ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ここは七守小学校旧校舎の給食室。
正しくは、旧校舎の給食室そのものではなく、旧校舎を舞台とした七不思議の異世界に存在する給食室である。
以前桃子たちがこの学園の七不思議に巻き込まれ、この迷宮のような校舎に誘い込まれたときにも、なんやかんやでその時いた全員が着席して皆でカレーを食べたのだ。
そしてこの日も、桃子はこの給食室にて、カレーを作っていた。
『ねえ、火の玉さん。本当にここでカレーを食べればいいの? それで本当に、その……私って、助かるの?』
桃子は鍋に入れた水に火をかけたまま、すぐ横で呑気に踊っている火の玉棒人間に向けて、何度も繰り返し確認している。その度に、棒人間は大きく頷いたり、腕で大きく丸を作ったりして肯定の意思を示していた。
桃子は半信半疑で、火の玉はマイペース。そして廊下の向こうから聞こえるピアノのBGMは、テレビでお馴染みの三分クッキングのテーマ曲だ。
そして桃子たちの背後では、茉莉子がはらはらした表情で桃子と火の玉のやりとりを見守っていた。
この緊急のときに、一体何故、桃子はカレーを作っているのか。
それは全て、踊る火の玉たちの導きによるものだ。
音楽室で記憶を取り戻した桃子は、自分の身に何が起きたのかを全てはっきりと思い出し、皆に聞かせた。
妖精の国が邪竜ジャバウォックに襲撃されていること。妖精の仲間たちが危機に陥っていること。そして、妖精たちを庇って、自分が致命傷を受けてしまったこと。
そうして気がつけば、桃子は怪異『トイレの花子さん』として、この七守小学校に出現していたこと。
そこまでの話を聞いた茉莉子は、顔面蒼白になって桃子にしがみ付いている。だがその一方で、すぐ横では踊る火の玉たちが音楽室に流れる楽曲に合わせて陽気にサンバを踊っているのだから、もはや情緒もへったくれもない。
音楽室のピアノたちも、ゲーム音楽を奏でたかと思えばそれに続いてサンバだのなんだのと好き放題に演奏しており、とてもではないが緊迫感の欠片もない有様だった。
そんなサンバカーニバルが一段落した後で、「こっちにこい」とばかりに火の玉に案内されてやってきたのがここ、給食室だったのだ。
『茉莉子ちゃんがカレールーを持ってたから、とりあえずカレーは作るけどさ』
「でも、火の玉さんたちが言うなら……きっと、桃子ちゃんはカレーを作った方が、いいんじゃないかな」
『茉莉子ちゃん……。うん、わかった! もうここは開き直って、最高のカレーを作ろう! 具はないけどね!』
このカレーの材料は、たまたま茉莉子が所持していたものだ。
調理実習で使ったカレールーを教室に忘れていたため、それを持ち帰るために夕方の旧校舎に入ったのが、茉莉子がこの日、七不思議に巻き込まれたきっかけだ。
例の如く、この給食室では白米しか炊かれていなかった。そこで、茉莉子が所持していたカレールーの出番である。
もっとも、ここには残念ながらカレーの具となる食材はない。なので今から作るのは、お湯にカレールーを溶かしただけという、ある意味では究極のプレーンなカレーである。
だが、桃子がカレーを完成させようとしたところで、その場に動きがあった。
『え、火の玉さん? どうしたの?』
それまで桃子の調理風景を見つめていた火の玉たちが、何故だか桃子の前に並んでいた。
疑問に思った桃子がそちらを見遣ると、先頭に立っていた火の玉の棒人間が桃子に優しくハグをする。火の玉は決して熱くなく、桃子の肌には、ふわりとした熱だけが余韻を残す。
そして、困惑する桃子をよそに――。
「あっ」
驚きの声をあげたのは、茉莉子だった。
棒人間だった火の玉たちが、再びバラバラになり、百を超える火の玉と化して。
そして驚くべきことに、彼らは次々と、桃子の目の前のカレー鍋へと飛び込んでいったのだ。
『え!? ま、待って! 火の玉さん……っ?!』
桃子が止める間もなく、火の玉たちがカレーへと飛び込んでいく。
慌てて桃子が火の玉の行く末を追うように鍋の中を覗き込んだとき、その異変は起きた。
このとき、桃子は【カレー製作】など発動させていないというのに。いつものように、魔力を込めて混ぜたわけではないというのに。
カレーの鍋が、眩い魔力の光を放ちだした。
これは、いつも桃子が見ている【カレー製作】の力で間違いない。魔力による、魔法料理の完成した瞬間に間違いない。
『火の玉さん! 火の玉さん! 何を……なんで……っ?!』
カレーは、完成した。
桃子の目でもわかるほどに濃密な魔力の光を放つカレーは。黄金色で、とても、美しかった。
