【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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魔女たちの道導

 山形県、蔵王ダンジョン。

 ここではこの日本のダンジョンの未来を左右する、とある計画が進行中だった。

 

「ところでりりたん。ライチちゃんが目覚めて全探索者の端末をジャックしてくれなかったらどうするつもりだったんです? まさか、何も考えていなかったとはいいませんよね?」

 

「失礼ですね。ゆかたんは、私が何も考えていないと思っていたのですか?」

 

「じゃあ、何かあったんです?」

 

「その場合はクリスに強権を発動させるつもりでした。まあ十中八九、その後は世界魔法協会と日本ダンジョン庁の間に軋轢が発生したことでしょうけれど」

 

 どうやら、春から柚花の契約先となる世界魔法協会は、あわや日本ダンジョン庁との間に火種が発生するところだったようである。柚花としては笑い事ではない。

 なんにせよ、ことは順調に進んでいるようだった。

 

 彼女らが雑談を交わしているのは、蔵王ダンジョンの外、桃の窪地の管理小屋の一室だ。

 蔵王ダンジョン内では今頃、リヨンゴやフルドラ、クヌギといった面々が、次々と押し寄せる魔物相手に戦い続けているはずだ。

 彼らの役目は、日本最高齢の新人探索者である風間イネの護衛だった。

 イネの放つ【浄化】の光を、ダンジョン第三層に存在するミカガミ様へと届けること。それが護衛の役割だ。あとは魔鏡の力で光を反射し続け、ダンジョン中に【浄化】の光を満たすだけである。

 それが今回の、蔵王ダンジョンの戦いである。

 

「ですから、来智ミト博士が目覚めてくれたのは僥倖でした。まさか、ヘノさんの配信まで電波に乗るとは想定外でしたが」

 

「そうですね。ヘノ先輩……あんなボロボロになって……」

 

 そして一方、りりたんと柚花。

 彼女らとて、ただ無駄に地上で雑談を交わしていたわけではない。彼女らは、桃の窪地にてとある大術式のために、魔力を振り絞っているところだった。

 身体では膨大な魔力を術式に注ぎ込みながら、頭が暇を持て余しているだけである。

 

「ゆかたん、そんな暗い顔をしないでください。ヘノさんもももたんも無事ですから。なによりももたんとヘノさんの安全は、あなたが証言してくれたのでしょう?」

 

「そんなの、分からないですよ。そもそも三十年前の鎌倉なんて……」

 

「ふふふ。私たちがなんと言おうが、楔とはそういうものですよ」

 

 柚花も当然、来智ミトによる全探索者へ向けた配信をすでに視聴している。

 そして、そこに映されたヘノの痛ましい姿に、見るも無惨な妖精の花畑の様子に、そしてその背後に落ちている黒く焦げたハンマーに、言葉にできないほどの激情を覚えていた。

 柚花などはそれこそ、一度はその場で心が狂ってしまったのではないかという荒れ方をしたので、りりたんが魔法で強引に落ち着かせている。

 

 だが二人とも、知っているのだ。桃子とヘノは今回、無事であるはずなのだと。

 と言うのも、柚花とりりたんの調べによると、桃子には『過去のティル・ナ・ノーグ』『五十年前の七守小学校』ともう一つ、別な『楔』が存在していた可能性が高いのだ。

 遠い過去の人間に、未来を認識させた『楔』。それにより、桃子の無事な未来が確定している、という逆算の考え方だ。いわゆる、シュレディンガーの桃子その3である。

 

「まあ、ことが終わったら、うちの両親を根ほり葉ほり問いただしてみますよ」

 

「ふふふ。それがいいでしょう」

 

 そうして二人は『いつも通りの会話』で、心を落ち着かせると。

 再び、目の前の大術式へと集中する。極限まで圧縮された魔力が台風のように渦巻いている現状へと、意識を向ける。

 

 ここは桃の窪地の管理小屋に作られている、妖精の国と繋がっていた一室だ。

 本来ならば転移のための光の膜が出現するべきこの一室だが、今はやはり邪竜ジャバウォックの妨害にあっているらしく、どれだけ空間に力を込めても転移の膜は発生しない。

 だから、この場にいるものたちは。

 外部から力尽くで、妖精の国へと続く道を開く大術式を発動させていた。

 

 そこには、四人の少女がいた。

 いや、約一名だけは実年齢を言うならば少女とはいえないかもしれないが、そのうち最高齢である車椅子の少女――クリスティーナが、口を開く。

 

「ネーレイス様。本当に、いいのですね? 私モ、あなたモ、ジャバウォックの瘴気に巻き込まれれば……モう、無事では済みマせんよ?」

 

