ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ギルドの行く末

「下の様子はどうだ」

 

 新宿。ダンジョン庁の拠点となるとある高層ビルの一室で、その会議は行われていた。

 いや、会議というほどのものはない。ただ、日本のダンジョンの行く末を判断すべき人間が、部下からの報告を聞き、判断を下すだけのやりとりだ。

 その場所には幾人かの要職にある者たちが揃っているが、誰も言葉を発さない。

 ただ、鋭い視線を光らせるスーツの男性だけが、淡々と報告を述べていく。

 

「先の報告にありましたとおり、ワイバーンをはじめとした、本来は下層でしか出没しないはずの魔物が第一層にて確認されました」

 

 ワイバーンという名に、室内に小さなざわめきが起こる。ワイバーンとは、新宿ダンジョンの下層にのみ出没するという竜種の魔物だ。

 新宿ダンジョンに出没するのは緑のワイバーンに始まり、時には青や赤の亜種も現れる。それぞれの色により属性に違いがあるが、現れたのが何色のワイバーンだろうが探索者たちにすれば脅威でしかない。

 報告を任されたスーツの男性は一度呼吸を挟み、その瞳を輝かせて言葉を続ける。

 

「続けます。第一層入り口付近に防衛ラインを構築し、遠隔攻撃可能な高ランク探索者を主軸に陣を構えております。ただ、現状はまだ下層の魔物たちとの接敵はありませんので、今後どうなるかは断言できません」

 

 男性は、この高層ビルの真下に存在する『新宿ダンジョン』の現状について、この部屋の面々に報告していく。

 このビルの一階は新宿ダンジョンギルドとして探索者たちに開放されており、当然、この都心に口を開いたダンジョンとも隣接状態にあった。

 代表の男は部下からの報告を聞くと、静かに口を開いた。

 

「我々は、何があろうと、日本の都市機能を守り通さねばならない。引き続き、国内外区別せず、高ランク探索者を新宿の防衛に招集してくれ」

 

「畏まりました」

 

 この場にいるダンジョン庁の重鎮たちは、知っている。大規模なスタンピードが発生すれば、その被害がダンジョン内だけではおさまらないということを。

 日本でも十三年前、ダンジョン暗黒期と呼ばれた時期には、各地のダンジョンでは――特に尾道では、無視できない規模の瘴気による被害が発生していた。

 だが、それでも。それはまだ最悪の状況ではないのだ。

 過去、アイルランドおよびイギリスで発生した大規模スタンピードでは地上にまで魔物が発生し、数多くの街や人々が犠牲になった。

 

 仮に今、日本の首都機能の集中している新宿に、ワイバーンのような強大な力を持つ魔物が放たれればどうなるか。それは都市機能だけに留まらず、国家そのものを揺るがす惨状になりかねない。

 他の何を犠牲にしても、その未来だけは何があろうと阻止せねばならない。

 現在は自衛隊も密かに出撃準備を終えているが、果たして地上に現れた魔物に対して、魔力の乗らない現代兵器がどれだけ通じるのか。

 それすら今は、未知数なのだ。

 

「筑波はどうなっている」

 

「現在、筑波ダンジョン内に建設されている防衛砦ならびに兵器群が想定通りに働き、どうにか防衛に成功しているとのことですが、しかしあの地には十三年前に多くの犠牲者を出した『ヒュドラ』と呼ばれる特殊個体が現れる可能性が高く、予断は許されない状況です」

 

 新宿の次に重要となる拠点、筑波ダンジョン。

 日本のダンジョン技術の中枢を担う筑波ダンジョンは、出没する魔物が新宿ダンジョンほどは悪辣でないことが救いである。

 毒を持つ魔物が多いダンジョンだが、電力という力を使える筑波ダンジョンならば、恐らくはスタンピードを抑え込めるはずだ。この日のために開発していた防衛砦が機能しているならば、特殊個体といえども対処できるはずだ。

 そうでなくては、ならない。

 

