ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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学園の魔女たち

 桃子たちが突如として現れた魔物と戦い始めた頃のこと。

 

 東京都内に校舎を構える有名校、聖ミュゲット女学園の三年生の教室では、若草色のセーラー服に身を包んだ女生徒たちが教室に残って他愛のない雑談を続けていた。

 彼女らは三年生。来週になれば卒業が控えている。こうして放課後に皆で残って話す週末というのは、これが最後となる。

 教室内に残っていた少女たちの誰もが、そんな別れの寂しさを持ち寄って。僅かに残された、掛け替えのない大切な時間を過ごしていた。

 

「私、放課後に皆とマクドナルドに行ってみたいなって思っているのだけれど、どうかしら?」

 

「うわ、大胆ね。見つかったらどうするの?」

 

「最後くらい大目に見てもらえないかしら。橘さんはどう思う?」

 

「確かに校則では禁止されていますけど……まあ、悪目立ちさえしなければ問題にはならないんじゃないですかね。先生がたも、そこまで鬼じゃないですよ」

 

 そんな生徒たちの中には、この学園の三年生である橘柚花もいた。

 この学園ではかなりの有名人に位置する柚花だけれど、この場ではあくまで一人のクラスメイトだ。

 荒事とは縁のないお嬢様率の高いこの学園において『ダンジョンに潜っている高ランク探索者』である柚花は間違いなく浮いているけれど、そこはさすがに三年間もともに過ごしていた仲間たちである。今更、柚花を特別扱いするクラスメイトはいない。

 

「にしても放課後にマクドナルドだなんて、またベタですね。私は構いませんけど、なんで急に?」

 

「だって、橘さん。私たち来週にはもう卒業式してしまうのよ? でも私、今まで一度もそういう『学生っぽい』体験をしたことがないのよ」

 

「それはわかるわ。私もお嬢様という柄じゃないけれど、三年間ずっと校則を律儀に守ってきた自覚はあるもの」

 

「皆さん、なんだかんだで根っこが真面目ですもんね」

 

 制服姿のままの飲食店利用は校則で禁止されている。『淑女であれ』がこの学園の教育理念だ。

 基本的にこの学園に通う少女たちには真面目な箱入り娘が多く、律儀に校則を守り通してきた生徒が大半だ。もちろん、中にはこっそりと買い食いをしているような生徒もいるけれど、それも割合的には少数派だろう。

 そういう意味では、制服姿のままマクドナルドどころか『ダンジョン』に潜ろうとしていた柚花は、かなりぶっ飛んだ異端児だったと言える。

 

「なので卒業前に、何か一つでも『今時の女子高生らしいこと』をしてみたいなって思ったのよ」

 

「た、確かに一度くらいは……経験を積んでおくのは、悪くないかもしれないわね」

 

「でしょう? 橘さんは、マクドナルドはご存じよね? 一緒にいてくれたら心強いのだけれど、どう?」

 

「ええ、まあ。あいにく私は結構放任主義の一般家庭なんで、マックもバーキンも大好きですよ」

 

「マック……バーキン……」

 

 柚花の口から飛び出たファストフード店の愛称に、お嬢様たちは目を輝かせる。

 

「さすが橘さん、頼もしいわ! 私、CMでみた大きなセットが食べてみたいのよ!」

 

「なら私は、ハッピーセットの玩具というのを触ってみたいわ。あれって十八歳でも頂けるのかしら?」

 

「大丈夫、何歳でもいけますよ」

 

 話は学園の思い出話から、外食ファストフード店の話へと大きく脱線していった。

 柚花としても、最後くらい学園の外で羽目を外してクラスメイトと楽しんでみるのも悪くないな、と。

 卒業を前にして。この時までは、そう考えていた。

 

 だが。

 

 残念ながらこの日の柚花には。友人とファストフードを楽しむような時間は、もう残されていなかった。

 

 

 

 

 最初に異変に気がついたのは、窓際に座っていたクラスメイトだ。

 開かれた窓から春の風に紛れて、何やら大きな声で騒ぐ声が届く。

 

「あら? ねえ、なんだか外が騒がしくない?」

 

