ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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異変のとき

 春の、天気の良い金曜日の午後。

 その異変は、日本各地のダンジョンでほぼ同時に発生した。

 

「いいか! 探索者たちは全員一丸となれ! 連携して互いの死角を補うんだ!」

 

「僕たちが道を切り開きます! 皆さんも、力を貸してください!」

 

 房総ダンジョンのキャンプファイアー広場。

 普段から観光地のような扱いをうけ、ほとんど実戦経験もない探索者たちが探索気分を楽しむために集まっていたこの場所が、今は人間たちの『砦』となっていた。

 四方から襲いかかるのは、多くのゴブリンや獣人。普段ならば探索者にとっては歯牙にもかけない弱小なそれが、ひとかたまりとなって襲ってきていた。

 

「怪我人を守れ! 君らは全員が戦い方を学んだ探索者だ! ただ遊びに来てるわけじゃないってことを見せてやれ!」

 

「わ、わかった!」

 

「そ、そうだ! 俺たちも一丸となって退路を切り開くんだ!」

 

 救いがあるとすれば、とあるスキルを所有するピザの配達員の報告により、房総ダンジョンギルドがこの異変にかなり早期に対応できていたことだ。

 ギルドからの連絡を受信した探索者たちはすぐに行動に移した。出口に近く、自力で脱出できそうなパーティは事前に脱出に成功し、出口から遠かったパーティは第一層のキャンプファイアー広場を拠点として合流に成功した。

 数は力だ。合流した彼らは、この日ダンジョンを訪れていたパーティ『草薙』の三人を中心にして、魔物の軍勢とも戦えるだけの力を見せつけた。

 普段は観光気分の探索者が大半だったとしても、彼らとて戦闘経験がないわけではない。複数パーティでしっかりと協力し合えば、ゴブリンや獣人がいかに多かろうが、負けることはないのだ。

 

 ――だが、それは。敵がゴブリンや獣人だけならば、の話である。

 

「やばい、攻撃が通らない……!!」

 

「く、くそっ! 俺たちが戦うから! せめて皆は退路を……!!」

 

 巨大な昆虫。

 森林迷宮の地面に穴を開き、至るところから姿を現したのは、二メートルはありそうなアリの群れ。第四層『大樹の根』に潜む大型昆虫魔物までもが、とうとうこの第一層に姿を現してしまったのだ。巨大昆虫たちは人間の気配を辿り、森の至る場所からキャンプファイアー広場へと集まりつつあった。

 この場にいる探索者たちが地上へと逃げるためには、最低でも、地上へ続く退路に陣取る魔物を撃退していかねばならない。

 だが、ゴブリンや獣人ならばまだしも、集まった人間たちに引き寄せられるように木々を抜けてきた巨大な昆虫魔物は――強すぎた。

 

「誰か! ギルドに救助を! 救助要請を!」

 

「出してる! けど、入り口側も魔物だらけで、ルートを確保するだけで手がいっぱいって……!」

 

 剣を持った探索者が、退路をふさぐ巨大なアリに切りかかる。が、悲しいかな、彼の斬撃は一体のアリにそれなりの傷をつけることはできたが、すぐに他のアリたちに囲まれてしまう。

 第四層の探索経験のある『草薙』の三人はアリ相手にも勇猛果敢にそれぞれの武器を振るっているが、しかし多勢に無勢だ。この場にいる全ての探索者を守り通すには、彼らはまだ力が及ばない。

 

「やだあ! こんなの、こんなの……うわあああ!!」

 

 死。

 それを、この場に集まった探索者たちの脳裏に、その言葉がよぎったとき――。

 

『ここは儂に任せて、そなたらは逃げよ!』

 

 何かが爆発したかのような衝撃とともに、彼らの周囲を囲っていたアリたちが、吹き飛んだ。

 その瞬間、探索者たちは見た。鎧を着込み、長い髭を蓄えた勇敢な戦士の姿を。

 巨大なハンマーを振り回し、退路を塞いでいた魔物たちを一撃で煤に変えていく守護者――ドワーフの姿を。

 

「い、今だ、逃げろ!! 全員一丸となって、走るんだ!!」

 

「で、でも! ドワーフが! ドワーフが戦ってるんだ!」

 

「俺らじゃ足手まといなんだよお! 逃げるんだ、頼むから、足をとめないでくれ!」

 

 探索者たちは、開かれた退路へ向けて一気に駆けだしていく。

 それを追いかける魔物たちは、巨大なハンマーによって叩きのめされていく。

 

「ドワーフさん……!!」

 

『ヤマト、タケル、ミコト。そなたらに、この者らを託す。任せたぞ』

 

「……っ! はいっ!!」

 

