ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『險ア縺輔↑縺??縺薙?荳也阜繧定ィア縺輔↑縺? ――!! 』
世界が割れるほどの邪竜の咆哮が響きわたる。
邪竜が新たに生み出した瘴気の渦からは、それまで継続的に出現していた漆黒のワイバーンだけではなく、獣、亜人、造魔、巨人、竜種、そして人間たちの基準には存在しない異形たち――あらゆる瘴気の魔物の軍勢が姿を現し始めた。
これらは各地のダンジョンの瘴気を利用したものではなく、邪竜ジャバウォックが己の力を分け与えて生み出したものだ。
つまり、この戦いは。本当の意味での『邪竜ジャバウォック』と戦う段階へと突入していた。
黒い闇が、花畑を焼き尽くす。多くの妖精たちが地へと落ちていく。
けれど、負けてはいない。
水が、地に落ちた仲間の傷を癒し、大地が再び彼女らに力を与える。
炎の渦が闇を焼き、駆け抜ける風が大空を取り戻す。雷が黒い闇を打ち消していく。
半ばまで焼け落ちた精霊樹が輝きはじめ、数多の妖精に力を与える。その根が巨大な槍となり、数多の魔物を貫いていく。
皆が、全ての力を駆使して戦っていた。
これは、妖精と邪竜――互いの全てを懸けた、最終戦争だった。
柚花の双剣から連鎖する雷が迸り、花畑に出現した数多の異形の群れを焼き払う。
桃子がハンマーを振るい、漆黒の瘴気から生み出されたゴーレムを粉砕する。
「つまり、踊る火の玉の力で命が助かった際に、『怪異』の力ごと受け継いだって感じなんですねっ!」
「うん! 多分、そんな感じかなっ!」
桃子は戦いながら、柚花と互いの情報を交換し合っていた。
どうやら桃子が眠っている間に、邪竜ジャバウォックとの戦いは第二、あるいは第三フェイズへと進行していたようだ。各地のダンジョンは人間たちが攻略した。ジャバウォックが際限なく瘴気を得るためのルートを叩き潰した。
だからこそ、ここからが戦いの本番だ。
桃子たちは、ジャバウォックが生み出した魔物を相手にただひたすらに、その力を振るい続けていた。
「死にかけの人間を守るために、命と引き替えにどうこうって……なんか、ウルトラマンとかそういうお話でしたよねっ!」
「そうなんだ! じゃあ私、怪異ウルトラモモコ! 変身はしないけど……ねっ!」
桃子のハンマーが、柚花に躍りかかる大型の魔獣を叩きつぶす。
今の桃子は『怪異』としての瞳を所持しており、柚花や妖精たちの魔力、そして魔物の纏う瘴気を目視できるようになっている。
その目を駆使して柚花を守ること。それが、今の桃子の役目だった。
「それにしても、夢の中でまでカレーとか、さすがは先輩ですよねっ!」
「あれはきっと、夢じゃなかったと思うんだけどね! えいっ!」
会話だけならば日常と大差ないようにも聞こえるが、しかしその実、桃子たちは休みなく戦い続け、そこに余裕などはない。
闇のような瘴気をまとった魔物たちは堅く、強かった。現に今も、一歩間違えれば容易く敗北を喫するほどには、空気がひりつくような激戦を強いられていた。
それだけ、真のジャバウォックが生み出した魔物たちは強敵だった。
激しい戦いの末、桃子たちはようやくそのポイントに出現した魔物たちの一掃を果たす。
「ふう……それにしてもさ」
「はい?」
「こんな大変なときに不謹慎かもしれないけどさ」
付近の魔物が消えたいま、桃子は改めて視線を周囲に向ける。
そこには、巨大な邪竜が暴れ狂う怪獣映画さながらの光景があった。魔力を目視できる今の桃子には、それがどれだけ絶望的な強さの存在なのか、理屈ではなく感覚で理解できてしまう。
いくら妖精たちが総力をそろえたとしても、ここから本当に勝利できるのかどうかも、わからない。
けれど――。
「私、いま、とっても嬉しいんだよ」
視線の先。地上には、炎の刃で魔物たちを次々と紅蓮の炎に巻き込んでいく骸骨武者、躯の姿が見える。彼のパートナーは今は妖精女王ティタニアのもとにいるけれど、躯はもう、孤独ではないはずだ。
精霊樹のふもとでは緑色の幼女、アルラウネが、金色の瞳をした人間の少女とともに精霊樹に魔力を注いでいるのが見える。彼女らが中心となり、多くの植物を司る妖精や小妖精たちが力を貸し、精霊樹の加護を引き出している。
