ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「滅びよ魔物! 【フレアバースト】!」
房総ダンジョン第一層『森林迷宮』の上空に途方もない規模の爆炎が広がり、この空を支配していた女王蜂を炎で包みこむ。
それが、空と地を、女王蜂と女王アリに支配された房総ダンジョンにおける、反撃の合図だった。
その巨大な爆発は、世界でも上から数えたほうが早いほどの、炎の魔法のエキスパートによるものだった。
爆発の衝撃は階層の広範囲へと届いていた。それこそ空の爆心に近かった木々は上半分がその炎熱で焼け焦げ、あるいは余りの衝撃でへし折れ、吹き飛ばされている。
高台からその魔法を放った探索者――柿沼和歌は、未だに魔法の杖を大空へ向けて構えたまま、背後で魔物と戦う護衛の剣士と言葉を交わしていた。
「女王蜂は撃ち落としたわ。でもまだ、蜂が飛んでるわね」
『ははっ、いくら二度に渡り討伐されて弱体化しているとはいえ、普通、特殊個体を魔法一発で撃ち落とすかい? その魔法、昔より酷いんじゃないか?』
「『酷い』とは失礼ね。私はあなたと違って、今も生き続けて研鑽を続けているのよ、ヒカリ」
一番の難敵であった女王蜂は、最強の爆炎魔法による不意打ちで無力化した。仮にまだ女王蜂が生存していたとしても、翅を失った女王蜂はもはや脅威ではない。
まさに今、【フレアバースト】を合図として、続々とこの『森林迷宮』になだれ込んできている探索者パーティたちの手によって。墜ちた女王蜂は必ず、討伐されるだろう。
それでもまだ、空には漆黒の蜂が数多く飛び交っている。和歌は油断せずに空へと向けて、小規模な火球の魔法を連発していく。
和歌の背を護るように、若い剣士――ヒカリは、襲い来る魔物の数々を斬り、煤へと変えていく。
ヒカリ。彼は、死者である。
過去に遠野ダンジョンで命を落とし、そしてニライカナイの邂逅を経て、他の妖精や探索者たちと共に逝くべき場所に還っていった存在だ。
彼の言葉を信じるならば、守護霊として、和歌のことを静かに見守ってくれていたはずの存在だ。
けれど、今だけは。このときだけは。
彼は再び、愛する女性の背を護るために、戻ってきた。
『キミってやつは、四捨五入すれば四十にもなるのに、未だに成長し続けているのはどういうことだい』
「殺すわよ?」
『やめてくれ、これ以上死ぬのは御免だ』
ヒカリに背を向けたまま、和歌は空を飛び交う蜂へと向けて火球を飛ばし続けている。
その顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。喜びと、悲しさと、ちょっとした怒りを添えて、言葉にはできない感情が入り交じり、止めどない想いとなって溢れだす。
そんな和歌の気持ちを知った上で、ヒカリは悪戯っぽく笑いかける。
『僕がこうしていられるのは今だけだしさ。今の内にリュウくんに、僕らの仲睦まじいツーショット写真を送ってあげようか』
「馬鹿ね……本当、馬鹿ね……」
そして、空を支配していた女王蜂が墜ちたとき。
房総ダンジョンの探索者たちによる、ダンジョン奪還の戦いが開始された。
「こっちにドワーフとギルド長さんがいます! 薬草ハンバーグカレーピザを食べたがってます!」
森の先を指さし、迷い無く真っ直ぐに駈けていくのは、ピザ屋のジャケットを着込んだ女子大生、沙羅美だ。彼女は必死の形相で、己の所有するスキルを行使している。
彼女のスキル【デリバリー】は、魔物に支配されたこの森の中でもなお、このピザを欲する相手の居場所を指し示していた。
「わかった! キミはそのまま案内を頼む! 魔物が出たら俺たちに任せてくれ!」
彼女に追随するのは、この房総ダンジョンで戦う探索者たちだ。
ヤマト、タケル、ミコトの三人パーティ『草薙』にはじまり、普段は鉱石掘りをメインにしている者たち、あるいはキャンプ活動を主体にしている者たちまでもが武器をとり、一群となって森を突き進む。
「お前たち、女王蜂は消えたんだ! あとは何がなんでも、俺たち探索者の意地を見せるんだ!」
