ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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妖精たちの選択

「も、桃子さぁん……お、お怪我はありませんかぁ……?」

 

 花畑の丘をゴロゴロと転げ落ちた桃子に声をかけてきたのは、すぐ近くで小妖精たちの避難を手伝っていたニムである。

 無駄に頑丈な桃子は爆発で吹き飛んで丘を転げた今も「イタタ」で済んでいるが、ニムは念のために怪我などがないかどうか確認しにきてくれたようだ。実に心優しい妖精である。

 

「ニムちゃん! うん、私は大丈夫、怪我一つないよ!」

 

「桃子は頑丈だからな。ニムのほうはどうだ。小妖精たちは。もう避難できたのか?」

 

「そ、それがですねぇ……」

 

 ニムは、困ったように周囲の花畑へ視線を向ける。

 桃子も釣られてこの場から見える範囲の花畑を見回した。

 いつもならばどっちを向いても小妖精の姿が見える花畑だが、今は小さな光ひとつ飛んでいない。桃子がみる限りでは、小妖精たちは避難できているように見えた。

 けれど、実際にはそう都合良くことが進んでいるわけではなさそうだ。

 

「まいったな。怖くて隠れてたり。動けなくなってる小妖精が。たくさんいるな」

 

「じ、自分で動ける子たちは避難したんですけど、動けなくなってしまった子たちが……」

 

「それは……危ないね」

 

 先ほどのワイバーンの襲来がなんだったのかはわからない。けれど、今もまだ予断を許さぬ状況であることは間違いないのだ。

 この後もまだ何があるかわからない以上、動けない小妖精たちをここに残していくわけにはいかない。

 

「とりあえず、私たちも声をかけあって、まだ残ってる子たちを女王の間に連れていこう」

 

「そ、それしかないですねぇ……」

 

「そうだな。女王なら何か。わかるかもしれないしな」

 

 丘の上では、ルイとクルラが真面目な顔で何やら話し合っている姿が見える。

 ほかの姉妹たちは、ニムと同様に小妖精の避難のために動き始めたもの、新たな魔物の出現に備えて周囲を警戒するもの、空高く飛び上がり広範囲に花畑を見下ろしているものなど、色々だ。

 

 いったい、何が起きているのかはわからない。

 ただ、不安で高鳴る心音から目を背けるように。

 桃子は一心不乱に、花畑で怯える小妖精たちへと声をかけて回った。

 

 

 

「小妖精のみんなーっ! ここは何があるかわからないから、女王様のところにみんなで避難しよう!」

 

「う、動けない子がいたら、こ、声をあげてくださいねぇ……!」

 

「声も出ないやつは。魔力で。合図しろ。ヘノが見つけてやるからな」

 

 桃子、ヘノ、ニムは花畑に声をかけながら女王の間へと向かっていく。

 広大な妖精の国だ。いったいどこに何人の小妖精が隠れているかもわからない。実際に、桃子たちの声に反応して姿を現す小妖精たちが後を絶たない。

 ちょうど桃子たちが進んでいた先にも、何人かの小妖精たちが姿を隠していたようだ。

 恐る恐るといったように、白く小さな光たちが姿を現す。その背に氷の翅がきらめいている。ここにはどうやら、氷の花の小妖精のグループが隠れていたようだ。

 

『こわいよお、こわいよお……』

 

『ヘノねーさま、まものがいたの! まもの!』

 

『ましゅーだんじょん帰りたいよお』

 

「お前ら。よく隠れてたな。偉いぞ。でも今はみんなで。女王の間に移動するぞ」

 

 氷の花の小妖精たちは、ヘノを姉と呼んでいる。

 ヘノも最初のうちは姉と呼ばれて迷惑がっていたものだが、今はもう慣れたのか、はたまた訂正するのを諦めたのか、氷の花の妖精たちに甘えられても拒否することはない。

 今もまた、扱いは雑ながらも、姉として小妖精たちを引率してくれている。

 

 今が緊急事態だということも忘れて、桃子はそんな風景に少しだけ、安堵する。

 このまま何事もなければいいのにと思いながら、桃子はヘノに続き、氷の花の小妖精たちが集まっていた花畑へと歩を進めた。

 