「ふふふ。心配には及びませんよ、クリスティーナ。私には、瘴気を防ぐことに特化したお友達がいるのですよ」

 

「でもりりたん。そのお友達はまだやってきてないみたいですけど?」

 

「大丈夫ですよ、ゆかたん。ちゃんと塩も舐めておりますし、りりたんは友達を信頼していますから」

 

 クリスティーナの心配。それは、己と、そしてりりたんの持つ『瘴気の傷』についてであった。

 この室内の床に刻まれた魔法陣。これは、女王ネーレイスとしての知識を持つりりたんが刻んだものだ。

 今は、この魔法陣に四人の少女がそれぞれの力を注ぎ、妖精の国へと続く道をこじ開けている真っ最中である。

 

 問題になるのはこの道をこじ開けた後だ。

 仮に妖精の国へと踏み込んだところで、クリスティーナと天海梨々の肉体が、ジャバウォックの発する瘴気の渦に耐えられないという、致命的な現実がそこにある。

 しかし、りりたんによればその対処については考えている、とのことだった。クリスティーナはだから、りりたんを信じ、それ以上の質問を取りやめる。

 

「ふふふ。例の配信の影響が出はじめるのは、もう間もなくでしょう。彼らも動き始める頃合いですしね」

 

「まもなく、各地のダンジョンで探索者たちが戦い始める……っていうわけですね」

 

「ええ。探索者たちが各地のスタンピードを終わらせてくれるならそれが一番なのですが、そうでなくとも探索者たちの希望や勇気は瘴気を打ち消します。そうすれば、ジャバウォックも戦い方を変えざるを得ませんからね」

 

 そして、りりたんは魔力を魔法陣にそそぎ込みながらも、時を刻み続ける室内の時計に視線を向けた。

 太陽はすでに、山影の向こうに沈んでいる。

 ライチによる配信が日本全国に強制的に配信されてから、各地ではもう大きな波が発生しているはずだ。

 だからこそ、この大術式はまもなく、完成に至る。

 

「すもたんも、いけますね? 座標の固定は安定期に入りましたし、あとは時がくるのを待つだけです」

 

「うう……涙出てきた……けど、やります」

 

 この部屋にいる四人目の少女。黙って柚花たちのやりとりを聞いていた彼女の名は、美琴すもも。彼女は以前、房総ダンジョン近くの病院に入院していたところを、りりたんが見つけてきた中学生である。

 その瞳は、内から魔力を照らし出すような、美しい黄金色をしていた。

 彼女こそは、幼い頃にダンジョンで死にかけていたところを雷の妖精エレクによって救われた、いわゆる『チェンジリング』の赤子が成長した姿だった。

 

「私、やります! 妖精さんに命を救ってくれた恩を、今……返します!」

 

「頼りにしておりますよ、すもたん。あなたは、大樹の女王となりうる逸材ですからね」

 

「り、りりたんにそう言われると……なんだか涙が……」

 

 結論から言えば。

 死にかけていた赤子にエレクが最終的に施したのは『ツヨマージの破片を体内に埋め込む』という過激なものだった。

 ツヨマージは、妖精の国の柱ともいえる精霊樹の若木の力を圧縮したものだ。エレクは、それを死にかけの赤ん坊の心臓に押し込んだ。

 結果として。赤子だったすももは一命を取り留め、彼女は人間ながらも『精霊樹の因子』を持つ魔法生物として成長し、この日、重要な戦力としてりりたんに半ば強引に連れてこられたのである。

 

「すももさんも、りりたんに無茶を言われたらはっきりNOと言っていいんですからね?」

 

「た、タチバナさんが優しくしてくれてる……涙とまらん……ぐす……」

 

「ふふふ。すもたんは変わった子ですね」

 

 四人の少女が魔力を込め、制御に集中する。

 

 先代妖精女王ネーレイスの転生体、天海梨々。

 妖精女王ティタニアのパートナーでもある、世界魔法協会会長、クリスティーナ。

 その身に精霊樹の因子を持つチェンジリングの赤子、美琴すもも。

 そして、桃子とともに新時代の妖精と契りを交わした新時代の魔女、橘柚花。

 

 大きく渦巻いたこの四人の魔力は、この小さな部屋では収まり切っていない。魔力の圧だけで小屋の窓や扉を吹き飛ばしてもなお、その重圧は増している。

 

「ふふふ。そろそろ、深援隊の方々が、ターゲットと衝突する頃合いですよ」

 

「そこから順に、流れが変わっていくって寸法ですね」

 

「うまく、行くといいですけど……ぐす」

 

「大丈夫です。彼らは、とてモ強い探索者なのですから」

 

