ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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襲来

「ティタニア様、今日のカレーのふきは、北海道のコロポックルたちのふきなんですよ」

 

「あいつら。まだまだ小さかったけど。ふきと一緒に。大きくなってたぞ」

 

「まあ、そうなのですね」

 

 ここは妖精の国の中枢である女王の間。

 大きな花びらの玉座の前に設置されたテーブルで、桃子とヘノはティタニアとともにカレーを食べていた。

 桃子は人間サイズの椅子に腰を下ろして。ヘノとティタニアは卓上に座って。それぞれに用意されたカレー皿を手に取り、談笑しながら本日のカレーを味わっている。

 夕食にはずいぶんと早すぎる時間に作られたカレーである。初めはティタニアも何事かと不思議そうな顔をしていたものの、作ったからには食べようということで、三時のおやつならぬ、三時のカレーとなったのだ。

 

「午後のティータイムにカレーだなんて最初は驚きましたが、桃子さんのカレーはいつ食べても美味しいですね」

 

「やった。ティタニア様にそう言ってもらえると嬉しいです」

 

「今日のカレーは。がんばって。工夫しないカレーを作ってたからな」

 

「ヘノちゃん、言い方っ、言い方っ」

 

 工夫の必要がないくらいにオーソドックスなカレー。

 ダンジョン産のふきが入っている以上は本当の意味でオーソドックスとは言えないかもしれないが、しかしそれを踏まえても今日のカレーは見本のようなシンプルさだ。

 微妙に誤解を受けそうなヘノの言葉に桃子がつっこみを入れて、ティタニアはそれを見て楽しげに笑っている。

 カレーとは。オーソドックスでもオーソドックスでなくとも、どちらにしても楽しく、美味しいものなのだ。

 

 

 

「そういえば。女王」

 

「どうしましたか? ヘノ」

 

 一通り器を空にしたヘノが、ティッシュを手にした桃子に顔の周りを拭いてもらいながら、問いかける。

 

「女王が昔食べたっていう。クリスティーナのカレーは。どんなカレーだったんだ? 桃子も知らないような。面白いカレーとかは。なかったのか?」

 

「クリスのカレーですか? そうですね……」

 

 クリスのカレー。ティタニアはヘノからそれを問われて、しばし目を閉じて考える。

 質問をしたのはヘノだが、実は桃子もそれには少しだけ興味があった。いま桃子が使っている妖精の国の調理部屋は、元は子供の頃のクリスティーナがティタニアたちに料理を振る舞うために作られた場所なのだ。

 はたして、過去のティル・ナ・ノーグに住んでいた数多の妖精たちはどのような料理を食べていたのか。純粋な好奇心で、桃子もティタニアの返答に耳を傾ける。

 

「質問の趣旨からずれてしまいますが、クリスは桃子さんのようにカレーに特化していたわけではないので、カレー以外にも色々と作っていたんですよ」

 

「そうなのか。調理部屋で。カレー以外を作ることなんて。あったんだな」

 

「ふふふ、もちろんです。たとえば、私がクリスと初めて一緒に調理をしたのは――」

 

 ティタニアは語る。幼いクリスティーナとともに、調理部屋で様々な料理を作った思い出を。

 カレーにはじまり、シチューやポトフのような煮物。

 生地に様々な素材を織り込んで焼いたパイ。

 実験がいきすぎて、とてもではないが食べられなくなった失敗料理。

 ティタニアが楽しげに語っている子供の頃のクリスティーナは、なかなかにお転婆だったようだ。

 

「でも、やっぱり……桃子さんには申し訳ありませんが、私が食べた中で一番美味しいカレーは、クリスが最初に作ってくれたカレーですね」

 

「そうなのか。なんだか。ヘノも。クリスティーナのカレーを食べてみたくなってきたな」

 

「クリスはパイを焼くのも上手だったんですよ? 今度クリスが訪れたら、お願いしてみましょうか」

 

「そうしよう。あいつ。次はいつ頃来るんだろうな」

 

「クリスも色々と忙しい立場になってしまいましたからね……」

 

 ヘノとティタニアが会話している間に、ヘノの顔をティッシュで拭き終わった桃子はカレーの皿を回収する。

 調理部屋に残った調理器具の数々は、掃除ができる小妖精たちが協力して綺麗にしてくれているのだが、さすがに自分が食べた分は自分で洗う必要がある。

 お皿を片づけ、最後の洗い物を終えるまでがカレーなのだと、えらい人も言っている。

 