 

 それは――そんなタイミングだった。

 

 

「ヘノぉっ! 上ぇええ!」

 

 背後から聞こえた、ニムの叫び声。

 そして――。

 

 上空から一気に下降してきた黒い影――新たなワイバーンが桃子たちへと向けて大きく口を開き、漆黒に燃えさかる炎のようなエネルギーを放つ姿が見えた。

 ニムの絶叫とともに、水の膜が自分たちを庇うように広がっていく様子が見えた。

 そこから一瞬遅れて。目を大きく見開いたヘノが、振り向きざまに黒い炎へ暴風の塊を叩きつける様子が見えた。

 

 それらの全てがスローモーションに映り、直後。

 桃子は爆音とともに、大きく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「うぐ……っ!」

 

 吹き飛ばされた桃子はどうにか大きな怪我もせずに耐えきったものの、あまりに急な衝撃で頭の中が真っ白になり、いま何が起きたのかがわからなかった。

 はたして、どのくらいの時間倒れていたのだろうか。数秒にも思えるが、もしかしたら数十秒は意識が飛んでいたかもしれない。

 桃子は呻き声をあげつつも、その意識を強く保ち、手に握ったハンマーをつっかえ棒にして立ち上がる。

 そして、その光景を、その目に捉える。

 

「ヘノ! 桃子! 魔物がまた出た! 戦うぞ!」

 

「こいつ! さっきのより、強い、よ!」

 

 どこかで妖精たちが叫んでいる。

 暴風が吹きすさぶ音が響いている。何かが爆発するような衝撃が、地面を揺らした。

 けれど、桃子は、目の前の光景に呆然とし――何の音も耳に入ってこなかった。

 

「そんな……」

 

 つい、今し方まで。

 氷の花の小妖精たちがいた花畑が、彼女たちが隠れていた花々が、跡形もなく消えさっていた。そこには、黒く焼け焦げた地面だけが残っていた。

 

「姉様」と慕うヘノの姿を見つけて安心し、隠れていた花畑から出てきてくれた小妖精たちが、どこにもいなかった。

 

 摩周ダンジョンに帰りたいと泣いていた小妖精たちが、跡形もなく消え去った花々とともに、消えていた。

 

 カチン

 

「嘘……嘘……」

 

 桃子はよろよろと歩き、先ほどの衝撃で吹き飛んだ一角へと歩み寄る。

 どれほどの衝撃がこの箇所を襲ったのかはわからない。だが、すぐにでも助けてあげなくてはいけない。氷の花の小妖精たちは、炎には弱いのだ。

 桃子は再びその周辺に視線をさまよわせる。

 どこかでまだ、あの小妖精たちが助けを求めているはずだ。どこかに、あの小妖精たちが隠れているはずだ。どこかで、あの小妖精たちが泣いているはずだ。

 心のなかで、それだけを繰り返す。

 

 カチン カチン カチン

 

 耳に、金属音が響く。

 イヤーカフに、ヘノが揃いの片割れである腕輪を必死に打ち付けて、桃子の名を呼んでいる。

 

「……桃子っ。しっかりしろ。今は。今は戦うぞ!」

 

「ヘノちゃん、でも、小妖精たちがそこに……! さっきの子たちを助けなきゃ!」

 

「桃子っ。頼む。今は。戦わないと皆を守れないんだ……! あっちはニムが探してる!」

 

 ヘノもまた、涙目だった。必死だった。

 今もなお、上空では妖精の仲間が再び現れたワイバーンと戦っている。

 

「頼む。頼む。今は。戦う力が必要なんだ……!」

 

「……そう……だね……っ」

 

 桃子は、心優しい人間だ。黒い炎の爆発に巻き込まれてしまった小妖精たちのためにすぐに動くことのできる、優しい少女だ。

 けれど、桃子は何度も修羅場をくぐってきた探索者だ。いま、自分がやるべき役目がわからないほどの愚か者ではない。

 

