ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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桃子が愛した世界

「先輩は、何があっても『悪堕ち』だけはやめてくださいね?」

 

 それは、とある日のことだった。

 妖精の国の畑を丘の上のベンチから眺めていると、柚花が桃子にこんなことを言ってきたことがある。

 

「悪堕ち? 私が?」

 

「なんだ。あくおちって。遊びかなにかか?」

 

「あ、悪というくらいですから、と、とても意地悪な遊びなんですかねぇ……?」

 

 悪堕ち。

 妖精の国では聞きなじみのない言葉に、桃子たちの膝の上でくりまんじゅうを食べていたヘノたちが顔をあげて、首を傾げる。

 桃子はコミック本なども嗜んでいるので意味は理解できるが、しかし唐突に飛び出てきた話題にはきょとんとした顔を返している。

 

「ええとですね。悪堕ちっていうのは、それまで正義の側だったキャラクターが、憎しみや絶望に染まって、世界を滅ぼす側にまわっちゃうことですよ」

 

「うんうん。漫画とかだと、結構そういうキャラが人気あったりするんだよね。闇を背負った因縁のライバル、みたいな」

 

「なんだ。桃子。闇を背負って。世界を滅ぼすのか。どうしてそんなことしようと思ったんだ?」

 

「待って待って、私はやらないから。あくまで漫画のキャラクターのお話だから」

 

 柚花と桃子による説明を聞いたヘノが、心配そうに見上げてきた。

 もちろん、桃子は憎しみや絶望に染まってはいないし、そんな予定もない。桃子を見上げるヘノに、あははと軽く笑って否定してみせる。

 

「だって、世界がなくなったらヘノちゃんも嫌でしょ? 私、ヘノちゃんが嫌がることなんてしたくないもん」

 

「そうか。だったら安心だな。世界からカレーがなくなったら大変だしな」

 

「カ、カレーがなくなるだなんて……こわい」

 

「どちらかというと、先輩が悪に染まった場合はカレーがなくなるどころか、世界がカレーに支配されるとかそんな感じがしますけどね」

 

「え、それって悪行なの?」

 

「闇のカレーが支配してくるのか。いつもの桃子と。そんなに違わない気がするけどな」

 

「うぅ……カレーっていったい、なんなんですかねぇ……?」

 

「カレーはさ、全ての命の源なんじゃないかなって私は思うんだよね」

 

 そこで、柚花が一足先に我に返る。

 

「……いや、なんで完全にカレーの話になっちゃってるんですか。釣られた私も悪いですけど、カレーの話は今はいいんですよ。カレーはベンチの端っこにでも置いておきましょう」

 

 桃子とヘノが会話に参加すると、会話の内容がカレーに染まるのはいつものことなのだが、今回は柚花もうっかりそれに釣られてしまっていた。

 なので柚花は話題を元に戻すべく、カレーの話題をベンチの端に置いておくジェスチャーをとる。

 ジェスチャーを見たヘノとニムが、何もないベンチの端をしきりに覗き込んでいるが、柚花は気にせずに話題を戻し、そのまま話を進めていく。

 そもそも柚花の言いたいことに、カレーは一切関係ないのだ。

 

「話を戻しますけどね。先輩が持ってる【創造】の力って、守護者を生み出しちゃうほどの奇跡の力みたいなところがあるじゃないです?」

 

「えへへ、なんか照れちゃう」

 

 柚花はべつに桃子を褒めたつもりはないのだが、まあいいかとそのまま話を進めていく。

 

「そんな力を持った人間がもし、心の底から『世界の滅亡』を望んだら――おそらく本当に、世界を滅ぼそうとする存在が生まれてきます。つまり、そういう話です」

 

「なるほど、私が悪に染まったらそんなことになっちゃうわけかあ」

 

「う、うぅ……桃子さんが、せ、世界を滅ぼすだなんて……めそめそ」

 

「なんか。大変だな。そんなことになったら。ヘノはどうしたらいいんだ」

 

 柚花は意外と笑えないオチで話を終えた。

 スキル【創造】は、人の想いを束ね、実体化してしまう力だ。仮に桃子が悪堕ちなどしようものなら、柚花の言う通りダンジョン内に悪の存在が生まれてくる可能性があるのは否定できない。

