ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
鳥取は砂丘ダンジョン第三層『地下遺跡』。
もはや『ピラミッド』という通称のほうが通りが良いであろう、この巨大な地下迷宮の最奥にて。
まさにいま。巨大な獅子の体躯と美しい女性の上半身を持つ守護獣――スフィンクスが、ダンジョンから溢れ出る瘴気を封じ込めるため。その強大なる力を行使し続けていた。
『くっ……我としたことが、魔物どもに主導権を奪われたか』
「ス、スフィンクス!?」
「な、なにが起きてるんだ……?!」
『……大規模なスタンピードが起きておる。地下遺跡に潜っていた貴様らを、我が迷宮の管理者として保護してやっただけのことよ』
「っ……! そうか……」
この部屋にはいま、部屋の主であるスフィンクスのほかに、複数の探索者パーティが存在していた。彼らはたまたまこの日、この第三層へと潜っていた探索者たちだ。
つい先ほどまでは、彼らは協力し、あるいは独自に、それぞれがこの第三層の広大な遺跡を探索しているところだった。
そんな中で、遺跡中に黒い霧が発生し、そこにいるはずのない大量の魔物が出現し始める。それが、このピラミッドの異変の始まりだった。
倒しても倒しても湧き出てくる魔物の群れに囲まれ、彼らが絶体絶命を覚悟したそのとき――金色に光る魔法陣が彼らの足下に出現した。
そして気づけば、転移の魔法陣によって彼らはここ、この地下迷宮において現状唯一の安全圏である『スフィンクスの間』へと転送されていたのだ。
いまここに転移してきたパーティは、スフィンクスの間に足を踏み込むのも初めてならば、この守護獣スフィンクスをその目で見るのも初めての者たちだ。
けれど、探索者たちにはそれについて、悠長に驚いている余裕すら与えられなかった。
『人間たちよ、話は後である。今は何があろうとこの部屋からは出てはならん! 良いな!』
「あ、ああ。スフィンクス、俺たちを守ってくれたのか。恩に着る」
「駄目だ、端末でメッセージを送っても、地上も混乱状態みたいだ……」
いま、この部屋の扉は――そして、この部屋に存在する第四層と繋がる階段は、スフィンクスが張った結界によって封じられている。その結界の向こうに覗くのは、ドロリとした漆黒の瘴気と、その中で生まれ続ける魔物たち。
そんな魔の手から、第三層に潜っていた探索者だけでも救出し、保護すること。それだけが、今のスフィンクスにできることだった。
『砂園よ。貴様は……やるべきことを、見誤るでないぞ!』
スフィンクスは、ただ。
今は地上にいるであろう、過去に己が唯一認めた探索者に向けて、願いに近い言葉を吐くのだった。
そして一方、同ダンジョン第一層『巨大砂丘』。
ここでもまた、スタンピードの発生を察知した探索者たちが、脱出に向けて動いていた。
「全員がカートに乗り込んだらまっすぐに地上へ向かうぞ! 中継テントは廃棄する!」
「急げ! サンドワームの大群がとうとう第一層まできたらしい!」
この砂丘ダンジョンには、『カート』という魔石技術を利用した乗り物が存在する。そのお陰で、この果てしなく砂地の続く第一層や第二層でもカートを所有する探索者たちの機動力は高く、彼らはすでに地上へと避難を終えていた。
今は、第一層に設置されている大型中継テントまで避難してきた徒歩の探索者たちが、迎えにきたカート隊の指揮に従い、地上へ向けて出発しようというところだった。
だが、その壁となるのが巨大な芋虫、サンドワームだ。本来ならば第二層に出没するこの巨大な魔物がいま、第一層を脱出せんとするカート部隊の障害となり、立ちふさがっている。
「こっちだ! こんな数のサンドワームと戦っている暇はない、全速で迂回しろ!」
「待ってください! サンドワームの様子が――」
絶望、とはこういうことを言うのだろう。
「あ……あ……」