 魔物が集まってきたこのキャンプファイアー広場を抜けてしまえば、あとは入り口側から退路を確保している探索者チームと合流できるだろう。

『草薙』の三人は、魔物の群れに立ち向かうドワーフの姿に、感謝し、そして後ろ髪をひかれながら。過去に何度も味わってきたふがいなさに、拳を握りしめながら。

 それでも前を見て、退路を切り開き。この場に集まった探索者たちのまとめ役として、地上へと進んでいくのだった。

 

『母上、ルゥ。儂は、最後までこの地の守護者であろうと思うよ……』

 

 彼らのしんがりを守り抜いたドワーフは、一度、大きく肩で息をする。

 キャンプファイアーの向こうの森からは、いつか見た、ひときわ巨大な女王アリの影が、ゆっくりと現れる。

 そして、空からは。巨大なモーター音のような羽音を響かせる蜂の軍勢と、それらを率いる空の女王が。いま、この森の上空へ集まりつつある。

 

 ドワーフは、冷や汗が流れるのを感じながら。

 探索者たちを無事に逃がすため、守護者として。いま、魔物たちを妨害する最後の壁となる。

 

 

 

 

 

 

 

 琵琶湖ダンジョンでは、多くの探索者たちが慌てふためき、パニックに陥っていた。

 特に、第三層『滝の迷宮』では、目に見える大きな異変が探索者たちを飲み込もうとしていた。

 

「どういうことだ! 魚人が、至る所から……!」

 

「下層はどうなってるんだよお! 深潭宮はよお!」

 

 第三層を訪れていたパーティが、異常事態に混乱の叫びを上げる。彼らの前には、本来第四層より下に出没する魔物である『魚人』が姿を現していた。

 とはいえ、魚人そのものは大して強い魔物ではない。少なくとも、陸地においては、人間たちの敵ではない。

 そう。『陸地においては』だ。

 

「皆さん、すぐに逃げてください! この階層はもう危険です! これ以上水位があがったら魚人の領域になります!」

 

「イリアの言う通りだ! 水がせり上がってくるのが早い! まっすぐに、上の階層まで逃げるんだ!」

 

 今は、いち早く状況を察知した一部の探索者たちが、第三層に残っていたパーティを助けて回っている。彼らは普段から深潭宮にて魚人を相手取っている探索者であり、現状がどれほど危険なのかを理解している。

 すでに第三層は探索者たちのくるぶしほどまでが全て水に浸かっている。そして、その水位は時間とともに上昇しつつあった。

 もしこのまま水位が上がっていけば、ここは魚人のフィールドとなるだろう。そして、水中で戦うすべを持たない探索者たちでは生きて脱出の叶わぬ迷宮となるのは間違いない。

 

「なあ、おい! 今はどうなってんだ?!」

 

「ギルドの情報も錯綜しています! ただ、現状がとてつもなく危険なことだけは間違いありません! ですから、早く!」

 

「あんたらはどうするんだ!」

 

「俺たちは水中戦も心得ている。だから、背中は任せろ」

 

「……すまん、恩に着る」

 

 そして、滝の轟音と探索者たちの怒号が鳴り響くなか。第三層に訪れていたパーティの大半がどうにか第二層へと駆け上がった頃に。

 まるで、ダンジョンの階層が崩壊するような。そのような局地的な地震が、この琵琶湖ダンジョンを襲う。

 

「この揺れは……まさか!?」

 

「ああ……姫様……姫様が、私たちのために戦って下さっているんですね」

 

 それは、スタンピードを遅らせるため。

 探索者たちを逃がすため。

 そして、顕現した特殊個体『海の主』を深潭宮という戦場に閉じこめ、その拳で討伐するために。

 

 

『……母様。私も、戦う』

 

 

 人魚姫が。水に沈んだ階層へと続く階段を、その力で崩壊させたことを示していた。

 

 

 

 

 

 

「うぉおお! 炎が燃えるぜ! いいかお前ら、戦えない人たちを絶対に守りきれ!」

 

「ええ、地の利はこちらにあります! ここならば、我々のほうが有利に戦えます」

 

「ええ、頑張りましょう! せめて、全員が地上へ退避するまでは、耐えるわよ!」

 

「がんばろう!」

 

 うどん四天王をはじめとした、香川ダンジョンを愛する探索者たちがいま、それぞれの武器を手に取り、うどんマーケットを守るための配置についていた。

 

 香川ダンジョンは、異変を迎えたダンジョンのなかでは運がよい方だったと言えるだろう。

 このダンジョンは、地上から入ってすぐに『うどんマーケット』という形でほとんどの探索者が集まる区画がある。

 そのため、突如として魔物の群れが襲いかかってきたとしても、人間たちは余裕を持ってそれを迎え撃つことが出来た。

 現に今も、異変を知らせるアラームが入るとともに戦えぬ者は避難をはじめ、戦えるものたちは石造りの街の要所に陣取り、迫り来る魔物の攻撃に備えることができていた。

 

「しかし、予断は許されません。運の良いことに、我々はこの石造りのうどんマーケット地区にて防衛線を張ることが出来ました。しかし、このダンジョンに住まうのは、我々だけではありません。彼らがいま、どのような状況に陥っているのかと思うと……」