 とはいえ、事実として桃子は善性の存在だ。それも、柚花やりりたんがびっくりするほどに平和で、恨みや妬みとは縁のない精神構造だ。

 だからこそ。今の話は全て、他愛のない『もしも』の話だった。

 話題を口にした柚花ですら実際にはあり得ない話だと理解しているし、語り口もあくまでどこか楽しげで、怪談話のそれだった。

 

「あはは、ヘノちゃん、ニムちゃん。私はこの世界が大好きだから、滅ぼしたりなんてしないよ。安心していいからね」

 

「それなら安心だな。ところで桃子のくりまんじゅう。食べていいか」

 

「駄目だよ?」

 

「そうか」

 

 桃子には莫大な魔力があり、人を引きつける魅力があり、存在しないイマジナリーフレンドを作りだす素質もあった。

 皮肉にも、もしくは幸運にも。桃子は【創造】という力を使いこなすのに適した人間だった。

 けれど、桃子には友人がいて、同僚がいて、家族がいて、大好きな人たちがいる。彼らのいるこの世界を愛している。だからこそ、桃子が世界を呪うことなどあり得ない。

 それが、桃子を知るものたちの共通認識である。

 

 

 けれど、もし。

 

 

 桃子が愛する彼らが、この世界に殺されたとしたら?

 桃子の大切な人々が、世界の悪意によって、踏みにじられたとしたら?

 

 いや――それが桃子でないとしても。

【創造】という力に愛された所有者が、そのような絶望に叩き落とされたとしたら? 世界を心の底から、恨んでしまったとしたら?

 

 その奇跡を起こす力は、所有者の絶望を糧にして、世界中に漂う、世界の滅亡を望む声を束ねて。

 いつの日か、世界を滅ぼす『なにか』が誕生するのだろう。もしくは、所有者自身がそのような存在へと変貌していくだろう。

 世界にダンジョンが生まれてから今まで、途方もなく長い時間の中で。数えきれぬほどの歴史のなかで。はたしてそのような【創造】の所有者は、一人もいなかったのだろうか――と。

 そう考えるものは、ここには誰一人としていなかった。

 

 これはそんな、平穏な日の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖精たちは、何があろうと、桃子さんを最後まで守ってください!」

 

 精霊樹のふもとで。

 瘴気の嵐が轟音をたてる中でも、ティタニアの凛とした声が響きわたる。

 

「いま、ここでジャバウォックを倒すために、桃子さんのための道を切り開いてください! それが、私たちの最後の希望です!」

 

 今もなお、桃子たちを狙いうちする瘴気の爆撃は続いている。ジャバウォックは異形への進化を続け、妖精の国を侵食し続けている。

 そんな中、妖精女王ティタニアが、空を舞う数多の妖精たちに向けて声を上げていた。

 そこには、間違いなく。この妖精の国を率いてきた女王としての強さがあった。

 

 

 

 精霊樹はいま、巨大なドーム状の結界で覆われている。

 ドームの外にはもう、美しかった花畑の景色は残されていない。浸食する異形により黒く枯れ果て、瘴気の風により汚染されてしまった。

 この地に集まったものたちは皆、精霊樹の周囲へと集まっていた。

 ここが、妖精女王ティタニアの率いる妖精たちの、最後の砦だ。

 

「ふふふ。ももたん、最後の最後にあなたに頼ることになってしまいましたが、構いませんね?」

 

「うん、任せてよ! りりたんは皆をお願いね!」

 

「スズランちゃん、絶対に無事に帰ってきてねーっ!」

 

「うわっ、イチゴちゃんそこにずっといたの?!」

 

 ハンマーを構えた桃子に、りりたんたちが声をかけていく。

 りりたんと、光となって彼女を保護していたイチゴ、それに数多の妖精たち。

 今から始まるのは最後の作戦だ。

 ジャバウォックの核――つまり、そこにいる【創造】の所有者は、世界を恨み続けている。

 もはや、妖精たちの力ではそれを抑えられなくなってしまった。それだけ、その『憎しみ』には歯止めがなく、膨れ上がりすぎてしまった。

 

 だからこそ。

 世界の滅亡を願う【創造】に、世界を愛する【創造】をぶつける。

 

 それが、妖精の国を救うための。

 最後の、とっておきの作戦だ。

 

 

 