 ニムがいま、必死で先ほどの小妖精たちを探してくれている。

 吹き飛ばされた彼女たちを探すのは、魔力が見えない桃子にはできないことだ。癒しの力を持たない桃子にはできない役目だ。

 桃子は思い出す。あの砲撃の直前に、ニムとヘノが、それぞれの魔法で攻撃の威力を弱めてくれていたはずだ。

 衝撃で吹き飛ばされたとしても、小妖精たちはそれだけでどうにかなってしまうほど、ヤワな存在ではないはずだ。

 桃子は、己にそう言い聞かせて。

 強く、拳を握り。

 歯を食いしばり。

 ヘノとともに、その場をあとにする。

 

 後ろ髪をひかれる思いで、それでもなお。桃子たちは、再び現れたワイバーンを討伐するために、花畑を駆け抜けていく。

 

 

 

「今度は三体か。まとめて倒すのは難しいぞ」

 

「と、とにかくそれでも、一体ずつ倒していかないと!」

 

 再び現れたワイバーンは一体だけではなかった。桃子たちを襲撃した個体を加えて、三体。

 三体のワイバーンが花畑の上空を飛び回り、黒い炎のような砲撃を繰り返し放ち続ける。

 

「許し難い、許し難いねぇ……ククク」

 

「よくも、よくもやってくれたのヨ!!」

 

「んふふ♪ 私たちの、大切な家族に手を出したことを……後悔させてあげるわね♪」

 

 それは、激しい戦いだった。

 妖精たちが我を忘れるほどに、怒りに満ちている。彼女たちも、花々に隠れた小妖精の存在に気づいていたのだ。

 三体のワイバーンは周囲を飛ぶ妖精へ向けて黒炎を放ち、それを妖精たちは各々で防ぎ、相殺し、被害を最小限に抑えている。しかし、現状は防戦一方となっていた。

 

「ヘノちゃん! 一番手前のから行くよ!」

 

「わかったぞ。ヘノが上から風で落とす。ルゥ。桃子は任せたぞ」

 

「わ、わあた!! わあた!!」

 

 先ほどと同じ要領で、桃子はルゥの援護を受けて高く飛び、ハンマーを振り上げる。

 しかし、ヘノの暴風で飛行を妨げられたワイバーンは、負けじと己へハンマーを振り落とそうとする桃子へと黒い炎を吹き付ける。ルゥが慌てて冷気の風で桃子を護るが、しかし黒い炎の威力は消しきれない。

 空中をまっすぐに飛ぶ桃子を黒い炎が包み込むが――。

 

「ま……け、るかああぁぁぁっ!!」

 

 桃子のハンマーが空中で【氷結】を発動させ、桃子自身を氷の膜で包み込む。黒い炎の層を勢いのままに突き抜けていく。

 そして、獣のように雄叫びをあげた桃子はそのまま、破壊の力を発動させてワイバーンの一体に振り下ろす。

 空中で一度【氷結】を使用したために込められた魔力量は少なかったが、しかし。目の前のワイバーンを粉砕するには、それは十分な破壊力だった。

 勢い余って地面にクレーターを作ることもなく、桃子は墜落するワイバーンの身体を下敷きにして、花畑へと無事に着地する。

 

「桃子。大丈夫か!」

 

「火、あちちだ、よ! 桃子! 大丈夫?!」

 

「ちょっと腕と足がヒリヒリするけど、【氷結】でどうにかなったよ! それよりも、次を倒さないと……!」

 

 一瞬とは言え、瘴気の炎に巻かれた桃子をヘノとルゥが心配し、まっすぐに飛んできた。だが、桃子はすぐに顔をあげ、二体目、三体目のワイバーンを探す。

 一体討伐したとしても、それで終わりではないのだ。未だ暴れているワイバーンを討伐しなければいけない。

 仲間たちが傷つく前に。取り返しのつかない犠牲がでる前に。

 

 

 しかし、現実は非情である。

 

 

 ルイ、クルラ、リフィの三人が植物の力を合わせて二体目の動きを封じ、その間にフラムが全力の炎でワイバーンを包み込んでいた。ワイバーンは炎の中で暴れているけれど、おそらく勝利は時間の問題だ。

 一方、少し離れた場所にいる三体目は残されたリドルが一人で相手取っていた。リドルの背後では、小妖精たちを守りながらもノンが援護をしているが、小妖精を守りながらの戦いは圧倒的に分が悪い。

