【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

634 / 649
人間の力

 筑波ダンジョン第一層。

 この階層に造られたいくつもの研究所を囲う形で作られた防衛壁の砦では、大勢の筑波ダンジョン職員たちが戦っていた。

 この筑波ダンジョンは一般の探索者には開放されていない、技術者たちの聖域だ。だからこそ、今ここで戦っているのは技術者や研究者であり、筑波ダンジョンに籍を持つ職員がその大半を占めている。

 

「小型バリスタ隊、全員撃てぇぇぇ!!!」

 

 号令とともに、最先端魔石技術の結晶である小型の銃砲『小型バリスタ』の部隊が爆音を放った。

 かつて、香川ダンジョンの特殊個体『牛鬼』討伐の実績をあげた特殊個体討伐事案用巨大魔槍射出砲――通称『バリスタ』だが、ここに並べられているのはその小型化されたものだ。

 威力は本物にははるかに劣るものの、最先端技術によって生み出された小型バリスタはそれでも圧倒的な威力を誇り、砦の防衛の要となっていた。

 

 だが、いま彼らの砦へと進軍してくる魔物は強く、それだけでは討伐には至っていない。

 特殊個体『ヒュドラ』。猛毒の息吹を吐き散らす幾つもの首を持つ、竜とも蛇とも言えない強大な魔物。

 弓や魔法、そして小型バリスタの砲撃によりどうにかその足止めは成功している。それでもヒュドラはジワジワと、この砦へと進軍してきていた。

 九つの頭部のうち五つまでは削ることができた。だがしかし、これ以上砦へと近づかれると、この戦いがどう転ぶかわからない。

 

「くそ、まだ……まだヒュドラを倒せないのか! 解毒薬の補充、それと次の充填を――」

 

 部隊を指揮していた職員は、ここで言葉をとめる。

 彼はあくまで本来は研究者であり、軍人ではない。だからこそ、このような状況で平静を保つのは難しい。

 こみ上げる想いに、言葉をとめてしまうのは仕方がない。

 気づけば。彼らの前に、一人の、白衣を翻した幼女が立っていた。

 

「おぬし等、よくここまで耐えたのう。ようやった」

 

 彼女の幼い声が、砦に響き渡る。

 

 来智ミト。ここに立つのはあくまでそのスキル【分身】によって生まれた幼女、ライチちゃんだ。

 砦の屋上に立ち白衣をはためかせるその姿は、この場で戦い続けていた職員たちにとっての、一つの希望だった。

 

「毒のヒュドラは、このわしに任せよ! おぬし等は、周囲の魔物どもをネズミ一匹残さず殲滅せよ!!」

 

 彼女の号令一つで、重苦しい空気に支配されていた砦に活気が戻ってくる。

 この場で戦っていた職員たちは皆、知っているのだ。十三年前、この毒のヒュドラをたった一人で討伐した英雄は誰なのか。そして今この筑波ダンジョンにて、最強の戦闘力を誇る存在が、誰なのか。

 

 ライチは皆にそれだけ伝えると、砦の屋上から地上へと気軽に飛び降り、片膝と片手を地面につけるヒーローのようなポーズで着地する。

 するとそこに声をかけてきたのは、門の前を陣取り、地上の魔獣たちとの抗戦を指揮していた人物だ。

 来智ミトの本体と同様に、かなりの年輩である。だが、ドワーフの如きずんぐりとした体型を支えているのは贅肉ではなく、豪快に鍛え上げられた筋肉だ。

 

「けっ、ずいぶんな寝坊助じゃねえか、薬草屋」

 

「鍛冶屋かよ。わしが長々と寝坊している間に、黄金鋏を好き放題に改良してくれたようじゃのう」

 

「おう、目覚めの祝いだ。最高の仕上がりになってるはずだぜ、存分に振るってきな」

 

「わははは、お前さんがそこまで言うなら、頼りになりそうじゃな」

 

 相手の男。それは桃子の師匠でもある親方だ。

 工房が改修作業で使えないこの日、親方はたまたま筑波ダンジョンの武具工房から協力を願われ、この地へとやってきていた。

 なので、この再会は全くの偶然だ。

 

「ならば、早速この巨大鋏の切れ味を試してみるとするか。そこな門番、ヒュドラはわしが討つ。門を開けよ!」

 

「りょ、了解しました!!」

 

