ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「それにしても、あなたが日本を訪れたことは、実に幸運でした。ビースト」
「気づくのが遅すぎるくらいであるぞ、魔女よ。吾輩の助力を得られるのだ。幸運以外の何ものでもないであろうが」
広々とした荒野を、巨大な獣と、その背に跨がった少女が進んでいた。
太陽は地平線に近く、世界は黄昏時の橙に染まっている。二人の影は長く、荒野の先へと伸びていた。
ここは沖縄に存在する孤島、龍宮礁に存在する龍宮ダンジョンと繋がる死者の国、ニライカナイ。その第二層『黄昏の平原』である。
死者の国へと繋がる平原を歩む獣は、ジェヴォーダンの獣たるルシオン。
そしてその背に乗るのは深潭の魔女、りりたんである。
二人の前には、途方もない数の魔物の軍勢が姿を現しているが、しかし両者とも魔物など一切気にせず互いに軽口をたたき合っていた。
「ふふふ。これもきっと、私の日頃の行いが良いからでしょうね」
「クハハハ、魔女というのは実に面白いジョークを述べるのだな! 貴様の日頃の行いが良いだなどとは」
二人ともなんともないように会話を続けているが、実際にはルシオンがその背にりりたんを乗せたまま、目にも留まらぬ速度で縦横無尽に平原を駆け抜けているところである。
まともな人間ならば十秒と耐えられぬ速度だが、その背に乗るりりたんは涼しい顔だ。
ジェヴォーダンの獣の圧倒的で暴力的な魔力に触れた魔物たちは、抗うこともなく全てが弾け飛び、消失していく。
そうして彼の通り過ぎた場所には魔物のいた形跡である煤だけが残り、それも時間とともに消えていく。
「あら? クリスティーナや桃子さんに言い寄ったあげく、真実の愛を見つけて手のひら返しをしたわんちゃんが、何かおっしゃいましたか?」
「くっ、仕方ないであろう、真実の愛なのだから! ……まあ、クリスティーナと幼子には悪いことをしたとは思ってはいるが」
一方、りりたんはルシオンの背でしっかりと魔力を練り込んだ電撃の魔法を発動させた。
これは、彼女の先輩にあたる橘柚花の代名詞とも言える魔法【チェイン・ライトニング】だが、これを先代妖精女王ネーレイスが全力で発動させた場合、もはや別次元の電撃となる。
空一面を覆う連鎖する電撃。全ての魔物を電撃の檻で覆い尽くし、それらが消滅するまで電撃は魔物の抵抗を許さない。
そして、数秒後。
黄昏の平原に現れた魔物の軍勢は、ルシオンとりりたんが雑談を交わしている間にも、その大半が煤へと化していた。
「ふふふ。なんだかんだでそういう素直なところ、私は嫌いではありませんよ? ビースト」
「貴様こそ、もっと素直になり、今回のように我らに頼ることを覚えた方が好ましいぞ、魔女よ」
「考えておきますよ」
そもそも、どうしてこの二人がニライカナイに潜り、魔物の軍勢を相手取っているのか。
これは単純な話で、りりたんが単身でこの地を訪れ、ニライカナイの浄化への協力を頼んだからだ。
「しかし、貴様の言う通りであるな。この場所にはいま、尋常ではない量の瘴気が短期間で発生し始めているようだ」
「原因は分かっているのですけれどね。まったく、困ったものです」
立ち止まり、背後を振り返ったルシオンとりりたんは。
互いに小さく笑いあいながら、生き残った残党へとそれぞれの魔力を放ち、仕上げの掃除を開始するのだった。
「――さて。あなたとの雑談も楽しくはありましたが、ここから先はもう少しまじめに行きましょうか」
第二層に現れたのは、基本的にはありふれた弱い魔物ばかりである。数は多いものの、本質的には大した脅威になる魔物は存在していなかった。
だが、いま二人の目の前にある下層への階段を抜けた先。
そこからは、さすがにりりたんとルシオンの二人であろうとも、油断の許されない環境となっていく。
「この先には、貴様が討伐してきた特殊個体どもが現れる算段だったな。クハハハハ、さすがは魔女だ、楽しませてくれる」
