ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
複数のワイバーンの襲撃にあっていた妖精の国。
桃子と妖精の姉妹たちが対処に当たったが、漆黒の瘴気を宿した魔物たちは強かった。
そんな中で、命の危機にあった娘たちをあわやというところで守り抜いたのは、妖精女王ティタニアだった。
「ティタニア様……!」
「女王。どうした。なんでそんな顔をしてるんだ」
黒炎の直撃をうけるところだった桃子や妖精たちを救い、そのまま圧倒的な実力でワイバーンを討伐したティタニアだが、その表情は暗い。
いや、暗いというよりはむしろ――後悔、悲しみ、そして怒り。
そこにいたのは、様々な感情がドロドロに溶けた、今まで見たことのないティタニアの姿だった。桃子は恐る恐る、そんなティタニアに話しかけるが、その返答は桃子の望んでいたものではなかった。
「桃子さんは今すぐにでも別なダンジョンに逃げてください。まもなくここは、戦場になります」
「せ、戦場……ですか?」
その間にも、二匹目のワイバーンの討伐も終えたようで、妖精の姉妹たちはそれぞれがティタニアの元へと駆けつけた。
しかし。ティタニアは娘たちを労うわけでもなく、煤になっていったワイバーンのいた場所をずっと、今にも泣きそうな瞳で睨み付けている。
その表情は険しく、いつもの柔和な印象はない。それだけで、今がただならぬ状況なのだということを嫌でも周囲に認識させる。
「あ、あの、ティタニア様? 今の魔物はなんだったんですか?! 戦場ってどういう――」
一方的に、外に逃げろと言われても「はいわかりました」となるわけがない。
桃子はわけがわからないままにティタニアに質問を返すが、しかしその言葉は、別の妖精の言葉で遮られた。
「ククク……残念だが母上、我々は先手を打たれてしまったようだねぇ」
「やられたわね。光の膜が繋がらないわ♪ 他の場所も試してみたけど、妨害されてるみたいよ♪」
妖精姉妹の年長であるルイ、そしてクルラが言う。
光の膜が繋がらない。それはつまり、この妖精の国から別な場所へと移動できないということだ。当然、桃子が別のダンジョンに避難する事も不可能だ。
あわててヘノが、そして他の妖精たちが周囲を飛び回り光の膜を発動させようとするが、一つとして成功はしなかった。
ティタニアはその報告を耳にすると、声を震わせて、その場に蹲る。
「ああ……やはり、そんな……私の、私のせいで……」
「あ、あの、ティタニア様、ティタニア様っ!」
「桃子さん、申し訳ありません。妖精の国の、そして多くの私が守護していたダンジョンを……邪悪なるものに奪われてしまいました」
「え……?」
ティタニアが、懺悔をするように言葉を述べる。
ダンジョンを奪われた。桃子がその言葉がどれほど重大なことなのかを理解するのに、数秒はかかる。
その間にも、ティタニアの懺悔は続く。
「私が、私が女王の間から離れ、浄化の手を止めたから……わかっていたのに、わかっていたのに……! 私は、お母様から託されたこの国を……守れなかったの……」
「そんな……」
先ほどから続く魔物の襲撃は、ティタニアを陥れる罠だったのだ。
ティタニアが花びらの玉座を離れ、ダンジョンの浄化から意識が逸れるタイミングを、その『敵』は待っていたのだ。桃子や妖精たちの命を救ったあの瞬間と引き換えに、ティタニアは日本のダンジョンにおける『権限』を奪われたのだ。
ティタニアは花畑に力なくしゃがみ込み、俯いて後悔の声を漏らす。ぽたり、ぽたりと、小さな水滴が花畑に落ちる。
そこにはいつもの毅然とした女王の姿ではなく、己の責任に涙する一人の妖精の姿があった。桃子の記憶にある、責任感溢れるひとりのティタニアという名の妖精が、そこで、蹲って泣いていた。
数時間前までは抜けるような青空だった空は、今はどんよりと薄暗くなっている。