 白衣の幼女は懐から黄金色の巨大な鋏を取り出すと、頭上に大きく振りかぶり、それをひゅんひゅんと器用に回転させていく。

 目にも留まらぬ速度で回る黄金鋏。ライチはそこから発せられている風切り音を確認すると、回転の手をとめた。最後にチャキっという甲高い金属音と共に鋏の両刃を閉ざし、改めて右手で構え直す。

 この黄金鋏こそが、彼女の武器である。小さな身体でこの鋏を目にも留まらぬ速度と反射神経で振るうのが、ライチの戦い方だ。

 

「さあてと。久しいな、ヒュドラよ。長らくわしを眠らせてくれた借りを、熨斗をつけて返させてもらおうかのう……!」

 

 数多の砲撃による援護射撃を背負いながら。

 ライチと『毒のヒュドラ』の戦いが、いまここに始まった。

 

 

 

 

 

 人間が技術を用いて魔物と戦っているダンジョンは、筑波ダンジョンだけではない。

 鳥取県、砂丘ダンジョン第一層『巨大砂丘』もまた、人間の技術が特殊個体を追いつめる舞台となっていた。

 

「どうだい、バジリスク! マジックミラーさ! これだけで、お前のその邪眼は力を失うのでは、ないかな!」

 

 かつて第四層でバジリスクの片目と引き替えに、永い年月を石像として過ごしてきた人物――砂園が中心となり、宿敵バジリスクを封じる作戦が決行されていた。

 彼らが駆るカートの座席は、ダンジョン鉱石技術を活用した高反射コーティングガラスにて囲われていた。

 これはより明るい側の光を反射する、いわゆるマジックミラーの改良品だ。

 バジリスクの弱点は『鏡』である。このカートはマジックミラーの原理を利用して石化の邪眼を封じ込める、いわば対バジリスク用のカートだった。

 日の沈みかけたこの時刻でも、松明の煌々とした炎に照らし出されたガラスは鏡と化して、バジリスクの姿をくっきりと映し出している。

 

「インディ、ジョーンズ。バジリスクの目を封じるんだ! この、マジックミラーご――」

 

「教授! マジックミラーカート! マジックミラーカートですよね!」

 

「そうだぜ、いやあ格好いいな! マジックミラーカートはよ!」

 

 教授の弟子たちがカートの名を強引に言い換える不思議なやりとりもあったけれど、なんにせよ。

 

『أحسنت أيها البشر.』

 

 人間たちの叡智によって動きを封じられたバジリスクが。

 その時を待っていた『打ち倒すもの』によって、はるか上空からの光線に打ち据えられ、焼き尽くされたとき。

 砂丘ダンジョン探索者たちの勝利の雄叫びが、広い砂漠に木霊することとなる。

 

 

 

 

 

 そして四国、香川ダンジョンでは。

 

「くそっ、乱戦になっちまったな!」

 

「マグマっ、このままじゃ……!!」

 

「えあろ、俺から離れるんじゃねえぞ! お前は俺が守る!」

 

 第一層『石造りの町』での戦いは、すでに乱戦の様相となっていた。

 多くの魔獣、造魔、クロムシ、そして漆黒の蜘蛛。

 それらが次々と石造りの町へと入り込み、探索者たちの防衛ラインは大きく乱されていった。魔物の司令塔たる巨大な蜘蛛――牛鬼は、荒れ地のはるか向こうから、人間たちが苦戦する様を見ているだけである。人間たちの攻撃の届かぬ安全圏に潜み、動くことはない。

 

 だが。

 戦ううどん職人たちの耳に、遠くから響く動物の声が聞こえた。

 それは、遠吠えだ。

 

「これは……オオカミ?」

 

 誰が最初にそれに気づいただろうか。

 その遠吠えは次第に大きくなり、その主はこの戦場となっていた第一層ではなく、第二層から現れた。

 

「けもののみんな! 吉野ダンジョンに続き、香川ダンジョンも勝利するっすよっ! ウワオオオォォン!」

 

「たぬーー!!!」

 

「ワオオオォォォオ!!」

 

 それは、けものの軍勢だった。広野を駈けるオオカミ、そして巨大な狸たち。

 先頭を駈けるひときわ大きなオオカミの背に乗るのは、顔に不思議な紋様を浮かべた化け狸の少女――ポンコである。

 けものの姫としての権能を発動させた彼女が遠吠えをあげる度に、けものたちに力が宿り、その士気をあげていく。

 

「なんと!? どうやら、あれは私たちが出会った吉野ダンジョンのオオカミたちで間違いないようですね。そしてその先陣を切るのはポ……いや、けものの姫。あれはやはり、夢などではなかった。つまり、化け狸たちはあの後ヒトザトのオオカミたちと――」

