ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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お酒の妖精

「あら桃子さん。おはようございます」

 

 房総ダンジョンの受付窓口に。平日の朝には珍しい探索者の姿があった。

 身長は135cm程度で、腰まで届くゆったりとした栗色の大きな三つ編み、そして少々眠たげな童顔の組み合わせでどう見ても子供に見えるが、それでも18歳の探索者、桃子である。

 

 この日はゆったりとした緑色のマフラーを首に巻き付けて、なにやら周囲を気にしながら受付へとやってきた。

 受付担当の窓口は、珍しく思いつつも朝の挨拶で出迎える。

 

「桃子さんは今からダンジョンに? 今日もお休みなんですか?」

 

 先日、桃子が急に休みをもらった週には平日から房総ダンジョンへとやってきていた。それと同じように、今日も休みなのかなと思い窓口は桃子に聞いてみたのだが、どうやらそういうわけではなさそうだ。

 桃子は周囲を確認し、近くに第三者がいないことを確認すると、窓口へと顔を近づけて、やや小声で話しかける。

 

「あ、いえ。ええと……今日は、その、この子を送ったらすぐ戻ってくる予定なんです」

 

「この子……とは?」

 

 桃子が窓口に語りかける。「この子」を言われても周囲には人はおらず、一体何のことだろうか。

 窓口は桃子へと聞き返すが、しかしその疑問はすぐに解消した。

 桃子のマフラーの首元から、ぴょこっと手のひらサイズの少女が顔を出したのだ。

 

「ヘノだぞ。風の魔力の。妖精だ。いつも桃子が。世話になってるぞ」

 

「よっ……!! ……んっ、んー。は、はい。初めまして、桃子さんの担当をさせていただいております窓口と申します」

 

 妖精だった。

 

 緑色の淡い光を放つ、長い緑髪の少女が、桃子のマフラーから顔を出していた。

 

 窓口は一瞬驚きの声を上げそうになるが、他の人に気付かれてはまずいと思い、すぐに自分の手で口を押さえる。

 そして、一旦心を落ち着かせてから、マフラーから顔を見せる小さな少女にもきちんと挨拶をする。

 

 

「実はヘノちゃんが、窓口さんには挨拶をしておきたいって言うので。窓口さんなら信用できますし、大丈夫かなって」

 

「さすがに。毎回。隠れるのも面倒くさいしな。窓口は妖精のことも知ってるし。桃子が信用する相手だからな」

 

「そ、それは……その、恐縮です」

 

 桃子が妖精と懇意にしていることは把握しているし、ダンジョンではいつも一緒にいるということも聞いている。

 のだが、まさかダンジョンの外にまで一緒に出ているとは思いもしなかった。

 ましてや、平日の朝から桃子のマフラーからいきなり出てくるだなんて夢にも考えたことはなかった。

 

「じゃあ。ヘノはマフラーの中に。戻るぞ」

 

 そしてヘノは、本当に窓口に挨拶をしただけでマフラーに引っ込んでしまった。

 どうやらこの緑色のマフラーに入って、家からずっと一緒にここまでやってきた様子である。まさかこんな小さな少女のマフラーに妖精が入っているとは、彼女とすれ違った街の人達だって思いもしなかったことだろう。

 

「ごめんなさい、ヘノちゃんちょっと不愛想なんだけど、いい子なんですよ。今日はヘノちゃんをダンジョンに送ったら私もお仕事に行かなきゃなんで」

 

 妖精がにこりともしない無表情なため、もしかしたら怒らせてしまったのかと心配したが、どうやらそういうわけでもないらしく、窓口は少しほっとする。

 

「ああ、そういえば桃子さん、お仕事なさってるんですねえ……」

 

「え? そりゃ、まあ。私、何だと思われてました?」

 

「いえ、なんだか、中学生のころからずっと桃子さんは学生のような気がしてしまって……」

 

「じとー」

 

 意訳すれば、子供のように見える、ということである。

 窓口もつい口が滑ってしまったなと、視線が泳ぐ。

 桃子を子供扱いするわけではない、わけではないのだが、いつまでも学生の頃から顔が変わらない桃子を見ると、どうしても社会人というイメージが湧かないのも事実であった。

 というわけで、窓口は桃子から突き刺さる疑いの視線も気づかないフリをして、さっさと話を進めることにした。

 

「ほらほら桃子さん、受付済ましちゃいましょうね。さすがに顔パスというわけにはいきませんから、カード出してくださいね」

 

「もう、私これでも大人ですからね? ね? ヘノちゃん」

 