カートで砂丘を駆けていた探索者たちは、皆。目の前で起こった現実に、言葉を失った。
彼らの障害となっていたサンドワームたちが、突如として動きをとめた。そして、彼らの目の前で。サンドワームたちが――物言わぬ『石像』と化したのだ。
石化。
その情報だけで、この場に何が訪れてしまったのか、全員が本能で理解する。
「……ぜっ、全員、急げ! 頼む、急いでくれ!!」
誰かが叫ぶ。
それと同時に。堰を切ったように、全員が全神経を総動員し、カートを走らせる。
「無事だった奴がギルドに報告するんだ! 第一層に――」
彼らの視界の先。
そこには、サンドワームよりはるかに巨大な、漆黒の蛇がいた。それは、血のように赤く輝く双眸で、ねめつけるように目の前を走るカートに視線を向ける。
それだけで、指揮をしていた探索者の駆るカートは言葉を続けることなく、動かなくなる。
同じカートに乗り込んでいた探索者たちは、皆。すでに全員が物言わぬ石と化していた。
「う、うああぁぁぁぁ!!」
この巨大砂丘はいま、邪悪なる魔物――バジリスクによる『狩り場』と化した。
長崎ダンジョン第一層『入り江の教会』。
ここでもやはり、魔物の氾濫という異常事態が起きていた。
第一層の奥地、あるいは第二層を探索していた者たちは、本来は英霊の守護が強まる昼の時間帯には出没するはずのないアンデッドたちに追い立てられる形で、第一層の中心点とも言える教会へと避難していた。
「アンデッドの群れが地下から這い上がってきたって……!」
「まだ昼だぞ! どうして……どうして……っ!」
「お前ら、いいから教会に逃げ込め! ここなら英霊の護りが巡らされているはずだから!」
「わ、わかった……!」
ここ第一層は、地上とどうにか端末が繋がっている。
情報を得るために繋いだ回線はしかし、誰もが混乱し、現状の指針になるようなものは皆無と言ってよい状況だった。わかったことは、長崎ダンジョンが――いや、日本中のダンジョンが、ただならぬ事態に陥っているということだけである。
長崎ダンジョンの探索者であるヒナタもまた、アンデッドに追い立てられて教会へと逃げ込んだ一人である。
険しい地形のなかで仲間とはぐれ、何体ものゴーストを撃退し、ゾンビの四肢を切り裂き、異形の魔獣と命を削りあうような戦いを繰り広げた。身体中に痛々しい痣や裂傷が広がり、彼は心身ともに極限の状態だった。
満身創痍なのはヒナタだけではなく、ここに逃げ込んだ他の探索者たちも似たような状態だ。皆が血にまみれ、これ以上前線で戦えそうな人間はいない。
「いいかヒナタ、何があっても外に出るなよ!」
「ま……待てよ、コカゲ。お前はどこに行くつもりだ」
いま、教会には幾つかのパーティが逃げ込んでいる。
教会の外は、本来ならば下層にいるべき不死の魔物たちが我が物顔で蠢いている状態だ。とてもではないが、単身で活動すべきではない。
だが、ヒナタの幼なじみである長身の男性――コカゲは、目を細めて笑う。
「まだ戦っているパーティの援護に回り、この教会まで誘導する。安心しろ、俺は……大丈夫だから」
「そんな?! でも、この状況で……」
「信じてくれ。幼なじみの俺が――いや『ハーメルンの笛吹き』が、キミたちを守るから。英霊たちが、戦うから。だから……お前は無事でいてくれ」
「コカゲ……」
最後に、ヒナタの幼なじみのコカゲはにこりと笑顔を見せてから、教会の扉を閉じる。
教会の扉に、外から光の結界を重ねられたのがわかる。
ヒナタは、たったいま出て行った人物が、自分の本当の幼なじみなどではないということを知っている。
彼が、英霊たちの力を分け与えられし怪異『ハーメルンの笛吹き』そのものだということを知っている。
そして、特別な力を持たない探索者であるヒナタでは、今は彼の力になれないことを知っている。