 

「んなことどうでもいいんだよ! 魔物たちが混乱してやがる! 反撃は今だぜ、ユキヒラ! ワンさん!」

 

「うむ!」

 

 人間たちもまた、魔物たちの背後を突く援軍の出現に心を燃やす。

 劣勢だった石造りの町はいま、反撃の時を迎えていた。

 この町を、守り通す。うどんストリートを、取り返す。その想いが一つになり、うどん職人が、観光に来ていた探索者が、普段はうどんを食べに来ているだけの数多の探索者たちが。

 魔獣を、造魔を、クロムシを、漆黒の蜘蛛を。一丸となり撃退していく。うどんの力で、全員が心を一つにする。

 

 そして――それを操っていた巨大な蜘蛛は。

 

「お前の本体は、爺ちゃんたちが燃やしに向かったっすよ! お前みたいな中身のすっからかんな蜘蛛なんて、もう! これっぽっちも怖くないっすよ!!」

 

 けものの姫が吼える。

 荒れ地の先で眺めていただけの巨大な蜘蛛はいま、オオカミと、化け狸の群れに囲まれている。

 

「わかるっすか! 聞こえるっすか! 戦ってる人間たちの強い気持ちが、ポンたちに力を与えてくれてるっすよ! だから、これから先に! お前が何度現れたって! 何度現れたって! 何度現れたって!!」

 

 狸たちの術が、蜘蛛の糸を焼き尽くす。

 炎の玉が、爆発する結界術が、風の刃が、何発も、何発も、何発も。暴れる牛鬼へと叩き込まれる。

 

「何度でも、何度でも、何度でも!! ポンたちが、香川ダンジョンの皆が! こうして討伐してやるっすよ!!」

 

「ワォォオォオォン!!」

 

「たぬーーーっ!!」

 

 すでにこの戦いは、チェックメイトを迎えていた。

 人間たちを安全圏からいたぶり続けていた邪悪な蜘蛛、牛鬼は。

 化け狸とオオカミによる『数の暴力』によって。ポンコ率いる、けものたちの軍勢によって、その搦め手を完全に封じ込められ。

 香川ダンジョンの荒野にて、完全なる敗退を喫するのだった。

 

 後の人々は語った。

 この絆が、この戦いが、この勝利が。『うどん』なのだ、と。

 

 

 

 

 

 琵琶湖ダンジョン第四層『深潭宮』。

 全てが水に沈んだこの階層は、人魚姫であるヒメと、対するは特殊個体『海の王』による、苛烈な戦いの真っ最中だった。

 

『……母様。すぐに、琵琶湖ダンジョンを、取り戻すから。信じてて』

 

 巨大な鯨であるペルケトゥスもまた、ヒメとともに戦っている。数で圧してくる魚人の群れは、ペルケトゥスがその巨体をもって薙ぎ払ってくれている。

 だからこそ、ヒメは魚人たちを統べる『海の王』との戦いに専念できた。

 

『……聞こえる。探索者たちの、声が聞こえてくる。みんな、戦ってるんだ』

 

 数多の魚の下半身に屈強な男の上半身。

 条件だけならば人魚と近しいその姿は、しかしヒメやセイレーンと比較するのも烏滸がましいほどの、禍々しい異形であった。ヒメも、そこに同族意識は一切ない。

 

 海の王の水を操る能力で、水流がいくつもの刃となりヒメを襲う。幾つもの水流がヒメの身体に裂傷を作り、皮膚を貫く。

 だが――それだけだ。

 りりたんによって二度にわたり粉砕された海の王の力では、桃子の娘の中でも随一の戦闘能力を誇るヒメに致命傷を与えられない。彼女の突進を止められない。

 

 ヒメの拳が疾るたびに、あまりの速度に水中に発光現象が起き、幾つもの泡が沸き上がる。

 海の王は数多の術を使い、あるいは数多の触手をヒメへと伸ばすけれど、ヒメの拳が振るわれる度にその全てがことごとく粉砕されていく。

 

『……海の王。お前には、聞こえないだろ。分からないだろ! これが……人間の強さだ!』

 

 ヒメには聞こえる。はるか上層で戦い始めた人間たちの雄叫びが。

 ヒメには伝わる。このダンジョンを守るべく、溢れ出る魔物に抗う人間たちの勇気が。

 そしてなにより――このダンジョンの守護者『人魚姫』へと向ける、彼らの熱い祈りが。強い信仰が。

 その『想いの力』が、ヒメに更なる力を与えてくれる。

 