「そうだな。桃子は。カレーの達人だぞ」

 

「カレーの達人……」

 

 カレーの達人とは、称号かなにかだろうか。

 そして、大人なことと、カレーの達人であることはイコールなのだろうか。

 窓口にはわからないが、とりあえずスルーすることにした。

 

 受付スタッフには、スルー力というものが必須なのだ。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、桃かぁ」

 

「どうしましたー? 桃が食べたいんですかー? 桃ちゃんだけに」

 

 朝はダンジョンにヘノを送り届けた、その日の工房にて。

 時間はお昼。お弁当を食べ終えて、まだお昼時間が余っていたので桃子はスマホで件の配信者の動画を見ていた。

 すると、桃子の独り言が聞こえていたようで、横の席の和歌が桃子の呟きに反応して覗きこんできた。

 

「ああ、いえ。桃は昨日桃カレーを食べたばかりなんですけどね、ちょっと気になる動画がありまして」

 

「桃カレー……はまあいいとして。気になる動画とはー?」

 

「あの、この動画なんですけどね。ダンジョンの食材を紹介するっていう配信者さんみたいなんですけど」

 

 ちょうど今再生していた動画の画面を拡大し、スマホを二人の間に置いて和歌にも見えるように置いた。

 そして音量をあげると、オウカという配信者の声がスピーカーから流れてくる。

 

――私のお酒の周りに、うっすら光る少女が舞っていたんですの。

 

――その妖精の少女が、お礼にと一つの果実、桃を下さったんです。

 

 食事が出来上がるのを待ちながらオウカが語ったその話が、桃子にとってとても重要なエピソードだった。

 その動画はその後、どこかで見覚えのある鎧姿が画面に移り込んだり、お酒を飲んだ彼女のキャラクターが崩壊したりして大変興味深い動画ではあったものの、とりあえず今はそこら辺を見ても仕方がないので、桃子は動画をストップさせる。

 

「あのですね、この妖精さんのお話なんですけど、そもそもダンジョンの桃ってどこにあるのかなあって思いまして」

 

「ああ、桃ちゃんは妖精そのものじゃなくて、桃のほうが気になるんですねー?」

 

 妖精に出会ったエピソードを聞いて、妖精ではなくそのとき貰った果物に興味を持つ少女。

 和歌の中で、桃子の『妖精より食い気』という、ちょっとした食いしん坊キャラとしてのキャラクターが確立していく。

 

「あ、えと、いやっ、もちろん妖精さんも気になりますよっ。妖精さん、どんな子なのかなあって!」

 

「桃ちゃん、目が泳いでますねー。でも私、多分この妖精さんとお会いしたことありますよー?」

 

「ええ?!」

 

 何の気なしにダンジョン桃について聞いた桃子だったが、ここで件の妖精の目撃談が飛び出てくるとは思っていなかったため、普通に驚いてしまう。

 和歌が昔、それなりの腕前の探索者だったことは知っているが、しかし妖精に出会ったことがあるなどという話は初めて聞いたのだ。

 

「私がまだ現役でダンジョンに入っていた頃ですねー。自分では夢か何かだと思っていたのですが、このオウカという方のお話と、全く同じですよー」

 

 つまりは、ダンジョン内でお酒を飲んでいたら、妖精の方から寄ってきた、ということなのだろう。

 

「妖精って、そんなに遭遇頻度高いんですか? でも妖精って、もっと都市伝説みたいなものなんですよね?」

 

「都市伝説と言いましても、妖精自体は確実に存在していることは判明していますし、会ったことがあるだけなら、結構いるんじゃないですかー? 桃ちゃんのドワーフのほうが、よっぽど都市伝説ですよー?」

 

「う……ま、まあ……そうかもですけど」

 

 そうだった。

 桃子的には、妖精は都市伝説のようなものだという認識なのだが、むしろ最近は自分自身の方が都市伝説みたいになっていた。ドワーフに座敷童子に人魚姫。

 人魚姫に関しては自分の意思というよりはりりたんに押し付けられたものではあるが、噂を広める片棒を担いでいたのは事実である。

 

 それを指摘する和歌の言葉に、桃子はぐうの音もでなかった。

 

「桃ではなく、私はそのときはりんごを頂きましたねー。気のせいか、あのりんごを頂いてからはお肌が若さを保っているというか、とても保湿が良くなったんですよー」

 

 桃ではなく、りんご。

 りんごと言えば先日桃子も食べた妖精の国の林檎のイメージが強いけれど、そうでなくとも林檎のような果実は普通にダンジョン内に実っていることは多い。房総ダンジョンにも、りんごの亜種のような果樹があったはずだ。

