ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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カレーとチョコレート

「ドワーフさん、ドワーフさーん?」

 

「桃子。ドワーフのやつ。ここにはいなさそうだぞ」

 

「ありゃりゃ、そうかあ」

 

 すでに太陽も傾き日が落ちかけている房総ダンジョン第一層『森林迷宮』のとある丘の上で、ドワーフの名を呼ぶ声が響く。

 声の主は桃子であり、ここはドワーフがよくたき火をしている場所だ。

 しかし、桃子の肩の上でくつろいでいるヘノの言うとおり、この丘の上にドワーフはいなかった。

 

 ただし、ドワーフといつも一緒にいる妖精は桃子たちの姿に気づいたようで、どこからともなく飛んできた。

 口を開けば「カレー!」と叫ぶ愉快な妖精の登場だ。

 

「カレー! ドワーフは今は出かけてる、よ!」

 

 ルゥは白い氷の翅をふわりと揺らして、氷の結晶を煌めかせながら丘の上に着地する。

 摩周ダンジョンの氷の花から生まれた妖精であるルゥは、その生まれのとおり氷の力を司っている。

 ルゥが普段過ごしているこの房総ダンジョンにはあまり季節の概念はないものの、彼女は最近では蔵王ダンジョンという第二の遊び場で氷属性の魔力を存分に補充しているらしく、冷気いっぱいで元気いっぱいだ。

 

「ルゥちゃん、こんにちは。そっか、今はドワーフさんいないのかあ」

 

「うん。ドワーフ、今は出かけてる、ね」

 

「そっかー」

 

「うん。ドワーフ、今は出かけてる、よ」

 

 桃子の言葉を受け、ルゥは同じことを説明する。

 恐らく、桃子が似たような返しを続けるかぎり、この会話は延々とループするに違いない。いつまでも話をループさせても仕方がないため、桃子は苦笑を浮かべながら話題を変える。

 ここに来た目的。それはドワーフにとある品物を渡すことだった。直接手渡しができればそれに越したことはないのだが、ルゥならば頼めば渡しておいてくれるだろう。

 

「ルゥちゃんにお願いしたいんだけど、これをあとでドワーフさんに渡しておいてもらえるかな?」

 

「カレー?」

 

「違う違う。えっとね、チョコレート」

 

「チョコレート!」

 

 桃子が取り出したものは、横幅およそ十五センチほどの四角い箱だった。その箱にはのどかな里山のイラストに加えて、茶色と黄色で構成されたきのこが6本ほど描かれており、それが箱の中身の菓子のデザインなのだとわかるようになっている。

 妖精であるルゥは知らなくても仕方がないことだが、日本に住む探索者ならばほぼ全員がそのデザインを知っていると言っても過言ではない、全国的に有名なチョコレート菓子だ。

 

「キノコ!」

 

「あはは、きのこの形のチョコレートなの。市販品のチョコレートだから、そんなにすごいものじゃないけどね」

 

「バレンタインっていう。チョコをもらえる日なんだぞ。ルゥもあとで。妖精の国に来るんだぞ。チョコを配るからな」

 

「わあた!」

 

 桃子はルゥに、きのこの形をした市販のチョコ菓子の箱を手渡した。

 たけのこの形のチョコという選択肢もあったけれど、ドワーフに渡すものなので、この第一層を象徴するきのこタイプを選択した。

 桃子の中では、この第一層『森林迷宮』はきのこ狩りの森なのだ。なお、そのうち数割は毒きのこである。

 

 桃子とヘノはそうしてルゥと軽く挨拶を交わしたあと、妖精の国へと向けて再びダンジョンを潜っていった。

 

 

 

 

 

 そして、桃子たちが妖精の国へと到着後。

 妖精の国の調理部屋周辺には、いつにも増して多くの小妖精たちが集まっていた。

 

「みんなー! バレンタインのチョコレートだよー!」

 

 そう、この日はバレンタイン。ドワーフのいる『森林迷宮』は桃子のルート上なのでついでに立ち寄っただけで、本来の目的はこちら。妖精の国でのチョコレート配布会だ。

 桃子はさっそく背中に背負った大きなリュックから、まるで枕のようなサイズ感の袋を取り出した。

 透明なその袋の中には、色とりどりの楕円に潰れたような丸い粒――いわゆる、マーブルチョコレートが大量に入っているのが見て取れる。

 

