ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
この日。桃子が工房へ出勤すると、工房は大規模な改装の真っ最中だった。
親方の弟子たちも大勢集合し、各自が親方を手伝うようにして、様々な機材を取り外し、あるいは動かせないものはしっかりと防護カバーをかけ、その様子はまるで引っ越し準備のようだ。
「うわ、なんかすごいことになってる?!」
「おゥ桃の字、すまねえな。今日は作業は後回しにして、いったん工房内の片づけだぜ」
「これって前から話してた、工房の改修ですか? なんか随分と急なんですね」
桃子は目を丸くして驚いてはいるものの、この作業自体は前々から伝えられてはいたものだ。
曰く、工房も設備が所々古くなってきたので、この春のどこかのタイミングで小規模ながら建物や設備の改修作業を行うことになる、という内容である。
とは言え、具体的な日程も決まっていなかったので、もっと後になるものだとばかり思っていた。
「いやな、下旬予定だった搬入機材の手配が急遽早まったらしくてよォ。遅れるよりはいいんだが、今週はろくに作業はできそうにねえな」
「ふえー、そんなこともあるんですね」
「俺も昨晩いきなり聞かされてたまげたぜ」
この工房はあくまで日本のダンジョン庁傘下の施設なので、関連組織間の連携の兼ね合いで急遽スケジュールが変動することも珍しくはない。
だが、まさかある日工房に来てみればいきなり改装作業が始まっているとは思っていなかったので、これには桃子も驚きだし、親方としても想定外だったようだ。
「じゃあ、ええと……私はどうしましょう?」
「そうさな。いったん必要なもんはロッカーか段ボールに詰め込んで、フロアの備品を一通り外に出すのを手伝ってくれ」
「天気がいい日で良かったですね」
「まったくだ」
桃子は、雲一つない青空を見上げる。
まだまだ肌寒いものの、天気予報によれば晴天続きの今の時期はまさに、機材を移動させるのにうってつけの週だった。
「桃ちゃん、お揃いですねー」
更衣室でツナギに着替えた桃子が、親方の弟子たちとともにひたすら機材や段ボールを運び出していると、そこに後ろから声がかかる。
桃子がその声に振り返ると、そこにいたのはツナギ姿の和歌だった。
「うわ、和歌さんがツナギだなんて珍しい! っていうか、和歌さん用のツナギなんてあったんですね!」
「実は支給されていたんですよー。まあ、袖を通したのも数年ぶりですけどね」
和歌は、この工房の設計士だ。
武具工房とは言え、桃子や親方のように機械で作業をするわけでも、何かしらの危険物を取り扱うわけでもない和歌は、わざわざツナギで働くことはない。
むしろ、急な来客などにも失礼のないよう、所長と和歌は小綺麗なスーツ姿で作業していることのほうが多いくらいである。
そんな和歌が、桃子とお揃いのツナギを着ていることに、桃子は少しばかりテンションが高まった。
「和歌さんとお揃い! これって、ものすごくレアじゃないですか? あとで写真とっていいですか?」
「うふふ、桃ちゃんが喜んでくれるなら、私もツナギに着替えた甲斐がありましたねー。あとで、親方さんと所長さんも交えて撮影しましょうかー」
「やったー!」
女子二人が、ツナギ姿でキャッキャとはしゃいでいる様子を、親方の弟子たちがだらしない笑顔で眺めていた。
片や、元・伝説のアイドル配信者だ。年齢としては三十代後半を迎えているはずだが、その美貌はまるで年齢を感じさせない。
彼女が深援隊リーダーの風間と婚約したと聞いたときは、独り身の弟子たちが集まってやけ酒を飲んだという。
そして片や、子供サイズのツナギに身を包んだ小学生くらいの女の子だ。
親方の孫娘というポジションに収まっている少女だが、その実体は弟子たちからすればまさかの妹弟子である。兄弟子たちは皆が皆、ちいさな妹弟子を可愛がっていた。
そんな二人が無邪気にはしゃいでいるのだから、その一角だけが空気が違って見えたとしても、それは決して錯覚ではあるまい。
周囲でひたすら力仕事に従事している親方の弟子たちは、その景色を「目の保養」とばかりに眺め、だらしない顔でにこにこし、最終的にはこぞって親方に一喝されるのだった。
和歌と桃子は、主に比較的小さな機材や段ボールの運び出しを任されていた。
桃子などは探索者として頻繁に身体を動かしているので、並の同年代より体力には恵まれており、力仕事もできないことはない。だが、それでも兄弟子たちには男としての矜持があるようで、力仕事は彼らが率先して請け負っていた。
そうして荷物が運び出されたフロアががらんと空になると、今度は幾人もの業者がフロアへと入っていく。それと入れ替えに、残念ながら桃子はフロアから追い出されてしまったので、今は和歌とともに表に出された機材の見張り役だ。
工房内からは、壁や天井でもこじ開けているのか、ひっきりなしに大きなモーター音が響きわたっていた。
「これって、配線工事とかが入る感じなんですかね?」
「まあ、そこまで大々的なものではありませんけどねー。電気系のほか、空調設備なんかも最新のものに一新されるようですよー?」
「あっ、それはうれしいです! 工房の空調、ちょっと古くて音は凄いし、微調整もできなくて不便ですもんね」
桃子も和歌も技術者の端くれなので、電気系統や配線の話もそれなりには理解できる。
ただし、現状では二人とも肝心の建物の外に出されているため、具体的にどこにどう手が加えられているのかはわからない。
