ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ニムとペアリング
それは、正月休みも終わりを迎えようという日の、妖精の国でのこと。
昨年末こそ蔵王ダンジョンにて色々と事件があったものの、年明け以降は平穏な正月だった。
この日も桃子とヘノは花畑の丘の上に腰をおろして、何をするでもなく、まったりと小妖精の輪投げ大会を見守っていた。
そんなとき――。
「うぅぇへへ……うぇへへへ……うふふ……」
二人の背後から、笑い声と呼ぶには実に奇妙な声が聞こえてきた。
桃子とヘノは、この不気味な声に聞き覚えがある。これは、ついうれしくなっちゃったニムがもらす、不気味な笑い声だ。
振り向いたら案の定、とろけるようなニコニコ笑顔を浮かべたニムがふらふらと飛んでいた。
「うぅ……うぇへへへ……うぇうえへへ」
「あ、あの、ニムちゃん?」
「ニム。どうした。本当に。どうした」
「ああ、ヘノに桃子さん、いたんですねぇ? うぅぅえへへ……こ、これ、見てくれますかぁ……?」
今回の笑い声にはただならぬものを感じ、桃子のみならずヘノまでもが少々引き気味に声を掛ける。
すると、ニムは桃子たちに気づいたようで、うへへへと笑いながらふわふわと桃子たちへと近づいてきた。
そのニムの胸元には、なにやら白い紐がネックレスのようにかけられており、その先には、キラリと光る小さな金属の輪が揺れている。
ニムはその金属の輪を手にとって、桃子とヘノに見せつけてくる。
白金色の光沢を持ち、流水を思わせる曲線で構成された輪だ。
「なんだそれ。輪っかか?」
「あれ? それって……」
ヘノは不思議そうに見ているが、桃子はすぐに、その『金属の輪』が何なのか気がついた。
しかし桃子がそれを指摘する前に、ニムの背後に新たな人影が追いついてきた。
「ニムさん、探しちゃいましたよ。さっそくそれを見せてたんですか?」
「そ、そうなんですよぉ。ヘノと桃子さんに、見せてたんですよぉ……」
「あ、柚花! お正月ぶり!」
「ええ、数日ぶりです、先輩」
それはもちろん、ニムのパートナーである柚花である。
桃子と柚花は元日に一緒に過ごしはしたものの、そこからはさすがに正月なのもあり、二人とも一度ダンジョンから出て実家に戻っていた。
数日間は地上で家族とともに過ごしていたので、桃子が柚花と顔を合わせるのも実は数日ぶりである。
柚花と桃子は軽く挨拶を交わしてから、しかし視線はすぐにニムの持っている金属輪に戻る。
「ニムちゃん、それって『指輪』だよね?」
「は、はい。わ、私、柚花さんとお揃いの指輪を貰ったんですよぉ……?」
「そうなんです。ほら、私とニムさんで、お揃いの指輪なんですよ」
「本当だ。気づかなかったな。指に輪っかがついてるな」
柚花が差し出した手に視線を向ける。すると、柚花の小指には以前にはなかったはずの指輪が装着されていた。
小指につける指輪、ピンキーリング。ニムの胸元でネックレスのように揺れているその装飾品は、柚花がつけているものを更に縮めた、幼児サイズのピンキーリングだった。
「記念用の親子ペアリングなんですよ。ニムさんがかけている側は子供用なのでかなり小さく造られてるんです」
柚花の言うとおり、ニムの胸元で揺れている指輪は非常に小さいものだった。
それでも体長が8センチちょっとしかない妖精の身には少々大きいかもしれないが、それを身につけるニムは先ほどからずっと幸せそうだ。
流水を思わせるそのデザインは、水を司る妖精のニムにとてもマッチしていた。
「――というわけで、ちょっとお休み中に素敵なリングを見つけたので、奮発しちゃいました」
柚花は桃子の横に腰を下ろし、休み中に見つけた装飾店での出会いを語っていた。
その膝の上ではニムが大事そうに己の胸元で揺れる指輪を撫でている。
「親子指輪っていう発想はなかったなあ。私はてっきり、柚花も私と同じタイプのイヤーカフにするのかと思ってたよ」
「いや先輩。そのイヤーカフって、そう気軽に入手できるものじゃないですからね?」
桃子は片耳につけたイヤーカフを指で触って確認する。
桃子がダンジョンに入るときに装着しているこの装飾のもう片方は、ヘノが腕輪として装着している。
「それって、先輩の働いている工房のみなさんの共同製作じゃないですか。世界で一つだけの特注品ですよ」
「あ、そういえばそうだっけ」
「ぱっと見では簡単そうに見えますけど、並の技術者じゃ製作できないと思いますよ? 材料もレア中のレアですし」
「うん。確か、絆が強くなるっていういわれがあるダンジョン素材で、室長さんのツテでどうにか入手出来たんだったかな」
このイヤーカフは桃子の二十歳の誕生日に、工房の大人たちがプレゼントしてくれたものだ。
所長が材料を集め、和歌が設計し、親方が製作。ついでに言えば設計にはヘノと同じ妖精であるクルラが一枚噛んでいる。なるほど確かに、欲しいといって入手できるものではない。
「素敵じゃないですか。どうですか? 絆が強くなった感じはありますか?」
