ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
卒業を前に
「はぁ……もうすぐ柚花が卒業かあ」
「先輩ったら、自分が卒業するわけでもないのに、やけにアンニュイなため息をつきますね」
三月に入ったばかりの、とある土曜日の昼どき。
もう見慣れた『森林迷宮』の木漏れ日の中を、桃子は柚花と共に歩いていた。
二人ともつい先ほどダンジョンに入ったばかりなので、ヘノとニムはまだやってきていない。彼女らが桃子たちの気配に感づき急ぎ飛んでくるとしても、妖精の国からあと数分はかかるだろう。
だから、今しばらくの間は、桃子と柚花は二人きりだ。
「私も自分でも驚いてるんだけどね」
桃子は柚花の数歩先を武器も持たずに歩きながら、柚花の卒業について語りはじめた。
柚花は万が一桃子が魔物に襲われても即座に対処できるよう、片手を剣の鞘に添えたまま桃子の後をついていく。
「もうすぐ柚花が聖ミュゲットから旅立っちゃうんだなって思うとさ……なんだか無性に寂しくなっちゃって」
「それはもう、私の保護者目線の台詞であって、先輩の立場から飛び出る台詞じゃなくないですか?」
「だって、本当に寂しいんだもん」
「何を言ってるんですか、もう。別に先輩が卒業するわけでもないのに」
森のダンジョンと言っても様々だが、この『森林迷宮』は地形の起伏も少なく、また樹木同士の間隔も余裕があるために他の森タイプのダンジョンと比べると非常に歩きやすい。
耳を澄ませば、先に見える階層中央部に開けた平原――通称『キャンプ場』から、楽しげな探索者たちの笑い声が聞こえてくる。相変わらず、ここは観光地のような扱いのダンジョンだ。
そんな、ダンジョンにしては平和すぎる空気を感じながら、柚花は言葉を続ける。
「それにですけど――そもそも卒業後のほうが私と先輩との距離は近くなるわけですし。寂しがる理由がないじゃないですか」
柚花の言うことは事実である。
聖ミュゲット学園は都心部からすると西側に存在する学園であり、柚花の家もどちらかと言えば西側だ。東京の東に隣接する千葉県の房総ダンジョンへ移動するとなると、どうしても物理的な距離がある。
なので、柚花が学校を卒業し、千葉で一人暮らしをはじめれば、結果として桃子と過ごす時間が増えるのは間違いないのだ。
けれど、桃子はゆるりと首を振る。
森を歩いていた足をとめて、全身で柚花へとくるりと振り返る。
そして、木漏れ日の下で。まっすぐに柚花を見つめる。
「ねえ……覚えてる? 柚花と私をつないでくれたのはさ、聖ミュゲット女学園の制服なんだよ?」
「それは、そうですね」
忘れるわけもない。
柚花が桃子の存在を初めて認識したのは中学三年生の頃に見た『希望の少女とスズランの妖精』という演劇だったけれど、今のように直接会話をする関係になったのは、房総ダンジョンギルドでの出会いからだ。
「あの日、柚花がミュゲットのセーラー服でダンジョンに入ろうとしたから、私はあなたを呼び止めたの」
「その節は生意気な言動をとっちゃってすみませんでした」
「あはは、それも今となっては懐かしい思い出だよ」
房総ダンジョンの受付職員、窓口杏のもとで出会った柚花と桃子。
その日、柚花は桃子を近隣の小学生と勘違いして偉そうな口を利いてしまい、更にはセーラー服のままダンジョンに潜ろうとしていたところを、学園の卒業生である桃子に叱られたのだ。
柚花としてはなかなか苦々しい記憶だけれど、しかしそれでも。出会いの記憶であることには間違いない。
「だから私はきっとね。私たちをつないでくれた母校である『聖ミュゲット女学園』との縁がだんだん切れていくのを実感しちゃって、それが寂しいんだよ」
桃子は、ジッと柚花を見る。
その表情は、いつも通りの子供じみた姿なはずなのに。柚花にはどことなく、慈愛に満ちた大人の女性の微笑みに見えた。