『ちょこれいと!』

 

『チョコ? 色々……色々!!』

 

『甘いの? 甘いの? ひゃあああ!!』

 

『うわああ! うわああ!! たべます』

 

 昨年のバレンタインには個包装のチョコレートを用意した結果、一つ一つ剥がして渡す手間がものすごかったので、今回は袋を開けばそのまま食べられる業務用のマーブルチョコレートを用意した。

 桃子は袋を開き、普段はカレーを作るために使っている大鍋を器にして、カラフルなチョコレート粒をザザーと流し込む。

 バレンタインにあげるチョコレートとしてはかなり雑な扱いだけれど、テンションが頂点に達している小妖精たちの瞳には色とりどりのチョコレートが宝の山に見えていることだろう。

 

「とりあえずは、一人二粒までね? 順番にとっていくんだよー?」

 

 桃子がマーブルチョコの入った鍋をテーブルに差し出すと、小妖精たちは好きな色のチョコをゲットするため、我先にと鍋へと飛び込んでいく。鍋の中は小妖精たちがもみくちゃになっており、まるで妖精プールだ。

 それでもよく見ればきちんと一人二粒ルールを守っているあたり、小妖精たちはとてもいい子揃いである。

 

「うぅ……ゆ、柚花さんとも一緒に食べたかったですねぇ……」

 

「柚花も残念がってたよ。何もこんな日に予定が入らなくてもいいのに、って」

 

「むぐむぐ。むぐむぐ」

 

 その様子を眺めつつ。桃子はなじみの妖精たちとともに、少し離れた場所でチョコレートを舐めていた。

 小妖精には業務用のマーブルチョコレート。そしてヘノたち妖精の姉妹にはそれとは別に、きちんと包装された市販のキャンディチョコレートをプレゼントしている。

 ヘノなどはマーブルチョコにも興味深そうな視線を向けているものの、小妖精から奪い取るような真似はしない。

 

「あ、明日には、来てくれますかねぇ?」

 

「うん、もちろん。きっとニムちゃんにだけ、こっそり美味しいチョコレートでもくれるんじゃないかなあ」

 

「むぐむぐ。むぐむぐ」

 

 桃子はチョコを舐めながら、ニムと共に柚花について話している。

 この日は残念ながら、柚花はダンジョンへと潜っていない。

 学校の卒業を目前とし、四月からは一人暮らし、大学生活、世界魔法協会との本格契約と色々とある柚花は、実はそれらの準備もあり色々と多忙な身だった。柚花が有能すぎる故の多忙さだ。

 

「むぐむぐ。むぐむぐ。むぐむぐ」

 

「あの、ヘノちゃん。とりあえず口の中のチョコを一度全部飲み込んでからにしよう? あと、チョコは一つずつ口に入れようね?」

 

「むぐっぐぐ」

 

 結局、ヘノが何を言っていたのかまでは。

 相棒たる桃子といえど、さっぱりわからなかった。

 

 

 

 そして、チョコの配布会が一段落した後は夕食だ。

 今日の夕食の献立は、なんと――

 

 

 ――カレーだ!

 

 

 この日は金曜日なので、桃子がダンジョンへとやってきたのは仕事終わりの夕方だ。

 本当ならば萌々子やヒメといった各地の娘たちにもチョコを配ってまわりたかったけれど、流石に時間が遅いのでそれはまた明日の予定となっている。

 なので桃子は、小妖精たちが鍋の中のマーブルチョコを食べ終えたのを確認すると、その鍋でいつものようにカレーを作り始めた。

 

「ふっふーん、バレンタインの隠し味ぃ♪」

 

 この日のカレーの隠し味は当然、チョコレートだ。

 チョコレートをカレーの隠し味にすること自体は珍しくはないのだが、この日は隠し味どころではなくかなり大量のチョコレートを入れているので、普段のカレーと比べてもビターかつ甘さの強いカレーになっているはずだ。

 

 いつも通り、小妖精たちとの『信じて混ぜる』コールとともに、甘くてビターなバレンタイン特製カレーは完成したのだった。

 

 

 

 そして、女王の間の食卓にて。

 

「今日は、チョコレートカレー! だって!」

 

「なんだか! いつもと比べても、不思議な風味がするな!」

 