この場にはもう、戦えるものはいない。互いに応急処置を施し、どうにか命を繋ぎ合っているだけの探索者だけが残されている状態だ。小さな教会の中には、ここに集まった者たちの流した血の匂いが充満している。
だから、ヒナタは。
ここに逃げ込めた幸運な者たちとともに、身を寄せ合い、怯えながら、震えながら。
ただ静かに、マリア像へと手を合わせ、友の無事を祈り続けていた。
どこか遠くで、笛の音が鳴った。
北海道、摩周湖に隣接する形で口を開く摩周ダンジョン。
この第一層はいま、瘴気を孕む吹雪に襲われていた。極寒の風雪が吹きつけ、その中には様々な魔獣や空翔ぶ怪魚たちが蠢いている。
摩周ダンジョンの探索者たちは、この景色を知っている。
長い冬の再来だ。昨年のあの日、【天恵】によって集められた探索者たちが『霜の巨人』を討伐するまで、彼らがずっとずっと見てきた呪われた摩周ダンジョンの姿だ。
一度は消え去ったはずの長い冬が、再びこの地を凍らせようと舞い戻ってきたのだと。この地に住む者たちは、悲壮な思いで理解する。
「皆さん、とにかくここの建物の中に! ここなら備蓄もあります! 吹雪を凌ぐことは出来ますから!」
「すっ、すまないっ! 恩に着ます!」
「そのためのペンション『パイカラ』です。ここは、皆さんを守るための前線基地でもあるんです」
階層中央の湖を眺めるような位置にたてられたペンション『パイカラ』はいま、探索者たちが逃げ込む避難施設となっていた。
ペンションのマスターである雪村は、逃げ込んできた探索者たちを室内へと誘導しつつ、表の風景を無言で見つめている。
そんな雪村の横に立つのは、普段からこの地で原生生物の狩猟を行っているマタギの老人だ。
「雪村よお。俺たちはまた、見殺しにするのか? 俺たちは、また……あいつらを……」
窓の外には、湖畔に広がるふきの森が見える。
彼らの脳裏に、過去の悲劇の風景が流れていく。あの日、若かりし彼らは、良き隣人だったはずのコロポックルを救えなかったのだ。このダンジョンのために最後まで抵抗していた彼らを、見殺しにしてしまったのだ。
その後悔は、この摩周ダンジョンの過去を知る探索者たちの胸に今も、棘として残り続けている。
「私は諦めるつもりはありません。けれど、年老いた私たちには……もう、戦う力がない。今はせめて、更なる被害者を出さぬように動くことにします」
「……そうだな。今はとにかく全員を避難させて、状況が変わるのを待つしかねえか……」
雪村の悔しげなつぶやきに、マタギの老人はぼそりと返す。
そして、二人はまた、静かに。光を失いつつあるダンジョンの景色を、その瞳に焼き付けるかのように。
ずっと、見つめているのだった。
そして、遠野ダンジョン。
第四層『マヨイガ』で座敷童子の萌々子が探索者たちを護っているその頃。
上層にもやはり、異変が発生していた。悪夢のような変化が、遠野ダンジョンに訪れていた。
「逃げろ、逃げろ! っ駄目だ、ここは駄目だ!」
ここは第二層『大竹林』。下層からこみ上げてきた瘴気は、この階層をすでに覆い始めていた。
竹林に漂う黒い霧。広がる暗闇。闇に紛れて跋扈する魑魅魍魎たち。
探索者たちは、この暗闇を知っていた。この深淵のような空気を覚えていた。
「みんな、返事をしろ! くそっ、この霧の中だと端末が妨害される……!」
「誰か、ギルドに報告するんだ! 第二層に、第二層に……奴が現れた!」
「俺たちが戦うから、囮になるから! だから、誰か頼む!」
多くの探索者たちが逃げ惑うなか、勇敢なものたちが立ち止まり、声をあげた。
彼らは過去、深援隊というパーティに籍を置いていたものたちだ。深援隊が蔵王に拠点を移す際、この遠野の地に残ることを選んだ幾人かのメンバーだ。
彼らが睨みつける竹林の向こうからは、雷鳴が鳴り響いている。凶悪な獣のうなり声が聞こえてくる。
「誰でもいい! 生きて帰って――『鵺』の復活を、地上へ知らせてくれ!」
勇敢なものたちの悲痛な叫びが。
深淵と化した大竹林に、木霊した。