「橘柚花さん。聖ミュゲット女学園は、どうでしたか?」
「……最高の学校でしたよ、もちろん」
まるで、教師のように語りかける桃子に見つめられ。柚花は、少しの思案を挟んで。
それでも最終的には、シンプルに、素直に、正直な感想を述べることにした。
「同級生たちは優しい子が多くて、友達もできました。唯一無二の大好きな先輩と会えました。少々問題のある厄介な後輩も増えちゃいましたけど……」
一年生の頃。人間不信でトゲトゲしい空気を発していたであろう外部入学生の柚花を、クラスメイトたちは差別することなく優しく包み込んでくれた。
自他ともに認める天才肌である柚花を妬むようなこともなく、ましてや性的な下心を向けられることもなく、生徒たちは素直に接してくれた。
もちろん、100パーセントの優しさや善意ばかりではなかったが、当時の柚花はそれでもこの学園に救われたのだ。
そして、桃子とりりたん。かけがえのない先輩と後輩ができた。
「私は、聖ミュゲット女学園を卒業できることを、誇りに思いますよ。笹川桃子先輩」
「うん、よかった。えへへ、嬉しい」
桃子は、久しぶりに先輩ムーブを発揮できたからか、実に満足そうに頷いている。どことなくドヤ顔だ。
一方の柚花は我に返ると、頬を赤らめて面白くなさげに唇をとがらせた。
語ったことは素直な自分の本心だったとはいえ、桃子に乗せられる形でこう真っ直ぐに正直な言葉を述べてしまったのは、柚花としては少しばかり癪だった。
なので、柚花は。目の前でドヤついている桃子をからかう方向に会話をシフトしていくことにした。
「ていうか、私の卒業式もそうですけど、先輩こそ卒業式が近いじゃないですか。もちろん行くんですよね?」
「へ? 私はもう数年前にミュゲットは卒業したんだよ? 柚花、知らなかった?」
「それは出会った日から知ってますよ。そうじゃなくて、七守小学校の卒業式です」
すぐに言葉の意味を察してくれない桃子にやきもきしながら、柚花は改めて『七守小学校』の名を出した。
柚花は三月で聖ミュゲット女学園を卒業するが、この三月には長崎の小学校で桃子が出会った六年生、名波茉莉子と夏野日葵が卒業を迎えるはずなのだ。
「ああ、そっちかあ。もちろん、その日は工房に有給休暇を申請して、茉莉子ちゃんと日葵ちゃんの晴れ姿を見に行くよっ」
「先輩、一応確認しますけど、まさか保護者席に座るつもりです?」
「それは、そうじゃないの? 保護者というか、来客というか……」
桃子はもともと、茉莉子と日葵の卒業式は覗きにいくつもりだった。
七守小学校の調査は世界魔法協会からの公式な依頼だったので、親方たちも事情は察してくれている。なにせ、桃子が言い出すより先に親方たちから「小学校の卒業式の日が決まったら言うんだぞ? あけとくからよ」などと言っていたのだから。
だが、柚花が次にかけた言葉は、桃子には思いも寄らぬものだった。
「卒業するクラスの児童が保護者席で見ててどうするんですか」
「え?」
え? としか出てこなかった。
柚花が言っている意味がわからなかった。否、柚花がとんでもない誤解――というより、なにか現実を間違っていることだけは桃子にも理解できたのだが、しかし柚花は当然のように語っている。
まるで、桃子こそがおかしいことを言っているのだとでも言うように、柚花は真っ直ぐに言葉をたたきつけてきた。
「先輩は六年一組の老芝桃子ちゃんなんですから、一緒に卒業しないと駄目に決まってるじゃないですか」
「え、ええ? 柚花、何言ってるの? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。ギルドや魔法協会がねじ込めば、卒業生を直前で一人増やすくらいどうにかなりますって」
「いや、『大丈夫?』ってそういうことじゃなくて……」
