ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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遠い夢と七不思議

 ヘノは、桃の木の下で横たわる桃子に縋ったまま、呆然としていた。

 

 妖精の畑だった場所。結界の張られた、桃の木の根元。

 桃子の近くには、妖精の仲間であるルイとフラムもまた、目を閉じて倒れている。物言わぬ緑色の幼女がジッとそれを見つめている。

 顔を上げれば、巨大で不気味な邪竜、ジャバウォックが妖精の国を見下ろしている。

 妖精たちが笑い合い、皆が幸せに過ごした花畑は、魔物たちにボロボロに荒らされている。

 遠くに見える精霊樹もすでに無事ではなく、その枝は黒い炎に巻かれている。小妖精たちが避難しているはずの女王の間のある建物も、一部の壁が崩れ落ちている。

 美しかった妖精の国は滅茶苦茶にされ、竜の手下の黒い魔物たちが我が物顔で空を飛び回っている。

 

「なんで。なんでだ……。こんな……」

 

「うぅ……ヘノぉ……」

 

 ヘノは嗚咽を漏らす。

 数時間前までは皆で楽しく過ごしていたというのに。

 どうして、ルイとフラムが倒れているのか。

 どうして、桃子が血まみれになっているのか。

 そして、どうしてニムとクルラの二人が、ヘノに向けて哀しげな笑顔を見せているのか。

 ヘノにはもう、何もわからなかった。

 

 けれど、それでも時間は進んでいく。妖精の仲間は、今も戦い続けている。

 

「ヘノぉ……も、桃子さんを……どうか、無事に……守ってあげてくださいねぇ……」

 

「んふふ♪ ヘノ、神槍ツヨマージの使い道は、わかっているわよね? あなたの役目を、忘れたら駄目よ?」

 

「ニム。クルラ。ヘノは……ヘノは……」

 

 ヘノは神槍ツヨマージをその手に握り込み、言葉を絞り出そうとする。

 自分は、魔物と戦うのが好きなはずだ。自分は、妖精たちの中でも上から数えた方がいいほどに強いはずだ。自分は、今もなお邪竜を押さえ込んでいる女王をもっと助けられるはずだ。

 けれど、それらの言葉が出てこない。

 ニムとクルラは、そんなヘノに優しい微笑みを向ける。彼女たちは知っているのだ。今のヘノが一番守りたいのが誰なのか。これから先の未来で、ヘノが一番必要とする相手は誰なのか。

 

「ヘノぉ……ぐす……ゆ、柚花さんに……ニムは最後まで、柚花さんが大好きだったって……どうか、伝えて……うぅ……」

 

「外の世界にはミカお姉ちゃんがいるから、一緒に、残された小妖精たちを見守ってあげてね♪ ……大好きよ、ヘノ♪」

 

「待て。待ってくれ。お前たちだけじゃ。あの魔物には。じゃばうぉっくには……」

 

「ヘノ、ここが魔物に襲われたら、桃子を守れるのはあなただけなのよ♪ だから……桃子を、守ってあげてね」

 

「うぅ……ヘノぉ、大好きですよぉ」

 

 そして、その言葉を残して。ニムとクルラの二人は、その場を飛び立っていく。

 金色の光と共にその空に顕現したのは、巨大な白い蛇だ。この戦いにおいて最後まで温存していた『ウワバミ様』の力だ。

 クルラはとうとう、温存を諦めたのだ。ティタニアと、リフィと、ノンと、リドルと、ニムと、ルゥと。彼女らとともに、最期を迎えるつもりなのだ。

 

 空へと舞い上がる白蛇を、ヘノは呆然と見上げていた。

 けれど、その視界は歪む。とめどなく溢れる涙が、白蛇たちの姿を歪ませている。

 悲しみよりも、怒りよりも、なによりも『悔しさ』がこみ上げる。絶望的なほどに、戦力が足りていないのだ。

 ここに、仲間さえいてくれたならば。

 化け狸たちがいてくれたならば。

 ジェヴォーダンの獣がいてくれたならば。

 柚花やりりたんといった強い人間たちがいてくれたならば。

 せめてそんな仲間たちに、この妖精の国の危機を伝える手段があったならば。

 外のダンジョンを浄化しなければいけないのだと、人間たちに伝える手段があったならば。

 