『……いいか。お前を倒したのは、人間たちの力だ!』

 

 そして、彼らの想いを受け取ったヒメの渾身の拳が海の王の心臓を貫き、崩壊させたとき。

 琵琶湖ダンジョンの勝利が、静かに確定したのだった。

 

 

 

 

 

 そして、沖縄本島の北に位置する孤島、龍宮礁。

 そこに口を開く龍宮ダンジョンで――いや、そこからたどり着ける『ニライカナイ』にて。今回の戦いにおいて非常に重要な役目を果たす、大きな戦いが勃発していた。

 

「クハハハハハ! こい、魔物ども! これより上の階層に行きたければ、このジェヴォーダンの獣を倒して行くがいい!」

 

 ニライカナイ第二層『黄昏の平原』。

 第一層と続く階段洞窟の手前に陣取るのは、巨大な漆黒の獣。ジェヴォーダンの獣こと、ルシオンだ。

 その眼前に広がる平原には、常人ならば目を疑うほどの瘴気が集まり、ありとあらゆる魔物の姿となって第一層を目指して進軍している。

 人間の言葉で言えば『電撃作戦』と呼ぶべき速度で日本中に広がった瘴気の異変だが、その影響を一番大きく受けたのは、この生者と死者の境目であるニライカナイだった。

 だが、その莫大な瘴気によるスタンピードに立ちはだかっているのが、りりたんに勝るとも劣らない力を持った存在、ルシオンである。

 

「人喰いの魔獣と恐れられし我だが、友愛を結んだ仲間との約束は守る男であるぞ!」

 

 ルシオンが友との約束を叫びながら、己の魔力を解放する。

 それだけで、この地に群れを成す魔物の大半は、ルシオンに近づくこともなく滅んでいく。

 無論、残された魔物もかなり多く、それらは一斉にルシオンを目掛けて襲いかかってくる。

 

 が。

 

「我が愛するものたちの元に、貴様らのような魔物どもを一匹たりとも近づけるわけにはいかんのでな!!」

 

 ルシオンは。ジェヴォーダンの獣は。

 友である深潭の魔女との約束を守るため。そしてそれ以上に、この上の階層にいるはずの、命よりも大切な女性たちを守るため。

 無敵の守護者として、ニライカナイのスタンピードを一人で押さえつけていた。

 

 

 

 ――そして、ルシオンが守り続けている第一層では。

 

「キジムナーのみんなも力を貸してね? ニャン♪」

 

 霧に覆われた広大な砂浜。その中央に位置する巨大なガジュマルの下にたつのは、ふわりとした輝くブロンドヘアを揺らす、一人の美女――阿瀬ローラだ。

 ローラは猫耳と猫しっぽを装着したメイド服姿で、その周囲では赤い色をした子供姿の精霊、キジムナーたちが彼女を中心に輪を作っている。

 

『では、やりましょう。ローラ』

 

「ええ、エレーヌ。一緒に、力を合わせましょうね。ニャン♪」

 

 ローラの心の中から声がかけられる。それは彼女の前世、エレーヌの魂だ。

 いま、ローラとエレーヌは呼吸を合わせ、その両手の上で赤く輝く幾つもの『紅珠』に魔力を注いでいた。

 これはいつか、この日を予見していたりりたんがルシオンに託したものだ。この日のために、りりたんやクリスティーナが、集めてきたものだ。

 

『あなた方の力を、今を生きる人々のために……!』

 

「みんな、戦いのときが来たのよ♪ ニャン♪」

 

 ローラとエレーヌが、幾つもの紅珠に祈りを捧げる。

 周囲のキジムナーたちが、二人にあわせて紅珠に魔力を注ぎ込む。

 ガジュマルの木々がざわめきはじめる。静かな風が、ローラたちを中心に吹き始める。

 

『どうか、魂たちよ。今再び、その力で――』

 

「みんなの大切な人たちを、護りましょうね♪ ニャン♪」

 

 ローラの手の上の紅珠が、光とともに砕け散る。

 そこに眠っていた途方もない量の魔力が奔流のように世界に渦巻き、この砂浜の象徴とも呼ぶべきガジュマルの大樹へと収束していく。

 

 そして――。

 

 黄金色に輝き始めたガジュマルの大樹から。

 莫大な魔力を得て。いくつもの、いくつもの、数え切れぬほどの光たちが、目映い魂の輝きとともに飛び立っていった。

 

 彼らの、大切な仲間を救うために。

 

 彼らの愛した世界を、もう一度、その力で護るために。












次話は6月8日(月)23時公開予定です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。