「先輩。ちゃんと帰ってきてくださいね。先輩が死んだら、私が世界を滅ぼしますから」

 

「あはは、頑張るよ。柚花も、ちゃんと私のことを待っててね?」

 

 柚花が、桃子にハグをしながら言葉を伝える。

 互いに汗や泥だらけで、ぼろぼろだ。

 けれど、肌で触れあう柚花は温かく、桃子の心に沢山の勇気を与えてくれた。安心感を与えてくれた。

 柚花のいる場所がきっと、桃子が帰るべき場所なのだと。桃子は改めて、心からそう思う。

 

 

 柚花とのハグを終えたところで、ふわりとしたいくつもの光が桃子を照らす。

 見上げれば周囲には、桃子とともに行く妖精たちが集まっていた。

 

『モモちゃん! エレクちゃんと一緒に行こうね! 一緒に行こうね!』

 

「ククク……ここまで来たならば、私も最後まで付き合おうかねぇ……」

 

「んふふ♪ またエレクと一緒に空を飛べるだなんて、嬉しいわね♪」

 

「三人とも、ありがとうね。一緒に行こうね!」

 

 雷の妖精エレク、薬草の妖精ルイ、桃の木の妖精クルラ。生者と死者の壁を越え、ティタニアの娘として最初に誕生した三人がいま、並んで笑っている。

 それぞれ語りたいことは沢山あったはずだろう。本当は、数え切れないほどの伝えたい言葉があったはずだろう。けれど、彼女たちは互いに目と目を合わせて笑い合うだけで、それ以上はもう、なにも言わない。

 三人とも、今はただ桃子のために、揃って力を貸してくれる。

 桃子はそれを、とても嬉しく思った。

 

 

「さっさとジャバウォックを倒すのヨ。カリンのところに行かないといけないのヨ」

 

「さて。ならばボクも、砂園教授たちの勇姿を見に行きたいのでは、ないかな?」

 

「ふ、二人とも、今は桃子さんを優先しなきゃ駄目だよぉ」

 

「あはは、カリンちゃんと砂園教授のためにも、絶対に勝たないとだね」

 

 緑葉の妖精リフィ、鍵の妖精リドル、大地の妖精ノン。

 リフィとリドルはきっとこの戦いの中で、ずっとそれぞれの大切な人間を案じていたはずだ。それこそ、他の何をおいてでも助けに行きたかったはずだ。二人とも、それでも妖精の国のために戦ってくれていたのだろう。

 そしてノンはノンで、そんな彼女らをずっとサポートしてくれていたに違いない。直接見ずとも、その風景が桃子の目に浮かぶようだった。

 

 

「うぅ……な、涙が出てきましたねぇ……」

 

「まだ泣くなっ! 今は、心を熱く燃やすところだぞ!」

 

「みんなのカレーの力、見せてあげよう、ね!」

 

「うん! 勝ったらさ、とびきり熱いカレーを皆で食べて、美味しさで泣こうね!」

 

 水の妖精ニム。火の妖精フラム。氷の花の妖精ルゥ。この三人は、妖精の姉妹のなかの末っ子たちだ。

 三人とも、どこかまだ子供っぽさが抜けない妖精たちだった。けれど、三人が三人とも、とても大切な自分だけのパートナーを見つけている。

 桃子は、彼女たちが『大切な相手』について語っている姿をみるのが好きだった。きっと、彼女たちはこれから先も、パートナーとともに大きく成長していくはずなのだ。

 そんな三人のためにも、この国を取り戻さなければいけない。

 

 

 

 準備はできた。覚悟もできた。あとは、出発するだけだ。

 

 今から桃子とともに行くのは、桃子の周囲に集まったティタニアの愛娘たちだ。

 桃子が彼女たちと出会って、まだ二年も経っていない。けれど、彼女たちと紡いできた絆は、最後まで、互いに命を預けることを厭わないほどの、強固な絆となっていた。

 そしてそれはもちろん、あの日、あの時。桃子を見つけてくれた、一番大切な相手にも言えることだ。

 

「桃子。本当に大丈夫か? ヘノと一緒に空を。飛べそうか?」

 

「うん、準備はばっちり。ヘノちゃんと一緒ならどこまでも飛べるよ」

 