「誰か。誰でもいい。母様を。妖精のみんなを。桃子を。助けてくれ……」

 

 そんな、神へと祈るような思いと共に、ヘノの脳裏には今までの様々な思い出が流れていく。

 いっぱいカレーを食べた。桃子や姉妹たちとあちこち探検をした。いっぱいカレーを食べた。皆で危険な魔物とも戦った。いっぱいカレーを食べた。

 桃子は相変わらず人間たちには認識されないけれど、いっぱいカレーを食べたし、桃子の周りには人間の仲間だって増えていた。後輩の配信風景を一緒に眺めて楽しんだこともあった。

 

 ――そこで、ふと。

 

 ヘノの脳裏に、ひと筋の光明が差し込む。

 

「そうか。あれなら。もしかしたら……!」

 

 ヘノは、青白い顔で眠り続ける桃子の頬を軽く撫でてから立ち上がると、桃子の傍らに落ちていた、とある『道具』に手を伸ばした。

 激しい戦いの影響で土や煤で汚れているもの、もともとかなり丈夫に作られているものだ。きっと、壊れてはいない。

 ヘノはそれに手をあて、以前桃子や柚花から教えてもらった手順を必死に思い出す。

 

「桃子。みんな。ヘノが。絶対。絶対に。助けを呼んでやるからな!」

 

 ヘノが記憶を頼りにして、起動のためのスイッチを押したもの。

 それは、黒くて平べったい機械。

 

 桃子の『探索者用端末』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七守小学校六年一組、名波茉莉子はこの日、親友である夏野日葵が放課後のサッカーで活躍する姿を試合終了近くまで応援したところで、一人先に旧校舎の六年一組教室へと戻っていた。

 卒業式を二週間後に控えたこの日の調理実習は、茉莉子や日葵にとってはとても大切な友人を思い起こすものだった。

 その調理実習の材料として持ち寄った食材が、ロッカーに入れたままだったのを思い出したのだ。

 

「ハム助、また明日ね」

 

 金曜日の午後4時43分。茉莉子は教室で飼育されているハムスターに挨拶をして、昇降口へ向かう。

 過去には『七不思議』事件で恐ろしく感じたこともあるこの旧校舎だけれど、茉莉子は知っている。この旧校舎に存在する七不思議たちは、子供を見守ってくれる優しい存在なのだと。

 だからこの日も、七不思議の一つ『4時44分の昇降口』の発生条件であることなど気にもせず、彼女はこの時間に昇降口を利用した。

 

 そして気付けば、この迷宮のような廊下に茉莉子は立っていて、七不思議の案内人――なのかどうかは知らないが、『踊る火の玉』たちと邂逅したのである。

 

 

 

 

「――それで、火の玉さんたちが、案内してくれて……」

 

『そこで案内されたトイレから出てきたのが、私だったっていうことかな?』

 

「うん」

 

『そっか、火の玉さんたちが、私と茉莉子ちゃんを再会させてくれたんだね。ありがとうね、火の玉さん』

 

 桃子たちの前には、火の玉が連なって形作られた棒人間のような『踊る火の玉』たちがいた。

 桃子から礼を言われると、首を横に振るもの、頭をポリポリかくもの、その場でブレイクダンスを踊るものなど様々だ。火の玉の棒人間ごとに、その性格も違うのだろう。

 そして、そんな火の玉たちの案内でたどり着いたここは、七守小学校旧校舎の音楽室である。厳密に言うならば実際の音楽室ではなく、七不思議の作り出した不思議な校舎にある音楽室だ。

 目の前では『ピアノの幽霊』をはじめとした楽器たちが、しっとりとした卒業ソングを演奏している。それは前向きで、けれど物悲しさがある、さよならの曲だった。

 

「あの……桃子ちゃんは、どうして?」

 

『私? うーん、それがなんだか思い出せないの。どこかで何かをしてた気がするんだけど、なんだか記憶が曖昧っていうかさ』

 

「そうなんだ……」

 

「茉莉子ちゃんこそどうなの? もうすぐ卒業式だよね?」

 

「うん」

 

 それからしばらくは、桃子が茉莉子や日葵の近況を質問し、茉莉子が辿々しく応えるというやりとりが続いていた。

 桃子はこの七守小学校では『ギルドのスパイ』という謎の立場として認識されているため、それを気にして茉莉子が桃子に質問をするということは、ほとんどない。

 けれど、茉莉子は一つ、桃子に聞くべきことがあった。

 なんとなく、桃子に確認しなければいけないのだと、そんな確信があった。

 