別に、直前に卒業生が増えることの是非についての「大丈夫?」ではない。桃子が心配したのは、柚花のあたまだ。
だが、柚花もさすがに桃子の言いたいことくらいは理解していたようだ。
「もちろん、先輩は二十歳の大人なので、小学校を卒業するのはおかしいことです。でも――茉莉子ちゃんと日葵ちゃんの二人は、桃子ちゃんと一緒に卒業式を迎えられたなら、きっと喜ぶと思いませんか?」
「う、それを言われるとなあ」
柚花の言葉に、桃子は反論が出てこない。
茉莉子と日葵の二人は、桃子にとっては笑顔を守るべき子供たちであり、二週間とは言え同じ時間を過ごした大切なクラスメイトでもある。
最後まで桃子のことを六年生の子供だと信じていた二人は、ギルドのスパイとして各地を転々としているはずの桃子が卒業式に出席したとしたら喜んでくれることだろう。
「そして、優しい先輩はその想いを無視できませんよね?」
「そ、それは……そうかもだけど」
「だから、大丈夫です。書類上の偽装なんかは世界魔法協会が責任もって処理しますから、先輩は心おきなく卒業証書をもらって来てください」
「えー……」
そして最後に、柚花はにっこりとした優しい笑顔で、桃子の肩を意味もなく抱き寄せる。桃子は特に抵抗もみせず、自然な柚花の行動に流されている。
桃子は茉莉子や日葵にも甘いが、なんだかんだで柚花にも甘いのだ。
「じゃあ、もう一度、小学校卒業してみようかなあ」
「それがいいです。記念写真はたっぷり撮影してくださいね、私の卒業写真と先輩の卒業写真、いっぱい交換しましょう」
「もう、柚花は甘えん坊だなあ」
抱き寄せられ、密着した柚花からは、ほのかなシャンプーの香りが漂ってくる。
ボタニカルで優しい香りが、そして柚花の温もりが。桃子の正常な判断力と常識的な考え方を、どこかに消し飛ばしてしまうのだった。
「後輩はいつも。意味もなく桃子に抱きついてるな」
「うぅ……ゆ、柚花さんの愛情表現ですねぇ……」
そして。そんな桃子と柚花の姿を。
実は先ほどからとうに到着していた妖精たちが、上空からじっくり眺めているのだった。
【いっぽうその頃 札幌ダンジョン】
摩周ダンジョンや蔵王ダンジョンに勝るとも劣らぬほどの、極寒のダンジョン。
その、並の探索者では足を踏み入れることも出来ぬであろう下層に。この日、漆黒のドレスをまとった少女が降り立っていた。
「ふふふ。ごきげんよう、キムンカムイ」
少女の名は天海梨々。先代の妖精女王ネーレイスの転生体であり、その身には――否、その魂には、冥界と繋がる鎖のような呪いが未だ、瘴気の傷という形で絡みついている。
梨々が対面するのは、この札幌ダンジョンを守護する土地神と呼ばれる存在だ。その姿は、神々しさすら覚えるほどの巨大なヒグマだった。
「そう威嚇なさらないでください。私は敵ではありません」
梨々は、キムンカムイがどれだけ警戒心を露わにし、攻撃の構えをとったとしても、微笑みを崩さない。
彼女はこの日『お願い』に来たのだから。
「信じていただけるかどうかはわかりませんが、摩周ダンジョンを支配していた霜の巨人を討伐したのは私なのですよ。これが証拠の紅珠です」
梨々は、同じく北海道は摩周ダンジョンでの戦いの際に、特殊個体『霜の巨人』を討伐した際に得た紅珠をキムンカムイに確認させる。
それでも未だ警戒を緩めそうにない土地神に向けて、彼女は一方的に言葉を続けていく。
「用件を述べましょうか。お願いします。本州に根を張る『妖精の国』と友誼を結んでください」
その瞳は、真っ直ぐなものだった。
先代女王としての無念と、娘たちへの愛。
人間の少女としての、家族を、友人を守るという決意。
それらすべてが、今の彼女を形作っていた。
「――来るべき日のために。過去の悲劇を、繰り返さぬために」
極寒のダンジョンで。いま、少女の言葉が紡がれていく。