 

「うるせえぞユキヒラ! 俺らは、あいつらの無事を信じて、ここで戦うしかねえんだ!」

 

「うむ……」

 

 第一層『石造りの街』には、多くの強い探索者が揃っていた。仮に、ダンジョンから魔獣や造魔の群れが襲ってきたとして、全員が退避する時間を稼ぐことくらいは可能だろう。

 だが、彼らの脳裏には、このダンジョンに住まう隣人の姿が過る。

 

「えあろ、俺たちの弟子なら大丈夫だ! 化け狸たちは、強い!」

 

「ええ。そうね、マグマ。そうよね……」

 

 今回の異変は、突然だった。突然すぎた。

 その中で、この香川ダンジョンに棲まう魔法生物たち――化け狸が、はたして無事でいてくれているかどうか。

 それだけが、化け狸たちと強い縁を持つ彼らの心に暗い影を落としていた。

 

 

 

 

 そして、香川ダンジョン第三層からつながる、化け狸の里。

 この里はすでに、突如として現れた魔物たちの手に落ちていた。

 

「里のものたち! 今は撤退せよ! まずはハクロウどのと協力し『ヒトザト』を守り抜け!」

 

 長が結界を張り、戦えぬ狸たちを守りつつ光の膜へと誘導する。この光の膜の先は、吉野ダンジョン第三層『ヒトザト』へと続いている。

 もちろん吉野ダンジョンも現在は異変が起きている。大量に現れたニンゲンと異形の巨人たちが、オオカミたちと死闘を繰り広げているまっただ中だ。

 ならばこそ、化け狸はこの香川ダンジョンから撤退し、吉野ダンジョンを守り通すことに決めた。

 

「悔しい、悔しいっす! 絶対に、倒したはずなのに! 呪いの木は、ポンが燃やしつくしたはずなのに……っ!! 牛鬼は、消えたはずなのに……っ!!」

 

「ポンコ。今は耐えるときじゃ。絶対に……逆転の時は訪れる。それまでは、耐えるんじゃ」

 

「爺ちゃん……みんな……」

 

 光の膜を潜れば、そこは新たな戦場だ。

 今から化け狸たちは、魔物――漆黒の蜘蛛の群れに故郷を明け渡し、拠点を吉野ダンジョンへと移すことになる。

 ポンコは、光の膜を潜る直前、頬を濡らした顔で振り返る。

 愛する化け狸の里の姿を、しっかりとその記憶に焼き付けて。

 彼女はいま、仲間とともに、オオカミたちの待つ戦場『ヒトザト』へと転移するのだった。

 

 

 

 

 

 

 遠野ダンジョン第四層『マヨイガ』。

 ここではいま、この地を拠点としてこの巨大和風建築迷宮を攻略していた探索者たちが、最大の危機を迎えていた。

 

『みんな、手を離さないでね!』

 

「ああ、絶対に離さない!」

 

「く……! 凄い、力だ……」

 

 突如としてダンジョンの瘴気が湧き上がり、魔物が大量に発生するこの異変のさなかで。第四層という深さは、瘴気の影響が非常に大きかった。大きすぎた。

 彼らがダンジョンの異常に気づいたときにはすでに、地上へと脱出する猶予など、与えられなかったのだ。

 

「今頃、上の階層はどうなってるんだ」

 

「わからん。が、必ず、俺ら全員で生き残ろう……!」

 

 彼らはいま、たった一つの座敷に集まり、全員が手を握りあって力を繋いでいる。

 座敷の外は瘴気が溢れ、漆黒の風が迷宮中を吹き荒れている。魑魅魍魎が跋扈し、探索者の命を刈り取ろうと蠢いている。

 いま全員が集まっているこの小さな座敷のみが、この『マヨイガ』における唯一の安全地帯である。

 そして、その安全な場所を生み出しているのは――。

 

「すまない……すまない……本当は俺たちが、キミを守りたかったのに……」

 

『ううん、いいの、泣かないで? 萌々子は、みんなを守るために生まれた、座敷童子だから』

 

 全員で手を繋ぎ力を注いでいるのは、彼らがその魔力を託しているのは。

 真っ赤な着物を身につけた、小さな子供――座敷童子の萌々子である。

 萌々子が中心となって全員の魔力を受け取り、この小さな座敷に結界を張っている。吹きすさぶ瘴気の中から、探索者たちを守り通している。

 それが、どれだけこの座敷童子の身体に負担がかけているのか。それは、周りの探索者たちにも想像のつくことである。

 現に今も、萌々子の体からは小さな光が弾けていた。

 

『萌々子はね、この日のために生まれてきた存在なの。だから、戦うよ、最後まで』

 

 それはまるで、小さな童女がその命を燃やしているように。探索者たちの瞳には、そう映った。

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