さらに邪竜から遠く離れた箇所に視線を向けると、そこには何百という小妖精たちが一塊の集団となり、戦う妖精たちに力を送り続けているのが見える。
さすがに小さすぎて桃子の目でも見分けなどはつかないが、その中にはきっと、自身が名前をつけた青い妖精と黄色の妖精もいるのだと、桃子は確信している。
そして――。
孤独に戦っていたはずのティタニアの周りには、数多くの妖精たちがいる。それはヘノたち、ティタニアの娘だけではない。
そこには過去のティル・ナ・ノーグに暮らしていた、数多の妖精たちがいた。遠い過去にその命を失ったはずのティタニアの姉妹たちが、たった一人生き残ってしまったティタニアを助けにきてくれたのだ。
それに。
桃子は、見つけた。
紫色の電光を発する一人の妖精が、ティタニアの周りでつかず離れず、ヘノたち妖精姉妹とともに戦っている姿を。
緑の風の妖精とともに、紫の雷の妖精が、この妖精の国の空を飛び回っている姿を。
「この景色はね。絶対に叶うことはない、ずっと遠い夢だったんだよ……」
過去に滅んでしまった妖精たち。戦いの犠牲になってしまった妖精たち。
そんな彼女たちが、ティタニアの元へと駆けつけてくれたのだ。
「邪竜が大暴れしてる最中なのに、うれしくて、うれしくて。泣けてきちゃう」
「先輩は、相変わらず先輩ですね」
こんな戦場の中でも。
絶望的なほどに強大な敵を前にしても。
桃子は、とても、とても幸せな夢を見ているような気がしてならなかった。
次なる魔物と戦うまで、ほんの短いひととき。夢のような気持ちは、今だけのもの。
だから、今だけは。柚花は優しく桃子の目元を拭い、そっと、桃子を抱き寄せるのだった。
「ティタニア。私がどうにかこの地の支配権を奪い返します。その間、クリスティーナと力を合わせ、あれを押さえ込めますか?」
「はい、お母様。私は……やります、まだ、戦えます!」
上空で、この場で最強の戦力であるりりたんが、険しい顔でティタニアに言葉を伝える。
りりたんとクリスティーナの二人はいま、金色の光を纏っている。これはりりたんの友人である『ハーメルンの笛吹き』、そしてその根源である『英霊』たちの力であり、邪竜の瘴気から天海梨々という少女の身体を守護してくれる光だ。
すなわち、りりたんたちがこの地で戦えるのは、彼ら英霊の力が続いている間だけ、ということでもある。
「では、皆も。ティタニアをよろしくお願いしますね」
『もちろんよ、お母様! ティタは私たちの大切な家族だものネ!』
『ケラケラっ、そうだよっ! みーんな一緒だからねっ! 一緒だからねっ!』
「ククク……キミは、死んでも相変わらずだねぇ、エレク……」
邪竜は、巨大すぎる翼を羽ばたかせ、その超巨大な体を空へと浮かせている。
その口からは、ネーレイスですら理解できない咆哮をあげ、漆黒の触腕で近づく存在を叩き落とし、その纏う瘴気からは縦横無尽に瘴気の爆撃が放たれていく。
すでに地面にはいくつもの穴が空いている。重たい曇天だった空は闇に染まっていき、数多の魔法による光だけが邪竜の影を照らし出す。その姿は、あたかも闇の空に降臨した破壊神のようだった。
そんな破壊神と戦うのは妖精たちだ。
「んふふ、嬉しいわ♪ みんながいてくれて、嬉しいわ♪ お酒を飲みたいくらい」
『んふ、ワインがいいわ♪ ワインがおいしいのよ♪』
酒精の香りが漂いはじめ、その周囲を滑空していた魔物たちがそれにあてられ地上へと落下していく。
周囲の他の妖精たちもしかめ面をしているけれど、この酒精の力は絶大だった。
「うぅ……じゃ、邪竜が弱まるかと思ったのに、ど、どんどん強くなっていってる気がしますねぇ……」
『あぅ……ま、まだ何か奥の手があるんですかねぇ……』
蒼い光を纏う妖精たちが、この戦場をひっきりなしに飛び回っている。彼女らは、治癒の魔法をつかう妖精たちだ。
人間と違い、妖精の場合は物理的なわかりやすい傷というものは少ないけれど、それでも魔法生物として負傷することはある。
水の妖精たちは、そんな仲間たちをひたすらに治癒し続けるのだった。
『じゃあ、いこっか! ヘノちゃん、息を合わせてね! 合わせてね!』
「わかったぞ。雷と風の合わせ技だな。全力でいくぞ」
風神雷神。そんな神々を知ってか知らずか、二人の妖精は大空を飛び回り、ジャバウォックの巨大な体躯を雷の嵐で巻き込んでいく。