 桃子がヘノの小さな器を自分の皿に重ねて立ち上がったとき。

 ズン、という振動が、女王の間を――いや、妖精の国を襲った。

 

「え? なに?!」

 

 慌てて周囲を見回す桃子をよそに、すぐに真剣な顔になったのはヘノとティタニアだ。

 ヘノは神槍ツヨマージを構えて、桃子のすぐ側を守るように浮遊する。ティタニアはキッと顔をあげて、すぐに玉座へと戻り、魔力を集中し始める。

 

「どういうことだ。これは。どういうことだ……?!」

 

「そ、そんな……まさかっ」

 

 ヘノとティタニアが動揺を見せるが、桃子にはそれがなんなのかわからない。

 

「え? 何があったの?! ヘノちゃん? ティタニア様?」

 

「桃子。嘘みたいだけど。魔物だ」

 

「どうやら、妖精の花畑に強力な魔物が現れたようです」

 

「……え?」

 

 桃子はその言葉を理解するのに数秒の時間を要した。

 魔物が発生した。それはまだわかる。ダンジョンには魔物が発生するものなのだから。

 けれど、その場所があり得ないのだ。

 妖精の国。女王ティタニアにより守護された妖精たちの聖域。

 つまりは、ここだ。

 

「ヘ、ヘノちゃん!」

 

「桃子。いくぞ」

 

 桃子は頭でそれを理解するとともに、すかさず腰につけたハンマーを手に取り巨大化させ、相棒であるヘノに声をかける。

 ティタニアは、真剣な目で魔力を集中させている。こうしてティタニアがこの国に結界を張っている限り、この国は魔物に襲われることはない――はずなのだ。

 

「外の子たちをお願いします、ヘノ、桃子さん……!」

 

 桃子はちらりとティタニアと視線を合わせてから、すぐさまヘノを追いかけるようにして光の膜を抜け、妖精の花畑へと飛びだした。

 

 

 

 

 

『キャー! キャアー!!』

 

『まもの、まものだよー!』

 

『うわあああ! うわあああ! まものっ』

 

 桃子とヘノが表に出た時点で、広々とした妖精の花畑はパニック状態になっていた。

 慌てふためき、逃げまどう小妖精たち。そして視線を巡らせれば、妖精の花畑の上空を漆黒の影といくつかの妖精の光が飛び回り、魔法を撃ち合っている様子が見えた。

 魔物はものすごい速度で縦横無尽に飛び回っている。その姿は、翼もつ爬虫類の姿だった。

 

「なんだあれ。随分と。強いぞ!」

 

「あれは竜?! 違うっ、あれはワイバーン!」

 

 桃子はすぐに、記憶をたどる。

 あれは、ワイバーン。日本では主に新宿ダンジョンの奥の階層に出没する魔物だったはずだ。

 それは空を翔ぶ竜の姿をした魔物である。

 両腕を持たず、両腕代わりに広がる巨大な翼を羽ばたかせて空を飛ぶ、竜種の魔物である。

 

 竜種の中では最下級に属するワイバーンだが、その脅威は本物だ。そもそも、竜種の魔物というだけで、並の魔物とは比にならない危険度なのだから。

 世界でも難易度の高いダンジョンにしか出没しないはずのその竜種の魔物がいま。

 桃子の目の前で、妖精の国の空を飛び回っている。

 

「ククク……我々の集まっている場所に出現するとは。命知らずなワイバーンじゃあないか」

 

「小妖精たちを驚かせた罪は、重いわよ♪」

 

「小妖精たちは逃げるのヨ! ニム、ノン、任せるヨ!」

 

 それを迎え撃つのは、自我を持ち成長した、妖精の姉妹たちだ。

 高速で飛び回るワイバーンを追いかけ、あるいは先回りし、魔力と瘴気のぶつかり合う激しい戦いを繰り広げていた。

 小妖精を守るように、緑色の魔力が結界の壁を作り出す。炎や氷がワイバーンめがけて飛び交う。白い光がワイバーンを捕らえる結界を発動させるが、しかし黒い魔物は速く、なかなか捉えられない。

 

「み、みなさぁあん、女王様のお部屋に逃げましょうねぇ……!!」

 