爽やかだった空気は、今は粘つくような瘴気に覆われ始めている。これは今までにない規模の緊急事態なのだと、感知能力に恵まれない桃子ですら理解できる。
だとしても。桃子はそんな状況でも、力なく俯いて涙するティタニアを放ってはおけない。
そっと、蹲るティタニアをその両手で優しく持ち上げて、胸元に抱き寄せる。
「ティタニア様はさっき、私たちを助けてくれたんですよね? きっと、私がいまこうしてお話をしているのは、ティタニア様が守ってくれたからですよね?」
「でも、だって……私が……わた、し、お母様が、あの日……守ってくれたのに……」
いまのティタニアはきっと、過去にあった妖精の国――ティル・ナ・ノーグの滅びの情景を見ているのだろう。現状のこの花畑はきっと、その日を彷彿とさせる状況なのだろう。
桃子とて、いま何が起こっているのかは分からない。世界の滅びを目前に差し出されたかのように、ただ漠然と恐ろしくて、不安に押し潰されそうで、声が震えてくる。けれど、けれど。
「私、知ってます。ティタニア様はたった50年前はヘノちゃんたちと同じような、小さな女の子だったって」
桃子は、必死で言葉を紡ぐ。
覚えている。過去の世界に迷い込んだあのとき出会ったティタニアは、ヘノたちと変わらない、決して特別ではない少女だったのだ。パートナーと笑い合い、仲間と軽口を叩き合うような、そんな普通の妖精だったのだ。
ティル・ナ・ノーグでたった一人生き残る運命を背負ってしまっただけの、たったそれだけの女の子だったのだ。
「仲間がいなくなって、クリスティーナさんとも会えなくなって、エレクちゃんまでもを失って。それでも、ティタニア様はたった一人で頑張って妖精の国を作って、今までみんなを守ってくれたことを、私は知ってます!」
普通の妖精だったティタニアは。仲間を失い、パートナーを失い、愛する娘まで失い。それでもなお、彼女は一人でずっと、女王としての責を負い、耐えてきたのだ。戦ってきたのだ。
今この世界に何が起きているのか、何がやってくるのか、桃子にはわからないけれど。
目の前で。誰より一番辛い思いをして、それでも負けずに戦ってきたティタニアが、泣いている。
それだけは、間違えようもない事実だった。
「だから、私はティタニア様が悪いだなんて何一つ思っていません! ずっと感謝してます! もし、この世のどこかにティタニア様を悪く言う人がいたら、私がとっちめます!」
「桃子さん……私……私は……」
だから桃子は、瘴気の漂う花畑にしゃがみ込み。大事な仲間であるティタニアを、優しく抱きしめた。
今までずっと、皆を守ってきてくれた一人の妖精を、抱きしめた。
桃子の胸のなかで、ティタニアが嗚咽を堪えながら、小さく震えている。
「そうだぞ。それと。さっきは言い忘れたけど……ヘノたちを助けてくれて。ありがとうだぞ」
「んふふ♪ あの時、桃子たちを見捨てずに助けてくれたお母様だからこそ、私たちはあなたが大好きなのよ♪」
「そ、そうだよぉ。それに……お母様が動いてくれなかったら、私はもう、死んでたよぉ」
「うぅ……そ、そうですよぉ。お母様、大好きですから、泣かないで……めそめそ……」
娘たちが、口々に母親への愛情を口にする。
そして、ティタニアを愛しているのは成長した妖精たちの姉妹だけではない。
『とっても怖かったけど、女王様が助けてくれたの!』
『おかあさま、なかないで……』
『ありがと、あいがとー!』
その場にいた小妖精たちもまた、次々に声をあげる。そこには、戦いの直前に桃子の目の前から消えてしまった小妖精たちの姿もあった。彼女らもまた、ティタニアの力で救われていたのだ。
瘴気が漂い、景色の一変してしまった花畑で。きっと、本当はもう時間も残されていない中で。
ティタニアのすすり泣く声が、小さく響き渡っていた。