「何かあったのでしょうか?」

 

 窓の外から、普段とは違う何かしらの声が聞こえてくる。

 声の主は学園の女生徒だろう。大きな声で教師を呼ぶ声が聞こえる。そして誰か、生徒の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 いったい何事かと、柚花たちは皆で窓際に身を寄せて外の喧噪に耳を傾ける。

 

「何かのトラブルかしら?」

 

「なんだか妙に切羽詰まった感じでしたけど……」

 

 が、疑問に思い首を傾げていた時間は一分もないだろう。柚花たちは、すぐにその喧噪の理由を知ることとなる。

 外から聞こえる喧噪に紛れ、お嬢様学園に似つかわしくない、廊下を全力で走る音が鳴り響く。そして、その激しい足音はこの三年生の教室へと近づいてくる。

 柚花たちが、何事かと廊下のほうに顔を向けるのとほぼ同時に。ガラリと、力強く。まさにこの教室の扉が開かれた。

 

 そこには、全力で階段を駆け上がってきたらしく、頬を紅潮させ、息を切らした一人の生徒の姿があった。

 

「はぁ、はぁ……よかった、いてくれたっ! た、橘先輩っ!」

 

「え、私ですか?」

 

 それは、どうやら下級生だったようだ。よほど急いできたのだろう、活発そうなポニーテールが首や肩に張り付いている。

 彼女は学園の有名人である柚花の姿を認めると、その生徒は挨拶も忘れ、今にも泣きそうな顔で柚花へと向けて、声を荒らげる。

 

「あまっ、天海さんが……天海さんが、倒れてしまって……! 苦しそうに胸を押さえて、すぐ、橘先輩を呼んでください、って……! だから、私が、橘先輩を……けほっ、けほっ」

 

 報告とともに、かなり無理をしてきたらしい下級生は息を切らし、涙を浮かべながらその場で崩れ落ちる。

 慌ててその場にいたクラスメイトが、まだ新しいペットボトル飲料を差し出して下級生を介抱するが、しかし柚花の頭はそれどころではなく、いま出てきた名前を聞き返す。

 

「天海さんて、天海梨々さんですか? 彼女が倒れたんですか?! 何があったんです?!」

 

 天海梨々。それは言うまでもなく、りりたんのことだ。

 深潭の魔女。先代女王ネーレイス。そんな肩書きを持つ、人外じみた力を持つりりたんが胸を押さえて倒れるなど、ただ事ではない。

 柚花はすぐさまその少女の前にかがみ、詳細を聞き出そうとする。

 

「そ、外で……急に、倒れて……わ、分からないんです。でも、橘先輩を呼んでくださいって……」

 

 女生徒の言葉は息も絶え絶えで、支離滅裂にも聞こえる言葉だった。

 けれど、柚花はすぐにその意味を理解する。りりたんが柚花を名指しするということは、それはダンジョンに関連する何かで間違いない。緊急の、何かが起きている可能性が高い。

 柚花はその女生徒の肩に手をあてて、更に具体的な情報を聞き出そうとする。

 

 だが、その必要がなくなるのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

 廊下が騒がしい。

 先ほどの、外から聞こえた騒がしい声とはまた別種の、悲鳴とも歓声とも言えぬ、生徒たちの甲高い声が響く。だんだんそれが、近づいてくる。

 そして、その理由はすぐに判明した。

 

 廊下に面した、開かれたままの扉から、紅い光が飛び込んできた。

 

『ユカ! 助けて! お母様を……助けて!』

 

 廊下の先から飛び込んできたのは、紅い光をまとった一人の妖精だった。

 その身体は薄らと透けており、紅い翅からはキラキラとした紅い光の粒をまき散らしている。

 それが、まだ生徒たちの多く残っている学園内の廊下を、柚花に向かいまっすぐに飛翔してきたのだ。

 

「ルビィさん!? なんでっ!?」

 

 ここは学校ですよ、と。そんな驚きの言葉を柚花が口にする間もなく、ルビィは柚花の胸へと飛び込んできた。

 紅い妖精の登場に廊下がざわめき、この場にいた生徒たちの誰もが驚きに声をあげ、あるいは息を飲んでいる。当然だろう。妖精など、ダンジョン内でさえ本来は幻のような存在なのだ。それがまさか、放課後の学園内を飛び回っているなど、誰が予想しただろうか。