なので、和歌はとりあえず、事前に書類で知らされている額面通りの説明を伝える。
「あとついでに、ネット回線も一新されるようですねー」
「ネットですか?」
「ええ。工房にもギルドと同じ特別回線が入るみたいです。私が蔵王ダンジョンに移動しても双方向で問題なく作業できるようになりますから、ありがたいですねー」
「ああ、そっか。和歌さんはネット越しのやりとりになっちゃうんですよね……」
桃子の作業は基本的にはトンテンカンと実際の武器を前にして調整することが多いため、仕事の上でネットの世話になることは少ない。
が、さすがに今の時代、膨大なデータの管理や、和歌のようにPC作業がメインとなる仕事はその大半がネット上にワークスペースを持っている。
今回は、この工房にも各地のギルド施設が取り入れているのと同等の回線を取り入れるという。これで、和歌の仕事場が蔵王ダンジョンギルドになったとしても、双方向で快適なやりとりが可能になるのだそうだ。
「そっか。蔵王ダンジョンも、四月からは正式に一般の探索者が入れるようになるんですよね」
「そうですねー。今はミカガミ様の協力を得られますし、想定外の事故などは防げるでしょうし。ただ、いまは周辺施設の建築作業のほうが大忙しみたいですねー」
蔵王ダンジョンが軌道に乗れば、正式に風間は和歌と籍を入れ、和歌の住まいはこの千葉ではなく山形となってしまう。
妖精の国を経由すれば会いに行くのは簡単だけれど、こうして工房でずっと一緒にいてくれた和歌がいなくなるのは、やっぱり寂しいなと。
桃子は、工房で大勢の兄弟子たちや業者が行き来する様子を眺めながら、しんみりと思うのだった。
それと、そろそろお腹が空いたな、カレーが食べたいな、と。切実に思うのだった。
そんなこんなで、お昼にはいつものお弁当屋のカレー弁当を平らげて。
桃子もあれこれと回収作業の手伝いをして、何を勘違いしたのか様々な業者さんから褒められたり、子供は外にいるように遠回しに追い出されたりとして、気付けば時間は午後三時。
あちこちで手伝いをしていた和歌と桃子が、少し離れた場所のブロックに腰掛けて休憩をしていると、そこに親方がやってきた。
親方もしばしの休憩らしく、冷えたペットボトルのスポーツドリンクをごくごくと半分ほど飲み干すと、ふう、と大きく息をつく。
「和歌に桃の字、今日はすまねェな、急に色々と仕事外の作業をやらせちまってよ」
「いえ、私たちも工房の職員ですからねー。たまにはこういうのもいいじゃないですか」
「そうですよ。それに、私も職人の端くれなのに、逆に何にも役にたってなくて……」
「わはは、武器職人の桃の字が建物の改修をできなくても恥じるこたあねェさ」
改修作業の力になれていないことを恥じる桃子の言葉を、横のブロックに腰掛けた親方は豪快に笑いとばしている。
武器職人は大工でも電気工でもないのだから、力になれなくとも仕方がない。親方の言葉は一見ごもっともだが、当の親方が改修作業の間もあちこちで指示を飛ばしてオールマイティな活躍を見せていたので、桃子としては腑に落ちないものを感じる。
もちろん、わざわざそんな野暮なツッコミは口にはしないけれど。
「で、だ。今週いっぱいはさすがに工房の作業は休業つーことで、和歌と桃の字は急で悪ィが休みをとってもらって構わねェか?」
「え、いいんですか?」
「あら? 桃ちゃんはともかく、私は在宅でもお仕事は進められますよー?」
「気にすんな気にすんな。最近は魔法協会とやらからの依頼が増えてきて忙しかっただろ。少しは休んでくれて構わねェよ」
「そうですねー。なら私も、遠慮せずに羽根を伸ばしてみますかねー」
「じゃ、じゃあ……そういうことなら」
突然降って湧いたような休暇に、桃子と和歌は顔を見合わせるが、休みをもらえるのは嬉しいことだ。実際に、最近は魔法協会からの依頼が増えており、なかなか作業は忙しかったのだ。
もっとも、魔法協会からの案件が増えてきたのは、桃子と和歌の所属する工房ということでクリスティーナの覚えが良かったというのも大きい理由である。なので忙しさの原因はだいたい自分たちに辿り着くのだが、そこは深く考えたりはしない。
なんにせよ、和歌が休むならば桃子も、といった感じで。きっとその間もここで作業指示を出しているであろう親方には多少申し訳なく思いつつも、桃子はありがたく休暇を貰うことにした。
脳内ではさっそく、急な連休にヘノたちとどこへ遊びに行くかを考え始めるのだった。
【その夜のこと】
「――っていうことがあって、今週いっぱいはお休みになったよ」
『やったじゃないですか。でも惜しいですね、休みが来週だったら私の卒業式にも来てもらえたんですけど』
「さすがに、保護者でもない卒業生が卒業式に行くのもなんか変じゃない?」
『私は一向に構わないんですけどね』
「とりあえず、明日から私は妖精の国に遊びに行ってくるね。ニムちゃんに言付けとかはある?」
『私も週末には会いに行きますから、言付けとかはとくにないですよ。せっかくの休暇ですし、先輩は自由に楽しんできてくださいね。ああ……ただ』
「ただ?」
『最近、どうもりりたんが色々裏で何かやってるみたいなんですよね。北海道とか沖縄のダンジョンに行き来したりとか』
「それって旅行だったんじゃないの? てっきり観光に出かけてるのかなって思ってた」
『あの子に限ってそんなわけないと思いますよ。まあ、先輩に不利益があるようなことはしてないとは思いますけど、気をつけてくださいね』
「はーい。まあ、ティタニア様にでもそれとなく聞いてみようかな」
『ええ、それが一番ですよ』