ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「こんにちは、コロポックルさん。私は笹川桃子っていいます」
「ヘノは。ヘノだぞ」
「ルゥはルゥだ、よ!」
春のうららかな金曜日。
妖精たちとともにサクラモリでお花見会を開いた昨日に続き、この日も桃子はヘノとともに過ごしていた。
そして、この日の昼頃にやってきたのは『摩周ダンジョン』だ。
去年の一月に、このダンジョンは長く冷たい冬から解放された。
新たな守護者として氷の花から数多くの小妖精たちが誕生し、過去に滅びたコロポックルたちも、新たなふきの芽吹きとともにこのダンジョンに再び姿を現しつつあった。
そして今日。
桃子の身長を追い越した立派なふきの森の入り口で、桃子は新たにこのダンジョンに現れたコロポックルと対面していた。
目的はまず、コロポックルとの挨拶。そして次に、食材としてのふきである。
「コロポックルさん。もしよかったら、ここのふきを何本か貰っていってもいいですか?」
目の前にいるコロポックルは、白地に赤いラインの民族服を身に纏ったまだ年若い女の子だ。身体のサイズはかなり小さく、桃子が屈み込んでようやく目線が近くなるくらいである。数字にすれば50センチ程度の大きさだろうか。
桃子が出会ったことのあるコロポックル少女――パイカラは桃子より多少小さい程度だったので、目の前のコロポックルはまだ成長段階でこれからもっと大きくなっていくのか、あるいは種族としてすでに過去にいたコロポックルとはそもそも別種なのかもしれない。
そんなコロポックルの小さな少女は、桃子に話しかけられると、両手を頭上にあげてぱたぱたと動かしている。声は聞こえないが、何かを訴えるように口もぱくぱくとしている。
「こいつら。まだ。うまくは喋れないみたいだな」
「うーん、困っちゃったね。何かを伝えようとしてるみたいなんだけど……」
「なら、ルゥが、代わりにお話ししてあげる!」
「え、ルゥちゃんはこの子の言ってることわかるの? じゃあお願いしていい?」
さすがは氷の花の妖精だ。同じ瞬間にこの階層に誕生した氷の花の妖精とコロポックルは、広い意味では親戚のようなものなのかもしれない。彼女らは言葉を介さずとも互いの意志を読み取れるようだ。
後ろで桃子たちを見ていたルゥは、氷の翅をひらめかせながらコロポックルの前に移動すると、ふむふむとしきりに頷いている。
コロポックルがわたわた、ルゥはふむふむ。互いに声を出さぬまま、全身を使った実に可愛らしいコミュニケーションが桃子の目の前で繰り広げられていた。
そして、話が一段落したのだろう。コロポックルはわたわたをやめて笑顔になり、ルゥはむふーとした顔で桃子を見上げる。
「あのね! ふきだけじゃなくて、ジャガイモと、ニンジンと、タマネギも持って行けって、言ってる、よ!」
「え、そうなの?」
「なんだか。ずいぶん。たくさんあるな」
「ジャガイモ入れに。探索者たちが入れていってるんだって! そんなにもらっても困るって!」
「とうとうジャガイモだけじゃなくて他のお野菜も奉納されるようになっちゃったかー」
コロポックルのいうジャガイモとは、このふきの森の入り口に設置されている小さな社に奉納されているもののことである。
この摩周ダンジョンではとある事情により『コロポックルはジャガイモが好き』という誤った情報が出回っており、いつしかこの場所に建てられた小さな社には、多くの探索者たちがジャガイモを奉納するようになってしまったのだ。だいたい桃子のせいだ。
そしてとうとう、そこにニンジンとタマネギまで増えてしまったらしい。
「ジャガイモと。ニンジンと。タマネギか。もしかしたら。工夫次第では。カレーにも使えそうな組み合わせだな」
「うーんとね。工夫するまでもなく、それってカレーの代表的な三点セットなんだよね」
「そうか。じゃあ。今日は工夫しない雑なカレーにしよう」
「いやいや、あくまで工夫するまでもないオーソドックスな組み合わせってだけで、雑に作るわけじゃないんだよね」
「なんだか。難しいな」
はたして桃子とヘノの漫才みたいなやりとりを理解しているのかいないのか。
人間と妖精の愉快な会話を見上げていた小さなコロポックル少女は、気付けばおなかを抱えて涙を流すほどに大笑いしているのだった。
そうしてその日は、大きなふきに加えて、桃子の両手いっぱいのジャガイモ、ニンジン、タマネギを抱えて妖精の国へと帰還した。
時刻はまだ昼下がり。夕食を作りはじめるには早すぎる時間だが、両手の野菜類はひとまず調理部屋に置いてこないといけないので、桃子は野菜を抱えて調理部屋へとやってきた。
すると――。
「も、桃子さん……今日は、こ、こんな早い時間から、カレーなんですかぁ……?」
「ククク……桃子くんは、相変わらずどんな時間であろうとカレーを作る人間だねぇ」
こんな時間から大量の野菜を調理部屋に運び込む桃子が珍しいのか、何かを勘違いした様子の妖精たちが、次々と桃子に声をかけてくる。
「待って待って。私、まだカレーを作るとは言ってないからね? 調理部屋に、ジャガイモとニンジンとタマネギを置きに来ただけだからね?」
「んふふ♪ ジャガイモに、ニンジンに、タマネギ。桃子ったら、カレーを作る気まんまんね♪」
「えー……」
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。カレーのオーソドックスな三点セットを触っているのだから、なるほど確かにカレーを作るようにしか見えないだろうと、桃子は軽く頭を抱えたい気分になってきた。