「小妖精たちは、避難するんだよぉ!」

 

 守りに特化した妖精たちが、小妖精たちを守るようにして声を張り上げている。

 それに呼応するように、たったいま桃子とヘノが出てきた女王の間へと続く光の膜には、泣きわめく小妖精たちが殺到していた。

 

「どうして、こんな場所にワイバーンが……っ!」

 

「桃子。考えるのはあとだ。倒すぞ!」

 

 桃子の足には、つむじ風の魔法が渦を巻いている。周囲の花々が小さな竜巻に巻き込まれて吹き飛ぶが、今は花々への被害を考えていられる場合ではない。

 桃子とヘノは全力で、たったいまワイバーンが妖精たちと戦っている丘の上へと駆けつける。空を飛び回る魔物だが、妖精姉妹の猛攻により、地面近くまで追いやられている。

 

「ヘノ! 来たか! あいつが飛ぶのを邪魔してくれ!」

 

「任せろ。空中戦は。得意だぞ」

 

「ヘノちゃん、気をつけてね……!」

 

 阿吽の呼吸だ。

 ヘノは、炎の球でワイバーンを牽制していたフラムの言葉に端的に応えると、まっすぐに上空へと飛び上がる。そして、ワイバーンの翼に向けて上空からの渦を巻く突風をたたきつけ、その飛翔を妨害する。

 魔力、もしくは瘴気の力で空を飛ぶ魔物といえど、風を支配されてしまえば、自由に空を飛び回るのは難しくなる。

 

「ルゥちゃん、合わせて!」

 

「わあた!」

 

 戦いをみる限り、ワイバーンに単純な炎や氷の魔法をぶつけても効果が薄いようだった。

 ならば、圧倒的な物理の力で、ハンマーの力で叩きのめすまでだ。

 

 桃子はつむじ風の魔法の効果で空を駆けるようにワイバーンの前方へと跳ね上がる。そして、そこにいたルゥに声をかけて彼女の協力を仰ぐ。

 ヘノと桃子、両者の魔力因子を持つルゥは、風を纏う桃子との相性もいい。

 つむじ風の魔法を邪魔せず、むしろつむじ風の魔法を後押しするように冷たい冷気の風が吹きすさび、追い風となって桃子を高く飛翔させる。

 桃子が、己の魔力を空色の羽衣のように纏い、ワイバーンの頭上をとる。高く掲げたハンマーにはめ込まれた紅珠が、赤く、赤く輝き、破壊の魔力を増幅させていく。

 

「こんのおおぉぉぉ!!」

 

 妖精たちも、もう慣れたものだ。

 風が、炎が、氷が。白く輝く神の力が、黄金の魔法陣が、花畑に満ちる植物の力が。それぞれのやり方で、ワイバーンをその場に押しとどめる。

 

 そして。

 

 ドン、という破壊の力を秘めた爆発とともに。

 ワイバーンの身体は弾け飛び、花畑には小さなクレーターが一つ、生み出されるのだった。

 

 

 

 

 

「桃子。今日もなんだか。随分と転げたな」

 

「アイタタ、吹き飛んだ場所が斜面だったからね。障害物の少ない花畑で良かったよ……」

 

 ワイバーンを吹き飛ばした際に、桃子は力加減を誤ってしまったようで、自分も勢い余って魔力の爆発に吹き飛ばされた。

 ごろごろと花畑の丘の斜面を転がってようやく止まった先では、吹き飛ぶ桃子を追いかけたヘノが声をかけてくるが、そこには桃子を心配する色はない。

 見れば、ほかの妖精たちも吹き飛んだ桃子には無関心で、消えていったワイバーンの周囲に集まっている。桃子がむやみに頑丈なことは、妖精たちもすでに十分といっていいほどに把握しているのだ。

 

「それよりヘノちゃん、今の魔物は結局なんだったの?」

 

「わからない。今。他の連中が調べてる――けど」

 

 ヘノは未だに、ツヨマージを構えたままである。

 ワイバーンを撃退した今も、小妖精たちを避難させる声は続いている。

 妖精姉妹たちも、誰一人として油断しているものはいない。

 

「まだだ。まだ。嫌な気配が消えないんだ」

 

 今のはただの、前哨戦。

 妖精たちは、それを肌で感じ取っていた。

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