文字通り、地上に生きる彼らでは手も足も出なかった女王蜂が消えた。ならば、あとは彼らの武器が届く、地上を蠢く魔物たちだけだ。
彼らの想いはいま、一つとなっていた。
今こそ自分たちの力で、この房総ダンジョンを取り戻す。守護者として戦ってくれたドワーフを、次は自分たちが助け出す。
いくら下層から這い上がってきた魔物たちが強かろうと、この武器が届く限りはもう、逃げはしない。
彼らのその強い想いは、確実に。守護者――ドワーフ本人へと、届いていた。
『……やれやれ。無理をするなと言ったのに、やはり探索者というのは血気盛んなのだな』
「ああ。みんな、この房総ダンジョンを愛してるからね。僕らと一緒だよ」
探索者たちの想いを受け取ったドワーフが、小さくぼやくように呟いた。その姿はすでにボロボロで、身体の至るところが光の粒となり、これ以上無理をすれば本当に消えてしまいそうな状況だ。
そしてそのドワーフと肩を並べて立っている男。サングラスに胸元を大きく開いたスーツ姿の、ある意味でとても探索者には見えない人物。それは、房総ダンジョンギルド室長のヤマガタだ。
彼もまたボロボロの姿で、全身の至る箇所が血塗れとなり、こうしてドワーフと喋っていることがすでに奇跡のような有様だ。
『ふふ、そなたとはいい酒が飲めそうだ』
「同感だね。ただあんまり酒を飲んでると、うちの受付嬢に怒られちゃうんだけどねー」
『それもまた、酒の肴になる』
「はははっ、違いない!」
彼らの視線の先には、その腕を半分失い、彼らと同様に手負いとなった女王アリの姿があった。
女王アリには、まだ息がある。放置していれば、さらなるアリの軍勢が生み出されることは間違いない。
けれど、ヤマガタとドワーフは、すでに勝利を確信していた。
彼らの背中には。
この場へ到着しようとしている、この地を愛する多くの探索者たちがいるのだから。
「こなくそ! 倒れろ、こなくそがっ!」
「私たちとて、昔はこうして戦っていたんだ……!」
瘴気の吹雪を切り裂くように、何発もの銃声が響く。
雪原を闊歩する魔獣、宙を泳ぐ怪魚の群れ、巨大な氷のゴーレム。それらと戦い続ける探索者たちの背後から、マタギの老人が猟銃を何発も撃ち込んでいく音だ。残念ながら、魔力の籠もっていない銃弾を魔物に撃ち込んだところで、見た目ほどのダメージは与えられない。
それこそ、小さく弱い魔物ならばまだしも、巨大なゴーレムに弾丸を何発放とうが、実際にダメージがあるのかどうかすら疑わしい。
マタギの横では、ペンション『パイカラ』のオーナーである雪村が剣を持ち、襲いかかる魔物たちを牽制している。
彼もまた、現役探索者として活動していたのははるか昔のことだ。いくら過去の経験が豊富だからと言っても、寄る年波には勝てやしない。
だが二人とも、凍える寒さすら忘れて、吹雪の中を跋扈する魔物たちを睨みつけるのをやめない。
彼らの呼吸が白い息として外に漏れるが、それらは暴風とともに一瞬で吹き飛ばされる。
身体中に雪がこびりつき、痛みとともに急激に体温を奪いはじめる。
「マタギの爺さんも、ペンションのオーナーさんも、無茶するな! 後は俺たちがやるから……!」
近くで戦っていた若い探索者が、マタギと雪村の二人に声をかける。
マタギや雪村から見れば息子や孫のような若い探索者たちだ。そんな彼らは、最新のダンジョン技術によって作られた装備に身を包み、必死で魔物たちを牽制していた。
ここで戦っているのは、先ほどまで『パイカラ』に避難していた探索者たちと、新たに地上から援軍として第一層へと進軍してきた幾人もの探索者たちである。その数は、10や20では済みそうにない。
それでもなお、この瘴気の吹雪の中の戦いは劣勢と言わざるを得ない。魔物だけならばまだしも、この寒さはそれだけで四肢の感覚を麻痺させ、人間の命を奪いにくるのだから。
だが、そうだとしても。若い彼らは決して戦いの手を止めようとしなかった。
「いいか! おめえらも、無理すんじゃねえぞ!」
「くそ、この吹雪さえなければ……!」