「ええ。地上と、ニライカナイ。二回も討伐しておけば、今後何があろうとも、大きく脅威度を下げられますからね」
ルシオンも、桃子や柚花とともにこの下層へと潜ったことがあるので知っている。
ここから先には、同行者――今回でいえば天海梨々が直接討伐してきた特殊個体たちが現れ、天海梨々へと牙をむく。
今回のりりたんのもう一つの目的。それは、この地でそれらの『特殊個体』を、改めて討伐し直すことだった。
「だが魔女よ。貴様は大丈夫なのか? その、瘴気の傷というものは」
「ふふふ。あなたはやはり変わったのですね。人を寄せ付けぬ獣だったはずが、今では私の身を心配してくれるだなんて」
「茶化すな。真面目な話であるぞ」
りりたんは相変わらず微笑みの表情で心に仮面を施し、他者に真意を見せようとしない。
だがルシオンとて話はすでに聞いていた。目の前にいる天海梨々という人間の体は、あまりに強い瘴気にはもはや耐えられないはずだ。
「では正直に言いますが……短時間ならば問題ありません。この世界に現れる死に損ない程度の瘴気でしたら、自らの魔力で蓋をできますからね」
「ふむ、短時間か。ならば――最速で行こう」
そして、巨大な獣であるルシオンは一つ、大きく頷くと。目の前に広がる、青い花畑へと視線を向ける。
そこにはすでに、天海梨々の来訪を待ちかねていたかのように、いくつかの瘴気の渦が顕現し始めているのが見える。
「魔女よ。振り落とされるでないぞ」
そして、りりたんの返答を待つこともなく。
漆黒の毛並みで覆われたジェヴォーダンの獣は。弾丸のような速度で青い花畑の世界へと、飛びだした。
「空間を水中と化しているわけか。残念だが、吾輩はそれをすでに経験済みである!」
あたりの空気が重くなる。それと同時に、不思議な浮遊感がルシオンとりりたんを包み込む。これは擬似的な水中戦だ。
だが、すでに前回『あやかし』との戦いでルシオンはこれを経験済みだ。速度はどうしても落ちはするが、しかしその程度、今はなんの問題もない。
ルシオンとりりたんの先には、人間の上半身と、いくつもの魚の融合したような不気味な下半身を持つ巨人の姿があった。
それは『海の主』を自称する特殊個体。過去、りりたんが単身で討伐した、琵琶湖ダンジョンにて魔物を率いていた魚人たちの親玉だ。
「あなたの紅珠はいま、セイレーンの心臓として第二の生を謳歌していますよ。ですから、亡霊はお呼びではありません」
そこには『戦い』などというものは発生しなかった。
ルシオンという、触れれば魔物が消滅するような強大な魔力を持つ獣と、その背に乗るのは先代女王ネーレイスだ。いかに特殊個体とは言え、すでに滅ぼされた死に損ないなど、もはや敵ではない。
接敵し、りりたんが強大な魔法を叩き込む。
それだけで、海の主は己の恨みを一ミリたりとも晴らすことなく、再びこの世界から消滅していった。
「クハハハハ! ただの巨大なだけの魔物など、吾輩の敵に非ず!」
海の主を滅ぼすと、周囲の大気はもとに戻っていった。ルシオンとりりたんはそのまま、再び弾丸のような速度で大地を駆け抜けている。
次なる標的は非常にわかりやすかった。なにせ、あまりに巨大なのだ。
その巨人は『霜の巨人』という名を持つ特殊個体だ。その力を解放し、すでに周囲のかなりの範囲を極寒の瘴気の吹雪で覆い始めていた。
これは、摩周ダンジョンを何十年も苦しめてきた瘴気の吹雪である。もしここにいたのが桃子や柚花だったならば、相手に近づくこともできずに苦戦は必至だったろう。
けれど。今回は対戦相手の格が違った。
過去、謎に満ちた仮面の男『ツインペアー』に扮していたりりたんに滅ぼされた霜の巨人は――。
「ふふふ。私はあなたのことは未だ許していないのですよ、霜の巨人。あの世でコロポックルたちに詫び続けなさい」
今回もまた、りりたんによる破壊の魔弾を体内に放り込まれることで。その巨大すぎる身体をあっさりと崩壊させるのだった。