「各地も先ほどと変わらず。ただし、尾道だけは……やはり過去のこともあり、ギルドが探索者たちを止められず、すでに自発的に下層へと討伐隊が向かっているとのことです」

 

「……そうか」

 

「また、依然として、世界魔法協会からの要請は変わっておりません」

 

「……ああ」

 

 男は、手元の端末に届いている情報に目を通す。

 そこには、各地のダンジョンで起きている情報が逐一追記されていっている。

 鵺。牛鬼。女王アリに女王蜂。がしゃどくろ。あやかし。不死者の王。霜の巨人。海の王。こうしている間にも、次々と各ダンジョンに特殊個体、及び準特殊個体の出現報告が記載されている。

 比較的平穏なのは、第三層が物理的に封印された吉野ダンジョンと、第二層への入り口が常に閉ざされている上高地ダンジョンくらいだ。

 それが示すものは『ダンジョンを閉ざす』ことだけが、間違いなく効力を発揮しているという事実である。

 

「全てが余りに急すぎる。もっと時間に余裕があるならば、別なやり方もあり得ただろうに……」

 

 男は、一度目を瞑り。弱気な表情を消して、強く断言する。

 

「これだけははっきりしている。我々が守るべきは、国家であり人命だ。死守すべきはダンジョンではなく、地上に住む人々の暮らしだ」

 

「では、各地のギルドや自治体には……」

 

「ああ。すぐに、この決定を伝えてくれ」

 

 男は、ギリリと歯を食いしばる。

 彼とて、若い頃は探索者としてダンジョンに潜っていた過去がある。だからこそ、ダンジョンは死と隣り合わせの場所なのだということは、承知していた。

 けれど。それでも。

 彼個人の感情としては、それは苦渋の決断だった。

 

「探索者たちが脱出し次第、一切の立ち入りを禁止する。全ての門を閉ざし、物理的な封印処置の準備に入れ」

 

 それは、日本のダンジョンの終焉を意味する決断だった。

 

 その場にいる者たちは、その決断に息を飲む。

 彼らはそれぞれが、様々な情報を知りうる重鎮たちだ。

 ダンジョンの中に住まう、隣人たる魔法生物たちのことも知っている。

 各地のダンジョンを救ってきたという、魔法生物との契約者たちのことも知っている。

 世界魔法協会が、日本のギルドに何を求めているのかも承知している。

 

 だからこそ。

 

「せめて、ダンジョンに住まう隣人らが……我々に正しき道を示してくれることを、祈らずにはいられん。どう考える、橘くん」

 

「私は……まだ、信じていますよ。三十年前の鎌倉で出会った妖精と、あの日の三つ編みの少女が起こした奇跡を」

 

「そうか。ならば私も、それを共に信じさせて貰おうか。あとは、キミの娘をな」

 

「恐縮です」

 

 重鎮の男は、部下であるスーツの男性の意見を聞き、小さく、力ない笑みを見せる。

 現状では、ダンジョンを閉ざすという判断しかできない。今の彼の立場が、ここに私情を挟み込むことを許してはくれない。

 だが、誰かが。

 これとは別な可能性を示してくれるならば。ダンジョンを閉ざしてはいけない理由を示してくれるならば。その時は――。

 

 静かな会議室には。感情を堪えた彼のため息だけが、嫌にはっきりと響きわたっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「室長! 上の判断はどうだったんですか!」

 

 房総ダンジョンギルド室長室。

 室長であるヤマガタがネット越しの会議を終えたところで、扉を破らんばかりの勢いでずかずかと室内に入ってきたのは、職員の窓口杏である。

 房総ダンジョンギルドも、今は緊急事態として、休暇や勤務時間の違う職員たちも皆が呼び出され、事態の対応に当たっている。

 その中で、たった今終えたばかりのギルド室長会議は、各地のダンジョンの未来を担うものだった。

 

 しかし、ヤマガタは質問の答えより先に、杏にまじめな顔を向けて、問う。

 

「窓口くん。あの子たちからの連絡は?」

 

「……まだ、ありません」

 