マタギも雪村も、決して馬鹿ではない。いまこれ以上ここで自分たちが表に出ても、若き彼らの足手まといになるだけだと理解している。
それを理解し、悔しさを隠そうともせずに彼らはペンション『パイカラ』の扉を開く。
が。
「なっ?!」
扉を開くと、目の前に。あからさまに不審な人物がいた。
『おやおや。お二方とも、高齢だというのに随分と無茶をしてきたようですね。しかしこのペンションで出会ったのも何かの縁、僕でよろしければ、何か力をお貸しいたしましょうか?』
それは、まるで舞台演劇のように大袈裟な話し方をする、若い男だった。ただし、衣装がおかしい。
上下黒のタキシードに、同じく黒の、しかし裏地が真っ赤なマント。
そして顔にはヴェネツィアのカーニバルでつけるような、顔の半分を覆い隠す白と金のマスクという、訳の分からない姿。
そんな男が、まるでこのペンションにずっと昔から住んでいたような口ぶりで、マタギと雪村を出迎えている。
だが、雪村たちは彼を知っている。
彼とは一度、出会ったことがある。
「お、おめぇ……あの時の……」
「ツ、ツインペアー……さん?」
『我が名を覚えていて頂けたようで、恐悦至極に存じます』
その男の名はツインペアー。天啓に導かれた探索者たちが集まりこのダンジョンを解放したあのとき。彼もまた、宿泊客の一人としてあの戦いに参加していたのだ。
けれど、雪村たちは知っている。ツインペアーという人物は本来、実在していなかったはずだ。
なぜなら、彼の正体は――。
『しかし、今宵の主役はあなた方人間だ。ならば、僕らはあちらの霜の巨人なる招かれざる来客を、排除する役目を受け持ちましょうか』
「いや、その、待ってくれ……キミは、キミは……」
言葉をどうにか探ろうとする雪村。
そして、数秒の沈黙ののち。
『……っぷは、ははっ! ユキムラ、老けたな』
言葉を失う雪村の前で、腹を抱えて笑うツインペアーの姿が揺らぎ、消えていく。そしてそこに居たのは、一人の小柄な少年だった。
忘れもしない、独特の紋様の刺繍された民族服。長らくペンション『パイカラ』にて展示されていた、コロポックルの少女の衣装と色違いのそれを着た少年。
彼は、目を見開くユキムラを見上げて、楽しげに笑っている。
雪村の瞳がにじみ、過去の思い出が吹き抜けていく。
「まさか、イメル……なのか?」
『ああ。久しぶり。ユキムラ。知ってたか? ツインペアーは、僕だったんだよ』
イメル。それは雪村のよく知る、コロポックルの少年だった。
若き雪村が語り合い、笑いあった、種族を越えた友人の姿が、そこにあった。
「本当に……本当にイメルなのか? イメル、イメル、お前……」
「こ、こりゃあ夢じゃねえのか……?」
イメルの姿に狼狽する雪村とマタギの老人の周囲に、白い光が飛び交うのが見えた。
それは雪村たちを囲うように集まると、懐かしい姿となっていく。コロポックルの姿をとっていく。
『イメルだけじゃない、よ。わたしも、皆もいる、よ』
「あ、ああ……パイカラ、パイカラ! 僕は、僕は……」
そこにいたのは、パイカラをはじめとした、すでに滅んだはずのコロポックルたちの姿だった。イメル、パイカラ、長老、そして大勢のコロポックルの仲間たち。
イメルの横にパイカラが並ぶ。二人とも、言葉を失って震える雪村に、優しく笑いかける。
『ユキムラ。ずっと、カムイダンジョン、守ってくれて、ありがとう、ね』
『なんだか知らないけど。多くの祈りの力が。僕たちに、力を、くれてるんだ。だから――』
「あ、ああ……ああ……!」
イメルが。パイカラが。コロポックルたちが。
因縁の、過去の自分たちを滅ぼした特殊個体、霜の巨人を睨み付ける。
『――あの巨人は……僕たちに、任せろ!』
突風が吹き、近くにいた魔物たちを吹き飛ばす。
その風は瘴気の吹雪の中でもなお、人間たちを優しく応援してくれた。
言葉を交わす時間は短かった。
コロポックルたちは風のなかで再び光となっていく。雪村の目の前にいたイメルとパイカラの姿は揺らぎ、仮面の男ツインペアーの姿を形作っていく。