『そ、そんな……これを、食べろって……そういう、ことなの?』
給食室には。
呆然とした桃子と茉莉子。そして、『踊る火の玉』の力が溶け込んだ、シンプルなカレーだけが残されていた。
「も、桃子ちゃん……」
『茉莉子ちゃん……』
あまりの衝撃的な展開に桃子の頭は真っ白になってしまったが、しかしじわじわと、冷静になるとともに理解が追いついてくる。
これが、火の玉たちの『助力』だったのだ。
火の玉たちは、力を失った桃子に。命を失いかけている桃子に。彼らは己の全てを差し出したのだ。
桃子が呆然としている間にも、しかし半泣きの茉莉子が先に動き始める。
茉莉子は表情を歪めながら、嗚咽を我慢しながら、ご飯を器に盛り、桃子のために魔力の光を含んだカレーを注いでいく。
茉莉子は聡い少女だ。火の玉が身を投げ出したことは、ショックだった。守り神のように感じていた彼らが唐突に消えてしまったことは、ショックだった。
けれど、現実世界でまさにいま死にかけている桃子を救うためには、このカレーを食べさせなければならない。それくらいはすぐに理解できる少女だった。
だからこそ、茉莉子は泣きながらカレーをよそった。涙を零しながら、桃子にカレーライスを差し出した。
「桃子……ちゃん。お、お願い……食べて……! こ、これは食べないと、駄目だから……!」
桃子は呆然としながら。
そして、じわじわとこみ上げてくる言語化できない感情の波を、飲み込みながら。
『うん……ありがとう……あり、がとう……。火の玉さんのカレー、私、食べるよ……』
気付けば、校舎に響くピアノの音楽は、あの懐かしい、ピーマンのようなタイトルの曲に変わっていた。
桃子が六年一組の一員として通学していた頃に、授業で踊ったダンスの曲だ。音楽室で、モチャゴンやヘノ、そして火の玉たち、皆が一緒になって踊った曲だ。
桃子は、つい今し方まで、そこにいた筈の仲間を想いながら。
ここまで、桃子を、茉莉子を、紅子を、そしてきっと大勢の子供たちを見守ってくれた怪異を想いながら。
潤んだ瞳で。優しく、温かい、火の玉たちの全てが溶け込んだカレーを、頬張った。
そのカレーは、甘くて、優しくて。
少しだけ、しょっぱかった。
桃子が七不思議の世界で、懐かしい怪異たちと邂逅している頃。
妖精の国では、ヘノが『とある行動』にチャレンジしていた。
この妖精の国は今、最大の危機に陥っている。
けれど、危機を前にして、戦える仲間が圧倒的に足りていない。
今は白蛇の神と化したクルラが姉妹たちを守ってくれているものの、あの力には限りがある。きっと、戦えなくなるのは――妖精たちが敗北し、邪竜ジャバウォックにこの世界が蹂躙されるのは――時間の問題だ。
助けを求めなければいけない。
ジャバウォックがこれ以上力を得ることを防ぐためにも、外にいる仲間たちの手で、各地のダンジョンを浄化してもらわないといけない。
どうにかしてそれを、地上の人間たちに伝えなければいけない。
「ここを……こうか? 違うな。確か。後輩はこっちのボタンを押してたんだ……」
ヘノは、倒れている桃子に代わり、探索者用端末を操作する。
桃子たちに教わり、簡単なひらがなやカタカナならばどうにか読めるようになった。けれど、端末にはひらがなやカタカナは少なく、漢字やアルファベットが多い。
それでも必死で、前に柚花から聞いた操作を思い出す。柚花が『配信者』として操作していたボタンの位置を思い出す。
ボタンを、一つずつ押していく。
桃子は以前一度だけ、この端末から『配信』をしたことがあった。
それは結果としては、森の風景が一瞬映る以外はノイズだらけという、一種のホラー映像じみた配信で終わってしまった。
けれど、桃子はそのアカウントを消してはいない。
だから――配信者『momoko』のアカウントは、まだ存在しているはずなのだ。
「わかったぞ。きっと。ここだな」
ヘノは、桃子の配信者用端末を少し離れた地面の段差に立てかける。
カメラがきちんと動いているのならば、このカメラはヘノの姿を捉えてくれるはずだ。
マイクがきちんと働いているのならば、このマイクはヘノの声を聞き届けてくれるはずだ。
文字を読めないヘノは、それでも。記憶を辿り、何度もミスをして。
『配信開始』のボタンまで、辿り着いた。
「なんだ? これで……いいのか?」
ヘノがボタンにタッチすると、画面が変わる。そこにはヘノの姿が映っており、端末の端のランプが赤く光っていた。
これで本当に、外の人間たちにこの光景が届いているのか。ヘノにはそれが、わからない。
「これで。外の人間たちに繋がってるのか?」
