
私には、この迷宮を封じることしかできないから。
地上に暮らす大地やイネを、幸せにすることはできないから。
どうか、お願いね。
「ふふふ。本が欲しくて、随分と遠くまで来ちゃいましたよ」
わからない。
わからない。
わからない。
ある日、地上に何か途方もないものが現れたわ。
とても強くて、とても恐ろしい。遠くから覗き見られているような、そんな恐ろしさすらある。
けれど――どこか、懐かしい。
私はこの力を知っているのかしら。
私は、何もわからないまま。その『途方もないもの』はいなくなったみたい。
あれは、なんだったのかしら。
「……今まで……見守ってくれて……あんがとうなぁ……」
「爺さん……大地さん……本当に、本当に……」
ああ……。
わたしは、この日――大切な絆を失ったわ。
大地はもう、眠りについてしまったのね。
私は無力だわ。
動かない雪の身体を護ることしかできない。
イネの悲しみを癒やすことすら叶わない。
暖かかったはずの光が、冷たくなる。
誰かがずっと、ずっと、イネに寄り添ってくれている。
姿もわからないアナタだけが、頼りだわ。
どうか、イネを救ってあげてね。
イネの力は弱まり、封印を維持するのが難しくなってしまった。
迷宮に降り注いでいた強く、暖かかった光は。もう、迷宮を浄化するには足りなくなってしまった。
「――様。俺は……もう、弱くなっちまったんだなあ」
「――! ――っ!」
そしてこの日。迷宮の封印がとうとう破られてしまった。
この迷宮の魔物たちが、群れをなして地上へと躍り出ていく。外に出てしまった魔物には、私の力は届かない。
地上では、戦いが繰り広げられている。イネに寄り添ってくれていた誰かが、必死でイネを守ってくれている。
けれど、それでもイネを守るには力が足りない。
私の力では……イネを、救えない。
『……ここは、どこだべ?』
私の力はもう、届かない。
大地がくれた『役目』をはたせない。
私は、私はどうして、こんな風に生まれてしまったの?
『なんか、わかんねけど。泣かねえでけろ』
誰か。
誰か。
イネを、助けて。
『おれが、村まで助けを呼んでくるべ』
「――ちゃん! 間に合ったんだね!」
「――。まだ敵は出てくるぞ。もう一息だぞ」
地上で、多くの力が戦っている。
力を失いかけているイネの周りで、沢山の存在が戦っているのが伝わってくるわ。
そして。
『みんな、大好きよ♪ ちゃんと、家族を大切にするのよ♪』
『小梅ちゃん、お婆ちゃん。無事でよかったわ♪』
『リュウちゃん♪ これからは、あなたがここを護ってあげてね♪』
巨大な蛇が、魔物を消滅させる光とともに迷宮へと飛び込んできた。
あれがきっと、イネに寄り添ってくれていた、あなたなのね。
きっと、決死の思いで飛び込んできたのね。
でも、大丈夫。大丈夫よ。
あなたのその光を私が反射して、迷宮中に行き渡らせてあげる。
私たち二人で、イネを救いましょうね。
だから――あなたは、ここで力を使い果たさなくても、いいの。
あの日から、イネの光が降り注ぐ頻度は減ってきた。
雪の身体は私が護っているけれど、迷宮の封印が解けたのと同時に、雪の魂はこの迷宮の外へと旅立っていってしまった。
もう、迷宮を閉ざし、雪の身体を護り続けることも難しいかもしれない。
私にはもう、何もない。
大地に謝ることもできない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
――そうして、丸い鏡が映し出した過去の記憶の映像が終了する。
ここは妖精の国の花畑。
鏡の妖精ことミカは新たに増えた仲間に向けて、自らの過去の記憶を見せ終えた。
桃子たちを探索者の記憶の世界に引き込んだときのように、魔鏡には『夢や記憶』を映し出す権能があった。
「んぐんぐ♪ ふぅ……今のが、お姉ちゃんの記憶なのね」
「ククク……キミはたった一人で、ずっと戦ってきたのだねぇ。しかし少しばかり、後ろ向きな傾向があるようだがねぇ」