雪村の前に立つツインペアーは、ヴェネツィアンマスクの下で雪村に向けて微笑むと、すぐにその場から多くの光とともに飛び立ち、湖畔に陣取る『霜の巨人』へと向かっていく。
「な、なんだあ、ありゃあ」
「はは……イメルは、仮面のミステリアスなキャラが好きだったんですよ……本当に、変わって、ないなあ、イメル……」
呆然とするマタギと、溢れ出る感情に声を震わせる雪村をその場に残し、コロポックルたちは飛び立った。
仮面の男ツインペアー――否、この地を守り続けてきた守護者、コロポックルたちの手で、数十年にわたりこの摩周ダンジョンを呪ってきた特殊個体、霜の巨人との決着をつけるために。
この地を今度こそ、守り抜くために。
「うぉおぉおお!!」
「討ち取った、神弓士の弟子があやかしを討ち取ったぞぉぉぉお!!」
すでに勝利の歓声があがっているのは尾道ダンジョンだ。
ライチの配信より先んじてこのダンジョンへと潜り、瀬戸幻海で『あやかし』との死闘を繰り広げていたものたちだ。
彼らはいま、勝利をもぎ取った。
この海に新たに生まれた守護者、セイレーンの歌声に護られて。海を、悲しみを支配する巨大な海蛇を討ち取った。
「檸檬、よくやった。君は俺の……俺たちの、誇りだ」
最後に一矢を報いたのは神弓士ではなく、その弟子である大神檸檬だ。
彼女が最後に放った魔力の矢が寸分違わずあやかしの心臓を射抜いた様子を、この場の大勢の探索者たちが目撃した。
だが、檸檬本人は褒められなれていない様子で、ぶっきらぼうな態度で賞賛をやり過ごし、すぐそばの海面に視線を向ける。
「いや、アタシはたまたま、いいタイミングで矢を放っただけだよ。MVPはこいつでしょ」
「ああ、そうだな。ありがとう、セイレーン。君にまた、俺たちは救われた」
「ウウン。イイノ。ソレヨリ……」
その海面から顔を見せていたのは、セイレーン。彼女の献身的な歌声がなければこの勝利はなかったのだと、探索者たちは知っている。
そんなセイレーンだが、なぜだか砂浜を匍匐前進する形で、よじよじと檸檬へと近づいていく。一体何事かと見ている探索者たちの前で、セイレーンはひしと檸檬にしがみついた。
「な、なんだ? お、おい、そういうのはせめて人のいないところで……」
「チガウ、チガウ。アナタヲ、送リ届ケナイト、ダメナノ」
「は? え、おい、ちょっ……!?」
セイレーンはそれだけ言うと、己の心臓となっている紅珠へと魔力を集中させる。
その紅珠には、深潭の魔女りりたんによって【転移】の魔法が組み込まれている。
組み込まれた行き先の一つは、深潭宮。ヒメとセイレーンが普段から琵琶湖ダンジョンと尾道ダンジョンを行き来しているのは、その【転移】を利用したものである。
紅珠に仕組まれているもう一つの行き先。それこそが、今回檸檬を『送り届けないといけない相手のいる場所』だった。
「ちょ、まさかアイツの所にまた連れていかれんのかよ! アタシ、めちゃ疲れてるんだけど……!!」
勝利の余韻を味わう暇もなく。檸檬のクレームを聞き入れられることもなく。
檸檬は【転移】の光に包まれ、はるか遠い土地にいる、己の友人の下へと送り届けられるのだった。
――そして。
地上のダンジョンでは、人間たちと守護者たちが力を合わせることで、勝利を重ねていっている。
だが、それでも未だ、死闘が繰り広げられている戦場がある。
『縺薙?荳也阜繧偵?險ア縺吶b縺ョ縺?――』
「しま……っ!!」
妖精の国。
邪竜ジャバウォックが外のダンジョンから吸収し続けていた瘴気は、途絶えつつある。
だが、それでも、ここまで一人で邪竜を抑え続けてきた妖精女王ティタニアにもまた、限界が訪れていた。
『縺薙?諞弱@縺ソ繧偵?蠢倥l繧九b縺ョ縺?――』
異形の咆哮が妖精の国の全域に響き渡ると同時に、最後の封印術が、弾け飛ぶ。
それまでティタニアによって封じられていた邪竜の身が自由になる。その巨大な翼を広げ、幾つもの触腕がうなりをあげ、その周囲に存在する全てを弾き飛ばした。
「キャアアッ……!!」