「そう、か」

 

 ここでいう『あの子たち』とは、この現状で確実に鍵となる探索者である笹川桃子と、彼女と行動をともにする妖精たちのことだ。

 桃子は昨日のダンジョン入場記録以降、未だ退場記録がない。つまり、桃子とそのパートナーである妖精はいま、ダンジョンのどこかにいるはずなのだ。

 だが、残念ながらその桃子からの連絡は届かない。

 

 すでに日本中のダンジョンで異変が起き始めてから、一時間以上は経っている。

 ダンジョン内にいる桃子が未だこの事態に気づいていないということはさすがにないだろう。ならば、すでに何かしらの動きに巻き込まれている可能性が高い。

 

「……そうだな、結論から言おうか」

 

 ヤマガタはタバコに火をつけつつ、室長室のデスクに肘をつき、苦々しい表情を浮かべて話し始めた。

 この部屋で彼がタバコを吸う姿を見るのは杏としても初めてだ。だが、状況が状況だ。杏も彼の喫煙を黙認し、その言葉にだけ耳を傾ける。

 

「ダンジョン庁は各地のダンジョンの門を閉ざし、探索者の立ち入りを禁止すると発表した。状況次第で、近隣住民には避難勧告が必要だそうだ」

 

「やはり……戦うのではなく、門を閉ざすことになるんですね」

 

「聞いたろう? 女王アリ、そして女王蜂。それらの影を目撃したという声もあった。今の房総ダンジョンに、それらと戦える探索者はいない」

 

 ギルドの方針。ダンジョン庁の方針。

 それは、現在の救助活動が完了し次第、ダンジョンを閉ざすという結論だった。上の決定であり、あくまで下部組織でしかない房総ダンジョンギルドがそこに異論を挟む余地はない。

 

「でも、だったら、高ランク探索者パーティを派遣して貰うことは出来ないんですか! 女王アリも、女王蜂も、桃子さんたちが一度は討伐したはずの魔物なんですっ! 強い人たちが足並みを揃えれば倒せるはずなんです!」

 

「窓口くん。いま一番死守しなければいけないのは、新宿ダンジョンと筑波ダンジョンだ。房総ダンジョンは、優先順位が低いんだ」

 

 激高する杏に対し、ヤマガタは静かに頭を振る。

 心を落ち着かせるため、彼は大きくタバコの煙を吸い込み、そしてため息のように吐き出した。

 

「鎌倉ダンジョンもここと同様に、『がしゃどくろ』と名付けられた巨大な骸骨の魔物が第一層に現れた」

 

 先の会議で得た情報。

 これは、同じく首都圏に存在する鎌倉ダンジョンの話だ。

 

「鎌倉ダンジョンも、房総ダンジョンと事情が異なる部分はあるが……やはり高ランク探索者の特別派遣は許可されなかったらしい」

 

 鎌倉ダンジョンは、魔物同士が闘争心を燃やし合戦を行うという特殊な環境だ。

 現在、がしゃどくろに挑み戦っているのは、鎌倉ダンジョンに出没する数多の骸骨たちだというから驚きである。

 だが、魔物の生態の違いこそあれ、房総も鎌倉も、この状況での優先度は低いと判断された。

 

「何にせよ、だ。房総ダンジョンは間もなく閉ざされる。高ランク探索者パーティの外部招集はないと考えたほうが良いだろう」

 

「ならば、もう一つ聞かせてください室長。あなたはなぜ、そんな『大剣』を準備しているんですか……?」

 

 タバコの煙を全て吐き出し、灰皿代わりの皿に吸い殻を押しつけたヤマガタは、立ち上がる。

 その彼の傍らには、彼が現役時代から愛用していたはずの、一つの大剣が立てかけられていた。

 

「どうせ閉ざされるならば、せめて僕も、ドワーフの背中を守りたい……と思ってね。僕ぁ、他の誰よりも房総ダンジョンを愛している高ランク探索者だぜ?」

 

「馬鹿ですね。ブランクのあるあなたが一人で、何ができるっていうんですか」

 