もちろん桃子はまだ「カレーを作る」などとは一言も言っていないのだが、周囲にはもうそういう風に認識されているようだ。
「なにヨ。こんな早い時間にカレーを作るなら、言ってくれれば手伝うのヨ」
「アタシ、辛いのが食べたいな! アタシのぶんだけ唐辛子たっぷり頼むぞ!」
「まって待って、ほんと待って。外堀をどんどん埋めていかないで!」
桃子がカレーセットを抱えているという状況証拠によって、本人の必死の訴えも空しく「今日の桃子はお昼からカレーを作りはじめるらしい」という噂が妖精の国に広まりつつあった。
こうしている間にも、何も言っていないのにどんどん調理部屋に妖精の仲間たちが集まってくる。
「さては、いまからカレーを作るつもり、なのだね?」
「桃子さんがなんだか諦めたような顔をしてるんだよぉ」
周囲の期待の眼差しが、桃子に圧力となって押し寄せてくる。
ごく一部の妖精だけはなんとなく察してくれてはいるものの、しかしここまで外堀を埋められてしまうと、桃子もここで「ノー」とは言えない。
なにせ、今もなお調理部屋には小妖精たちが集まってきているのだから。
『カレー! カレー、つくうの!』
『しんじてまぜる! しんじてまぜる!』
「なんだかわからないけど。桃子。カレーを作るしか。なさそうだぞ」
「材料沢山あるから、ちょうどよかった、ね!」
「あはは、そうだねえ……」
桃子は、あきれ半分、苦笑半分といった雰囲気で。
場の空気に流されるままに、さっそく野菜類の下拵えからカレー調理を開始することが決定した。
――その日。
桃子がオーソドックスな野菜カレーを作っている頃。
日本全国に存在するダンジョンでは、ごく僅かに。けれど、確実に。
異変の前兆を感じ取るものたちがいた。
房総ダンジョン。
「準備運動もよし。靴もおっけー。よっし、ひとっ走り行きますか」
ギルド前のピザ屋の配達である沙羅美は、この日も第一層『森林迷宮』の入り口で、宅配用ピザの入ったリュックを背負って準備運動をこなしていた。
彼女は二つのスキルを持っている。効率的に、自然の中を駆け抜けることができる【トレイルラン】。届けものを必要としている相手の居場所と、そこへ至る道筋がわかるスキル【デリバリー】。
特に後者の【デリバリー】は、ルート上のゴブリンの存在などを回避するための危機回避能力も備わっている。
そして今日も、出発前にスキルを発動させ、安全なデリバリールートを確認してみたのだが――。
「……は? おい、なに……これ」
沙羅美は、自身の脳裏に浮かぶデリバリールートを再確認し、足をとめる。
彼女の脳裏に浮かぶのは、キャンプ場への最適ルート。そして、回避すべき危険なルート。危険なルート。危険なルート。危険なルート。危険なルート。
「嘘……でしょ?」
彼女が血の気の引いた顔で、一歩、二歩と後ずさっている間にも、危険なルートが増殖していく。
いま、房総ダンジョンで。彼女のスキルだけが。
この『森林迷宮』の森の中、地中、そして空に潜む危険な『何か』の存在に反応し。
ただ、ひたすらに。止まぬ警報を鳴らしていた。
鎌倉ダンジョン。
「……皆さん、ごめんなさい。すぐ引き返したほうがいいですよお」
「ホワッ? どうしたハスカ、忘れ物か?」
「違います、違います。危険なんです、危険なんです! なんか、ダンジョンが……怖いことになってるんです!」
「ハスカ?」
鎌倉ダンジョン第二層『五重の塔』で。探索中だった探索者パーティメンバーであるハスカが、突如として足をとめて、仲間に警告を発しはじめた。
いつもはゆるゆるで、のほほんで、魔物に襲われたとしてもマイペースを崩さない彼女が、今はどこか焦点の合わぬ目で、冷や汗をかいている。
「お願いします、私の感覚が、絶対に避難しろって言ってるんですよお!」
「……わかった。皆、今日は急いで地上へ向かおう。オーケーだな?」
「うん、もちろん」
パーティメンバーは、ハスカの言葉を無条件で信じることにした。
彼女の第六感は、今までに何度も仲間たちの危機を救ってきた。だからこそリーダーである男性は、ハスカの警告を受けて、すぐさま仲間に向けて撤収の指示を出す。
この迅速な判断が彼らの命を救ったのだということに気付くのは。
もう、間もなくのことである。
摩周ダンジョン。
「おや、どうも空模様がよくありませんね」
「あら、本当」
ペンション『パイカラ』の玄関前で空を見上げていたのは、白髪交じりのペンションオーナー雪村と、彼より少しだけ年上にあたるペンションの料理長、氷上の二人だった。
昨年の年明けに起きた事件をきっかけに、数十年に及ぶ呪いから解放されたこの摩周ダンジョンは、それ以前と以降では環境が大きく変わっていた。もちろんそれは、いい意味での変化である。
毎晩のように荒れ狂っていた瘴気の吹雪はおさまり、本来ならば下層に存在する凶悪な魔物たちの姿も第一層ではみることがなくなった。
そしてなにより、真っ白に凍り付いていたこの階層に、青空と緑が戻ってきたのだ。
けれど。
「なんだか不気味ですね。この空の色は、まるで……」
料理長の氷上が言い淀む。
雪村も、彼女の言わんとすることがわかっていた。これまで、何十年も見てきた空なのだから。
「ええ。まるで、一昨年までの……瘴気に覆われていたときと、同じ空の色をしています」
この日。
摩周ダンジョンは、再び瘴気の吹雪に覆われることとなる。
けれど今はまだ。その前兆を、たった数人が感じ取っているだけだった。