ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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探索者たちへ

【筑波ダンジョンギルド公式 ライチちゃんの筑波チャンネル】

 

『この番組は、皆様の探索を支え、未来を切り開く。ダンジョンテクノロジーの最先端、筑波ダンジョンギルドの提供でお送りいたします』

 

 よう、若造連中、久しぶりじゃな。まあ挨拶はあとじゃ。

 すでに知っての通り、いま日本中のダンジョンが未曾有の危機に陥っておる。

 そんな中でお前らに伝えねばならぬことがあってな。この配信はいま、筑波ダンジョンの権限で、日本に在籍している全ての探索者へと強制的に配信させてもらっておる。

 

 これから、探索者たちにとても大切な話をする。真剣に、よく聞いてほしい。

 じゃが、まずは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七不思議の校舎には、音楽室で奏でられている卒業式の合唱曲が響きわたっていた。

 ピアノだけではない。ギター、リコーダー、アコーディオン、ホルン。様々な楽器たちが意志を持ち、桃子たちへと音楽を奏でてくれている。

 それは、給食室でカレーを食べる桃子たちの元にも届いていた。

 

 

『あはは、カレーはやっぱり美味しい……美味しいね、茉莉子ちゃん』

 

「うん……」

 

 桃子は、泣きながらカレーを食べていた。

 何よりも大好きで、今まで何百食、下手をすれば何千食と食べてきたカレーだ。

 けれど、こんなに涙の止まらないカレーは、初めてだった。

 

 桃子の隣では茉莉子も同じく、瞳を潤ませながら少しずつ、カレーを咀嚼していた。

 茉莉子は食べなくてもいいカレーだが、桃子に強く勧められたのだ。火の玉たちの想いを、茉莉子の中にも留めていてほしい、と願われて。

 

『私ね、茉莉子ちゃんたちの卒業式にも、行きたかったんだ』

 

「うん」

 

 作ったカレーは元から二人分だ。桃子と茉莉子の二人で、あっという間に食べ終えてしまう。

 桃子はスプーンで掬い上げた最後の一口を見つめてから、茉莉子に宣言する。

 

『一度は諦めたんだけど……でもね。きっと、きっと! 全部終わらせて、卒業式には参加するから!』

 

「うん」

 

 給食室の景色に、うっすらと霧がかかっていく。

 桃子の姿が薄れていく。茉莉子の姿が薄れていく。

 二人とも、理解していた。きっと自分たちは、元の世界に戻るのだと。

 茉莉子は昇降口に。

 そして、桃子は――戦場に。

 

『だから……待っててね。私、絶対に勝ってくるから!』

 

「うん、うん」

 

 そして、桃子は最後の一口を食べる。

 そのカレーは、何の具も入っていないカレーを白ご飯にかけただけの、シンプルなものだ。

 けれど、そこには様々なものが込められていた。

 優しさ。熱さ。強さ。そして――百年以上もの間、数多の人々から祈られてきた、願われてきた、怪異としての根源。

 七不思議『踊る火の玉』に込められていた全ての力が、桃子と、そして茉莉子の中に眠る一人の怪獣に宿る。

 

『じゃあ、また……ね!』

 

「うん、絶対に……また、来てね!」

 

 茉莉子の前から、桃子が消えていく。給食室の風景が消えていく。

 そして、遠くから聞こえていた合唱曲が聞こえなくなった頃、茉莉子はひとり、立っていた。

 

 

 

 

「……あ、ここ、昇降口」

 

 そこは、いつもの見慣れた昇降口の風景だ。

 日は傾き、廊下に並んだ窓からはオレンジ色に染まった太陽の光が射し込んでいる。

 じわじわと、茉莉子の身体に現実感が戻ってくる。

 もしかしたら、先ほどまで見ていた七不思議の世界は夢だったのではないか。桃子もペコも、今頃どこかで元気に笑い合っているのではないか。

 茉莉子が頭の隅でそのようなことを考えていると、そんな茉莉子に声がかけられた。

 

「茉莉子ちゃん! 茉莉子ちゃん!」

 

「え、お婆ちゃん? それに、奈々さん?」

 

「ああ、いてくれてよかったわ。実はいま、日本中のダンジョンがとんでもないことになってるのよ」

 

「え……?」

 

 昇降口に焦ったように駆け込んできたのは、茉莉子の祖母の紅子と、世界魔法協会の仕事の一環で定期的に紅子のもとを訪れている協会職員、老芝奈々の二人だった。

 血相を変えて駆けてきた二人に、茉莉子はぽかんとした表情を浮かべる。

 ダンジョンが、とんでもないことになっている。

 それはまさについ先ほど、桃子から聞かされた話だった。

 

 どうやら奈々と紅子の二人は、茉莉子を探してこの旧校舎まで車を走らせてやってきたのだそうだ。

 見れば確かに、旧校舎の昇降口前には、何度か見かけたことのある世界魔法協会の車が停まっている。

 車の前に来ると、茉莉子は改めて、二人からいまダンジョンで起きていることを聞かされた。

 