 まもなく日本中のダンジョンで、探索者たちの反撃が始まる。

 探索者たちがスタンピードをどうにか抑えることが出来たならば、あとはそれぞれのダンジョンの守護者たちによって瘴気は浄化されていくはずだ。

 日本中の、瘴気の流れが変わるときこそが、この大術式の完成の瞬間である。

 そして、その時は、刻一刻と、近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠野ダンジョン第二層『大竹林』。

 ここには、かつて第三層で数多の命を食らってきた特殊個体である『鵺』が復活し、第二層を深淵の世界へと沈めていた。

 

「なあ。色んな場所で戦ってきたけど、お前と戦うのは楽しかったぜ」

 

「けっ、最後までお前と一緒なんてのは笑える悪夢だが、しゃーねえな」

 

「まあ、鵺を足止めして、他の探索者たちを逃がせたのは、お前のおかげだ。助かったぜ、相棒……」

 

 ここでは今、かつて高ランクパーティ深援隊に所属していた二人の探索者が、たった二人で鵺と交戦を続けていた。

 ここが大竹林という環境であったことが幸いし、一番やっかいな鵺の能力、落雷は竹林が避雷針になることでどうにか直撃は避け続けている。もっとも、直撃していないだけで、感電によるダメージは酷いものだ。

 いくつもの裂傷と火傷に晒され、多くの血を失い――二人はもう、戦えない。

 

 周囲の竹は焼け落ち、竹林のあちこちが燃え盛っている。

 そして。二人の視線の先には、闇を纏う巨獣がのそりと、姿を現していた。

 猿のような顔に、虎のような四肢。漆黒に染まった毛皮に、うごめく蛇で構成された尻尾。それはまさに、古来より伝わる巨大な獣、鵺である。

 鵺の毛皮がビリビリと電流を発する。これは、雷撃の前兆だ。

 

 もう、周囲には避雷針になりうる竹がない。雷を避けることも叶わない。二人は覚悟を決めて、目をつむる。

 

 だが。

 

 耳をつんざくような落雷の音がしたのは、二人から離れた場所だった。

 

「……へ?」

 

 二人の探索者は、閉じていた瞳を再び開き、あまりの驚きに固まった。そこには、金色の何かがいた。

 

「お、おま……お前、お前!」

 

「お久しぶりです! 遅れましたが、あとは俺が避雷針になりますよ!」

 

 そこに立っていたのは、無駄に元気ハツラツな黄金全身鎧の大男だった。

 頭から足までを金色の鎧で包んだ人物が仁王立ちになり、雷を受けていた。頭からは落雷の衝撃でプスプスと湯気が出ている。

 また、現れたのは金ぴかの鎧だけではない。

 白いローブに魔術師用の杖を持った女性が、二人に手を翳して治療の魔法を発動すると、致命的だった傷口からの流血が止まっていくのがわかる。

 そして、鵺から二人を護るように立つ男性の手には、黄金色に輝くブレードが握られていた。

 

「怪我人が大声を出すのはおよしなさい。この場で治療をいたしますから、服を脱ぎなさい」

 

「お前たち。よくここまで戦ってくれた。お前たちの元隊長として、これほど誇らしいことはない」

 

「サカモト、姐さん、それにリーダー、なんで……!」

 

「俺たち深援隊は、ダンジョンで助けを求める人々のためのチームだ。だから、助けにきた。後は俺たちに任せろ」

 

 それは、深援隊の幹部たち。そして周囲には他にも見覚えのある探索者たちが散開し、鵺を囲み、そして他の魔物たちの介入を防いでいる。

 彼らこそは、日本有数の高ランクパーティ、深援隊だ。

 

 助けられた二人は知らない。

 今回の異変が起きた直後から、世界魔法協会のヘリによって、深援隊メンバーたちがこの遠野へと真っ直ぐに駆けつけていたことを。

 その時間を稼いだ二人の戦いは、決して無駄ではなかったということを。

 

 風間は、ゆるりと黄金のブレードを構えて、鵺を正面から睨みつける。そして、静かに呟いた。

 

「あの子に二度にわたって討伐されたお前が、いくら能力だけ再現し蘇ったところで――」

 

 合図はない。ただ、呼吸を合わせて風間が疾り、周囲の仲間たちもそれに続く。

 

「大した強さはもう、残っていないのだろう! 鵺!」

 

 ここに、過去幾度となく戦ってきた宿敵である鵺と、彼ら深援隊との最後の決戦が開始された。

 

 そしてこの戦いを合図とするかのように。

 復活した強大な特殊個体たちと、ダンジョンを愛する探索者たちとの戦いが。

 日本各地のダンジョンにて勃発しようとしていた――。

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