遙か彼方まで花畑が続いていたはずの妖精の国に、まるで中世の神殿か教会のような建築物がひとつ、姿を現していた。その窓には見覚えのあるステンドグラスがはめ込まれている。
そしてその建築物――女王の間の後ろには、桃子が初めて目にすることになる、ひときわ大きな樹木が存在感を放っていた。
すでにもう『女王の間』そして『精霊樹』を部外者から隠し通す術すら失われてしまった。
小妖精たちは女王の間に避難しているけれど、今やあの場所がどれだけ安全だと言えるのか。今となってはもう、わからない。
「恐らく、過去にお母様が封印したものが復活しました」
瘴気の風が吹くなか、ティタニアは語る。
その場にいるのは、薬草の妖精ルイ。桃の木の妖精クルラ。緑葉の妖精リフィ。鍵の妖精リドル。大地の妖精ノン。風の妖精ヘノ。水の妖精ニム。火の妖精フラム。氷の花の妖精ルゥ。
そして、たった一人、人間である桃子がティタニアの前に並び、言葉を聞いている。
「これは、私がまだあなたたちくらいの妖精だった頃。先代女王ネーレイス様がティル・ナ・ノーグを統治していた頃の出来事です――」
それは、過去の妖精の国――ティル・ナ・ノーグが滅んだ日の話だった。
今までも、断片的には聞いていた。妖精たちも、うっすらとはその話を知っていた。
けれど、こうしてティタニアの口から詳細を語られるのは、初めてだ。
「今回のように漆黒の魔物を引き連れた、瘴気そのものが具現化したかの如き、邪なる竜でした。お母様はあれを――『ジャバウォック』と呼んでいた記憶があります」
ジャバウォック。
桃子はすぐ理解できたが、それはイギリスの作家ルイス・キャロルの作品『鏡の国のアリス』にて語られた、邪悪な怪物の名だ。
しかし、アリスの物語のなかでは名も無き若者の持つ剣によって、ジャバウォックは討伐されている。当時のネーレイスがどのような意図を持ってこの名をつけたのか、今の桃子にはわからない。
「お母様は強かった。お母様は決して、ジャバウォックには負けませんでした。私たちも、お母様がいれば魔物などに負けることはないと、高を括っていたのです。しかし、あれはお母様からダンジョンの支配権を奪い取り、まず人間たちを殺めることから始めました」
ダンジョンの支配権を奪い取られた。
それはまさに、たった今のこの妖精の国と同じ状況である。
「瘴気とは、人間たちの負の感情から生み出されます。全てのダンジョンが苦しみ、憎しみ、悲しみで満たされることで、あの邪竜がそれらのとめどなく溢れる瘴気を吸収し……。私たちはとうとう、敗北したのです」
ティタニアの瞳は、遠くを見ていた。
いつかの、仲間たちが笑い合った世界を、そしてそれが滅びた運命の日を見ていた。
その日までは幸せだったのだ。あの時までは皆が隣にいてくれたのだ。ティタニアは、その日々を忘れたことなどない。
「そして……お母様は残された妖精たちの力をまとめ、己の魂を核とすることで、あれを封印したのです。私を……私ひとりを、逃がすために……」
桃子の中に過去のりりたんの言葉がよぎる。
りりたんは、ティタニアのために仲間を増やすと言っていた。
桃子の【創造】を利用して、各地のダンジョンに新たな守護者を生み出し、あるいは各地の魔法生物たちと手を組み、ティタニアとの縁を繋いできた。
それはきっと、この日のためなのだろう。
いつか、ティタニアがジャバウォックのような存在にダンジョンの支配権を奪われたとき。
ティタニアの加護を失ったとしても、各地のダンジョンが魔物たちに支配されぬように。
庇護下にあったダンジョンが瘴気に侵されたとしても、各地の守護者たちの力で瘴気に抗えるように。
「なあ、結局どういうことなんだ! 今は、何が起きてるんだ!」
「そうだね。つまり、過去に滅ぼされた全ての妖精たちにとっての『宿敵』が復活しようとしているということでは、ないかな?」