「出来なくても、こんな場所で指示を出すだけで終わりたくはないんだ。僕になにかあれば、窓口君が室長代理を頼むよ。すでに一筆書いてあるからさ」

 

「……馬鹿なことを言わないでください。室長という責任を、簡単に放り出さないでください」

 

「それは本気でごめんだけどね。現段階で、やるべきことはやった。あとは、副室長やダンジョン庁の指示に従えばいい」

 

 杏は、怒りに震えた声を漏らす。

 

「……桃子さんが、まだ帰って来ていないんです」

 

 杏は、探索者ではない。

 杏はただ、様々な探索者を見送ってきた立場だ。その中には、二度と会えなくなった者もいる。

 だからこそ、だからこその言葉だった。

 

「あなたはこれ以上、私に、帰りを待つ苦しさを押しつけるつもりですか……?」

 

「……ごめんな、窓口くん」

 

「許しませんよ。私は、許しません……」

 

 苦しみとも、怒りとも、悲しみとも言えない、情念の籠もった声をヤマガタに叩きつける。しかし、それでも杏は。

 大剣とともに部屋を立ち去るヤマガタを引き留めることなく。

 ただ静かに、室長室で嗚咽を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダンジョン総合スレ 緊急避難所】

 

 

:ダンジョンの立ち入り禁止になった

 

:実家がダンジョン入り口に近いから、避難要請がきた。マジかよ。

 

:怖いんだが、どうするんだ? なんで戦わないんだ?

 

:いくら探索者だからって死なせるわけにいかないからだろ、それくらいわかれ

 

:ドワーフがまだ中で戦ってるんだよ。頼むから、誰かドワーフを助けに行ってくれ。お願い。

 

:ドワーフだけじゃないだろ。化け狸も、人魚姫も、英霊たちも、みんな中で戦ってるだろ。

 

:俺の親父が、コロポックルを助けに行くって包丁もって外に飛び出ていった……。

 

:それは急いでとめとけ

 

:俺はまだ信じてるぞ。すぐにでもダンジョンに突入できるように、パーティの仲間とギルド近くで待機している。

 

:奇遇だな、俺もだ!

 

:うちのパーティもそうだし、なんならギルドの周りはそんなパーティだらけだよ

 

:はははは、すまんなお前ら! 俺たちは一足先に特殊個体に包囲網を組んだところだ! 俺らが帰れなかったら、お前らに後を託すからな!!(画像添付)

 

:海? なんだそれ、でかい魚か?

 

:あやかし! 尾道ダンジョンの奴! お前呑気に掲示板なんか書いてる場合かよ!

 

:はははは! 今は最後のミーティング中だ。胃が引っくり返るくらい怖いから、少しくらいお前たちと話をしていたい。

 

:わかったけど、後を託すとか哀しいこというな

 

:死ぬなよ、絶対死ぬなよ

 

:でもな。ダンジョン中に、セイレーンの歌声が聞こえてくるんだよ。あの子が必死で歌ってるのがわかるんだ。

 それを聞くと、力が湧いてくるんだ。あやかしの変な催眠術みたいなのも、はね除けられるんだ。こんな俺でも、勇気が出てくるんだ。海を守れる気がしてくるんだ。

 怖くてひたすら書き込みに逃げてたけど、時間がきた。俺たちはそろそろ先に行ってくるよ。

 

:gんbあれ!!

 

:死ぬなよ! 絶対に勝て!! セイレーンを救ってこい!!

 

:なんだよ、なんで遺言みたいなの書き残していくんだよ。マジできつい。ダンジョンが閉鎖されたのは、こういうことか。

 

:俺たちだって、すぐに後を追うからな! 自分の愛するダンジョンは、絶対に取り返すからな!

 

:涙でてきた・・・けど、私も頑張る! 私の力がダンジョンを救えるかもしれないんだって! だから、行ってくる!

 

:涙出てきた人、もしかして女の子だったの?

 

:気にするところ、そこ?

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