 今日の食卓には、妖精の姉妹たちが全員揃っていた。

 記念日――というほどではないにしろ、バレンタインというイベントの日なので、全員が参加してくれたのだ。だからこそ、柚花がこられないことが実に悔やまれる。

 

「そういえば、種が人間の嗜好品になる植物があったのヨ。畑に植えるかどうか悩むのヨ」

 

「ククク……あの苦い代物、コーヒーだねぇ。薬効成分があるとはいえ、人間が飲んでいるのはただの苦い汁だからねぇ……」

 

「うぅ……に、人間は、自分で毒を飲むことがありますからねぇ……めそめそ」

 

「苦い毒なんて。さすがの桃子も。飲まないだろうから。妖精の畑には。いらないな」

 

 妖精姉妹たちは、カレーを食べながら思い思いに雑談を繰り広げている。

 

「バレンタインか。靴下にチョコレートを入れてプレゼントする日では、ないかな?」

 

「んふふ♪ クリスマスとバレンタインが混ざってるけれど、だいたいそんな感じよ?」

 

「うーん、靴下に食べ物を入れない方がいいと思うよぉ」

 

 カレーの味わいに舌鼓をうち、カレーの感想を言い合うもの。

 カレーとはあまり関係ない、最近みつけた変な植物について話し合うもの。

 バレンタインについての知識を交換するもの。

 

 そして。

 

 女王ティタニアの周囲では、重要そうで重要でない、それでもちょっと重要な会話が繰り広げられていた。

 

「ふふふ。鏡の妖精ミカ。いえ――」

 

 黒い翅を持つ、漆黒のドレスを着用した一人の妖精がいる。彼女はゆっくりと語りながらも、カレーを食べる手を休めない。

 カチャカチャ

 ぱくぱく

 会話のテンポは最悪だ。

 

「――古の鏡。さすがの私も、このような形で貴女とカレーを共に食べる日が訪れるとは思いませんでしたよ」

 

「そう。私はあなたの鏡だった……のね。先代女王様」

 

 それは、先代女王ネーレイスこと、りりたん。

 正しく言うなら、その分身である妖精りりたんが、カレーをぱくつきながら語っていた。口元をティッシュでふきふきしながら語っていた。

 妖精りりたんの視線の先には、鏡の妖精ミカの姿がある。

 

「まさか、ミカさんがお母様が力を注いだ鏡だったなんて。世の中どう繋がっているかわかりませんね」

 

 りりたんの横では、ティタニアが二人のやりとりを見て、カレーを食べながら目を丸くして驚いている。

 もちろん、ティタニアが驚いているのはカレーのおいしさではなく、りりたんとミカの関係性だ。ミカの本体である『魔鏡』が魔法道具になった所以は、はるか昔の妖精女王にあったのだ。

 

「私は、あなたに忠誠を誓うべき……なの?」

 

「過去はそうでしたが、今のあなたは蔵王ダンジョンのミカガミ様ですから――」

 

 カチャカチャ

 ぱくぱく

 相変わらず会話のテンポは最悪である。

 

「――私のことは気にせず、思うがままに生きなさい」

 

「わかりました。そうする……わ」

 

 りりたんは話しながらカレーを食べ続けている。というより、カレーを食べながら合間合間に言葉を紡いでいると言った方が正しいかもしれない。

 一方、ミカのほうはカレーには手をつけず、まっすぐにりりたんに向き合っていた。

 このあんまりな光景に、横で聞いていた桃子がさすがに口を挟む。

 

「あのさ、りりたん。大切なお話をするときくらい、カレーは後回しにしない? ミカちゃんだけ真面目に聞いてて、なんだかおかしくない?」

 

「失礼ですね。美味しすぎるカレーを作ったももたんが悪いのですよ? 責任はあなたにあります」

 

「えへへ、そんな風に言われると照れちゃうじゃん」

 

 どうやら悪いのはりりたんではなく、美味しすぎるカレーを作ってしまった桃子だったらしい。理不尽な話だというのに、カレーを褒められた桃子はうれしそうだ。

 そんな風景を前にして。ティタニアはいつもの桃子だなと微笑み、ミカは不可解なやりとりを「これが地上のやりとり」と誤った知識を蓄積させていく。

 

 そんな風に、皆で和気藹々とカレーを食べながら。

 バレンタインの夜は、楽しく過ぎていくのだった。

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