「さすがだな。桃子はやっぱり。ヘノが見込んだ。カレーの達人だな」

 

「今はあんまりカレー関係なくない?」

 

「それもそうか。じゃあ――行くぞ」

 

 相変わらずヘノは淡々とした態度で。けれど、ずっと桃子の側から離れずにいてくれた。そして今は、桃子に風の魔力を纏わせてくれる。

 ヘノの魔力と桃子の魔力が混ざり合い、そこに生まれた空色の魔力がふわりと広がっていく。

 それはそして、空そのものを身に纏ったような、美しい一つの羽衣と変化した。

 

「みんな、行こう! 大空の妖精の、一世一代の大勝負だよ!」

 

 ぶわりと桃子とヘノを中心に風が広がり、白い羽衣が宙へと広がる。

 それとともに、桃子は風に乗る妖精とともに、大空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 下を見れば、精霊樹のふもとに集まっていた仲間の姿が遠ざかっていく。

 桃子はいま『大空の妖精』としての力で、瘴気の風を貫くように空を真っ直ぐに進んでいた。

 

 桃子目掛けて、幾つもの瘴気の砲撃が向けられる。新たに生み出された瘴気の魔物たちが襲い来る。

 けれど、それらは数多の結界に阻まれ、数多の力で討伐され、決して桃子に届くことはない。

 いま桃子の道を切り開いてくれているのは、過去のティル・ナ・ノーグに住んでいた、ネーレイスの娘たちだ。

 いつか一度、桃子が過去のティル・ナ・ノーグに行った時に見たことがある妖精もいれば、顔を見るのが初めての妖精もいる。

 そんな彼女たちが、暗く淀んでしまった空を拓き、桃子の道のりを照らしてくれていた。

 

 妖精たちに道を切り開かれて、桃子たちははるか高みへと上昇していく。

 

 どれだけ上昇したとしても、この妖精の国に蔓延した瘴気の風は薄らいでいく様子はない。既にもう、この国はジャバウォックの手に落ちる寸前だった。

 けれど、桃子は空を舞いながらも静かに、ハンマーに力を注いでいく。

 

 

 

 ――お母さん、がんばって! みんなも応援してるからね!

 

 

 

 それは果たして【創造】の生んだ奇跡によるものか。『ハンマー少女』と名付けられた怪異の力なのか。あるいは、その両方が働いているのかはわからない。

 けれど、間違いなく。桃子にはそれが聞こえた。

 

 一人の童女の、勝利を願う声が。

 鎧姿の優しく強い守護者の、信頼の声が。

 圧倒的な強さで勝利を掴んだ人魚の声が。

 砂漠に生まれた、打ち倒すものの声が。

 

 そしてそれは、桃子が生み出したものたちだけではない。

 微かなピアノの旋律に合わせて、各地にいる多くの仲間たちの声が伝わってくる。桃子と出会ってきた仲間たちが、想いとともに、その力を貸してくれる。

 

 妖精の国の勝利のために。

 

 

「だから、だから、私は……私は!」

 

 

 ジャバウォックよりずっと、ずっと高い、大空から。

 桃子は――大空の妖精は――ハンマー少女は、十人の妖精姉妹たちを引き連れて。

 

 風を切り、『ジャバウォックの核』へと向け猛スピードで降下していく。

 妖精たちも轟音を切り裂きながら、空気の層を貫きながら、それぞれに叫びを上げている。

 桃子は、様々な想いを受け継いで、叫びをあげている。

 

 

「あなたの思いを否定する! あなたの願いを断ち切ってみせる! だから――」

 

 

 怪異となった桃子の瞳には、ジャバウォックの核が見えていた。【創造】の力の発生源が見えていた。そこから止めどなく溢れる、滅亡を願う【創造】の力の流れが見えていた。

 桃子は今。

 この世界の高みから、妖精たちと共に流星となって。邪竜を撃ち抜く銀の弾丸となって。

【創造】の魔力をその身に纏い、まばゆい光とともに、砕くべき核へと突入していく。

 

 

「これ以上、妖精たちを! いじめるなぁぁぁああああ!!」

 

 

 ここまでついて来てくれた、愛する妖精たちと共に。

 全ての願いを込めて。

 数多の祈りを乗せて。

 

 桃子は、煌々と光を放つハンマーを――振り下ろした。

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