「そっか! そんなの、ルゥたちが戦って、倒しちゃえばいいよ、ね!」
深刻な話を聞いたあとに飛び出る深刻さを感じさせない妖精たちのやりとりに、桃子はくすりと笑みを浮かべる。
今、この妖精の国は外のダンジョンと隔離されてしまっている。だから、外のダンジョンがどのような状況にあるのかは桃子たちにもわからない。
しかし――。
「ティタニア様。今のダンジョンは、過去とは違います。化け狸のみんなも、スフィンクスさんも、萌々子ちゃんも、ヒメちゃんも、セイレーンさんも、ドワーフさんも、ルシオンさんも……他にも沢山の仲間がいます」
「うぅ……に、人間にだって、柚花さんやクリスティーナさんみたいな、強い人たちがいますからねぇ……」
「んふふ♪ それに日本には、魔物にも負けない、とっても強い探索者パーティがいるのよ♪」
「そうだぞ。それに。外には魔女が――りりたんがいるんだ。光の膜が少しぐらい妨害されたって。すぐに。助けに来てくれるだろ」
これは決して、楽観的なわけではない。
けれど、桃子は信じているのだ。妖精たちは信じているのだ。今まで出会ってきた仲間の力を。これまで紡いできた仲間との縁を。
だからこそ、過去のティル・ナ・ノーグと同じ運命は辿らないはずだと。桃子たちは、そう信じて疑わない。
「……わかりました。けれど、女王として命じます」
妖精たちは、顔をあげる。
はるか先から飛来するのは、新たなワイバーンたち。そして、その中心に見える巨大な漆黒の影。
「全員、生き残りなさい!」
「わかったぞ」
「ククク……もちろん、そのつもりさぁ」
そうして、いつかのティル・ナ・ノーグを滅ぼした、宿敵が。
いま再び、妖精の国に姿を現したのだった。
「とうとう、大きな戦いが始まったみたい……ね」
桃子たちが戦いに挑んでいるその頃。とあるダンジョンにて、同じように戦いに臨む妖精がいた。
ここは、寒く、見渡す限り何もない世界。いや――唯一、彼女の周囲の足元には、美しい白い氷の花々が咲いている。花々の下には、たまたまこの日ここへ遊びに来ており、邪竜の襲撃を逃れた氷の花の小妖精たちが身を潜める姿が見える。
ここは、蔵王ダンジョン第三層に隠された隠れ里である『鏡の世界』だ。
「クルラ。みんな。きっと、無事でいるの……よ」
そう呟くのは、この地の支配者たる鏡の妖精ミカ。彼女はいま、丸い魔鏡を覗き込んでいるが、そこには何も映らない。
これは、はるか遠くの情景すら映し出す魔鏡だ。それが今、妖精の国で起きている出来事を映し出せなくなっている。だからこそミカは、妖精の国で何かが起きていることをいち早く察知できた。
彼女は鏡の映像から目を離し、空を見上げる。空からは、暖かい光が降り注いでいる。
いまこの鏡の世界に降り注ぐ暖かい光は、風間イネという一人の探索者が放つ【浄化】の光だ。
「蔵王ダンジョンを浄化したら、私たちも絶対に……そちらに、行くわ……ね」
蔵王ダンジョン。
ここでも今、瘴気が溢れ、狂った魔物が群れを成すスタンピードが起きていた。鏡の妖精ミカ――いや、土地神『ミカガミ様』が戦うのは、その数多の魔物たちだ。
だが幸運なことに、このダンジョンには魔物の群れを歯牙にも掛けぬほどの強者が揃っていた。蔵王ダンジョンギルド、そして世界魔法協会蔵王支部。そこには魔物たちを決して外に出さぬだけの戦力が揃っており、そしてダンジョンの内部には『ミカガミ様』が君臨していた。
どれだけ瘴気が溢れようと、どれだけ魔物が昂ぶろうと。この地に『土地神』として彼女が君臨する限り、蔵王ダンジョンが魔物の手に落ちることはない。
ミカガミ様が【浄化】の光をダンジョン中に乱反射させる。彼女はダンジョン中――上層も、下層も、その全てを光で埋め尽くし、溢れる瘴気ごと浄化し尽くしていく。
これはこの日。瘴気に支配された日本のダンジョン界における。
最初の反撃の狼煙だった。