「ねえ、桃子ちゃん」

 

『うん? どうしたの? 茉莉子ちゃん』

 

 目の前で演奏されるピアノの曲目は、卒業式で六年生たちが歌う合唱曲になっていた。桃子でも知っているような定番の卒業ソングで、ゆっくりとした曲調に合わせて、火の玉たちがゆらゆらと揺れるように踊っている。

 茉莉子の瞳に映る桃子の瞳が、炎に照らされ、揺れていた。うっすら潤んだ瞳が、揺れていた。

 

「あのね、桃子ちゃん。食いしんぼ妖精さんは、どうしたの?」

 

『え?』

 

「ペコちゃんは、いないの?」

 

『あ……』

 

 それは、純粋な質問だった。『食いしんぼ妖精』のペコ。それは、この七不思議の世界におけるヘノの別名だ。

 茉莉子は知っているのだ。この七不思議の世界に迷い込んだ桃子が、緑の光を発する食いしんぼ妖精のペコと、とても仲良しだったことを。

 あの夜、この給食室で出会った食いしんぼ妖精のペコは、ずっと桃子の肩に乗っかり、互いが互いを大切なパートナーとして扱っていたことを。

 だというのに、いま再会してから、桃子はペコのことに一切触れていないのだ。

 

「桃子、ちゃん……?」

 

 質問をうけた桃子は、虚空を眺めるようにしてぼんやりとしている。

 桃子の様子に慌てて茉莉子が立ち上がろうとすると、大丈夫だとでも言うように、火の玉が茉莉子の前にでて押し止める。

 

 一方桃子は、茉莉子の質問で――思い出した。

 トイレから出てきたときから、上手く思い出せなかったことを。

 食いしんぼ妖精のペコ。風の妖精のヘノ。

 それは、桃子にとってはかけがえのない、唯一無二のパートナーだ。

 桃子の記憶の中に、倒れ伏す自分の顔を覗き込み、涙を流しながら自分の名を呼び続けるヘノの姿がはっきりと、浮かんでくる。

 

『ヘノちゃん……ああ、ヘノちゃん……』

 

 桃子ははっきりと思い出した。

 妖精の国がいま、邪竜――ジャバウォックに襲われているということを。戦いの中で、自分は魔物の凶刃に倒れてしまったのだということを。

 そして自分はきっと、目の前の茉莉子たちの卒業式にはもう、行けないのだということを。

 大好きなヘノにはもう、会えないのだということを。

 

 自分の身体がどれだけの深手を受けたのかは、はっきりと覚えている。

 おかしいとは思っていた。きっと、今の自分は『トイレの花子さん』という怪異としてここに現れたのだろう。人間としての自分はもう、その命を――。

 

 しかし、桃子がそこまで考え、その瞳からポタリと雫が一粒落ちかけたその瞬間――BGMが、ガラリと変わる。

 それまでの寂しいものから一変して、勇ましく、熱い曲へと変わる。桃子もどこかで聞き覚えのあるこの曲は、有名ゲームのボス戦の戦闘曲だ。

 

 これは、最終ボス戦での『敗北イベント』後に流れ始める、真の最終戦のBGMだ。

 

『え……?』

 

「え……?」

 

 桃子と茉莉子、二人の女児がぽかんとして見上げたそこには、勇ましい曲にあわせてポーズを決めた、火の玉の連なる棒人間たちがいた。

 力こぶを作るようなポーズのもの、大きく足を広げてヒーローの変身時のようなポーズを取るもの。

 そして、真っ直ぐ桃子へ身体を向けて、その手をさしのべるもの。

 

『もしかして、私を……助けてくれるの?』

 

 言葉の通じない火の玉たちが、大きく桃子に向けて、頷いた。

 まだ、負けてはいないのだと。苦痛に満ちた敗北イベントは、ここまでなのだと。皆の本当の戦いは、ここから始まるのだと。

 だからここは、自分たちに任せておけ、と。

 

 そんな、火の玉たちの優しい声が。桃子の耳に届いた気がした。











次話は6月1日(月)23時公開予定です
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