 リドルとノンは、合体技でワイバーンへと岩の砲撃を繰り返していたが、しかしその岩の軌道を読まれているのか、攻撃が当たらない。

 それを見て、桃子たちは駆けた。リドルとノン、そして小妖精たちのもとへと駆け出した。

 

「リドルちゃん! ノンちゃん!」

 

「くそ。間に合うか」

 

 反射の魔法陣が破られたリドルが黒い炎の砲撃を正面から受けてしまい、そのまま地面に叩き落とされた。その光景を、桃子たちは見てしまう。

 ワイバーンが、地面に倒れたリドルと、そこに駆け寄るノンへ向けて大きく口をあけ、黒い炎を大きく溜め込んでいる。

 それが放出される瞬間、リドルたちを守るべく桃子たちが駆け付けた。けれど、次なる黒い炎の砲撃は、巨大だった。

 

「風の。結界だ……!」

 

「氷の風ぇぇ!」

 

「く、【氷結】っ!!」

 

「か、壁を作るよぉ……!」

 

 桃子とヘノ、そしてルゥは、リドルたちを守るためそれぞれの力を発動させる。後ろからは、ノンも皆を守るように石壁を製作する。

 そして――それらの守りの力が黒い炎とぶつかり、爆発が起きる。

 

「うぐっ……!!」

 

 桃子は衝撃と共に背後に吹き飛んだ。肉体的には無事だが、状況がどうなっているのかがわからない。

 桃子たちの守りは、確かに黒炎の砲撃を防ぐことはできた。だが、石壁は粉々に破壊され、風や氷の守護も、桃子がその場に作り出した氷の壁も一撃で消えさった。二度目の準備は、間に合わない。

 桃子が顔を上げると、ワイバーンは再び。ダメ押しとばかりに口を大きくあけ、そこには先ほどよりも大きな漆黒の炎が渦巻いていた。

 避けられない。桃子も。ヘノも。ルゥも。リドルも。ノンも。小妖精たちも。自分たちは黒い炎でその命を失ってしまうのだと、本能的に理解する。

 

「桃子。逃げろ。逃げろ!」

 

「だ、駄目ぇぇぇええ!!」

 

 ヘノと桃子が絶叫するが、漆黒の炎の砲撃は力を増し、膨れ上がる。

 せめて、その場にいる小妖精たちだけでも守ろうと、桃子は小妖精たちに覆い被さるように飛びついた。全力で逃げれば、もしかしたら自分だけは助かったかもしれない。けれど、桃子の感情は恐怖を覚えるよりも先に、震える小さな妖精たちを守ることを選んでしまう。

 けれど、桃子のそんな覚悟も、妖精たちの思いも、全てを踏みにじるようにして。

 漆黒の炎が、全てを焼き尽くす勢いで放射され――。

 

 

「私の娘たちに、手出しはさせません……!」

 

 

 虹色が、煌めいた。

 

 虹色に輝く魔力が、桃子たちを包み込んだ。

 ワイバーンの口から放たれた黒き炎は、虹色の光を持つ魔力の結界によって、その全てが阻まれた。

 桃子たちが何か言うより先に、その結界を作り出した存在はワイバーンへとその手を向けると、絶大な魔力の砲撃によって漆黒の飛竜を消し飛ばす。

 それは、時間にしてたった数秒にも満たない出来事だった。

 

 桃子たちを救ってくれた存在。それは妖精たちの女王、ティタニアだ。

 女王の間で浄化の結界を張り続けていたティタニアが、娘たちを守るために、花畑へと降臨したのだ。

 だが。

 

「ティタニア……様……?」

 

 桃子の視線の先には、自分が、そして妖精たちが救われたというのにも関わらず。

 悔しげに歯を食いしばり、悔しげに、哀しげに、何かを堪えるティタニアの姿があった。

 まるで、敗北が確定してしまったかのように。その表情をゆがめる妖精女王の姿があった。

 

 桃子は知らない。

 それは、ティタニアが母として、他の何を犠牲にしても、自分の娘たちを守ることを選んだ瞬間であり。

 妖精女王の庇護下のダンジョンから、その支配権が失われた瞬間だったのだ。

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