「えへへ、私とヘノちゃんはもとから絆はばっちりだから、ちょっとわからないかなあ」
「なんですか、のろけじゃないですか」
カチン
カチン
イヤーカフについて桃子と柚花が会話に花を咲かせていると、耳元で唐突に金属が打ち鳴らされる音が繰り返される。
これはまさに話題の中心、桃子のイヤーカフに、そのペアであるヘノの腕輪をぶつけた音である。
桃子の耳元で鳴り響くこの騒音は、桃子とヘノの絆を示す騒音だ。
「桃子。桃子。聞こえるか」
「あのヘノちゃん、さすがに今は普通にお話ししてくれて大丈夫だからね?」
「特に。用はないぞ」
「えへへ、わかった。ちゃんと聞こえてたよ、ヘノちゃん」
どうやら、ヘノもなんとなく、自分の腕輪の存在をアピールしたかっただけらしい。ヘノの心情に気づいている柚花とニムが、にやにやと見ている。
そっけないそぶりの中に隠された愛情に気がついた桃子も、嬉しさに自然と頬が緩くなるが、それと同時に。
「もう少し耳に優しいアピール方法を開発してもらいたいな」という、なんとも言えぬ気持ちもあるのだった。
柚花たちと合流はしたものの、時刻的には夕食には早く、今からダンジョンに潜るには遅い微妙な頃合いだ。
なので四人は花畑に腰を下ろして、そのまま雑談に興じることにした。
飲み物やスナック菓子でもあればいっぱしのお茶会も開けたかもしれないが、残念ながら今は手ぶらである。
「妖精の子たちは、こういう加工品はつけてないですよね」
「えー、でもそれはさすがに、当然じゃない?」
柚花が、互いの装飾を見せ合っているヘノとニムを見てぽつりと疑問を口にする。
ヘノの姉妹の妖精たちも、布製のリボンや植物のパーツを装飾としてつけている子たちはいるけれど、指輪や腕輪のような『加工品』をつけている妖精はいない。
もちろん桃子の言う通り、そもそもダンジョンの中には妖精サイズの加工品を造る職人などいないのだから、当然といえば当然だ。
ただし、必ずしもそうとは限らないことを柚花は知っている。
「でも先輩。ティタニア様は頭に綺麗なティアラをつけてるじゃないですか。あれは多分、ティタニア様が魔法か何かで造ったものだと思うんですよね」
「あ、言われてみれば確かに!」
桃子は、ヘノたちの母である妖精女王ティタニアの姿を想起する。
そして、過去の世界でかいま見た先代女王ネーレイスの姿を思い返すが、やはりティタニア同様に立派な装飾を身につけていた気がする。
「そっかそっか、妖精の女王様くらいになると、装飾品も自分で作れるのかもね」
ティタニアが自分でサイズやデザインを考えてあれこれとティアラを製作している姿を想像した。桃子の脳内ティタニアは、普段の女王然とした態度とのギャップで非常に愛らしい。
「わ、私たちも、いつかは綺麗なものを自分で作れたりするんですかねぇ……? な、何を作りましょうかねぇ……?」
「決めたぞ。ヘノも自分でいつか。すごい物を作って。頭に被るぞ」
思いがけず、会話を聞いていた妖精たちがやる気を見せ始めたため、桃子と柚花は互いに意外そうな顔で視線を交差させる。
妖精たちは基本的にこの花畑で好き勝手に生活しているために、個人的な『目標』に打ち込むということはあまりないのだ。
そういう意味では昨年からずっと『畑を作る』という目標を掲げているヘノは、かなり珍しい妖精といえるだろう。
そして、すぐ。これは決して悪い傾向ではないはずだと、桃子と柚花は頷き合う。
「ヘノちゃん、ニムちゃん。その時は私も協力するよ、これでも職人だからね!」
「ヘノ先輩も、頭に被るティアラを作るんですか?」
「それだと女王と一緒になっちゃうしな。せっかく桃子が協力してくれるなら。カレーだな」
「へ?」
「ん?」
話の雲行きが怪しくなってきた。
桃子と柚花は互いに真顔で視線を交差させる。
「頭に。カレーを乗せるんだ。格好よくないか」
「うぅ……す、すごい、お洒落の極みじゃないですかぁ……!」
「待って待って」
ヘノが、なんだか意味不明なことを言い出したので桃子はあわてて待ったをかける。
てっきりヘノがお洒落に目覚めたのかと思ったが、全く違うなにかの話をしていた。
「どうするんですか先輩。先輩がカレーばっかり食べさせるから、ヘノ先輩がおかしくなっちゃったじゃないですか」
「いや、でも、ヘノちゃんはもとから結構おかしいから!」
「なんだ。カレーは駄目なのか。美味しいのにな」
「そうだよ、カレーはほら……お洒落で素敵で魅力的だけど、頭に乗せるものじゃないでしょ?」
「そうか」
「残念ですねぇ……」
どうやら、ヘノもそこまで本気で語っていたわけではなく、ただの軽い思いつきだったようですぐに引き下がってくれた。
桃子はヘノの反応に、ドキドキしながらも安堵の息をつく。
「先輩はもちろん、頭にカレー乗せたりはしませんよね?」
「あはは、そんな、まさか……やらないよ?」
その一方で。
柚花は、桃子を筆頭にして頭にカレーを乗せるブームを迎えた妖精姉妹たちの姿が容易く想像できてしまい。
日が傾いてきた花畑の静かな風を浴びながら。密かに桃子へと疑いの視線を向けているのだった。