 和歌が食べたりんごがどこで獲れたものかは分からないが、しかしダンジョン内の果実がお肌に効果があるというのは初耳だ。

 言われてみれば……というか、前々から感じていたことではあるのだが、和歌の肌は随分綺麗で、頑張ればまだ学生と言い張ってもどうにかなるのではなかろうか。

 さすがに和歌がセーラー服を着るとなるとちょっと無理があるというか、インモラルな香りが漂ってしまいそうではあるが、少なくとも女子大生くらいならいけそうだ。

 

「和歌さんてお肌綺麗ですもんねえ。化粧水とか、どんなの使ってるんですか?」

 

「結構いいものを使ってるんですよー? とは言っても、肌年齢については、桃ちゃんには敵いませんけどねー。桃ちゃん、最近は更にお肌が若返ってませんかー?」

 

「うーん、そうですかね。自分ではあんまり気にしてないんですけど……」

 

 急に肌を褒められてしまい、桃子は少々対応に困る。面と向かって褒められると、やはり照れるものだ。

 照れ隠しもかねて、頬に手をあてて自分でムニムニしてみるが、さすがに鏡も無しではよくわからない。

 

「桃ちゃんも大人の女性なら、自分のお肌くらいはもう少し把握しておいたほうが良いですよー? 帰りに、駅前のデパートのお化粧品コーナーで肌測定でもなさってみてはー?」

 

「ええ、なんか……恥ずかしいなあ」

 

 肌年齢検査というと、和歌の言う通りお店のお化粧品コーナーで無料検査をやっていた気がする。

 そこで肌の状態を調べてもらい、それにぴったしの化粧品などを紹介する、という営業方法なのだろう。

 だが、基本的に化粧水と乳液程度で済ましてしまう桃子にとっては、化粧品コーナーというのは日常的に活用することのない、アウェー感の漂う場所であった。

 

 

 

 その日の帰り。

 

 桃子は和歌の勧めもあり、勇気を出してデパートの化粧品コーナーで自分の肌年齢を見て貰うことにした。

 今から改まって化粧品を購入するような予定は特にないのだが、自分の肌のことは自分で知っておくべきという和歌の言葉は実にごもっともだったのだ。

 

 しかし。

 

「いや、いくら何でもこれは嘘だよ……」

 

 診断された肌の状態が印刷された小さな紙を改めて確認するが、しかし何度見ても書いてあることは同じ。

 おかしい。いくらなんでも、さすがにおかしい。

 

『肌年齢 10歳』

 

 紙には、そう書かれていた。

 

 店員さんに勧められた、小学生でも購入できる安価な化粧水の入った袋を手に、桃子は天を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精たちの会話】

 

 

「犯人。ようやく捕まえたぞ」

 

「うぅ……いつかやると思っていましたが……めそめそ」

 

「なんのこと? わたし、何もしてないわよ♪ お酒、飲んでただけよ♪」

 

「クルラ。お前に聞きたいことがあるから。お酒は少し我慢だぞ」

 

「へ、ヘノ……クルラが何か、したんですかぁ?」

 

「わたし、お酒を飲んでいただけよ♪ でも、聞きたいことってなにかしら♪」

 

「あのな。ダンジョンの桃について。お前に聞きたいんだぞ」

 

「桃? 桃のお酒も、いいわよね♪」

 

「うぅ……桃って、桃子さんのことですか? 桃子さん、お酒になってしまったんですか……?」

 

「桃子はお酒にはなってないぞ。桃というのはな。お酒じゃなくて。甘くて。美味しくて。カレーに入れる。果物なんだ」

 

「カレーに入れるっていうの、はじめて聞いたのよ♪」

 

「で、でも……なんでそれで、クルラが犯人に……?」

 

「クルラ。お前。探索者から。お酒を貰ったことないか? 桃子がみつけた動画で。探索者の女が。妖精から酒のお礼に果物を貰ったって。言ってるんだ」

 

「ええと、探索者さんに、お酒を貰ったときね♪ ええと、あの時かしら? それとも、あの時かしら? 色々と、思いあたるのよ♪」

 

「お前。そんなにしょっちゅう。探索者にお酒を貰ってたのか」

 

「ク、クルラ……人間に近づきすぎるのは、危険ですよぅ」

 

「大丈夫よ♪ お酒を飲んでる人はね、みんな友達なのよ♪」

 

「お前。すごいな」

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