 日本中のダンジョンで、スタンピードが起きていること。

 妖精の国で、ペコたちが戦っていること。

 そして、ここからほど近い長崎ダンジョンでは多くの探索者が危機に陥っており、すぐにでも『戦力となる存在』が必要であること。

 

「そこで、世界魔法協会として、名波茉莉子さんにお願いがあります」

 

 老芝奈々が、小学生の茉莉子に頭を下げる。

 

「小学生のあなたに、危険なダンジョンに踏み込めとは言いません! ただ……ダンジョンの入り口で、石像に命を吹き込むそのスキルを使用して欲しいんです!」

 

 その言葉に合わせ、横に立っていた紅子が車の座席からひとつの石像を持ち出した。

 それははるか昔、小学生だった紅子が紙粘土で製作した、一体の怪獣だ。

 それは七不思議の世界で紅子と茉莉子を助けてくれた、明るく頼もしい、とても大切な仲間だ。

 

「モチャゴン……」

 

「はい! 本来、小学生の茉莉子さんを巻き込むべきではないと、重々承知しております。ですが……いま、長崎ダンジョンを救うために、彼――モチャゴンの力を、お貸しください!」

 

 茉莉子は、大気中に魔力のあるダンジョンにさえ踏み込めば、石像のモチャゴンに命を吹き込める。

 奈々は――いや、世界魔法協会は把握しているのだ。モチャゴンという存在が、多くの魔物や、巨大な特殊個体と戦うだけの力を秘めているということを。他ならぬ、彼と肩を並べて戦ってきた桃子からそれを伝えられているのだ。

 その戦力は、いまの長崎ダンジョンにとって、喉から手が出るほどに欲しいものだった。

 そして茉莉子もまた、いま長崎ダンジョンを救うことはきっと、今もどこかで戦っている桃子とペコを救うことに繋がるのだと、感じ取る。

 だから、茉莉子は力強く頷いて見せた。

 

「やります。私も……友達を助けるために、この力を使いたい……です!」

 

 

 

 

 長崎ダンジョンへと続く道を、奈々が運転する車に乗って走っていく。

 山間の集落の風景から、景色は市街へと近づいていく。道路の右手には、夕日を反射する大村湾が見える。

 

「でも、お婆ちゃん。ダンジョンが大変になっているって……どうして、知ってるの?」

 

「ああ、そうね。その説明も必要ね」

 

 それは素朴な疑問だった。

 茉莉子は桃子から直接話を聞いているため、なんとなくでもその原因を知っている。妖精の国を襲う邪竜――ジャバウォックという存在が、おそらく全ての元凶なのだろう。

 けれど、祖母の紅子がそれを知っているのは奇妙に思えた。

 世界魔法協会の職員である奈々ならば知っていてもおかしくないかとも思ったが、紅子の元を訪れていた奈々が、ペコたちの事情まで把握できるものだろうか。

 

 だが、茉莉子の隣の座席についている紅子は、一つの端末を手に取った。

 それは紅子のものではなく、今は車を運転している奈々のものだ。紅子は奈々に許可を得てから、その端末を操作する。

 

「この配信を見てちょうだい。これは、日本の探索者や、その関係者に一斉配信されたものなのよ」

 

 その後、その画面に映された『筑波ダンジョンギルド』による配信動画は。

 茉莉子を驚かせるには、十分なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【筑波ダンジョンギルド公式 ライチちゃんの筑波チャンネル】

 

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 よう、若造連中、久しぶりじゃな。まあ挨拶はあとじゃ。

 すでに知っての通り、いま日本中のダンジョンが未曾有の危機に陥っておる。

 そんな中でお前らに伝えねばならぬことがあってな。この配信はいま、筑波ダンジョンの権限で、日本に在籍している全ての探索者へと強制的に配信させてもらっておる。

 

 これから、探索者たちにとても大切な話をする。真剣に、よく聞いてほしい。

 じゃが、まずはこれから流す映像を見てくれ。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ――暗く重い空の下。一人の少女――緑色の光を纏う妖精が、必死の表情でカメラをのぞき込んでいる。

 

「なんだ? これで……いいのか?」

 

「これで。外の人間たちに繋がってるのか?」

 

「……よし。喋るぞ」

 

 ――妖精が一度、息を呑んで。カメラに向かって話しかけてくる。

 

「人間たちに。頼みがある」

 

「いま。妖精の国が大変なことになってるんだ。ずっと封印されてた、邪竜とかいうのに襲われてるんだ……」

 

 ――妖精の背後には、ぼろぼろに荒らされた花畑らしき風景と、地面に落ちている巨大な木製ハンマーが見えた。ハンマーは一部が黒く焼け焦げ、そこで壮絶な戦いがあったことが読みとれた。

 

「外のダンジョンから。瘴気がどんどん流れ込んで来るんだ。それで。邪竜が……つ……強くなっていくんだ」

 

 ――妖精は、所々たどたどしく、震える声で語っていく。土で汚れた頬には、すでにうっすらと涙の跡がある。

 