二本のツヨマージによって放たれたその力は、ティタニアやネーレイスの絶大な魔力に並ぶほどの威力となり、ジャバウォックの瘴気の鎧を徐々に剥がしていく。
彼女らの力が、ジャバウォックの翼を破壊し、この国の空の支配権を奪い返そうとしていた。
そして、離れた安全圏からただひたすらにその力を送るのは、何百もの小妖精たちだ。
ティル・ナ・ノーグに住んでいた過去の小妖精たち。そして現在を生きる、妖精の国の小妖精たち。あるいは、道半ばに魔物の凶刃に倒れてしまった妖精たち。
彼女たちは皆で一所にあつまり、小妖精の巨大なコロニーを作っていた。
『がんばえー!』
『しんじてまぜてー! しんじてまぜてー!』
『モモコー! どっかーん!』
『モモコー? あばれるのー?』
『ヘノねえさま、がんばれー!』
小妖精たちの作る大規模なコロニーはこの地の魔力の基点となり、中央で戦う妖精たちにとっての、強力な支えとなっていた。
そんな妖精の国を見渡せる、小高い丘になった場所。そこには一人の弓使いと、一人の銀の翅を持つ妖精の姿があった。
弓使い――檸檬はただ黙々と矢を放ち、妖精たちの敵となる魔物を次々と撃ち落とす。時には邪竜を目掛けて渾身の魔力の込められた一矢を放っている。
銀の翅を持つ妖精――鏡の妖精ミカは、ここでは檸檬のサポートに徹していた。人間である檸檬の気配を、魔物からは察知できぬよう鏡の力で隠し通し、更には己の魔力を檸檬に供給し続けている。
鏡の魔力の込められた『魔力の矢』は、銀色の軌跡を描きながら次々と黒き闇を祓い続けている。
蔵王ダンジョンにて、魔女たちが光の膜をこじ開けるタイミングで転がり込んできたこの二人は、妖精の国の関係者でありながらも、しかしティタニアを囲む家族の絆からは外れている。
だからこそ二人は、こうして離れた場所で戦いをサポートし続けていた。
「ようやく、あのデカブツの翼を崩せたか?」
「次は、地上での戦い……だわ」
「まあ、アタシに出来ることは変わらないけどな。特撮映画でも見て怪獣の倒し方を勉強しときゃ良かったかもな」
「ねえ、檸檬。貴女もあの中に入る権利があると思う……わよ? もう、過去を思い出しているのでしょう?」
ひたすら妖精たちのために矢を放ち続ける檸檬に、ミカが声をかける。
あの中。それはつまり、ティタニアを中心とした、妖精の家族の中に――ということだ。
ミカはすでに知っていた。彼女の魔鏡は全てを映し出す。
たとえば、大神檸檬という人間の魂は、過去のティル・ナ・ノーグで生きていた、フェイランという名の妖精だったこと。
そして、いま目の前にいる檸檬自身が、すでにそれに気づいていること。
ティタニアを護るために集ったティル・ナ・ノーグの妖精たちの姿を見て、フェイランとしての彼女が、歓喜と郷愁に震えていること。
けれど、檸檬は淡々と、矢を射続ける。
「アタシは、大神檸檬だよ」
「でも」
「いいんだよ。アタシがここでフェイランになっちゃったらさ、アイツを『天海梨々』として見る奴が、この場所からいなくなっちゃうからな」
「それは……」
今、あの場にいるのはりりたんを『先代女王ネーレイス』と慕う家族たちだ。あるいは、『深潭の魔女りりたん』として接する妖精たちだ。
そこに『天海梨々』という名の人間の居場所はない。
「アタシだけでも、天海梨々の隣に居てあげたいじゃん? あの子、性格が壊滅してて、人付き合いがド下手くそだからね」
「ふふっ、貴女は彼女を、よく知っているの……ね」
「定期的にショッピングやら食事やらに連れ出されてるんだよ。嫌でもわかるっての」
檸檬は、今も何かしらの術式に魔力を込めている己の雇い主であり、友人でもある梨々を見る。
そして、それは友人である道を選んだ檸檬だからこそ、気づくことができた。
「……なあ、鏡のミカちゃん、アンタも一緒に来てくれよ。アイツ、人に頼るのが下手くそすぎるからさ」
「わかった……わ。行きましょう」
天海梨々はいま、追いつめられている。彼女にとって想定外の何かが起きている。それはきっと、ネーレイスを信仰してしまっている妖精たちでは、気づくことのできない小さな違和感だ。
檸檬はだから、鏡の妖精ミカを引き連れて。
一人、孤独に『何か』と戦っている天海梨々のもとへと、まっすぐに駆けていくのだった。