ヘノが画面に近づいて覗き込むと、画面にうつるヘノの姿も大きくなり、ヘノの顔が拡大される。これが果たして、配信状態なのかどうなのか、ヘノにはさっぱりわからなかった。
どうにか読み取れる『コメント』と書かれた枠には何も表記されていない。
枠外にはヘノに読めない漢字が幾つか書かれているが、そこには数字の0と書かれている。
ヘノは、その数字の意味するところを知らない。『視聴者数』などという漢字の意味を、ヘノは知らない。
「……よし。喋るぞ」
だが、ここまで来たらヘノに選択肢はない。これが外の人間たちに届いていることを信じて、ヘノはカメラに向かって言葉を紡いでいく。
「人間たちに。頼みがある」
ヘノの声は、緊張を孕んでいる。今にも泣き出しそうな声だ。
画面に映る空には、重々しく渦を巻く雲と、我が物顔で飛び交う漆黒のワイバーンたちが映っている。ヘノの背後の地面には、桃子が手放したハンマーが映っている。
「いま。妖精の国が大変なことになってるんだ。ずっと封印されてた、邪竜とかいうのに襲われてるんだ……」
こうしている今も、残された妖精たちが戦っている。
ここで倒れている桃子やルイ、フラムだけではなく、他の姉妹たちも力尽きてしまうかもしれない。
本当に、自分だけが残されてしまうのかもしれない。
そう想像するだけで、ヘノの声に悲しみが混ざる。視界が涙でぼやけてくる。
それでも、ヘノはカメラに向けて話しかけた。
「外のダンジョンから。瘴気がどんどん流れ込んで来るんだ。それで。邪竜が……つ……強くなっていくんだ」
途中で、声が途切れ途切れになる。
言葉が震えて、上手く声が形にならなくなる。
「女王が……母様が。このままじゃ……みんな死んじゃう……。仲間が……桃子が……戦って。でも。駄目だったんだ……」
ヘノの瞳から、涙が溢れる。もう、画面に自分がどう映っているのかも確認できない。
画面に記された数字が、途中から0から1になっていることにも、気づかない。
それでもヘノは、端末へと向けて声をあげる。これが、妖精たちに残された最後の命綱なのだから。
「人間たち。頼む。ダンジョンの魔物を倒してくれ。桃子を助けてくれ……。お願いだから……妖精の……国を……救って――」
そこまで伝えたところで――。
ドオオオォオン!!
衝撃とともに、撮影中だった端末は吹き飛んでいく。
「な……っ!!」
ヘノの頭上から、一体のワイバーンが強襲をかけてきていた。
放射された黒炎は桃の木の結界によって防がれている。
結界のお陰で、桃子は無事である。ルイとフラムも、守られている。
しかし衝撃によって配信作業は停止を余儀なくされ、ヘノもすぐに振り返りワイバーンへとツヨマージを向ける。
だが、しかしヘノの反応の遅れは致命的だった。
「しまった……!!」
ヘノの目の前に、漆黒の鉤爪が迫っていた。
世界がスローモーションに見える。
視界の向こうで、桃子は穏やかに眠っていた。その顔色は、先ほどよりもどことなく、温かみを帯びているように見えた。
桃子から、不思議な光が周囲に放たれているようにも見えたが、それ以上のことはヘノにはわからない。
ヘノはただ、桃子の無事を確認できただけで、心がふっと軽くなった気がして。桃子に微笑みを向けて。
そして、ヘノが魔物の凶刃で切り裂かれるその刹那――。
獄炎を纏う刃が一閃し、ヘノへと迫る魔物の鉤爪を切り裂いた。
植物の根のような槍が幾つも地面から飛び出し、目の前のワイバーンを串刺しにした。
声が聞こえた。
「黒き飛竜か……存外、弱し」
「凄いぞ! やっぱり躯は最強だな!」
それは、灼熱の炎の渦巻く階層で、ヘノが死力を尽くして戦った末、とうとう勝てなかった魔物――骸骨武者の躯。
その肩では、力尽きていたはずの炎の妖精が、未だ弱々しい魔力ながら、しかし笑顔ではしゃいでいる。
「リリィ……ヨウセイ……マモル……リリリィ……」
「ククク……魔物の力を失い、それに代わり怪異の力を得るとはねぇ」
それは、毒草園の戦いで、妖精たちが総力を合わせてなお、圧倒的な力でねじ伏せられ、辛酸を舐めさせられた強敵――アルラウネ。
そのケールのドレスの胸元から顔を出すのは、やはり力つきて眠っていたはずの薬草の妖精だった。
「お前ら……お前ら……」
ヘノは、何を言えばいいのかわからなかった。
突然の展開に驚けばいいのか、姉妹の復帰に喜べばいいのか。
それとも、これが夢なのではないかと疑えばいいのか。
けれど、一つだけヘノが確信したことがある。
この絶望的だった戦いの中で。
いま、心強い味方がやってきてくれたのだ。
【配信チャンネル『momoko』 ――エラーにより配信終了】
最終視聴者数:1
最終コメント:1
:遅れてすまんな。地上のことはわしにまかせろ。