「女王が……母様が。このままじゃ……みんな死んじゃう……。仲間も……桃子も……戦って。でも。駄目だったんだ……」

 

「人間たち。頼む。ダンジョンの魔物を倒してくれ。桃子を助けてくれ……。お願いだから……妖精の……国を……救って――」

 

 ――そこで何かがあったのか、妖精少女の映像は停止し、そのままプツリと途切れてしまう。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 これはまさにいま、ダンジョンの中で戦い続けている、一人の妖精からのメッセージじゃよ。

 ギルド上層部は現在、探索者たちの命を守るためにダンジョンへの立ち入りを禁止しておる。ダンジョンを封印する方向で舵を取っておる。

 ……探索者たちの命を守るのはわかる。それが上に立つものとして正しい判断だというのもわかる。

 

 しかしな、それだけでは駄目なんじゃ。

 ダンジョンには、妖精をはじめとした多くの守護者がおる。彼らこそが、ダンジョンに立ちこめる『瘴気』というものをずっと、押さえ込んでくれておったんじゃよ。

 じゃが、彼らにはいま、わしら人間の力が必要なんじゃ。

 わしら人間に、ぬしら探索者に――彼らの命が、かかっておる。

 

 ……よいか、探索者たちよ。聞いてくれ。

 

 命を投げ捨てろとは言わぬ。恐ろしければ、逃げてもかまわぬ。自己犠牲を払えなどとは、口が裂けても言えん。

 じゃが、それでも……頼む。

 全てをひっくるめた上で、力を貸してやってくれ!

 我らの隣人を救うために、力を貸してくれ!

 

 

 ……以上が、筑波ダンジョンのマスコット幼女ライチちゃんからの、ぬしらへのお願いじゃ。

 さて、わしはこれから、筑波ダンジョン第一層に現れやがった特殊個体のヒュドラ狩りにでも行ってくるかの。あいつには大きな借りがあるのでな。

 

 では、配信はここまでじゃ。

 おぬし等も、死ぬことは禁ずるが――どうか、気張ってくれい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペコちゃん……! ペコちゃん……!」

 

 車の中で、配信画面を凝視しながら。

 茉莉子は、そこに映った妖精の痛々しい姿に表情をゆがめていた。

 配信途中に挿入された映像。妖精の国からのメッセージ。そこにいたのは間違いなく、彼女の知る『食いしんぼ妖精ペコ』の姿だったのだ。

 

「その配信のすぐ後に、ダンジョン庁上層部から全国のギルドに向けて、一斉に通達が届きました」

 

 運転をしながら、奈々が語る。

 全てのギルドに、探索者の力量と安全性を審査した上での開門許可が出た。

 ダンジョンを救うことが、『瘴気』を祓い、地上を救うことに繋がる。ダンジョン庁は、いよいよ腹をくくったのだ。

 まっすぐに、正面の道路を見つめながら説明をしていく奈々の表情は硬い。きっと、奈々とて心の中に、様々な感情が渦巻いているはずだ。

 

「また、今頃は世界魔法協会の各支部が、一斉に動きを見せているはずです。私たちは当初から、このような事態に備えていましたから」

 

 世界魔法協会。彼らは、ダンジョンのスクロール――魔法書の管理を行っている団体だ。

 そして今、ギルドとの連携で、その多くのスクロールが解放されているのだという。

 火の魔法の素質をもつものには、火の魔法のスクロールを。

 治癒の魔法の素質をもつものには、治癒の魔法のスクロールを。

 徹底的に、探索者たちの素質と照らし合わせて選び出した魔法を。

 もちろんそこにはギルドによる厳しい審査基準があるが、この命がけの戦いでダンジョンに赴く彼らのために、世界魔法協会は大きく動きだしたのだ。

 

 今、皆が戦っている。

 妖精も、人間も、皆が戦っている。

 茉莉子はそれを思い、 もの言わぬ石像であるモチャゴンを両手で抱きしめる。

 

「……モチャゴン……お願い、桃子ちゃんたちを助けるのに、力を貸して……ね」

 

 ここはダンジョンではないのだから、彼が動くことはないはずだ。彼が反応することはないはずだ。

 けれど、今はモチャゴンを抱きしめずにはいられなかった。

 

 

『大丈夫モチャよ』

 

 

「え?」

 

 そんな茉莉子に、聞き覚えのある声が届いた。

 声――だけれど、音ではない。心に直接届くような声。

 そしてそれは、あの七不思議の夜に聞いた、掛け替えのない仲間の声だった。

 

『ボクが、火の玉さんたちの力と一緒に皆を助けてくるから、安心していいモチャよ!』

 

「うそ、モチャゴン……」

 

 車を運転している奈々に変わった様子はないけれど、横では紅子が目を見開き、口元を押さえている。

 きっと紅子にも、モチャゴンの声が届いているのだろう。

 

「モチャゴン……モチャゴン。よろしくね」

 

 茉莉子は、紅子とともにモチャゴンの石像を抱きしめて。

 大切な仲間であり、家族であるモチャゴンに向けて。

 何度も、何度も声をかけるのだった。

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