「なんだ、あれは。樹木に蜘蛛か? 訳がわからんな」
次に現れたのは、なんとも奇妙なものだった。
ルシオンは視線の先に見えたシルエットに疑問を浮かべる。それは、何やらねじれた巨大な樹木と、その周りにジワジワと増えていく、同じく巨大な蜘蛛の姿だったのだ。
「ふふふ。あれはビーストにお任せしてしまいましょうか。あれは搦め手の大好きな、見苦しいだけの呪いの樹木ですよ」
「ふん。あの程度の搦め手など、吾輩の脅威ではないな」
青い花の大地には、瘴気の糸が張り巡らされていた。これは近づいた標的を絡め取り、その尊厳すら奪い取る邪悪な糸だ。
過去には多くの化け狸や香川ダンジョンの探索者たちが、これに抗えずに命を落としている。
が。
無論、それが効力を発揮するのは相手がこの巨大蜘蛛――牛鬼より格下だった場合のみである。
ジェヴォーダンの獣の暴力的な魔力は、瘴気の糸が触れる前から全てを消し飛ばしていき、あわれ巨大な蜘蛛と呪いの樹木は、その大半がルシオンの魔力にすり潰される形で消えていく。
そして最後はやはり、りりたんによる無慈悲な炎で、その全てが焼き尽くされていった。
「ふむ? 次はなかなか厄介そうなのが現れたではないか」
そして最後に現れた特殊個体。
赤と黒の燕尾服とマントに包まれているのは、青白い肌と、真っ赤な瞳。それは、まるで人間のような姿の美丈夫であった。
けれど、その周囲に次々と現れる不死の軍勢と、そして不死者の王が発する禍々しい瘴気が、一筋縄で倒せる相手ではないと教えてくれる。
「そうですね。生と死の超越者、不死者の王。ある意味、一番この世界が似合う特殊個体かもしれませんが――」
長崎ダンジョンの深層でこの不死者の王と相対したとき、数多くの英霊が犠牲となり、りりたんは己の身がゴーレムに握りつぶされるリスクと引き替えに魔力を溜め込み、最後は煉獄の炎で王を焼き尽くすことに成功した。
けれど今は、ルシオンがいる。
次々と召喚される不死の魔物たちを、ルシオンが軽々と弾き飛ばし消滅させていくなかで。りりたんは実に余裕を持って魔力を溜め続ける。
「――ティル・ナ・ノーグの女王と、ジェヴォーダンの獣。その二人に挑むには、力不足ですよ。滅びよ魔物【フレアバースト】」
そして、青い花畑の世界が震え、巨大な爆炎が舞い上がる。
二度目の相対となった不死者の王は。長崎ダンジョンでの戦いと同様、煉獄の炎によって消し炭になるのだった。
場には、巨大なクレーターだけが残っている。
青い花々からすれば迷惑千万な戦いだったかもしれないが、しかしこの世界に増え始めていた瘴気は浄化され、世界は静けさを取り戻していた。
「これで、今回の目的は果たせました。ビーストのおかげで、想定の何倍も早く済みましたよ」
「……しかし、瘴気の集まり方が異常であるな」
青い花畑の世界は平穏を取り戻したが、ルシオンの顔色は曇っている。
というのも、彼が桃子たちとともにこの地を浄化してから、まだ三ヶ月と少ししか経っていないのだ。たったそれだけで、今回ほどの瘴気が充満しているというのは、ルシオンをしてもただ事ではない。
「ふふふ。それもきっと、もうすぐ決着が付きます」
りりたんが。まるでルシオンよりも自分に言い聞かせるかのように。静かな花畑で、夜空を見上げて小さく呟いた。
そして、りりたんは傍らにいる漆黒の獣に向き直る。
「ビースト。あなたがたにしか頼めないお願い事があります。聞いてくださいますか?」
「ふん、良いだろう。吾輩は――共に戦った、戦友の頼みを無視するような男ではないからな」
戦友。
深潭の魔女を友と認め、口元に笑みを浮かべる大きな犬の顔を、りりたんはのぞき込む。
そして、いつもとは違うどこか自然な微笑みを浮かべて。彼女はルシオンにとある『お願い事』を託すことにした。
りりたんがルシオンらに託したそれが、この先に訪れる大きな戦いの行方を左右する鍵となるのは。
もう、まもなくのことである。