 当然、廊下のざわめきは大きくなり、少なくない生徒たちが妖精の後を追いかけ、この教室前の廊下までやってくる。

 が、しかし柚花にはそんなことを気にしている余裕はない。

 

「なにがあったんですか! ルビィさん!」

 

『お願いナノ、すぐに来て! クリスを、クリスを呼んで! アレが、アレが復活したノヨ……!!』

 

 泣きじゃくるルビィの説明は、端的なものだった。具体性もなにもなく、意味がわかりそうにない。

 けれど。

 ルビィは泣いている。

 ルビィは叫んでいる。

 りりたんの眷属である彼女が、人前に姿を現してまで柚花に助けを求めている。

 この事態がただ事でないことくらい、すぐに理解できる。

 

 いま、柚花の心の中のスイッチが切り替わる。

 女子高生から、一人の探索者の表情になる。

 

「ルビィさん、落ち着いてください! 私をあの子のもとに案内してください!」

 

『そうヨ! こっちナノ! 中庭ナノ……!!』

 

 ルビィはすぐに我に返り、柚花を案内するかのように廊下を飛んでいく。

 柚花もまた、ルビィを追いかけるために立ち上がり、そして周囲のクラスメイトに声をかける。

 

「皆さん、すみませんっ! 私は、行きます!」

 

 そして、返事も待たずに、荷物すら持たずに廊下を駆けだしていく。

 紅い妖精と、女子高生探索者のただならぬ勢いに、廊下にいた生徒たちが慌てて道をあける。

 

「頑張って! 橘さん!」

 

「応援してるわよ!」

 

「はいっ!」

 

 きっと事情など一切わからないであろうクラスメイトの、それでも本気で柚花を応援してくれる声を背に受けて。柚花は中庭に続く廊下を駆け出した。

 聖ミュゲット女学園の廊下には、柚花とともに中庭へと抜けていく紅い妖精の光が、美しい軌跡を作り出していた。

 

 

 

『お母様は、ずっとあの邪竜を封印してたノヨ! それが、それが……!!』

 

「わかりました! ルビィさん、落ち着いてください! ここは地上なので、あなたの魔力が拡散していってます!」

 

 ルビィの話を聞きつつも、柚花は自分のスマートフォンを取り出した。

 廊下を駆けながら、器用に短縮ダイヤルをプッシュする。いざというときに連絡がつけられるよう、準備だけは怠っていない。

 数回のコール音のあと、相手が通話にでる。

 柚花は、通話先の相手の確認もせずに、一方的に用件を叩きつけた。

 

「今すぐにクリスティーナ会長に伝えてください! りりたんが封印していたものが復活しました! それと……聖ミュゲット女学園まで、大至急迎えを寄越してください!」

 

 相手――クリスティーナの秘書であるフルドラは、即座にその意味を理解し、柚花に了解の旨を伝えて通話を終える。

 視線の先には、生徒や教師の人だかりが見えるが、柚花の到着に気がつくとその全員が道を開く。

 そこには、苦しげな汗をかき。それでも、いつもの微笑みで柚花を見つめる、りりたんの姿があった。

 

 りりたんの唇が、微かに動く。

 声に出さない『戦いの時がきましたよ』というその言葉は、柚花にだけ届いていた。

 

 それは、妖精の国がワイバーンの襲撃を乗り切って。

 愛する娘たちの命を守ることと引き替えに、女王ティタニアが玉座から引き離された。

 まさに、それと同時刻の出来事であった。

 

 

 世界魔法協会からの輸送ヘリが聖ミュゲット女学園の校庭へと着地し、二人の女生徒を運んでいったのは、これからしばらく後のこと。

 

 そして、日本中のダンジョンで、瘴気の――魔物の群れの氾濫が起き。

 数多の探索者たちが、そして日本各地に存在するギルドが、その上に位置するダンジョン庁が。

 ダンジョンに『敗北』するその時が。刻一刻と、迫っていた。

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