「なんだか、記憶がずっと重たすぎるのヨ。これからはリフィたちがいてやるから、もっと明るく暮らした方がいいヨ」
「明るくするのは、難しい……わね」
この記憶の上映会に参加していたのは、ルイ、クルラ、リフィというティタニアの娘たちの年上組だ。
お世辞にも明るい過去とは言えないミカの記憶を見せられ、リフィはその内容の暗さにむむむと眉をひそめ、ルイはいつものように怪しく笑い、クルラはお酒を飲んでいる。
反応は三者三様なれど、話としては全員が既に聞いていたものなので、その内容に改めて驚くような声はない。
「キミが明るくなりたいのならば……この妖精の国は、うってつけなのさぁ」
「そうだヨ! って言いたいところだけど、全然明るくないルイが言っても説得力がないのヨ」
「んふふ♪ でも、これからは一人じゃないもの♪ みんなでいれば、きっと明るくなるわよ♪」
「そういうもの……なの?」
今回改めて記憶を見せたのは、伝聞ではなく、直接新たな仲間に自分のことを知ってもらうためだった。
クルラと違い、口下手でコミュニケーションが不得手なミカは。言葉でなく直接自分の記憶を見てもらうというストレートな手法をとったのだ。
その結果として妖精の姉妹たちには、ミカが辛気臭くて暗い性格だということがこれ以上なく伝わったようだ。
妖精たちは口々に、この妖精の国で暮らして性格を明るくするように勧めてくる。
『しんじてまぜる! しんじてまぜる!』
『しんじてまじぇる! しんじてまじぇる!』
離れた場所では、小妖精たちが声を合わせて大合唱をしている。
続いて、調理部屋に不思議な発光現象が起き、小妖精たちがみんなで拍手喝采をしている。
ミカにはあれが何だったのかがわからないが、あれこそがこの妖精の国の日常風景なのだ。底抜けに明るいことは間違いない。
「あれは、カレーを作るときの合唱なのヨ。カレーを作るときはいつもああなるのヨ」
「ククク……どうだい、ミカ。次からはキミもあの輪に入ってみたら、明るくなれるのではないかねぇ?」
「あれに入るのは、難しい……わね」
「明るさについてはルイが言えたことじゃないのヨ」
「いっそ、ルイとミカが揃ってあの合唱に参加しましょうよ♪」
「ククク……嫌だねぇ」
あの輪に入り、小妖精たちと一緒に合唱をすればミカも明るくなるかもしれないが、いくらなんでもハードルが高すぎる。
他者とのコミュニケーションを知らずに半世紀以上生きてきたミカにとって、この花畑に住まう小妖精という存在は、理解し難いアンタッチャブルな少女たちなのだ。
クルラのように、お酒をがぶがぶ飲めば自分ももっと皆と会話できるようになるのだろうか――と、ミカが考え込んだところで、調理部屋のほうから声がかかる。
「ミカちゃーん、みんなー! カレーが出来たから、おいでー!」
見れば、桃子がカレー鍋の横でパタパタと手を振ってこちらを呼んでいる姿が見えた。
桃子に呼ばれると、ルイ、リフィ、そしてクルラまでもがふわりと浮き上がり、桃子に誘われるがままに調理部屋へと向かっていく。
「お姉ちゃんも、行きましょ♪」
「うん……」
ミカは、ふと、考える。
あのとき、夢から覚める前に。大地が自分にかけた言葉について、考える。
『どうか幸せな未来を手に入れてけれ、ミカガミ様』
今までもミカは、自分が不幸だなどとは決して思っていなかったけれど。
きっと大地には、もっと大きなミカの幸せな未来図が見えていたのかもしれない。
未来。それは全てが手探りで、見たことのないものが広がっていて、具体的な使命もなく何をすればいいのかわからない。
けれど。
彼女は大地の言葉を心に刻む。
空に向かって小さく呟いてみせる。
「大地に安心してもらえるように、怖いけど、頑張って、未来を過ごす……わね」
鏡の妖精の未来は、これからなのだ。
それでいい、と。大地が遠い世界で、満足そうに頷いた気がした。
十七章『鏡の国の少女』了
活動報告に十七章あとがきも公開しておりますので、興味ありましたら覗いてみてください。