それは邪竜の眼前にいた女王ティタニアも例外ではない。彼女はジャバウォックの瘴気の咆哮で吹き飛ばされ、勢いよく地上へと落下していく。
土煙とともに、ティタニアは地面へと叩きつけられた。
「うぅ……女王様っ!」
「しまった、結界が破られたのでは、ないかなっ!!」
「みんな、女王様を守るのヨ! 狙われてるのヨ!」
「駄目だよぉ、女王様が危ないよぉ……!!」
各々遠くまで吹き飛ばされた妖精たちが、すぐさま女王の下へと駆けつける。邪竜の狙いはこの場で一番の力を持つ妖精女王、ティタニアだ。
空中に幾つもの瘴気の塊が発生し、ティタニアへと向けて怒濤のような砲撃が開始される。
先ほどまで猛威を振るっていたアルラウネの根槍は、巨大な触腕によって全て吹き飛ばされた。
空中で戦っていた躯は無事に地上へと着地しているものの、彼はティタニアを護る結界術など使えない。
神の力を使い果たしたクルラもまた、今は桃の木の麓で倒れ込んでいる。
間に合わない。
絶望に目を見開く妖精たちの前で。
女王ティタニアが、瘴気の爆撃に晒され――。
『ピンチで登場、ピカピカどっかーん!!!』
瞬間。瘴気の爆撃は全て、その直前に発生した紫電の渦に巻き込まれ、かき消えていく。
コンマ数秒遅れて、空気が破裂するような激しい音が鳴り響く。
「え……?」
呆然としたままの女王ティタニアは――無傷だった。
瘴気の爆撃が着弾する寸前。ティタニアは、彼女の眼前に浮かぶ、一人の妖精の力で護られていた。
一人の妖精。その身には、ビリビリとした紫色のスパークを纏っている。その手には、本来もう、ここにあるはずのない一つの武器――神槍ツヨマージが握られている。
『お待たせ、お母様! エレクちゃんがあっちの世界から、助けにきたよっ! 助けにきたよっ!』
「あ、あ……ああ……そんな、エレク、エレク……っ!」
それは、雷の妖精エレク。
鵺に食われ、ティタニアの元へと戻ることなく亡くなった妖精たちの長女が、目を細めて笑いながら母たるティタニアに手を差し伸べていた。
ティタニアは、信じられないという表情でエレクの手をとり、ここが戦場だということも忘れ、エレクをその身に抱きしめる。強く、強く、その存在を感じる。
『でもね! エレクちゃんだけじゃないからね! ないからね! 顔をあげて、お母様!』
ティタニアに抱きしめられたまま、エレクは楽しげに言ってのけた。
その様子を遠くから見ていたヘノたち妖精姉妹は、信じられないという面持ちで、その目を見開いていた。
なぜならそれは、絶対にあり得ない光景だったのだから。
『ティタ! 遅れちゃったけど、みんな助けに来たノヨ! お母様も、クリスも、フェイランだって来てくれたノヨ!!』
紅い妖精が、親友であるティタニアに声をかけた。
「ティタニア、一人で耐えてたのね。でモ、これからは私たちが一緒よ」
ティタニアの、誰より大切なパートナーが、笑いかけてくれた。
「ふふふ。ティタニア。よく、頑張りましたね」
ずっと、ずっと来てくれると信じていた母が、そこにいた。
「あ、あ……お母様、でも……そんな……」
ティタニアは顔をあげ、そこにいる面々に気付いて呆けている。
不敵な笑顔を見せるりりたんと、その眷属である幼なじみの妖精ルビィ。
ティタニアの唯一無二のパートナーであるクリスティーナ。その背後には彼女の車椅子を複雑そうな顔で押している檸檬。
皆、ティタニアが会いたかった顔ぶれだ。到着を待ち望んでいた家族たちだ。
けれど、それだけではない。
『ティタ、危ないところだったのね♪』
『あぅ……ティタ、頑張りましたねぇ』
『あはは、ティタニア、随分立派に育ったじゃないか』
『あれー? ティタ、何で泣いてるのー? あれー?』
そこには、何人もの妖精たちがいた。
一人や二人ではない、もっと大勢の妖精たちがティタニアを囲んでいた。そして、空にはさらに、何百という小妖精の大群が舞っている。
「ああ、みんな……みんな……」
そこにいたのは――あの日のティル・ナ・ノーグで消えていったはずの、懐かしき妖精たちの姿だった。